ぜんざい
大刀を二本挟み、見回りで京の町を歩く。どこまでも真っ直ぐ伸びる街路の先には地平線らしいものが見えていて、山や川の類は存在しないかのようだ。それでも風が吹くと冷たい谷のにおいがした。
真上から見れば碁盤のようだと言われるだけのことはあり、町並みには他の地では見られない感じられないものがあった。しばらく朋輩と歩いていると、狭い石段が右手に見えた。ヤツデが参道を塞ぎそうになっていて、人の手が入っていないようだったが、丹塗りがすっかり禿げた鳥居が立っているのだから、ここも神社に違いなかった。
朋輩が言った。「ここではうまいぜんざいが出る。ちょっと食べていこう」
わたしが止めるのもきかずに朋輩はヤツデの茂みに入っていく。わたしも仕方なく、後に続く。虫のついた葉に顔を叩かれながら、小さな本堂に着くと、ボロボロになった障子戸が開き、牛に似た顔の、眉毛が片方ひん曲がった女があらわれた。
「まあまあ。よく来てくださいました」
そう言いながら、女はわたしたちに汚れた襟ぐりを見せながら、奥の廊下の入り口へと私たちを呼び込む。神社の表の道を歩いていたころはまだ昼間だったのに今では雪洞が必要なほど暗い。わたしは朋輩に本当にここがぜんざい屋なのか、ときくと、違うとこたえる。
「だが、お前はぜんざい屋だと言っただろうが」
「ぜんざい屋とは言っていない。うまいぜんざいが出ると言っただけだ。ぜんざい屋っていうのはぜんざいを食えば銭を出さないといけないが、ここではぜんざいを食べても金を支払わないどころか、向こうが支払うのだ」
「そんな馬鹿な話があるものか」
「馬鹿も何もない。まあ、とにかく食ってみろ。うまいから」
白々として妙に明るい部屋に通されると、ぜんざいが出た。大きな餅と粒のままの小豆。甘くうまい。こんないい話があるものなのだなと疑いつつもいると、ぜんざいを平らげ、いい気分になっていると、突然襖が開き、副長があらわれる。
副長は怒っている。見回りの途中で汁粉を食べるとはいい度胸だ、法度に反すると言い渡す。その後はとんとん拍子。わたしは屯所の一角で腹を切ることになり、介錯人はいつもニコニコしている童顔の剣士である。一緒にぜんざいを食べた朋輩は既に腹を切り、その肩からは皮一枚でつながった首がぶら下がっている。ああ、こんなことならばぜんざいなど食べなければよかった。ぜんざいを食べてお金ももらえるなんて話があるわけはなかったのだ。あれは怠惰な隊士をあぶり出すための罠だったに違いない。
だが、どうあっても逃れられないと分かった以上、わたしも覚悟を決める。エイヤッと腹に短刀を突き刺す。ところが、これが痛くない。まったく痛くないのだ。すると、わたしのほうでも功名心が頭をぐぐっともたげてくる。こうなったら、二度とみられない一世一代の切腹を見せてやる。わたしは短刀でぐりぐりと腹を掻きまわし、十文字に切ると砂糖で崩れた小豆とふくれた餅がどろどろと流れ出す。その餅をつかみ、それを副長の顔に投げつけ、見たか! こんな腹切りは二つとないぞ! と叫び、介錯を受ける。
そこでわたしは目が覚めた。草深い神社の境内である。首の皮一枚の朋輩も副長もニコニコした童顔の剣士もいない。ぜんざいもない。もちろんわたしの腹は無事な一枚皮で覆われている。
コーン、とキツネが鳴いた。ケラケラケラ、とキツネが笑った。
そこでわたしはヤツデに隠れたお稲荷さまの石像に初めて気づく。
ああ、キツネに化かされたのだと思い、これまでのことが全て化かしであったことにホッとする。
だが、あの見事な切腹のことを思い出すと、惜しいと思う気持ちも出てくる。
武士の未練である。