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麒麟

 理由は忘れたが、わたしは自分の剣に不安を覚えた。それが気に食わず、稽古場で木刀を正眼に構え、黙想してみたが、一向に不安はぬぐえない。見れば、外は暮れている。このままでは士道を尽くせない。法度により切腹しなければならないだろう。わたしは屯所を出た。

 戸を閉めた町のあちこちに篝火がたかれていて、コウモリが切り抜かれた夜の影のように飛び交った。店屋や人家は窓の格子が折れ、障子は破れ、篝火の下には割れてくだけた瓦が転がっている。家全体が傾いているようで、だんだん左右も町の傾きが大きくなり、軒が触れるくらいに近づいた。

 四条の開けた河原に出ると、そこだけはまだ暮れ切っておらず、真昼のように明るかった。見上げると、空に麒麟が飛んでいる。その股や蹄から光が発せられていて、小さな丸薬のような目は常に天を向いていた。そのあいだも疲弊した人家が音を立てて崩れ、落ちた屋根の下で、痛いよう、痛いよう、と、子どもの泣き声がする。篝火はまだ燃えているだろうか。だが、人びとの誰もそうしたことを気にかけず、麒麟の光が夜を押し込める様を品定めするように見上げていた。

 家や店が立て続けに潰れる音がして、瓦礫がれきの粉がもうもうと河原に流れ込んで、目が痛くなってきた。涙が止まらなくなり、そのうち、それが瓦礫によるものか、剣への不安によるものか、麒麟の輝きによるものかが分からなくなってくる。人びとも涙に悩まされ、ぼやけた姿で麒麟を見たくないと、河原を右往左往して涙なしで麒麟を見ることのできる場所を探す。

 わたしが鴨川を下る道を取ると、砂礫の上に幕と竹矢来で組んだ桟敷が見えてきた。そこは瓦礫の粉から抜き出て高く、人びとはその桟敷に集まり、我先にと上り始めた。全員が殺気立ち、桟敷の竹を握りしめながら、後からのぼってくるものの顔を足蹴にした。何十、何百という人間が桟敷にひしめくと、綱が切れる音がして、桟敷が潰れ、瓦礫粉の靄に血煙りが混じった。

 靄が切れて、川の向こうへ消えると、わたしひとりが河原に残った。

 きっと麒麟は貞和五年六月十一日に同じ惨状を見下ろしたに違いない。

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