外交官
遠い異国の地に領事として赴く。石の瓦を葺いた木造の町がどこまでも真っ直ぐ続いていて、一定の間隔で横町が切られている。幟が海草のようにぞろりと揺れている他に動くものはなかった。
わたしに連れや部下はいなかった。部下が欲しいなとしばらくひとりで歩いていると、霞から武官と文官があらわれて、わたしの後ろについた。わたしの国の制服を着た彼らは間違いなくわたしの部下であったが、こうして実際に部下ができると、わたしは彼らの上役として、確固たる意志をもって行動を起こす必要が出てくる。それが煩わしい。彼らはわたしのすぐ後ろをついてくるが、みなわたしが躓くのを待っているような気がした。だが、何をすればいいのか分からなかった。人はおらず、建物を覗き込むと、がらんとした土間が広がっている。竹が何かにぶつかる音がきこえるが、人も犬も見られない。
武官と文官たちはわたしの後ろについて動く。わたしが家を覗き込むと、官位や役職の順にわたしの真似をして家を覗き込み、わたしが幟を見上げると、やはり順番に見上げる。
馬鹿にされているのだと思い、尊敬のあまり真似しているのだと思い、わたしは真っ二つに引き裂かれるような思いをした。こんな仕事を引き受けた自分の軽薄さを嘆いた。身重の妻を国においてまで、やってくるような場所ではなかった。
わたしたちは青地に白い山型が染め抜かれた派手な羽織をつけた侍を探した。彼らがわたしたちを案内することになっていた。風が止み、青い幟と思っていたものが案内役の侍であることに気づく。侍は顎をしゃくって、ついてこいと言っているようだった。彼は横町に曲がり、さらに別の角にいた同輩らしい剣士が合流して、わたしのすぐ左を歩いた。そのあいだ、侍は手を刀の柄に置き、左右に油断なくにらむ。襲撃者からわたしたちを守ろうとしているように見えるし、わたしたちがこの国で不作法とされることを知らぬうちにしでかしたら、そこで首を刎ねることを考えているようにも思え、わたしは本当に嫌になり、国に帰りたくなった。道はだんだん寂れてきて、崩れた塀の向こうから柳の葉が垂れ、黄色い歯が疎らに並ぶ老人がやる煙草店では材質と意匠の違うパイプを売っていた。細いパイプをくわえた老人は煙でつくった動物を吐き出した。宙を浮くあいだに動物は図形に変化し、やがて散らされた靄となって、店の奥の影にまぶされるように消えていった。店には大きなパイプの看板が下がっていたが、派手な羽織の剣士ふたりがどこからか梯子を持ってきて、パイプの看板を取り外すと、わたしたちの国旗が垂れた竿を突き立てた。
「今日からこの店は我々の領土だ」武官のひとりが感極まって言った。
「馬鹿馬鹿しい」文官のなかでも特にひねくれたことで知られた二等書記が唾を道端に吐いた。「ここは流刑地だよ」
二階の座敷には衝立がいくつもあり、文官と武官の席がそれぞれひとつずつ用意されていた。自分たちの居場所が確保されると早速武官と文官が二手に分かれてふざけ始めた。おふざけはわたしが衝立のなかで書類をさばいているときに行われ、わたしの視線が衝立の外に出ると、神妙な顔で何か仕事をしているような顔をする。それ以外にもわざとサーベルをがちがち鳴らしたり、畳を靴の先でいじってほじくったりしている。その様子を青と白の羽織の侍たちがじっと見ている。彼らはそれぞれ広い袖に手を突っ込んで、腕を組み、言葉を交わしているが、なんと言っているのかは見当もつかない。怒っているようにも、喜んでいるようにも、歌っているようにもきこえる、不思議で抑揚のない言葉が我々の領事館の宙をさまよっている。
しばらく書類に目を通しているうちに、突然、武官のひとりが叫び声をあげた。見ると、大きなスズメ蜂が数尾飛んでいて、頬髯のなかに一匹迷い込んだらしい。すると、武官も文官も侍も慌てて逃げ出そうとし、我先に階段に飛びつこうとする。誰かが蜂に向かって銃を撃ったので、まわりの家からも何かを激しく折りたたむような音がきこえだし、かりそめの領事館のなかにはわたしだけがぽつんと居残った。
煙草屋に降りると老人はなく、我が国の旗は店にかけられたままだった。横町はがらんとしていた。わたしは誰かに鉢合わせにしないかと切なく期待し、大通りへ出る。
遠い異国の地に領事として赴いた。石の瓦を葺いた木造の町がどこまでも真っ直ぐ続いていて、一定の間隔で横町が切られている。幟が海草のようにぞろりと揺れている他に動くものはなかった。




