油小路後始末
その日の朝、禁裏にてミカド臨席の朝議が行われ、奏上係が昨夜、油小路の七条辻で御陵衛士が襲われて四名が斬殺されたと読み上げた。
「先帝の御陵を守る衛士を生害するなど言語道断。どうせ不逞浪人の仕業です。打ち首にしましょう」と怒りに震えながら関白左大臣が言った。「のう、右大臣。どう思う?」
「わたしも同感です。ぜひ打ち首にすべきです。内大臣。どう思う?」
「打ち首に一票。大納言、どう思う?」
「斬首あるのみです。中納言、どう思う?」
と、言った具合に朝議はまわり、わたしの番になると、
「ぜひとも打ち首を。いえ、それだけでは足りません。六条河原に晒すべきです」
こう、つけ加えた。このなかではわたしは二番目に低い官位であり、このようにたまの機会を見計らって、自分を売り込まなければならない。晒首のことを言うと、関白以下顕官たちがしまった、その手があったかという顔をした。
こうして御陵衛士殺害犯は斬首とすることで一致した。
一応、御簾の向こうにおわしますいと高く尊きお方の様子に聞き耳を立てると、まるで安らかに眠っているような呼吸の音が静かに風を乱しているのがきこえ、自分たちの意見が間違っていなかったと悟る。
これで朝議はおしまいかと思われたところで、奏上係が新しい知らせを持ってきた。
それを手にした関白の顔が蒼白になる。
「御陵衛士を生害せしめたのは新撰組のようです」
みなが押し黙る。わたしも黙る。新撰組は京の治安維持に欠かせず、しかもミカドが即位したばかりで京の町の権力構造に微妙な変化があらわれて、あちこちで人が斬ったり斬られたりしている。ここにいるのは三位の位を賜ったものばかりだが、俗に人斬りというものたちには官位を気にするふうはない。治安が乱れれば、自分たちにも火の粉が飛ぶ。
関白左大臣がおずおずと言う。「うん。その。この一件はもうちょっと議論が必要ですな。新撰組となると、いろいろ調べなければいけないことが――」
そのとき、御簾の向こうから拳で繧繝の畳縁を打つ音が、ドン、と鳴った。さらに不機嫌な、いや怒りに満ちた音がドン、ドンと鳴る。
その場の全員が勅勘を被り、慌てて平伏する。そして、平伏したまま、関白は右大臣に「そちはどう思うか?」と質問をふった。
「議論が必要です。内大臣!」
「議論に一票。大納言!」
「ミカドの御心を反映させつつの慎重な解決を。中納言!」
このような感じでわたしに番がまわってきた。この場にいるなかで二番目に位が低いものとして、どうしたものかと考えていると、最も位が低いもの――奏上係が目についた。まだ二十歳と若く、つい先日奏上係に命じられたばかりの頬の赤い少年のように熱心な男で、なんとかミカドのお役に立てたらと常日頃思っている。そこで、わたしはこの若者に問題をたらいまわしにした。
「きみはどう思う、奏上係?」
「わたしは厳罰で臨むべきと思っています! 下手人と幹部隊士は全員斬首の上、市中引き回しに!」
その場にいた高官たちが、こいつやっちまいやがった、という顔で奏上係を見る。奏上係は何かに満足した柴犬のような顔をしている。
関白以下顕官たちは御簾の向こうから繧繝縁を叩く音がしないかと、耳を澄ませる。だが、御簾の向こうからきこえるのは寝息のように安らかな呼吸の音だけだった。