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 居合の達人と見込まれて、三条大橋に棲む鰐の退治をまかされる。東海道の第五十三番目に巣食う鰐はやってきた旅人を次々と食べてしまうので、急ぎ斬ってくれとのことだ。

 鼠色の雲が空を覆い尽くし、湿った雪をかぶった瓦の下で京の町は軋んでいる。番傘越しにぼんやりとした光のまだらを感じ、味のない白い息が後ろに流れる。

 町屋の並びを抜けると、橋のたもとが見えてくる。誰も入れないよう竹矢来で橋を塞いであり、橋のちょうど真ん中で何か鈍い動きをする黒いものが大きな影を欄干越しに見せていた。橋の京側まで来ると、役人たちが組んだ竹を引っぱって、隙間をつくり、わたしを橋に入れた。

 今日はいつもの白と浅葱のだんだら羽織ではなく、臙脂色の羽織で、脚絆と鎖帷子に鉢金をつけ、大掾正兼だいじょうまさかねの刀を差す。踏むものがいない橋には厚く平らな雪が積もり、わたしがつけた足跡ですら、つけるそばから埋められていく。

 黒い鰐がじっと腹ばいになって目を閉じていた。その巨躯が横になって橋を塞ぎ、鉄の鱗で巻かれた尾が折って、顔のそばまで伸びている。開いた目は縦に切れていて、可愛げのない畜生である。

「恨みはないが、天下の往来を塞ぐ、その身が悪いのだ」

 すると、鰐が口をきいた。

「おれはこの通り、体が大きい。道を塞ぐのは仕方がないことだ」

「お前は橋を渡ろうとする旅人を食っただろう」

「腹が減るのだ。おれに死ねというのか?」

「そうだ」

 わたしは抜き、太刀筋を読む隙を与えず、その首の付け根に袈裟懸けに斬り込んだ。固い皮がきれいな一文字に裂けて、血が噴き出し、雪があっという間に赤く染まった。血はそのまま橋の外へと流れ、凍りつきながら鴨川へ落ちる。

 落ちた首が最後の力を振り絞り、鰐が口をきく。

「辞世でも詠むか」

「鰐にそのようなものはない。だが、お前がおれを斬るとは不思議なものだ。三年前、お前は国を論じ、国に殉じたいといって、故郷を去ったな?」

 確かにその通りだった。なぜこの鰐がそんなことを知っているのか、訝しいが、もう死にかけの畜生である。好きに話させてやることにした。

「だが、お前には老母があった。老母は旅立とうとするお前を泣いて止めた」

 胸が嫌な早鐘打ちをし始め、耳障りな軋みがきこえてきた。

「お前の生家の裏手に雑木林があり、そこには古いひのきが立っていた。お前はその檜に老母を託した。檜の名づけ親はおれだ」

 鰐はゲラゲラ笑った。

「檜はもうお前の老母を守らない」

 わたしの耳元で京が軋んだ。実母は既に発狂しているだろう。

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