どぜう汁
さる通りの辻でどじょうを煮て出す老婆が斬られた。斬ったのは新撰組である。
わたしは縄を打たれて白洲に出された牢屋着の男を詮議する。新撰組側とは話がついていて、どうなっても苦情は言わないことになっていた。
男はすっかり神妙になっていて、こちらの問いかけには素直にこたえるが、動機だけはどうしても言おうとしない。打ち役が何度も責めたが、斬ったことは認めても、斬った理由は頑として言わない。
こうなると詮議は別の局面にぶつかる。下手人は新撰組で、斬られたのは老婆。それも背中からバッサリとやられている。きけば、新撰組のなかでもかなりの使い手である。それが突然、激高し背中から老婆を斬ったのだから、何か重大な理由があるに違いない。新撰組の上には京都守護職の会津中将さまがいる。殿さまは新撰組の監察方を頼りにしているという話もある。男は監察にいたわけではないが、これは見た目よりも複雑な事件かもしれない。最近の薩長の不穏な動きで奉行所の雰囲気は山椒の粉をばら撒いたようにぴりぴりしている。
わたしは理解ある家父長的与力を演じることにして、教え諭すように動機をききだそうとする。これは間者が絡んだ話だと直感が言っているからだ。
「さあ、言うがよい。悪いようにはせぬ。し残したことがあるならば、わたしができる限りのことはしてやろう」
「お役人さま。なぜ斬ったのかは言えないのでございます。信じてもらえないことを話して、最期を穢したくないのでございます。笑い事にしたくないのでございます。ですが、お役人さま。もし、わたしをあわれと思うのであれば、煮殺されたどじょうたちのために小さな塚を、あの辻に立てていただけますでしょうか? これだけがわたしの心残りでございます」
結局、これが最後の詮議となり、男は斬られた。斬役同心にきいたのだが、男は辞世の句など遺さなかったが、ただ首を打たれる直前、仇は討ちましたぞ、母上ッと叫んだそうだ。首を打たれた場所に行くと、穴の前に突っ伏している男の首のない体が転がっている。
「仇討だったか」
しかし、老婆に殺された母とは、どうも腑に落ちない。
そのとき、風が死に装束に当たってめくれた。男の尻の穴からどじょうの尾が生えていた。




