アームストロング砲
長崎のイギリス人に頼まれて、新撰組にアームストロング砲を売りに行く。
最近、この最新兵器には欠陥が見つかった。ベントバイスと尾栓を人力で締めるのが思いのほか弱く、暴発の危険があった。
わたしはこの世界最新最強の兵器に重大な欠陥があることを知る数少ない人間である。途方に暮れた。これは困難だ。薩摩藩はフランス製の山砲を主力にしているし、佐賀藩は自前でアームストロング砲を作ったというから買わないだろう。長州藩は欠陥に気づくかもしれない。
一番大砲に通じないのはどこかと考え、新撰組に売ることにした。
彼らは刀の集団である。だから、大砲に詳しくない。だが、最近はさすがに大砲の重要さを理解しだしたらしい。世間で最強と知られるこの砲に興味が湧くだろうし、知識がないので、欠陥にも気づかないだろう。
広大な屯所に馬四頭でアームストロング砲を運び込んだ。端から端まで鉄砲の射程くらいありそうな広い調練場で、築地塀のそばに目隠しの矢竹が植えてある。この購入は馬鹿にならない資金が動くので、局長以下幹部たちが検分する。彼らは剣で世にきこえるが、大砲には素人だ。
わたしはアームストロング砲の威力と射程距離と砲の後ろから砲弾を込めることができる最新の装填方式、そして既に長州藩と薩摩藩が注文をしようとしているという罪のない嘘を織り交ぜる。そのあいだ、局長は握りこぶしが丸ごと入りそうな大きな口をへの字に閉じて、ジッとこちらを見つめている。
「それでいくらになるか?」
角ばった顔の局長がそばにやってきてたずねてきたので、わたしは自分の取り分を大幅に増やすつもりで六千両とこたえた。イギリス人に渡すのは三千両である。
「すると八千ドルか」
四角い顔の局長が間髪入れずドル換算する。
「ずいぶんと高すぎる」
局長は砲の尾栓のクランクをまわして、砲身の差込口からベントバイスを引き抜くと、その重い鉄の塊を――発射時の瓦斯を支えきれない弱点をしっかり手に持って、刀剣の目利きでもするようにしつこく見る。そして、それをまた砲身に差し込み、クランクをまわして砲尾を閉じる。
わたしは口をひらいた。
「このようにこの砲は砲弾を後ろから装填できます。これまでの前装式よりもずっと速い発射が可能です」
「だが、このベントピースと砲身のあいだの隙間から発射時の瓦斯が漏れる可能性は? それに従来の前装式よりも砲尾の耐久力が弱いのではないか?」
まさにアームストロング砲の欠陥を言い当ててくる。剣にしか考えがない男という前評判を教えたあの河内なまりの男を恨む。
「砲尾の閉鎖は確実に行えます」わたしはしどろもどろにならないように気をつけながら嘘をつく。「砲身内に刻まれた螺旋状の溝が鎖栓を固定しますので」
「だが、砲を発射したときの瓦斯の内圧は砲尾にかかるだろう? 前装式は熱い金属を鋳型に流し込んだだけで刻み目も穴もない。金属の性格を考えれば、後装式が前装式に砲尾構造の耐久力で大いに劣るのは明らかだ。もちろん暴発の危険性も高い」
わたしはもうこのころになると、全てバレているのだと思って、冷や汗をだらだらと流し始めた。こんな欠陥兵器を六千両で売ろうとしたことがバレれば、わたしは斬り殺されてしまう。
「いえ、暴発など絶対にありえませんよ!」
「先年、生麦事件から発展して、薩摩藩と英国海軍が戦った際に旗艦ユーリアラス号が薩摩藩の砲弾を受けて、艦長と参謀将校が六人戦死したときいている。だが、あれは本当はアームストロング砲の暴発が原因なのでは?」
それが本当かどうか分からない。だが、もうわたしは局長の知識に圧倒され、きっとそうだ、あのイギリス船はアームストロング砲の暴発で死者を出し、それをひた隠しにしているに違いないと信じてしまう。疑う理由がないようにすら思われた。
「これで六千両か」
局長は少し腰をずらして、すらりと刀を抜いた。ああ、これは斬られる。もうだめだ。家で待つ妻と子の顔が浮かび、涙があふれた。それもこれもあの河内なまりの男の馬鹿げた助言のせいだ。見れば、塀は高く、さらに高い矢竹が密生しているから、ここでわたしが斬られても外には知れない。断末魔の叫びすら葉擦れにかき消されるだろう。
八双に構えられた局長の刀が袈裟懸けに振り下ろされる。だが、わたしの首のかわりにアームストロング砲の砲身が真っ二つに斬り落とされた。
その後、新撰組の勘定方からメキシコドルで八千ドルが支払われ、わたしは解放された。
三日後、長崎へ発つ直前、新撰組局長の佩刀である長曾祢虎徹に号がつき、アームストロング切虎徹と呼ばれるようになったことを知った。




