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探偵 桜庭碧と彼を取り巻く日常について  作者: 風蓮
第一話 ようこそ、桜庭探偵事務所へ。
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ようこそ、桜庭探偵事務所へ。 ⑨

「はじめましてこんにちは。私探偵の桜庭と申します。突然ですがあなたの犯罪行為を知っています。大人しく自首していただけませんか?」

「は?」


絶対俺の後ろから出ないでね、と言い含めてからドアを開けた桜庭さんは、まっすぐ社長のデスクの前まで突き進むと開口一番そういった。

ずんぐりとした社長が桜庭さんを見上げて一音だけを問い返す。

正直、この状況じゃ社長の反応の方が正しい、ような。

桜庭さんは社長の理解が追い付くのを待たずにデスクの向こう側へ回り込むと、当然のように引き出しを開け始めた。

一瞬ぽかんとそれを見守った社長が、何をするんだと声を荒げる。


「突然押しかけてきてこんな真似、非常識だぞ!」

「非常識加減ではそちらには敵いませんよ。あぁ出た出たこれが表帳簿か?」

「勝手に物色しないでくれ!」

「はいはい邪魔ですよ手を出さないで。」


引き出しから出てくるのは、僕も見たことがあるどこにでもあるノート。

データは破損が怖いから、と言われたときは何も気付かなかったけれど、紙媒体なのは改竄がしやすいからだったのだろうか。

伸ばされる社長の手を簡単に追い払って、桜庭さんは引き出しのものを次から次へと引っ張り出してくる。

一段目が終われは二段目へ、それが終われば三段目へ。

出てくるものはそれぞれ大したものには見えなかったけれど、時折社長が声を上げてはあしらわれ、手を伸ばしては叩き落とされ、ついにはすべての引き出しの中身が机の上に並べられた。

別段、怪しく見えるものはないように思う、というか、この半年で僕も普通に見ていたものたちばかりだけれど。


「ったく、いきなり何なんだ! 散らかすだけ散らかしてこれで満足か! いまなら通報しないでおいてやるから、さっさと帰れ!」

「いやぁ、おかしいなぁ。あなたが従業員の皆さまからお金を騙し取って私腹を肥やしている証拠が、必ずどこかにあるはずなんですけどねぇ。」

「なんっだと……!?」


顔を上げた社長の視線が、桜庭さんから離れてぎょろりと動く。

黄味がかった白目が隠れて、代わりに真っ黒い目が僕を捉えた。


「おい椿木!」

「ひっ」

「お前今日一日姿を見せないと思ったら……仕事が上手くいかない腹いせか!? あんたもあんただ、こいつに何を吹き込まれたか知らないが」

「やだなぁ。」


社長の目がきつく僕を睨む。響いた怒鳴り声に肩が跳ねた。

庇うように腕を伸ばした桜庭さんの低い声。

目の前に広げられた腕を、頼もしいと思ったのはいつ振りだろう。

にこにことした顔に似合わないほどの薄ら寒さがあるのに、なぜか怖いとも思わないのは。


「椿木君はあなたの指示に従って仕事をしようとしていただけですよ。それに。」


すっと桜庭さんの背筋が伸びた。

ひんやりと凍るような瞳。冴え冴えとした声。


「嘘吐きはどっちだよ。きったねぇ色しやがって。」


吐き捨てるような口調に、社長の口が音もなく閉じた。

そんな社長からあっさりと目を離し、僕たちを振り向いて桜庭さんがへらりとゆるく笑う。


「私利私欲に目が眩み人を騙してばっかの嘘吐きは、映す水さえ濁らせ澱ませる。多少なら直に綺麗に戻るけど、ここまでなったら手遅れだ。こうはなんないように気をつけろよ。」


親指だけで社長を指す桜庭さんに、柊野君が素直に頷いた。

はい、先生。と言うのに、慌てて同じ動作を返す。

よろしい、と笑ってみせた桜庭さんがゆらりと社長に向き直る。


「で?」

「……は?」

「悪事働いて従業員追い詰めて私腹肥やして、まだしらばっくれるつもり?」

「こ、心当たりがないものでね!」

「あぁそう。」


冷ややかな、なんて温度さえ感じられないほどに、凍てついた声。

野生を捨て、生命の危機何て滅多に感じなくなった現代の僕たちにも、生存本能が残っていたのだと思い知る。

直接向けられたわけでもない僕にさえ分かるなら、正面の社長はどんな思いをしているんだろう。


「自首してもらおうと思ってたけど、面倒くさくなっちゃった。証拠だけもらって警察に突き出しとこっか。」

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