第64話 スペード流の良心
「・・・。」
三人を叱り付け、残ったスラッシュに対し、ジンは彼の様子を窺っていた。それは、フィアも同様だった。相手はスペード流のエリート弟子である。如何にキール達を追い払ってくれたとはいえ、先ほどまでの彼らの横暴を考えれば、警戒するのも当然である。
「・・・ウチの弟弟子が失礼なことをした。謝罪する。すまなかった。」
「!?」
深々と頭を下げるスラッシュに、ジンは困惑した。こんな弟子がいたことなど、ジンの記憶にはなかったからだ。
(・・・スペード流の人間は、謝るような連中じゃない。何かに付けて言い訳したり、謝るとしても誠意のない形だけのものだ。・・・彼は本当にスペード流の人間か?)
「・・・君は、彼らの兄弟子か?教育がなっていないのではないか?」
謝罪したスラッシュに困惑し、何の応対もできなかったジンの代わりに、フィアが彼らに対して苦言を呈する。それを聞いたスラッシュは、本当にすまなそうな顔をしていた。
「・・・確かに、私達の管理不行き届きだ。申し訳ない。」
「そんなレベルではない。あれが誉ある四流派の剣士だなんて信じられない。ただのならず者ではないか。私の国でも、四流派に敬意を持っている者も大勢いるというのに・・・。」
「!・・・あなたは、他国の人間か。・・・返す言葉もない。」
「・・・。」
(・・・スペード流の人間は、皆、キールのような奴ばかりだったはずだ。こんな礼儀正しい人間がいるなんて知らない。・・・いや、待て。確か、噂に聞いた程度だが、一人だけ、マトモな人間がいたと聞いたことがある。そうか、彼がその弟子か。)
ジンは、目の前の剣士の正体に気付いた。それは、スペード流の人間でありながら、唯一の人格者だった剣士のことだった。だが、面識はないため、噂程度の内容でしか聞いたことがなく、記憶の底に沈んでいたが。
(でも、【狂犬】の横暴を止めようとして大怪我を負い、剣士生命を断たれたことで追放されたらしいと聞いたな。信じられなかったけど、どうやら噂は事実のようだな。)
ジンは、目の前にいるスラッシュの未来を思い返していた。噂によると、彼は同門の弟子の横暴を止めようとしたものの、力及ばず敗北、しかも、剣士生命を失うほどの大怪我を負ってしまったという。だが、スペード流の力をもってすれば、治す手段があったのではとジンは言った。事実、腕のいいヒーラーは、部位欠損でも治すことができたし、ランクの高い回復ポーションならば、同じことができた。だが、スペード流は彼を治すことはしなかったという。理由は、彼が他流派の人間に乱暴を働く弟子達を止めてばかりいたからだった。そのために、彼は他の弟子達から疎まれていた。だが、実力はあったため、誰も文句を言うことはできなかった。スペード流の実力主義が、結果的に彼を守っていたのだ。
だが、彼を追放したのも、その実力主義だった。その時止めようとした弟子は、彼でも勝てないほどの強さだった。利き腕は圧し折られ、もう片方の腕も、使い物にならないほど痛め付けられたという。結果、剣を握れなくなった彼は、そのまま追放された。つまりは、厄介払いにされてしまったのだ。
(・・・酷い話だ。こんな気持ちのいい人間を追い出すなんて。彼がいれば、剣聖兄妹が現れる前に四流派の改革ができただろうに・・・。)
ジンは、目の前のスラッシュの未来を考え、胸を痛めた。一方、スラッシュはフィアから次々と苦言を呈され、ひたすら平謝りしていた。
「まったく。ハート流の人間達から聞いていた以上の酷さだ。・・・ジン。そろそろ戻ろう。折角の楽しい気分が誰かさん達のせいで台無しだ。」
先ほどまで祭りを楽しんでいたフィアは、一転して帰ろうとジンに言う。その表情からは、スラッシュへの、否、スペード流への侮蔑が表れていた。
「・・・そうだな。そろそろ戻ろう。明日は、剣武会だしな。」
ジンは、フィアを伴ってその場を去ろうとする。だが、その言葉にスラッシュは反応する。
「剣武会・・・。!まさか、君は代表選手なのか?」
「?・・・はい。」
「そうか。・・・なら、君に忠告しておきたいことがある。」
「・・・何ですか?」
「ジン。聞く必要はないぞ。どうせ、八百長でもしろと言い出すに決まっている。早く行こう。」
話を聞こうとするジンに対し、フィアは聞く価値無しと判断し、行くよう促す。だが、彼に悪感情を抱いていないジンは、それを制する。
「話を聞くくらいいいだろう。・・・それで?」
「・・・スペード流の代表に、ガイと言う少年がいる。もし、彼と戦うことになったら、直ぐに棄権するんだ。」
「そら見たことか!やっぱり八百長じゃないか!」
予想通りの話の内容に、フィアは憤慨する。だが、ジンはその名前を聞き、表情を変えた。
「・・・ガイがとてつもなく強いから・・・ですか?」
「そうだ。おそらく、一年も経たないうちに、私はおろかスペード流で勝てる人間はいなくなるだろう。それくらいの強さと才能の持ち主だ。しかも、敵を潰すことに全くの躊躇いがない。・・・もし、そんな相手と当たれば・・・。」
「ジンが負ける・・・とでも言うのか?」
「・・・そうだ。今は、私の方が強い。だが、それも僅かな差だ。いつ抜かれるか・・・。」
「・・・そんなに、そのガイと言う弟子は強いのか?」
スラッシュのあまりに真剣な面持ちに、今までスラッシュを非難していたフィアも表情が変わる。話の空気から、簡単に切って捨てることはできないと判断したのだ。
「そうだ。単独で中級クラスの魔物を何体も倒したほどだ。おまけに体格にも恵まれていて、単純な力比べなら私でも勝てない。つまり、力だけならスペード流一ということだ。」
「・・・一人で大隊級の魔物を・・・。恐ろしいな。私でもまだ分隊級が関の山だというのに。」
「そんな相手と当たれば、確実に君は負けるだろう。いや、負けるだけならいい。最悪、再起不能にされてしまうかもしれない。・・・実際、ガイと手合わせして大怪我を負った弟子もいる。幸いなことに、スペード流はいいポーションを所有しているおかげで大事には至らなかったが・・・。」
「・・・なるほど。つまり、俺がガイに潰されてほしくないから、そう言ったと。」
「君だけではない。ハート流・・・いや、他の流派の代表もだ。だから、ガイと戦うのだけはやめておくんだ。」
「・・・あなたの気持ちは分かりました。でも、俺は逃げる気はありません。寧ろ、ガイという奴と戦ってみたいです。」
「!」
ガイと戦うと言うジンの言葉に、スラッシュは絶句する。
「自分の今の実力がどれほどのものか、試してみたいんです。」
「無謀だ!確かに、君も才能があるんだろう!だが、ガイは別格だ!彼は、将来、剣聖にだってなりえる逸材だ!普通の天才では・・・!」
「ご忠告ありがとうございます。ですが、俺の気持ちは変わりません。失礼します。フィア、行こう。」
ジンは、軽く謝辞を述べるとフィアを伴い去っていく。その後ろ姿を、スラッシュは複雑な面持ちで見送るのだった。




