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第49話 フィアの望み

 「俺が?」


 フィアの突然の提案に、ジンは困惑する。ジンの望んでいたことではあるが、まだ出会って間もない人間に、手合わせまでならまだしも、修行を付けてほしいと頼むなど、ジンは思いもよらなかったのだ。


 「君との手合わせで分かった。君はただ強いだけではない。強くなるための方法を知っている。そして、他人の改善点を見抜く目を持ってる。君が力を貸してくれれば、私は望みを叶えられるかもしれない。」

 「・・・フィアの望み?望みってなんだ?」


 ジンは、フィアがこれから何を言うか察しが付いていたが、知らないていで尋ねる。


 「当主となり、あの狂った帝国を救うことだ。」

 「帝国を・・・救う?」


 半分は想定内、だが、半分は想定外のフィアの言葉に、ジンは驚く。確かに、フィアは逆行前、帝国の改革に乗り出そうとしていた。だが、ジンは彼女がそう考えたのは、重傷を負った後だと思っていたのだ。まさか、この時点で考えているとは思わなかったのだ。


 「・・・実は、私はただの帝国の人間ではない。・・・貴族なんだ。」

 「・・・なんとなくは気付いていたけど、それがどうしたんだ?」

 「ただの貴族ではない。私の家門は、帝国の将軍の称号を得たこともある名門、ランサー家だ。」

 「ランサー家・・・名前だけは聞いたことがあるな。槍を使う、凄く強い家門だと。」


 ジンは、王国で一般的に言われているランサー家の評判を口にする。クレス王国においても、ランサー家の名は知られていた。もっとも、知っているのは王都にいる人間くらいだが。ジンの凄く強い家門という言葉に、フィアは悲しそうな表情を見せる。


 「・・・昔は・・・な。かつてのランサー家は、槍に関しては右に出る者はいないと言われるほどの名門で、帝国一の槍使いにだけ与えられる槍将軍の称号を独占していた。だが、今は、強い人間がいないため、落ちぶれている。槍将軍の称号も、他家に奪われてしまっている始末だ。」

 「・・・それは知らなかった。隣国の貴族のことなんて、平民の俺には分からなかったんだ。悪かった。」

 「いや、気にしなくていい。不甲斐無い私達に責任がある。」

 (責任って・・・こればかりは仕方ないだろ。才能の有無は、本人のせいじゃないのに。)

 「だが、ランサー家もこのまま手をこまねいているつもりはなかった。強い人間を輩出し、槍将軍の称号を手に入れる。そのために、できることは何でもしたらしい。・・・詳しくは知らないが、口にするのもはばかるようなこともしたそうだ。」

 (おそらく、禁忌にも手を出しているのかもしれないな。・・・俺の調べた以上に深刻だったみたいだな。)

 「しかし、現実は甘くなかった。結局、才能のある人間を輩出することはできなかった。ただ犠牲になる人間を増やすだけだった。私達の母も、その犠牲者だ。母達は、父の望んだ子を産むことができなかったという理由で、全員追放された。私の実母に至っては、女を産んだという理由だけで追い出された。今では、行方すら知れない。・・・ひょっとしたら、追放は建前で、本当は父に・・・。」

 (聞けば聞くほど、ランサー家の闇は深いな。・・・いや、当時の帝国自体、そういうことが横行していたらしいからな。ランサー家だけが特別というわけではないか。)

 「だが、皮肉にも私には才能があった。それに目を付けた父は、私を次期当主にしようと考えている。」

 「身勝手だな。でも、才能があることが分かっているなら、こんな所で修行する必要はないだろう。安全な場所で、腕のいい指導者に師事してもらえばいい。」

 「それができない。・・・兄達が妨害してくるんだ。」

 「兄達が?」

 「今までずっと修行して、何ら成果を残せなかった兄達にとって、大して修行していないのにすぐに強くなって次期当主とまで言われている私を快く思っていない。だから、私は帝国では満足に修行することができなかったんだ。だから、国外で修行せざる得なかった。」

 「だから、色々あるとか、複雑だって言ったのか。」


 そこは、逆行前に調べた内容と同じであったが、ジンはそれを初めて聞いたかのように振る舞う。


 「ああ。だから、一人で修行して、秘伝の雷槍を習得しようと思っていたんだ。雷槍を習得できれば、兄達が何と言おうと私が当主になることを止められない。ランサー家の当主は、雷槍を使える者であると決められているからな。」

 「秘伝を独学で習得できるのか?」

 「それについては問題はない。家にいた時、文献でおおよそのコツは掴んだ。後は、鍛錬を積んでものにするだけだ。・・・そう思っていたんだ。君と会うまでは。」


 フィアは、自信満々だった様子から一転、力なくどこか自嘲した表情で呟く。


 「私には、足りないものがたくさんあった。君との手合わせで、私は気付かされた。このザマでは、槍将軍どころか、当主にすらなることすら無理だ。だが、君に師事すれば、足りないものを補うことができる。」

 「・・・俺に、槍使いの基礎を教えてほしいというなら無理だ。俺は槍使いじゃない。剣士だ。フィアの役には立たない。」

 「君に頼みたいのは、技の方ではない。身体を鍛える方だ。君は、その歳でそれだけ鍛えているのなら、効率のいい鍛え方を知っているはずだ。それを教えてほしい。」

 「・・・それくらいならできる。でも、簡単なことじゃないぞ。俺だって、最初からできたことじゃないからな。」

 「覚悟の上だ!私は、どんなに苦しくても、強くなって当主になる!そのためなら、何でもしよう!たとえ、腕の一つや二つ、無くすことになろうとも!」

 「・・・どうして、そこまでするんだ?ただ当主になるだけなら、別の人間でもいいだろう?」

 「・・・君は知らないだろうが、帝国は地獄だ!民は弱者という理由だけで虐げられ、無法者も力があるという理由だけで放免され、裁かれることはない!上に立つ貴族も一族同士で争い殺し合い、権力闘争に明け暮れるばかりだ!誰一人、国をよくしようとは考えていない!誰も信用できず、助け合うこともない!これが、帝国の現状だ!」

 「・・・それは・・・知らなかった・・・。」

 (・・・本当は知っていたが、調査した以上だな。これを聞くと、クレス王国の腐敗が可愛く見えるくらいだ。・・・まあ、だからといって放置はできないが。)

 「・・・君には母達が犠牲者と言ったが、父や兄達も、そんな貴族の悪習の犠牲者だ。最強であることを強いられ、できなければ人間性を否定される。そんな生活を強いられれば、歪むのも当然だ。だから、私は父や兄達に怒りを覚えることはあるが、憎むことができなかった。・・・彼らも犠牲者なのだから。」

 「・・・。」

 「私は、こんな異常な家族を生み出す国を放置することはできない!もう嫌なんだ!血の繋がった家族同士で憎しみ合い、争い合うなんて!もう、たくさんだ!」

 「・・・。」


 それは、調査では表面上でしか知ることができなかった帝国の残酷な内情だった。建国以来続いてきた帝国の実力主義は、本来の意味を失って暴走し、他人はおろか、家族ですら心を通わせることができなくなっていたのだ。彼女の悲痛な言葉に、ジンは言葉を失っていた。


 「だから、私はそんな国を変えたい!家族や隣人がいがみ合う国ではない!心を許し合える国にしたい!・・・だが、今の私には、国を変える力がない!そのための第一歩が、当主になることなんだ!当主になり、ランサー家を再興すれば、国政にも関わることができるようになる!そこにきて、帝国を変えることができるんだ!」

 「・・・。」

 「頼む!私に力を貸してくれ!望むことがあるなら何でもする!だから・・・!」


 深々と頭を下げるフィア。その目からは、涙が零れていた。そんな彼女の姿に、ジンは彼女の決意の強さを感じていた。この歳で、あの異常な帝国の現状を変えたいと想い、当主になろうとしている彼女は、まさに英雄と呼べるものだった。ジンは、胸の奥から何かが込み上げてくるのを感じた。


 (憧れで英雄になろうと思った俺とは違う。彼女は本物の英雄だ。将来をしっかりと見据えている。さっきまでは、俺は将来的な理由で彼女の力になろうと思っていた。けど今は、そんなことは関係なく彼女の力になりたい。彼女の望みを叶えたい。)

 「・・・分かった。だが、俺の修行は厳しいぞ。それを覚悟してくれ。」

 「!ありがとう!」


 フィアは、嬉しそうにジンの手を握る。彼女はまるで、ジンを救世主を見るような目で見つめていた。そんなフィアの期待に、必ず応えようと、ジンは決意するのだった。

 だが、そんな決意を抱いた直後、突然、地面が揺れた。


 「!?何だ、地震か?」

 「・・・違う!・・・これは!」


 一瞬、地震かと思ったが、すぐに違うとジンは分かった。揺れは、止まったり揺れたりを繰り返し、おまけに揺れも、徐々に大きくなっていった。


 「足音だ!大型の魔物が近付いている!」

 「ジン、どういうことだ?大型の魔物とは?」


 地震とは違う揺れに、ジンはこれが大型の魔物の足音だと気付く。一方、フィアは何が起こっているのか分からないといった顔をしていた。


 (・・・最悪だ。まさか、今日がその日だなんて・・・!)

 「フィア!ここからすぐに離れるぞ!俺達が協力しても倒せない魔物が来る!」

 「!?何だと!?」

 「早くしろ!じゃないと死ぬぞ!」

 「!・・・わ・・・分かった!」


 ジンの必死の剣幕に、フィアは素直に従うことにし、彼に付いていくのだった。

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