第1話 無能な英雄の最期
新しい英雄ものになります。今度は復讐ものではなく、成り上がりものです。
一人の老人が、ベッドに横たわっている。息は絶え絶えで、もう長くないのが見て取れた。
「・・・ああ・・・空しい人生だった・・・。」
老人は、悲しみに満ちた表情で、窓の外を見るのだった。
この老人の名は、ジン・ブリッツ。かつて、世界を襲った災厄から人々を救った英雄達唯一の生き残りである。
クレス王国の辺境の村に住む平凡な村人であった彼は、幼い頃から勇者や英雄が活躍する英雄譚を読み、英雄になるのを夢見ていた。
十五になった彼は、有名な剣聖の許に弟子入りした。自身の腕を磨くために。
だが、彼はここで、残酷な現実を突き付けられた。剣聖の許には他にも大勢の弟子がいたが、彼らは自分とは比較にならないほど才能に溢れ、腕前も圧倒的だったのだ。自分が井の中の蛙に過ぎないと知ったジンは、一時は自信を失いかけるも、夢を諦めることはせず、厳しい修行に耐え切った。
十年後、他の弟子達より遥かに遅れて皆伝を受けたジンは、武勲を挙げるべく各地を転々とした。だが、ここでも彼は、大きな挫折を味わうこととなる。
彼が旅を行った時期から、世界を数々の災厄が襲った。魔物の異常発生、異種族との戦争、脅威ランクの高い魔物の襲来、果ては魔王率いる魔族の大侵攻。世界は滅亡の危機を迎えようとしていた。
これを名を挙げる好機と捉えたジンは、積極的に関わったが、結果は散々だった。解決できないばかりか、組んだ人間の足を引っ張り、守るべき人々を死なせてしまう始末であった。
そんな彼が、何故英雄と呼ばれるようになったのか。単純に、英雄達が全員魔王と相打ちになり、彼だけが生き残ったからだった。彼は、弱すぎたため、仲間達から守られ、運よく助かったのだ。それを知らない人々は、生き残った彼を英雄として称えた。
棚から牡丹餅で英雄になったジンだったが、それを恥じた彼は、人里離れた地に引き籠り、世捨て人になってしまった。
その後のジンは、世界中の武術や魔術といった様々な知識を収集し、それを纏め、凡人であっても超人的な強さを得られる修行法【超人法】を編み出すことに成功した。これをもって、彼は中身のない英雄ではなく、本当の英雄として名を挙げようと考えたのだ。
だが、それが実践されることはなかった。これを完成させた時には、ジンは既に八十を超える高齢となっており、この修行法を試すことができる身体ではなかった。
なら、他の人間に伝えればどうか。それもできなかった。魔族襲来以降の世界は一転して平和となり、もはや英雄が不要な世界となっていたのだ。
不本意な形で夢を叶え、挽回する機会すら得られなかったジンは、後悔ばかりの人生を、病の床で思い返していた。
(・・・何の才能もなく、誰も救えなかった自分が・・・英雄などと・・・。・・・真の英雄は・・・彼らだった・・・。)
ジンの脳裏に、災厄の時代を戦い、散っていった者達の姿が過る。
剣聖と呼ばれた兄妹、魔導の申し子と呼ばれた美女、守護神と称された聖騎士、彼らを束ね、勇者と呼ばれた少女、挙げればキリがないほど多くの英雄達が現れ、縦横無尽に活躍し、華々しく散っていった。もう、遥かに昔の出来事だというのに、今でも昨日のことのように思い起こされた。
(・・・弱くてもよかった・・・死んだとしても・・・彼らの隣に立って・・・戦いたかった・・・。)
ジンは、無念と後悔を胸に残したまま、誰に看取られることもなく、息を引き取るのだった。その目には、涙を浮かべていた。