とても重要な石
コツン、と頭上で音がした。
何かと思えば一つの石が俺の頭に落ちてきたのだ。
この程度の石ころで痛みを感じるものはいないが、なんとなく嫌な気持ちになった。
「お前はギルドから外す」
二日前。ギルド長から言われた言葉に、俺は絶望した。
俺は正直出来損ないの泥棒屋だった。
この世界は大きな塔を登っていろいろな鉱石や財宝を見つけてお金や生きるのに必要なものを調達する、所謂狩りをして生きていく世界だった。
ここでは塔を効率よく登り物資を多く持って街に帰ることができたものがエリート。
俺はそのエリート達から少しずつ物資を盗んで、自分のギルドの物とするのが役目。
なのに俺は泥棒なんてできなかった。
エリート達のねぐらに入って彼らのかばんから物をくすねればいいだけなのに、なぜか相手側に気付かれて捕らえられてしまう。
捕らえられた後、俺はすんなり所属ギルドに帰されて、
「こんな泥棒を抱え込まなくてはいけない君たちはどうしようもなく可哀想だ」
と相手のギルド長に捨て台詞を吐かれる。
そんなことが何度もあった。
「おまえジョブ変えたら?」
や
「使えない奴は適当に俺らの後方で白魔導士でもしててくれ」
なんてギルド内で散々酷いことを言われた。
でも俺がジョブを変えなかったのは、とにかく色々なギルド内の情報が欲しかったから。
泥棒さえしていれば色んな情報がどこからともなくもらえるものだと思っていた。
「ジョブを密偵に変えたら?」
ギルド内で唯一俺の話を聞いてくれる喧嘩屋はそう言った。
彼女は喧嘩屋という物騒なジョブをしている癖に誰よりも聡明なやつだった。
「今時スパイなんかやってられっか」
俺は拗ねながら言った。
「君、嘘つけないだけだろ」
彼女は美しい微笑を湛えて俺に言った。
「君は素直で誠実で馬鹿正直なやつだから密偵できないって自分でわかってるんだろ」
「なにそれ、誰の事?」
「君のことだよ。自分のことをちゃんと理解しているのは本当に賢い証拠」
「ギルドいちの切れ者にそんな事言われても嫌味にしか聞こえないけど」
「私が本当に賢いなら喧嘩屋なんてやってない」
彼女は遠くを見つめていた。
俺らは長く話し込みすぎて、もう時間は深夜を回っていた。
彼女は夜明けを急いているかのように、ずっと日の登る方向を眺めていた。
彼女の横顔は、この世界の誰よりも美しかった。
「たぶん君は、人を照らせる人間なんだよ」
「なにそれ、キモ」
俺が茶化して言うと、彼女は俺の方を振り返った。
「真剣に聞いてほしいけど、君は指示者のほうが向いてるよ」
「指示者?指揮官じゃなくて?」
「指揮官は誰かの言うことを聞いて、みんなに指示を出す人だ」
「指示者っていうのは?」
俺があほな訊き方ばかりするから、喧嘩屋は俺に愛想をつかすかと思ったのだが意外にも真剣な眼差しで話を進めてくる。
「物事を自分で考えてみんなに指示する者のことだよ」
「重役すぎない~?俺はもっと簡単なジョブがしたいな~」
俺はなんだかその場に居づらくなって寝床に戻ろうとした。
「いつかわかるよ。自分の性質を最大限に発揮できるジョブに、自然と行き着くようになってるんだから」
喧嘩屋に向けていた背を翻して聞く。
「嫌でも?」
喧嘩屋は自信満々に答えた。
「嫌でも」
俺はくそでかため息をついて寝床に入った。
そんな会話をした翌日に、ギルドから解雇宣言された。
世界で一番不幸な人間になった瞬間だった。絶望した。
そして自分に失望した。
基本ギルドに所属したらだいたい永久所属になる。
どんなに出来損ないでも、みんなに着いていけば自然と経験値も貯まるし、処世術を身につける。
ジョブを変えるなり、ステータスを自分の得意なものにふるなりしてどうにか一人前になっていく。
ギルドを解雇なんてこの千年以上の歴史の中で聞いたことがない。
俺は、世界一の出来損ないだった。
ギルドを解雇になって、一日目は自殺しようとしたが失敗した。
二日目の今日は一人で塔に登るべく塔へ行く道を淡々と歩いていた。
転送者がいれば、魔法が通用しないところ以外は歩く必要すらないのに。
塔の入口へは街からギルド全員を転送してもらって楽にいけるのだ。
俺は一人だし、魔術にステータスをふっていなかったので転送もできない。
惨めだ。
そう悲しみにくれている時、俺を嘲笑うかのように頭上から小石か落ちてきたのだ。
なんとなく嫌な気持ちになるのも無理はなかった。
頭上を見上げた。
大きな塔が見えた。
塔から鎧の着た人間が、俺めがけて落ちてきた。
俺はその場でじたばたして、逃げるかどうか考えていたら…。
暗転。
…そこから俺の意識はなかった。