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カゲロウ

作者: くろうど

処女作です。拙い面も多々あるとは思いますが、短い文章でまとめてありますので読んでいただけると嬉しいです。



車両が大きく揺れた。甲高い金音を鳴らし、その勢いを殺していく。

緩やかに電車は止まり、静かに扉が開く。

車両に熱気が流れ込み、途端に息苦しさを覚えたからか、青年は首元のボタンを一つはずし、足を踏み出した。

そこには、車窓から見えたとおりの光景が広がっていた。

人一人いない、静かな駅だ。

薄汚れた壁の隅に、錆びたパイプ椅子が三脚置かれている。

古びた駅のホームの出入り口は、アルミ製の引き戸が一つ立てつけられているだけだった。

戸を引くと、キュルキュルと引っ掻いたような音が鳴った。

無人の窓口と小さな改札口からは、田舎特有の不用心さが表れている。

無賃乗車に対する警告が書かれた立て看板と、一台の監視カメラがすべての防備を担っていた。

青年は改札を通り、そのまま外に出た。




駅を出ると、そこにはすたれた住宅街が広がっていた。

日が昇ってからそれなりに時間がたっているにもかかわらず、人の姿はなかった。

まばらに並ぶ家屋の庭に植えられている木は、建物とは不釣り合いなほど大きく、大きな影を落としている。

その影の中でわんわんと鳴くセミだけが、青年の孤独を少しだけ埋めた。

道の先には揺らめく陽炎が見える。見上げれば緑一色の大きな山々が連なっている。

青年は帽子を深くかぶり直し、麓へと歩き始めた。

次第に緑が濃くなり、一層セミが騒がしくなった。

左右には土に落ち葉が積もり、高い木々が立ち並ぶ。

雑木林のような風体であった。

時折吹いてくる風は、熱をはらんだ青年の顔を冷やしていく。

流れる汗をぬぐいながら、青年はその奥へと進んでいった。




山の麓には、大きな公園があった。

隅にいくつかの遊具が設置されており、反対側には雨風にさらされ、腐ってしまっている木製のベンチ、奥には小さな公衆トイレがあった。

そのそばには一台の自販機が佇んでいる。

青年は財布を取り出し、見本が大きく傾いているジュースを買った。

お釣りを取るためにかがむと、自販機の下から一匹の蜂が飛び出してきた。

青年は周囲を飛び回る蜂には一瞥もくれず、変わらぬ歩調で再び歩き出した。




車道のそばを歩き始めてからしばらくすると、駐車場にたどり着き、そこから続く山道が目に入った。

木々がまるでアーチのようにかかっている。

足を踏み入れると、雰囲気が変わったのを青年は感じた。

辺りは薄暗くなり気温も下がったのか、青年の汗はいつの間にか引いていた。

しばらく進むと、分かれ道にぶつかった。

右は崖の上の細い道につながっており、左は下りの緩やかな道であった。

青年は固まった。

足元をじっと見つめ、そのこぶしは固く握られている。

しばらくして、青年はそろりと数歩進み、深い深呼吸を挟むと、足早に右手の道へと進みだした。




崖から見下ろすと、木の頭がいくつも見えた。

人がすれ違えるほどの幅はあるが、柵は設けられておらず何かのはずみで落ちてしまっても不思議ではない。

乾いた土の坂道に何度も足を取られながらも、青年の歩みは止まらない。

気温は下がり続けているが、青年は汗でぐっしょりと濡れていた。

しかし、その青年の瞳に勇気や決意の火はともっておらず、薄暗い山道と同じ、灰のような色をしていた。




険しい坂道をしばらく進んでいると、青年の手に冷たいものが当たった。

辺りを見回すと、白い糸が無数に見えた。

だんだんと勢いは増していき、ついに雨が降り出した。

乾いた土は、湿り、濡れて、ぬかるんでいく。

ヌルヌルと滑り進めなくなった青年は、少し平たくなった場所を見つけ腰を下ろした。

土砂降りの雨の中、青年はどこを見るでもなくただじっとしていた。

冷たい雨は青年の体温を根こそぎ奪っていく。

いつしか雷鳴が鳴り響いていた。

視界が明るい光を捉え、轟音がかけていく。

だんだんと光は強く、音は大きく、そして早くなる。

青年の顔は青白く、歯の根が合わないのか、カチカチと音を鳴らしている。

朦朧とする意識の中、体温を少しでも上げようと立ち上がる。

しかし、力が入らずによろめき、青年は崖から落ちていった。

目の前がだんだんと霞んで、端から闇に染まっていく。

立ち上がろうと力を入れるが、空気が漏れるだけだった。

冷たい地面が次第に生暖かくなっていく。

この地に来て初めて、青年は笑みを浮かべた。

「こんなつもりじゃなかったけど……まあ…いいか…」

そう呟くと、一際強い光の中で、青年はまどろむ意識を手放した。




先程まで降っていた土砂降りの雨は嘘のように消えさり、夕焼けの光が森を照らしていく。

冷たい風が、先の惨状を物語っている。

草木についた露がオレンジの光を反射し、風に合わせてキラキラと揺れている。

日は落ち続け、光は真っ赤に変わった。

ヒグラシの鳴き声が、風に乗って運ばれてくる。

揺れる枝葉から差す木漏れ日の先は一層赤く染まっていた。

真っ白になった青年は穏やかな表情を浮かべている。

薄く開いたその瞳には、赤き陽炎が揺らめいていた


問題点の指摘から、素直な一言まで、どんな内容でも感想を頂けると嬉しいです。

気が向いたらでかまいませんので、このあとがきの下にある応援ポイントをお好きな数入れて頂ければ嬉しく思います。

最後に、私の小説を読んでくださり、本当にありがとうございました。

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