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5話 未来予知?

 今日はおかしな日だ。というより、おかしな男と出会ったと言った方が間違っていない。初対面でゲロまみれだったこの男は洗濯機の回しかたを知らなければ、蛇口を捻ったこともない。あげくの果てには自分は未来から来たのだと言い始めた。


「お前、やっぱりクスリやってるだろ。」


眉をひそめたぼくに向かいの男は鼻で笑いながら言った。


「やっぱり信じないよな。」


当たり前だろう。もし目の前の男がスーツを着て七三分けにしたこの世の誠実さを詰め込んだような人間であったとしても到底無理だ。胡散臭い笑顔を浮かべているコイツではなおのことだ。


「証明してくれよ。ドラえもん。」


ぼくは今日一番の意地悪をした。こんな可愛そうな電波君をいじめるつもりはなかったのだが、あまりにも自信ありげな顔が癪だったのだ。ぼくはこの男が彼が来たという「未来」の話をしようものなら、確かめようのない嘘だと糾弾する準備を済ませていた。この時自分の顔を鏡で見ていたらさぞかし醜悪な表情だっただろう。


「いいぜ。」


この自称未来人のあまりにも軽い返事に呆気にとられてしまい、次の言葉がなかなか舌を越えなかった。


「……っ……、……どうやって。」


一瞬向こうのペースに流されそうになったが、適当なことを言ったらすぐに指摘してやればいいと思い再度聞いた。


「そうだな……、今日は西暦2019年7月26日だよな?」


「あぁ」


ぼくはこの男に付け入る隙を与えぬように、携帯電話で日付を確認した。時間は夜の7時15分前だった。


「あと20分で地震が起きるぜ。震度は4、震源は太平洋沖30km深さ10kmだ。この地震が原因で大学の近くの民家で深夜に火事が起きるが明け方に鎮火される。」


言い終わるのとほぼ同時に店主がビールをもってきた。愛想よく何か喋っていたが全く頭に入らなかった。ひとしきり喋ったらしく店主は奥へ引っ込んだ。


「答え合わせの前に飲もうぜ。」


ニヤッと笑った未来人の口から白い歯が少し見えた。先ほどの話は作り話にしては妙にリアルにかんじられた、この男の台本をなぞるような言い方も後押ししているのだろう。


「おぉぉ……これがビールか……!!!」


まるで財宝を見つけた探検家のような口振りだ。ぼくは完全に信じたわけではなかったがこの男の話に乗ってやることにした。


「未来には酒はないのか?」


「あるにはある。ただ飲酒には免許がいるし、許可のおりた場所でしか飲めない。金持ちの嗜好品よ。」


甘露を味わうように両手でグラスを抱え、人生で初めての飲酒を経験した彼は満足げに言った。


「じゃぁそれは犯罪じゃないのか?」


「その法律ができるのは今から20年後だよ。」


彼は嬉しそうに再びのど越しを楽しんだ。空になったグラスを名残惜しそうに見つめ、2杯目のビールを頼んだ。


「夢がひとつ叶ったぜ!過去最高だな。」


その喜びようがあんまりにも大げさだったので、やっぱり嘘をついているのではと疑った。なので他にもいろいろ聞いてみることにした。


「未来では他にどんなことが今と違うんだ?」


「俺は今日初めて過去に来たんだから何と何が違うかなんてわかんねーよ。」


確かにそうだな。内心この男が未来人であることに期待していたのかも知れない。焦って雑な質問をしてしまった。


「だけど、ドラえもんはまだやってるぜ。のび太くん。」


焼き鳥を頬張りながら彼は言った。その様子からもう完全に現代に馴染んだようだった。先ほどの皮肉をやり返されてしまった。ユーモアは向こうが上かもしれない。


「何しに過去に来たんだ?」


その問いに彼が答えようとしたその時。半分ほど中身を残したグラスが震えだした。徐々に大きくなるそれが地震だと気づくまで1秒、テーブルの下に隠れるまでにその数倍の時間を要した。結構大きな揺れだった。十数秒後に揺れが完全に収まると掘りごたつ式のテーブルからゆっくり体を出してやった。スマホの電源を入れると、最初の画面には7:05と無機質に表示されていた。


ぼくは目の前の半笑いの男を信じてみようと思った。





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