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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
98/188

94 探索

おはなしにつけている「ほのぼの」というタグを外すべきか、ちょっと悩んでいます。

 うららかな春の日差しも届かない深い原始の森の中、聖女教司祭テレサ率いる冒険者集団パーティ『聖女の導き』は襲撃してきた魔獣と戦っていた。


 巨大な牙を持つ剣歯狼サーベルウルフが、前衛を務めるディルグリムの腕を噛みちぎろうと大きく顎を広げ、突進してくる。彼が黒い小太刀で牙を受け止めたところに、挌闘僧モンクのハーレが手にした長柄の戦槌ウォーハンマーを振るう。


 ディルグリムがさっと体を引いた瞬間、横薙ぎに振るわれた戦槌の刺突部ピックが剣歯狼の頭を捉えた。瞬時に絶命し、どうっと音を立てて倒れた狼が、びくびくと体を痙攣させる。だが息つく間もなく、もう一体の剣歯狼が体勢の崩れた二人に襲い掛かった。


 ハーレが戦槌を横に構え防御の姿勢を取ると同時に、彼女とディルグリムの間を通り抜けた矢が剣歯狼の眉間に突き立った。その勢いでもんどりうちながら転がる狼の体を、ディルグリムが躱す。強弓で針の穴を通すような精密射撃を見せたエルフ族のロウレアナは、命中したかどうかを確かめることすらせず、すぐに次の矢をつがえる。


 2体の仲間が死んだにもかかわらず、さらに襲い掛かろうとする狼たち。だが彼らの攻撃は、可愛らしい詠唱の声で生み出された一筋の閃光によって中断された。


「荒れ狂う風の生み出す雷よ。我が手に宿りて敵を穿て。《雷撃ライトニング》!」


 魔力により誘導された雷撃は、三体の狼を一度に貫いた。苦手とする風属性の魔法により、たちまちのうちに絶命する狼。残りの狼たちは、突然戦場を横切った青い閃光に驚いて逃げ出していった。






「やっぱり魔導士がいると火力が段違いだな。話には聞いてたが、いやはや想像以上だぜ。」


 刺突剣スティレットを手にしてエマの後方を警戒していた隻眼のガレスが、剣を収めながらそう言った。


「エマ、顔色が悪いようです。大丈夫ですか?」


「は、はい。テレサ様、大丈夫です。」


 エマが青ざめた顔で頷く。だがその表情から無理をしているのは明らか。襲い掛かってくる魔獣を目の当たりにすれば、大の男であっても恐怖に耐えられず、逃げ出す者が多いのだ。


「やはりガブリエラ様に言って別の方法にしていただきましょう。年端のいかない子供を魔獣と戦わせるなど・・・。」


「いいえ、テレサ様!本当に大丈夫です!」


 心配そうに眉を顰めるテレサに、エマは強い口調でそう言った。テレサはエマの目に光る決意の色を見て、仕方がないというように首を振り、子供用の革の胸当てを付けたエマの胸に、そっと手を置いた。


「世界を守る聖女の猛き勇気を彼の者に齎し給え。《聖女の勇心》」


 テレサの手が暖かい光に包まれた。エマの心にあった不安や恐怖が溶けるように消え去り、勇気が沸き上がってくる。


「ありがとうございます、テレサ様。」


 ぺこりと頭を下げたエマを諭すようにテレサは言った。


「恐怖に対する耐性を上げ、あなたの心にある勇気を引き出しただけです。折れた心を戻すことはできませんから、無理は禁物ですよ。」


 エマは「はい!」と元気よく返事をして頷いた。それを聞いて、心配そうに彼女を見つめていた大人たちが顔を見合わせ、ようやく笑顔を見せた。






 エマが落ち着きを取り戻したところで、彼らは倒した魔獣を解体し、素材を回収する作業に移った。エマはガレスに指導を受けながら、ドーラに作ってもらった採集用の短剣で魔獣の解体を進めていく。


「ほほう、なかなかいい手捌きじゃねえか。やったことがあるのか?」


「お母さんが料理をする手伝いをしてましたし、カール様にちょっとだけ教わりました。」


「カールって男爵様か?あの人、一体何者なんだよ・・・。」


 ガレスの呟きを聞いてテレサが苦笑する。カールには凡そ貴族らしいところがない。それが彼の美点でもあり、欠点でもあるのだ。ドーラが彼に魅かれたのも、彼のそんなところなのかもしれないと彼女は思った。


 魔石と素材の回収作業が終わりに近づいた頃、周囲を警戒していたロウレアナが声を上げた。






「伏せて!上から何か来る!」


 彼女は声と同時に矢を放っていた。エマを狙った巨大な影が、彼女の矢によって射落とされた。


影蝙蝠シャドーバットの群れだ!解体に時間をかけすぎたな!」


 狼の血の匂いに魅かれた影蝙蝠の群れが、次々と飛来し彼らに襲い掛かる。彼らはエマとテレサ、そしてガレスを中心に置いて、素早く円形の陣を組んだ。


 襲い掛かる蝙蝠を、ディルグリムとハーレが牽制し、ロウレアナが射落としていく。だがみるみる間に、森の木々を覆いつくすほどの数の蝙蝠たちが押し寄せてきて、彼らの周囲を高速で飛び回り始めた。


 ガレスが「ぐっ!!」と呻いてその場に蹲る。彼に続いてエマも地面に膝を付き、激しく嘔吐した。他の者も激しい頭痛を感じ、平衡感覚が失われていく。






「奴らの出す、聞こえない音による攻撃だ!」


 ガレスは叫びながら、エマの両耳をしっかりと自分の両手で塞いだ。そのおかげでエマは何とか気絶を免れた。ガレスの表情が苦痛に歪む。頭痛とめまいに苦しみながら蝙蝠を牽制し続ける彼らの中心で、朗々としたテレサの詠唱が響き渡った。


「傷つけられた体を癒し、我らの身に悪しき者を打ち払う力を満たし給え。《癒しの羽根》」


 テレサの周囲に白い光の羽根が降り注いだ。羽根に触れると同時に全員の傷が癒え、頭痛が嘘のように引いて行く。それどころか体に力がぐっと満ちてくるのを感じた。。


「悪影響を防ぐ効果は長くありません。今の内に早く!」


「お姉様、ありがとうございます!」


「数が多すぎる。エマ、ロウレアナ、俺たちが支えてる間に魔法を!」


 ガレスがそう叫ぶと、弓を持ったロウレアナと、刺突剣を構えたガレスがさっと立ち位置を入れ替えた。短杖ワンドを構えてすでに詠唱しているエマを追いかけるように、ロウレアナが精霊魔法の詠唱に入った。






「世界に満ちる水の精霊よ。揺ぎ無き水の糸を織りなし、我が敵を縛れ。《水蜘蛛の糸》」


 ロウレアナの周囲に出現した小さな水の球が宙に舞い上がったかと思うとたちまち激しく渦を巻き、粘性の強い水の糸を周囲に張り巡らせた。周囲を高速で飛び回っていた影蝙蝠たちは次々とその糸に囚われ、身動きが取れなくなる。その直後、エマの呪文が完成した。


「世界を支える大地の力よ。我が魔力によりて今ここに収束し我が敵を撃ち払う速き礫となれ。我が願うは殲滅。我が前に立ち塞がる者、悉く打ち砕け!《石礫弾幕ストーンバラージ》!!」


 身動きが取れなくなった蝙蝠たちに、エマの土魔法が炸裂する。エマの短杖の先に出現した赤熱化した岩塊が弾け、高速で飛翔する石弾となって、蝙蝠たちに降り注ぐ。魔力で誘導された石弾は、正確に蝙蝠たちの急所を撃ち抜き、絶命させた。


 ロウレアナが魔法を解除すると水の糸は霧となって消え去り、魔獣がバラバラと地面に落下した。


 エマが青い顔で《収納》から陶器の瓶を取り出し、栓を開けて中身を口に含んだ。甘い蜜の味と花の香りが口いっぱいに広がり、胸のむかつきと頭痛が癒えていく。ドーラがエマのために作り出した蜂蜜味の特製上級魔力回復薬の効果だ。


 エマは胸の中で「ありがとうドーラお姉ちゃん」と呟いて、《収納》に空き瓶をしまった。






「今日はこれ以上の探索は無理ですね。村に帰還しましょう。」


 魔石と素材の回収を終え、エマの炎の魔法で魔獣の死骸を焼却し終わったところで、テレサがそう言った。誰からも異論は出なかった。ガレスの先導で、彼らは帰路に着いた。


「しっかしまあ、さっきのは本当にヤバかったな。並みの冒険者じゃ確実に死人が出てるぜ。下手すりゃ全滅だ。」


 ガレスの言葉に皆が頷く。彼の言葉に続くようにハーレが言った。


「お姉様の神聖魔法がなければ、かなり危なかったですよね。さすがはお姉様です!」


「確かに司祭様の魔法はすげえ。状態異常と傷を同時に複数回復できる司祭なんて聞いたこともないぜ。あれが司祭様の奥の手ってやつですかい?」


 テレサはガレスの問いに「さて、どうでしょう」と冗談めかした笑顔で答えた。ガレスはつい立ち入ったことを聞いてしまった自分の迂闊さを恥じた。冒険者同士で互いの能力を詮索し合うのはタブーとされているのだ。


 だがもう3年も一緒に過ごしてきたことで、ついつい気持ちが緩んでしまった。テレサは別に怒ってはいないようだが、バツが悪くなった彼は、話をエマに振った。






「それにしてもよう、嬢ちゃんの魔法は本当にすげえな。中級どころか上級魔導士並みの力があるんじゃねえか?」


「本当にそうですね。いっぱい魔法を使って疲れたでしょう、エマちゃん?」


 ディルグリムが心配そうにエマに尋ねる。エマは笑ってそれに答えた。


「すごく疲れました。でも昨日の行儀見習いより、こっちのほうがずっといいです。」


 それを聞いて大人たちが思わず笑みをこぼす。エマは今、数日おきに森の探索と貴族の行儀見習いをこなしているのだ。もちろん、行儀見習いの講師はガブリエラである。妥協を許さない彼女の厳しい指導にエマが苦労しているのを、ここにいる全員がよく知っていた。






「エマさん、分かります。私もお祈りの所作や聖句を全然覚えられなくて、お姉様に随分しごかれたんですよ。」


 戦槌を背中に担いだハーレがそう言うと、ガレスとディルグリムは「だろうな」「でしょうね」と同意した。


「そうでしたね。懐かしいです。司祭試験に向けて、久しぶりにハーレもまた聖句の暗唱をしますか?」


「い、いえ大丈夫です、お姉様!挌闘僧として弱きものを救うのが私の使命ですから!!力こそ正義ジャスティスです!」


 テレサの言葉に慌てて首を振るハーレ。そんな彼女の様子を見て皆が笑う。和やかな雰囲気で、森の中を進む彼ら。だがテレサだけは、憂いを含んだ目でにこやかに笑うエマの横顔をじっと見つめていた。











 春の暖かな太陽が傾き、春霞に煙る夕日が街並みを赤く染める。通りには家路を急ぐ人々の影が長く伸びていた。


 私は東ハウル村の冒険者ギルドの前で、エマたちの帰りを今か今かと待ちわびていた。


「ドーラ、そんなに歩き回ったからってエマたちが早く帰ってくるわけでもないだろう。店の中で待ったらどうだい?」


 昼下がりからずっと、こうやってギルドの前をウロウロしている私を見かねて、『熊と踊り子亭』のジーナさんが声をかけてくれた。


「ありがとうございます。うーん、でも、やっぱりいいです。酒場でウロウロしたら邪魔になっちゃうし・・・。」


 私がそう言うとジーナさんは「ウロウロは止められないんだね」と苦笑し、エマ早く帰ってくるといいねと言い残して、酒場の中に入っていった。酒場の中からは冒険者さんたちの笑い声が聞こえてくる。


 酒場はこれからが忙しくなる時間だ。それなのに声をかけてくれたジーナさんの優しさに心の中で感謝しつつ、私は東門の方を見ながら、ひたすらウロウロと歩き回った。






「ドーラさん、エマはまだ戻らないんですね。」


「心配なのは分かるけれど、落ち着きなさいドーラ。」


 西ハウル村から駆けつけてくれたカールさんと、空飛ぶホウキに腰かけたガブリエラさんが私に声をかけてきた。このホウキはガブリエラさんが改良して作ったものだ。


 彼女はエルフのロウレアナさんと共同で研究し、魔法陣の一部に精霊魔法の術式を組み込むことで、ホウキの魔力消費を半分以下にまで減らすことに成功していた。


「カールさん、エマたちちょっと遅すぎないでしょうか?ガブリエラ様、私、迎えに行ってもいいですか?」


「大丈夫ですよドーラさん。《警告》の魔法は発動していないんでしょう?もうすぐ戻ってきますよ。」


「絶対にダメよ。あなたが出ていって魔獣たちを刺激したらかえって危ないでしょう。大人しく待っていなさい。」


 私は二人に宥められ、三人で一緒に待つことになった。






 やがて夕日が森の向こうに消えはじめ、東門の閉門を告げる鐘が聞こえる頃になってようやくエマたちがこっちに歩いてくるのが見えた。私は、エマめがけて全速力で走りだした。


「おかえりエマ!心配したよ!ケガしてない?怖くなかった?」


「ただいま、ドーラお姉ちゃん!すっごく怖かったよ。でも大丈夫。私、頑張ったんだ!」


 私はエマを抱きしめたまま、その場でクルクルと回った。エマの体から魔獣の血の香りが微かに漂ってくる。エマは私の首にぎゅっとしがみついてきた。きっとすごく怖かったに違いない。


「エマ、やっぱりこんなこと止めた方がいいんじゃ・・・?」


 私がそう言いかけたら、エマは私の腕をすり抜け、両手で私の両頬を軽く挟んで言った。


「ううん、大丈夫。私、ちゃんとやれてるよ。それにいざとなったらこれもあるし。」


 エマは《収納》から私の作った竜虹晶の首飾りを取り出して、首にかけた。この首飾りにはありとあらゆる守りの魔法を織り込んである。でも修行の邪魔になるので、探索中はエマが自分で外して《収納》にしまっているのだ。


 私としては常に身に着けておいてほしいのだけれど、エマの気持ちを邪魔するのもイヤだ。私はとりあえず《警告》の魔法をもう一度エマにかけなおし、首飾りに自分の魔力を出来る限り込めた。






「ドーラお姉ちゃんがこの間教えてくれた土属性の《石礫弾幕》の呪文、ちゃんとできたよ!それに回復薬も!おかげですごく助かったの。ありがとうドーラお姉ちゃん!」


「ほ、本当?よかった!じゃあ今度はもっとすごいのを教えてあげる!《流星雨メテオストライク》っていう魔法なんだけど、これを使えばどんな魔獣もイチコロ・・・あ、痛っ!何するんですか、ガブリエラ様!」


 私がエマに魔法を教えようとしていたら、ガブリエラさんに後ろからお尻をぺしんと叩かれた。


「それ超級戦略呪文じゃないこのおバカ!あなた、村ごと滅ぼす気!?それにエマにいきなりそんな高位の呪文を教えるんじゃないの!!」


「だ、だって強い魔獣が出たら危ないじゃないですか!エマがケガでもしたらどうするんです!?」


「あなたの教えてる呪文のほうがよっぽど危ないわよ!今度から呪文を教えるときは事前に私に確認を取りなさい!分かった!?」


 私たちのやり取りを見て、エマがくすくす笑いながら言った。


「ドーラお姉ちゃん、教えてもらっても私そんなすごい呪文使いこなせないよ。それより《集団転移》を早く使えるようになりたいの。今度一緒に練習してくれる?」


「もちろんだよエマ!一緒に練習しよう!」


 エマが私の手を取って、にっこり笑ってくれた。ああ、エマはやっぱり可愛くて、賢くて、最高だ!






 私たちはその後、みんなで冒険者ギルドに入って、エマたちが探索の報告をするのを聞いた。かなりの量の魔石と素材が手に入ったようだが、もう遅い時間なので買取についてはまた明日ということになった。


 ギルドを出た私たちは隣の『熊と踊り子亭』に入って、蜂蜜茶やエールなどを飲みながら、今日の探索の様子を教えてもらった。エマがすごく頑張っているのが分かって、私ももっと応援しなきゃと思った。


 ガレスさんとハーレさんがお互いのことを面白おかしく話すのを聞きながら笑っていると、テレサさんがそっと席を立ち、ガブリエラさんに「お話があります」と声をかけた。二人は店の奥にある衝立の陰で何やら話し合っていたけれど、しばらくすると戻ってきた。


 そろそろ夕食の時間になったので、東ハウル村に住んでいるテレサさん、ハーレさん、ガレスさん、ディルグリムくん、そしてロウレアナさんとはここで別れることにした。私は《集団転移》の魔法を使い、ガブリエラさんの屋敷に戻った。


 そしてさらにエマと二人で、家の前まで《集団転移》で移動した。「ただいま!」と扉を開けると、マリーさんとフランツさん、そしてアルベールくんとデリアちゃんが私たちの帰りを待っていてくれた。


「おかえり、エマ、ドーラ。さあ、飯にしよう!」


 フランツさんの言葉でみんなが一斉に食べ始める。エマの冒険の話をキラキラした目で聞く弟妹たちとは対照的に、マリーさんとフランツさんは笑顔の中にも、ちょっと心配そうな様子が見て取れた。でも何も言わないのは、私と同じようにエマのことを信じているからなのだろう。


 エマのためにまた特製の回復薬をどっさり作っておかなくちゃ。私は今夜の素材集めの段取りを考えながら、柔らかい黒パンをはむはむと噛みしめたのでした。











 自室に戻ったテレサはシスターベールを外し、法服から部屋着へと着替えながら、先ほどのガブリエラとの会話を思い返していた。エマに魔獣との戦いを続けさせるつもりなのかというテレサの問いに対して、ガブリエラは「エマには揺ぎ無い功績が必要なのです」と答えた。


「揺ぎ無い功績とは一体何ですか?あなたはエマに何をさせるつもりなのです?」


「テレサ様、この探索の目的が『迷宮』の発見であるということはお話しましたよね。」


「それは聞きました。ではまさかあなたは・・・?」


「ご想像の通りです。わたくしはエマに迷宮討伐を達成させるつもりです。」


 テレサを正面から見つめ、静かな調子で言うガブリエラ。テレサは相手の正気を疑った。


「あなた、ご自分が何を言っているか分かっていらっしゃるのでしょうね?あの子はまだ9歳です。そんな子供が迷宮の討伐など、前代未聞・・・!!」


 テレサが思わず言葉を止めたことで、ガブリエラはフッと笑って頷いた。






「9歳にして迷宮討伐を成し遂げたとなれば、エマを平民だからという理由で侮ることなど決して出来なくなります。そしてあの子にはそれを成し遂げられるだけの実力がある。」


「何を根拠にそのような・・・。」


「根拠はあるのですよ、テレサ様。あの子の魔力はすでに私を遥かに凌駕しているのです。経験が不足しているので持っている力を十分に使いこなせてはいませんが、戦いの中で経験を積めば遠からずこの王国で最強の魔導士の一人になるはずです。」


 エマが相当な力を持っていることは知っていたが、まさかそれほどだったとは。テレサは驚きを隠せなかった。そんな彼女にガブリエラは、真剣な表情で訴えた。


「幼くして力を持ってしまった以上、あの子はそれを使いこなす技術を身に着ける必要があるのですよ。そしてそれを正しく導いていくのが、私の使命だと思っています。テレサ様、どうかそのためにお力をお貸しください。お願いいたします。」


 ガブリエラはテレサの前に跪き、両手を胸の前で組んで深々とこうべを垂れた。その姿を見てテレサは、彼女が幼くして力を持ってしまった自分とエマとを重ね合わせ、自分と同じ轍を踏ませまいと必死になっているように思えた。






 テレサは彼女の前に跪き、そっと顔を上げさせるとガブリエラの手を取った。彼女の顔は蒼ざめ、その手は小刻みに震えていた。ああ、彼女も苦しんでいるのだ、とテレサは瞬時に悟った。


「分かりました、ガブリエラ様。私に出来ることでしたら精一杯協力させていただきます。」


「ありがとう存じます、テレサ様。」


「礼には及びません。これは私の本来の目的にも叶うことですから。ただし危険だと思ったらすぐに中断します。それでよろしいですね?」


「もちろんです。よろしくお願いいたします。」


 二人は頷きあい、手を強く握りあった。






 強大な力を持つ人外の存在、ドーラはエマを通じてこの世界に結びついている。エマとドーラの絆が失われたとき、ドーラはどうなってしまうのか。


 万が一にでもドーラの力が暴走すれば、この世界は終末を迎えることになるかもしれない。エマを守ることはすなわち、世界を守ることでもあるのだ。彼女がハウル村にいる理由の一つがそれなのである。


 ドーラを見守る。そしてもし暴走の兆候が見えたときには・・・。師匠である当代聖女が準備している大儀式魔法が発動することになるだろう。そうなれば多くの人が犠牲になる。そんなことをさせないために、彼女はここにいる。






 私室の窓の木戸を開け、外を眺める。空には青く大きな月を追いかけるように、白い月が浮かんでいた。だが二つの月は薄く煙る霞によって、その姿を隠しつつあった。


「春の嵐が近づいているのでしょうか・・・。」


 テレサは首から下げた銀の聖印を両手に取り、祈りを捧げる。神よ、どうか心正しき者、弱き者をお守りください。


 窓から吹き込んできた春の夜風が彼女の美しい黒髪を揺らす。生暖かい風は湿った匂いをはらんで、近づきつつある雨を予感させた。テレサにはそれがどうしても、これから起こる波乱を告げているように思えてならなかった。






種族:神竜

名前:ドーラ

職業:上級錬金術師

   中級建築術師

読んでくださった方、ありがとうございました。

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