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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
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90 転換

次回、閑話です。

 冬の最後の日、私は「ちょっと出かけてきます」と皆に言って、真夜中にハウル村を出ると、自分のねぐらのドルーア山の洞穴にこっそり《転移》した。これから竜に戻るわけだけれど、《人化の法》を解除する前に、《大地形成》の魔法でちょっとだけ洞穴を広げておく。


 実は去年ちょっとお腹のあたりが窮屈だったんだよね。最近よく食べてたから、ちょっと成長しちゃったのかも。決して太ったわけではないです。太ってなどいないのです!多分。


 《人化の法》を解除し、広くなったねぐらに竜の姿で寝そべったまましばらく待っていると、夜明けとともに王様が大勢の神官や騎士、それに美しく着飾った巫女たちを連れて洞穴の『神殿』にやってきた。


 今年も巫女たちの美しい舞を見た後、王様が大地母神に豊穣の祈りを捧げるのをぼんやり聞いた。竜の姿で薄目を開けて見てみると、王様がすごく小さく見える。多分私の顔の鱗一枚分もないだろう。


 今、私がうっかりくしゃみとかしたら、全員吹き飛んじゃうかも。そんなことにならないように、鼻の穴をしっかり閉じてるから大丈夫だと思うけどね。







 王様たちはいつものように、祭壇にたくさんの果物とお酒を置いて帰っていった。私は人の気配がないことを確かめてから、こっそりと果物を食べ、お酒を頂いた。いつも以上にすごく美味しい。


 この果物は多分、サローマ領の丘陵地帯でとれたものじゃないかな。お酒は王都の穀物を醸して、蒸留したものだろう。人間の世界を知ったことで、捧げものの来歴が分かるようになったのがすごく嬉しい。甘みをしっかり味わってからゆっくり飲み下す。


 そう言えば毎年のことになっているから深く考えていなかったけれど、これってよく考えたら泥棒なのかな。本当は大地母神っていう神様への捧げ物なのに、私が食べちゃってるんだよね。


 でも王様は私のよだれをたくさん取るのが目的だって言ってたし、食べてもいいのかしら?食べないで置いておいたら、果物もお酒も悪くなっちゃうし・・・。まあ、大地母神さんに会うことがあったら謝ればいいか。


 私はまだ見ぬ大地母神さんという神様にごめんなさいと心で詫びながら、ゆっくりと瞼を閉じた。






 私が目を覚まし、ハウル村に帰ったときには10日ほどの時間が経っていた。今年はお酒が美味しかったせいか、ずいぶん眠り込んでしまった。


「あ、ドーラおねえちゃん、おかえり!」


「ただいま、エマ!!」


 私が自分の部屋から出ていくと、マリーさんの代わりに朝食の準備をしていたエマが私を迎えてくれた。私はエマを抱き上げて、ほっぺを合わせる。


「おや、ドーラ。やっと帰ってきたのかい。」


 エマと一緒に朝食を作っていたグレーテさんがスープの味を調えながら、私に声をかける。


「マリーさんはまだ部屋ですか?」


「昨夜はアルベールの夜泣きが酷くてね。もう少し寝かせてやっておくれ。」


「分かりました!」


 私はマリーさんとフランツさんの部屋に向い、そっと扉を開いた。フランツさんの姿はない。多分水路に水を汲みに行ったのだろう。







 マリーさんは疲れた顔で寝台に横になっていた。私が入っていっても全然起きる気配がない。マリーさんの寝台の脇にある二つの揺り篭の中では、冬が終わる少し前に生まれたばかりの双子、アルベールくんとデリアちゃんがすやすや眠っていた。多分、エマが取り替えたのだろう、二人のおしめも新しいものになっていた。


「おやすみなさい、マリーさん。いい夢を。《安眠》」


 私はそっとマリーさんに《安眠》の魔法をかけた。マリーさんの表情が和らぐ。うん、よしよし。これでしばらくは起きないはずだ。睡眠時間が短くても、ぐっすり眠れば少しは疲れが取れるだろう。


 私が食堂に戻ると、もうすっかり朝食の準備が整っていた。


「おお、帰ってきたなドーラ。用事はもういいのか?」


「はい、ちゃんと終わらせてきました。」


 アルベルトさんに笑顔で返事をして私は食卓に着く。エマは双子の弟と妹ができてから、すっかりお姉ちゃんらしくなった。今年の春で6歳になり、背も少しずつ伸びてきている。私は皆の笑顔を見て、今年もいい年になりますようにと祈らずにはいられなかった。






 マリーさんのお産は心配していたほどのこともなく、無事に終わった。これはマリーさんが頑張ったのはもちろんだけれど、テレサさんが助産師として立ち会ってくれたからというのも大きい。


 聖女教の初代聖女という人は、多産と豊穣を司る女神の化身と言われているそうで、聖女教の女性司祭さんたちは全員助産師としての技術を持っているそうだ。


 エルフのロウレアナさんは初めて見る赤ん坊の姿にとても驚いていた。エルフ族は長命が故に、ほとんど新しい子供が生まれることはないそうで、彼女は今まで自分より小さな子供を見たことがなかったらしい。


「タラニス氏族では私が一番年下だったんです。私、まだ成人していませんし・・・。」


「へえ、そうなんだな。しっかりしてそうに見えるから、そんなに若かったとは驚きだ。」


 フランツさんがそう言うと、彼女はちょっと照れたような表情で言った。


「そ、そうですか?ありがとうございます。里ではいつもひよっこ扱いだったのですよ。まだ173歳ですし。」


 彼女の言葉を聞いた瞬間、私を除くその場にいた人全員が口をあんぐりと開け、彼女の方を見た。エルフさんたちは200歳を超えたら成人という扱いになるそうだ。


 彼らは大体500~700年くらい生きるのが普通らしい。それを超えて生きることも可能らしいけれど、大概は1000年前後で自ら精霊と同化し『森に還る』という選択をするそうだ。


 ちなみにこの国の平民の子供たちの、成人する年齢というのは特に決まっておらず、大体10歳くらいから仕事をはじめ、12歳くらいで大人と同じように働くようになる。ただし貴族だけは16歳から成人と決められているそうだ。これは魔法について学ぶ時間が必要だかららしい。


 人間の寿命は50歳超えれば長生きと言われているそうなので、人間にとって見たらエルフさんたちはとんでもなく長生きということになる。ロウレアナさんはそのことも知らなかったらしく、ものすごく驚いていた。






 エマの弟妹のアルベールくんとデリアちゃんの世話は、私やエマはもちろん、グレーテさんや村のおかみさんたちが協力して分担している。これはマリーさんが特別というわけではなく、この村では当たり前のことだ。


 ちょうど同じ時期に子供ができたおかみさんたちが、互いにお乳を上げたり世話をしたりすることで、村の働き手をなるべく減らさないための工夫らしい。皆で子育てをするっていうのは、群れで生きる生き物としての本能みたいなものなのかもしれないなと私は思った。


 中でもエマは二人のことを特に可愛がり、甲斐甲斐しく世話を焼いている。きっと死んでしまった妹のマリアちゃんの分まで、二人のために何かしてあげようと思っているのかもしれない。


 マリーさんはそんなエマに感謝しつつも「あんたは自分の仕事や勉強を頑張りなさい」と言っていた。でもエマは明るく笑って、マリーさんに言った。


「大丈夫だよ、お母さん。あたし、ガブリエラ様から一杯魔法を教わったの。それでお母さんを助けてあげるね。」







 エマは《洗浄》や《乾燥》といった生活魔法を駆使して、家族のために一生懸命頑張っている。もちろん私もだ。エマが魔法を使いこなせるようになったことで、ずいぶん家事が楽になったとグレーテさんもマリーさんも、とても喜んでいた。


 エマは冬の間、ミカエラちゃんと一緒に魔法の鍛錬を続け、かなり魔法を上手に使いこなせるようになった。ミカエラちゃんはガブリエラさんから、錬金術も学んでいるらしい。二人はよい仲間であり、競争相手として互いの力を高め合っている。私もそんな二人に負けないように、魔道具作りを一生懸命、練習中だ。


 そんな魔道具の一つ、『おしゃべり腕輪』(命名:エマ)の魔石がピカピカ光った。この色は王様だ。私は腕輪にしゃべりかけた。


「王様、どうかしたんですか?」


 私が呼び掛けると腕輪から返事が聞こえてくる。


「ドーラさん、至急お願いしたいことがあるんだ。ガブリエラ殿とカール、そしてテレサ様を連れて私の部屋に来てくれないか。」


「はい、分かりました。」


 私は腕輪の魔石に減ってしまった魔力を充填しながら、三人を探しに行った。






 しばらく後、私は三人と共に《集団転移》で王様の私室に移動した。私室には王様が待っていてくれて、すぐに私たちを客間へと案内してくれた。


 私たちが部屋に入ると、客間のテーブルについていた人たちが一斉に立ち上がった。テレサさんが彼らの姿を見て、思わずというように小さく呟いた。


神聖騎士団パラダイン・・・!?」


 王様がテレサさんの方をちらりと見た後、彼らを紹介してくれた。


「聖女教西方大聖堂より当代聖女様の親書を我が国に届けてくださった使者の方々だ。ぜひテレサ様にお会いしたいということだったのでな。」


 王様の紹介を受けて、白銀に輝く素敵な鎧をまとった騎士さんの中でも、一際体の大きな男の人が右手を胸に当てて軽く頭を下げた。







「急にお呼び立てして申し訳ありません。私は聖女教会神聖騎士のダウードと申します。テレサ様、ご壮健で何よりでございます。聖女カタリナ様が大変心配しておられました。」


 男の人の顔を見て、テレサさんが少し震える声で彼に話しかけた。


「まさかダウード様がいらっしゃるとは思いませんでした。カタリナ様には心配ありませんとお手紙をお送りしておいたはずですが・・・。」


「その便りが、ちょうど我々と入れ違いになったようなのです。我らも旅の途中でそれを知らされました。カタリナ様は引き返してもよいとおっしゃったのですが、もう旅も半ばをだいぶ過ぎておりましたし、せっかくですからテレサ様のお顔を拝見してから大聖堂に戻ろうと思い、ここまでやってまいりました。」


「そう、そうなのですね。」


 テレサさんはその言葉を聞いて、心底安心したように詰めていた息を吐いた。ダウードさんはその表情をじっと見つめていた。





 私たちは順番に自己紹介してからそれぞれの席に着くことになった。でもここにいるのは皆、すごく『身分の高い』人たちのようだ。何だか私だけ、すごく場違いなような気がするんだけど?


 私がそう思っている間にガブリエラさん、カールさんの順番で自己紹介が終わり、私の番になった。みんなの視線が私に集まる。私は不安な気持ちになり、横に座っているカールさんとガブリエラさんを見た。


 二人が大丈夫というように頷いてくれたので、私は自分の名前を名乗った。


「ハウル村の錬金術師ドーラです。よろしくお願いいたします。」


 私がぺこりと頭を下げて椅子に座ると、王様が口を開いた。


「ドーラ殿はバルシュ卿の弟子に当たる方でしてな。師匠であるバルシュ卿共々、才能のある錬金術師として、我が国になくてはならない存在なのです。」


「なるほど、お若いのに大した力をお持ちのようですね。」


 ダウードさんが私の顔をじっと見つめながらそういった。カールさんがダウードさんを睨み返すように見つめた。私はなんだか居心地が悪くなり、思わず俯いてしまった。






 王様がその後、聖女カタリナ様という人の手紙について話してくれた。手紙にはテレサさんのいるハウル村に聖女教の教会を作らせて欲しいと書いてあったそうだ。


 それを聞いて、カールさんとガブリエラさんの体にぐっと力がこもるのを感じた。


「陛下、テレサ様はハウル村にとって大恩のある大切な方です。現在は我が家に逗留していただいておりますが、何分ハウル村は辺境の地故、十分なおもてなしをして差し上げられているとは思いません。」


 ガブリエラさんはダウードさんを見ることなく、続けて王様に言った。


「すべてはテレサ様の、民を思う深い慈悲にお縋りしてのことでございます。今でこそ申し訳ない気持ちでいっぱいですのに、その上教会まで作って頂くなど、あまりにも身に余ることでございます。ぜひご再考くださいますよう、お願いいたします。」


 よくわからないけど、村に教会ができるのは困るっていうことかな?






「バルシュ卿の心配ももっともだ。だがこれは聖女カタリナ様のたってのお望み。世界に冠たる聖女教を率いる方が、わざわざ使者殿に親書を託してまで、おっしゃっていることだ。我が国としてはそれを叶えて差し上げる他なかろうと思っておる。もちろん教会の建築や運営については、私が責任をもって行うつもりだ。バルシュ卿にも協力してほしいが、どうであろうか?」


 王様もダウードさんを見ないようにして、ガブリエラさんに問いかけた。ガブリエラさんは王様の目をじっと見つめている。二人は無言のまましばらく見つめあっていたが、やがてガブリエラさんが恭しく礼をして言った。


「陛下のお心遣いには感謝の言葉もございません。私の力の及ぶ限り、あらゆる協力をさせていただきます。」


「私もハウル街道を管理する立場として、出来る限りの力を尽くしたいと存じます。」


 カールさんも同じように頭を下げた。







「聖女様の望みを聞き届けていただき、感謝の言葉もござません。誠にありがとうございます。教会の運営が軌道に乗るまでは我々も村に滞在させていただきたいと思っているのですが、よろしいですかな?」


 ダウードさんがガブリエラさんにそう言ったが、彼女は申し訳なさそうに笑って彼に返事をした。


「先ほども申し上げました通り、ハウル村は辺境の寒村。お恥ずかしい話ですが、神聖騎士団の方々をお迎えできるような場所ではございません。平にご容赦いただきたく存じます。」


 どうやらガブリエラさんは神聖騎士団さんたちを村に入れたくないみたいだ。ダウードさんがそれに対して口を開く前に、テレサさんが彼に言った。


「私が責任を持って教会の造営については監督させていただきます。神聖騎士の方々のお力を借りるほどのことはありません。」


 ダウードさんは訝し気な目でテレサさんを見つめたが、そのまま頭を下げた。


「テレサ様がそうおっしゃるなら、我々はそれに従うのみです。」


「話は決まったようですな。では神聖騎士団の方は王城でおもてなしさせていただきましょう。」


 王様はそう言うと、ダウードさんたちを促して部屋を出ていった。私たちも、お茶を給仕してくれた王様の老侍女さんに暇を告げ、ハウル村に戻った。






「申し訳ありませんでした。私の力が及ばなかったばかりに、このようなことになってしまって。」


 ガブリエラさんの家に戻るなり、テレサさんは私たちにそう言った。


「テレサ様、あのダウードという男、かなりの手練れと見受けました。」


 カールさんの言葉にテレサさんが真剣な表情で頷く。


「はい。聖女様直属の神聖騎士団精鋭部隊を率いる方です。彼らの任務は聖女教の神敵を滅殺すること。ダウード様は『断罪の剣』という二つ名を持つ最強の騎士です。」


 カールさんがぐっと表情を引き締める。テレサさんはもう一度「申し訳ありません」と、二人に謝った。


「テレサ様のせいではありませんわ。テレサ様からお話を伺った時から、いずれこのようなことになるとは予想していました。少し予想より早かったですが。」


 ガブリエラさんは私の方を見ながら、テレサさんにそう言った。


「ガブリエラ殿、どうするつもりだ?」


「陛下が断れないと言った以上、私たちとしては受けるほかないでしょう。ですが好き勝手にさせるつもりはありません。カール様も協力していただけますわよね?」


「無論だ。」


「私もお二人に協力します。」


 三人はお互いに分かりあっているようだったが、私は何が何だかさっぱりわからない。私の表情からそれを察したのだろう、カールさんが私の手を取り言った。






「ドーラさん、何も心配はいりませんよ。」


 カールさんの言葉に他の2人も頷いた。私はそれで少しだけ、不安な気持ちから解放された。私には分からないところで三人は何かと戦っているみたいだ。私もそれに協力しよう。


「私に出来ることがあったら、何でも言ってください!」


「もちろんよドーラ。あなたと私たちの力をうんと見せつけてやりましょう。」


 ガブリエラさんが不敵な笑顔でそう言った。皆がいれば大丈夫。私が皆を守るんだ。私はそう心に誓った。






 その後、東ハウル村の東門の側に、聖女教の教会が建てられることになった。私がクルベ先生と一緒に建築魔法で土台作りをし、その後にペンターさんとその徒弟さんたちが総出で教会を建てていった。


 神聖騎士団の人たちも何回か『視察』に来たみたいだったけれど、ガブリエラさんとカールさん、テレサさんの三人が対応してすぐに追い返していたようだった。その年の夏ごろに完成した教会はとてもきれいな建物だった。


 完成した教会にテレサさんが移り住むと、彼女の世話をするという名目で何人かの女性がやってきて、村で一緒に暮らすようになった。その人たちから神聖騎士団の人たちは船で自分たちの国に引き上げたと聞いた。もっともガブリエラさんたちはそれをあまり信用していなかったようだけれど。


 最初は三人がすごくピリピリしていたけれど、特に心配したような大きな揉め事もなく、穏やかに月日は流れていった。







 私は村の皆と楽しい時間を過ごした。かけがえのない時間はあっという間に過ぎていき、やがて私は村に来て5回目の春を迎えることになったのでした。

読んでくださった方、ありがとうございました。新章は時間が大きく進み、3年後、エマが9歳になった春からのスタートとなります。また続きを読んでいただけるとありがたいです。

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