88 二度目の秋祭り
自分の引き出しの少なさに絶望しています。
秋の終わり、雪が降る前に仕事を済ませてしまおうとする者たちや故郷に帰る行商人たちで、ハウル街道はこのところ大混雑している。街道に面した広場には露店や屋台が立ち並び、自然発生的に市場が形成されていた。
ハウル街道管理官であるカールは、日に日に増えていく業務に忙殺されていた。王都から応援の衛士が来たことで、旅人の身分確認や通行料の徴収などの業務からは解放されたものの、今度は衛士の監督や通行料に関する決済業務などの書類仕事に追われることになったのだ。
本格的に文官を雇った方がいいかもしれないと、西ハウル村北門詰所の執務室でカールが思っていたところに、ひょっこりと商人のカフマンが顔を出した。
「よう、カール!相変わらず書類とにらめっこか。お役人さんは大変だな。」
「カフマンか。ああ、月末の税の納入だな。もうそんな時期なのか・・・。」
カールは開け放っていた窓の外に広がる秋晴れの空を見上げた。空は日に日に透明感を増していき、空気が冷たくなっている。冬がもう間近に迫っていることを、彼は改めて実感させられた。
「もうすぐ秋も終わりだぜ。こんな場所に閉じこもってちゃ、忘れちまうのもわかるけどな。それよりもこれを見てくれ。」
カフマンは懐から小さな箱を取り出し、カールに中身を見せた。箱に入っていたのは、青い宝石をあしらった金の髪留めだった。
「随分高価そうな髪飾りだな。どうしたんだこれ?」
「王都の職人に作ってもらった。なあ、カール。今度の秋祭りに、俺はドーラさんにこれを贈るつもりだ。いいか?」
カールはその言葉に衝撃を受けた。彼の脳裏に様々な感情と思惑が駆け巡る。
ドーラは王国にとって良くも悪くも無視できない存在だ。彼女自身はその正体を隠しているが、強大な力を持つ人外の存在であるということは明らか。ガブリエラは彼女の本当の姿について気が付いているようだし、彼自身も薄々気が付いてはいた。
彼は王家と貴族の思惑からドーラの身を守るため、ガブリエラと手を組んだ。結果的に見れば、その計画は非常にうまくいったと言える。ガブリエラは彼女自身の悲願であったバルシュ家の再興を成し遂げ、結果、彼女の盾となってくれている。
さらにエルフの里との協力関係ができたことにより、ドーラに表立って危害を加えようとする貴族は恐らくいなくなったと考えてよい。ロウレアナがこの村にやってきたことは、何よりも確かな後ろ盾になっている。
さらにロウレアナの存在はドーラの特異性を人々の目から逸らす働きもしてくれている。平民たちは、彼女の力や外見を、エルフとの血縁によるものだと考えるはずだからだ。
カールが彼女を守るために計画していたことのほとんどが達成できたことになる。彼が街道を管理することで、村を守る任務に集中できるのも、その成果なのだ。
つまりドーラに対する彼自身の役割も、一年前とは大きく変わってきていた。もはやドーラは彼だけではなく、多くの人に守られている。仮に、彼がこの村からいなくなったとしても、大きな問題にはならないだろう。
しかしそんなつもりは毛頭ない。彼にとってドーラは生涯をかけて守ると誓いを立てた女性だ。それは彼女が人外の存在であるということが分かった今でも変わらない。
彼はドーラのことを心から愛していた。彼女の美しさはもちろんだが、彼女と共に過ごす時間が重なるにつれ、その天真爛漫さや限りない優しさに心を奪われていった。彼女に触れたい、人生を共にしたいという思いは、彼の心の奥底をじりじりと焦がしていた。
だがこの思いを彼女に打ち明けることを、彼は迷っていた。その理由は二つ。
一つには自分と彼女の身分の違いのためだ。彼は下級とはいえ貴族、ドーラは実態はどうあれ表向きは平民だ。平民に対して貴族は絶対的な力を持っている。彼が彼女を求めたとしたら、彼女はそれを拒むことはできないだろう。
もちろん彼女がこの国の慣習に縛られるような存在でないことは百も承知だ。それでも彼は、自分の気持ちを彼女に打ち明ければ、結果的に身分を盾に彼女を求めてしまう気がして、躊躇してしまっていたのだ。
もう一つは、彼自身が自分に立てた誓いのためである。彼はドーラを生涯をかけて守ると誓った。だがこれは彼の一方的な想いに過ぎない。自分の誓いが彼女の生き方を縛ることになっては、本末転倒だ。
彼は彼女の自由な暮らしを守りたかった。彼女がハウル村の人々と共にのびのびと過ごす生活、彼女の笑顔を守りたかった。自分の気持ちを伝えることで、彼女の村での暮らしを壊すことを、彼は恐れていた。
だから自分の想いは秘めておく方がよいと思っていたのだ。その結果、彼女が他の男と結ばれたとしても、それが彼女自身の意思であるなら、それを尊重し見守るのみ。
そう思っていた。カフマンに髪飾りのことを聞くまでは。
カールはやっとのことで絞り出すようにカフマンに返事をした。
「・・・なぜ、それを俺に尋ねるんだ?」
それを聞いたカフマンはカールの目の前に顔を近づけ、目を覗き込みながら言った。
「なぜ、だって?舐めるなよ、お前。ドーラさんに惚れてんだろう。」
直接的な言葉を投げつけられ、黙り込むカールにカフマンは言った。
「俺はお前を友達だって思ってる。だからお前が考えてることくらい分かるつもりだ。お前の厄介な立場のことだってな。」
カフマンはふいと後ろを向き、言葉を続ける。
「だからこそ俺は髪飾りを贈る前に、お前に聞いておきたかったんだ。友達を裏切るような真似はしたくないからな。」
カフマンはカールに背を向けたままじっとしていた。カールは立ち上がるとカフマンの肩に手を置き、彼を振り向かせた。
「俺は、彼女の守護騎士だ。彼女がお前を受け入れるなら、俺はそれを祝福する。・・・話してくれてありがとう、カフマン。」
カールの真剣な眼差しを受けて、カフマンは軽く笑って首を振る。
「彼女が俺を受け入れるなら、か。わかったよ、この融通の利かない石頭野郎め。そんな自信たっぷりでいて、あとで吠え面かいたって知らねえからな。」
カフマンがカールの胸を拳で軽く突く。そして「またな、相棒」と言って執務室を出ていった。
カールはカフマンに突かれた胸に手を当てたまま、彼の出ていった扉をいつまでも見つめ続けていた。
秋祭りまで数日となった頃、私は慌ただしく過ぎていく毎日を、楽しく過ごしていた。
そんなある日、香草茶を納入しに行った西ハウル村の宿屋で、給仕をしている娘さんたちから声を掛けられた。
「ねえねえ、ドーラちゃん!」
「なんですか?手荒れに効く軟膏なら、明日には出来ますけど・・・。」
「そうなんだ、うれしい!って違うの!カール様のことよ。」
「ドーラちゃんってさ、カール様とお付き合いしてるの?」
「お付き合い?」
私はその言葉の意味がよく理解できなかった。カールさんはすごく大切で、大好きなお友達だ。ほとんど毎日顔を合わせているし、よく遊びに付き合ってもらっている。私がそう答えると、彼女たちはクスクス笑って言った。
「違う、違うってば!ドーラちゃんは男の人として、カール様と一緒に過ごしたことがあるかって聞いてるのよ。」
「?? カールさんは男の人でしょう?」
彼女たちは困った顔をして、私に説明してくれた。
「あのね、好きな男の人と付き合うっていうのは、もっと特別なことをすることを言うの。例えば手をつないだりとか、口づけしたりとか、裸で抱き合ったりとか・・・。」
「ああ、交尾のことですね!」
私がそう言うと、近くを通りかかった宿の支配人グストハッセさんが、運んでいた木皿を盛大にぶちまけた。彼は赤い顔をして、皿を大急ぎで拾い集めると厨房に飛び込んでいなくなってしまった。給仕の娘さんたちも赤い顔で、私に言った。
「ドーラちゃんてやっぱり変わってるわね・・・。ま、まあそういうことよ。どうなの?」
私はカールさんに裸を見られたことがある。あと手に口づけされたことも。そのことを思い出すと、今でも恥ずかしような、うれしいような、くすぐったいような気持になる。
でもあれは『お付き合い』というのとは違う気がする。私は彼女たちに「お付き合いはしてないです」と答えた。
「あ、そうなんだ!じゃあ、あたしたち、秋祭りでカール様をダンスに誘ってみようと思ってるの!」
「カール様って素敵よね。男爵様なのにすごく気さくだし、親切だし。」
「そうそう、それに優しい顔立ちなのに、すごく鍛えてらっしゃるのよね。あたし夏に水浴びしてるカール様を見たことがあってさー。」
「あー、あたしも見た見た!細いのにすごくたくましいのよね!ああ、あの腕に抱かれたいわ!なんて!!」
彼女たちはキャーキャーと言いながら盛り上がっていた。私は何だかもやもやした気持ちになり、曖昧に笑ってその場を立ち去った。
私は家に向って水路沿いの道を一人歩いて行った。歩きながらさっきのことを考える。
カールさんの腕に誰か他の女の人が抱かれている様子を想像してみた。途端に胸の奥がずきりと痛む。この気持ちは何だろう?
私はカールさんが大好きだ。とても大切な人だと思っている。彼は私にとってエマと同じくらい、かけがえのない存在だ。
でもエマに対する好きと、カールさんに対する好きはちょっと違う気がする。エマのことを考えるといつも楽しい気持ちになる。カールさんのことを考えると、なんだか苦しい気持ちになることがある。例えば今がそうだ。
カールさんは私のことを守ると言ってくれた。多分彼も私のことを好きでいてくれると思う。でも私の好きと、彼の好きは同じなのだろうか?
もし違ったとしたら。そう考えるとなんだかとっても悲しい気持ちになってしまう。カールさんと他の女の人が一緒にいるのを想像するのも、悲しいし辛い。私は彼を独り占めしたいのだろうか。
彼のことを考えると、私は自分がひどく欲張りになってしまったような気がして、よくないことをしているような気持になった。
私は永遠の時を生きる竜だ。でも彼は人間。私が彼やエマと過ごす時間は、私にとっては瞬きするくらいの長さでしかない。私は彼が死んだ後も、エマが死んだ後も、ずっとずっと一人で生き続ける。私にとって彼らとの時間は、長い長い生の、ほんの一場面にしか過ぎない。
だけど彼らにとってはたった一回しかない、かけがえのない時間だ。だからこそ私は彼らとの時間を大切にしたい。でもそれは私の我儘なんじゃないだろうか。
私はカールさんと一緒にいたい。しかしそれは、彼のたった一回しかない、大切な大切な時間を、私のために奪ってしまうことになるのでは?
彼と結ばれたら、と考えると、私の心はとても暖かで素敵な気持ちで満たされる。でも私と彼は種族が違う。私のこの体は魔力で作り出したものだ。仮に結ばれたとしても、子孫を残すことはできないだろう。
人間は自分の血を後世に残すために、短い生を精一杯生きている。私は彼にもそうやって生きて欲しい。彼は人間の女性と結ばれるのが一番良い気がする。気がするのに。
私はぶんぶんと頭を振った。私の目から零れた涙は、石の欠片となって飛び散っていった。
ハウル村の秋祭りの日がやってきた。2,3日前から雪がちらちらと降り始めている。このお祭りが終わればすぐに冬がやってくる。
今年は新しい村が出来て最初の秋祭りということで、西ハウル村と東ハウル村の住民が一緒になってお祭りを盛り上げた。魔術の心得がある冒険者さんたちが、色とりどりの魔力の花火を打ち上げ、幻影の魔法を使って建物をきらびやかに飾り立てる。
酒場の主ジーナさんをはじめとする踊り子さんや酒場で働く楽師さんたちが歌と踊りを披露し、皆が歓声を送っていた。
広場にはたくさんの露店が立ち並び、熊人族の料理人ハンクさんや村のおかみさんたちが腕を振るって、人々に料理を振る舞う。提供されている食材やお酒は、西ハウル村で作られたものがほとんどだ。
ガブリエラさんはこの日のためにサローマ領から葡萄酒を何樽も買い付け、どんどん振る舞っていた。皆、笑顔に溢れ、楽しそうにしている。
私もエマたちと一緒にお祭りを楽しんだ。やがて日が暮れると、広場では男女が手を取り合って曲に合わせて踊り始める。エマも村の男の子たちと一緒に踊っていた。
私の周りにもたくさんの男の人たちがいるけれど皆、遠巻きに眺めるだけで声をかけてくる人はいなかった。多分私の側に控えているエルフのロウレアナさんのせいだと思う。
私はカールさんの姿を探したけれど、見つけられなかった。宿屋の娘さんたちもきれいに着飾ってカールさんを探しているようだったけれど、やはり見つけられずにいた。
そういえば彼の姿は今朝から見当たらない。カールさんはどこに行っちゃったんだろう?
大きくなったお腹を抱えたマリーさんと一緒に、私がエマやフラミィさん、グレーテさんたちが踊っている姿を眺めていたら、横から声をかけられた。
「ドーラさん!」
「!! あ、カフマンさん。」
一瞬カールさんかと思ってしまった。気配が違うからそんなはずないのにね。彼は私に小さな箱を差し出した。
「ドーラさんにこれを贈ろうと思って持ってきたんです。開けてみてもらえませんか?」
私が言われたとおりに箱を開けると、中から金でできたきれいな髪留めが出てきた。繊細な細工のされた本体に、私の目の色と同じ青い宝石があしらわれた、ものすごく素敵な品だ。
「すごくきれいですね!!これを私にくださるんですか?」
「はい。受け取ってほしいんです。そして俺と一緒に踊ってもらえませんか?」
彼はそう言って私に手を差し出した。真剣な眼差しで私を見つめるカフマンさん。私は彼の眼差しの強さに気圧されて、その手を取るのを躊躇してしまった。
戸惑っている私を見て、彼がもう一度「お願いします」と言った。彼の瞳に広場の焚火が映り、燃えているように見えた。
「あ、あの、私・・・。」
私が返事をしようとした時、カフマンさんの後ろからスッと人影が現れた。
「カール!」「カールさん・・・!!」
カールさんは私の前に跪くと、私に甘い香りのする青紫色の小さな花を差し出した。
「ドーラさん、受け取ってもらえませんか?」
「これはヘリアトロプ・・・!まさかこの花を探しに今まで!?」
素材図鑑で読んだことがある。これは美しい水辺にしか咲かないといわれるヘリアトロプの花。この辺りではめったに見ることができない希少な花だ。その花言葉は『献身』。
気が付くと私は彼の手から花を受け取っていた。彼は立ち上がり、私の手からその花を取って、私の髪にそっと挿してくれた。
「ドーラさん、私と踊ってください。」
私は胸がいっぱいになり、頷くので精一杯だった。私は持っていた髪飾りの小箱をカフマンさんに返した。
「カフマンさん、私・・・。」
私がカフマンさんに言おうとした言葉を、彼は手を軽く振って遮った。
「分かりましたドーラさん。今回は引き下がります。でも俺は諦めませんから。」
彼は小箱を受け取ると、私に恭しく礼をした後、カールさんの肩を拳で軽く小突いてから、人込みに姿を消していった。
私はカールさんに手を引かれ、踊りの輪に加わった。一年ぶりの秋祭りの踊り。でもあの時とは、こみ上げてくる気持ちがまったく違う。幸せなのに、なんだかすごく苦しい。私は彼にリードしてもらいながら、彼の目を見つめて言った。
「・・・来年もこうして花を贈ってくださいますか?」
「はい。あなたが望むのならば私の命が続く限り。」
私は涙が流れるのも構わず、彼に微笑みかけた。彼もそれ以上何も言わず、私に微笑みながら踊り続けた。この後、どうなってしまうか分からない。これが本当に正しいことなのかどうかも。でも今だけはこうしていたい。
甘い香りにつつまれたまま、私の2度目の秋祭りの夜は、こうして更けていったのでした。
種族:神竜
名前:ドーラ
職業:錬金術師
かけだし建築術師
見習い給仕
所持金:71003D(王国銅貨43枚と王国銀貨182枚と王国金貨36枚とドワーフ銀貨38枚)
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読んでくださった方、ありがとうございました。
今回のお話、何回も書き直しました。でもまだ納得いっていません。すごく難しかったです。よければ感想などいただけると嬉しいです。




