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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
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84 エルフの里 後編

まとめられなくて、長くなってしまいました。三章残り六話。収まるかどうか、かなり心配です。

 その頃ドーラは着ていた粗末な麻の服を脱がされ、エルフの娘たちによって体を清められた後、美しい衣装を着せられ、聖樹の根元付近に作られた祠へと連れてこられていた。


 ドーラの顔には薄い化粧が施され、金のアクセサリーがつけられている。彼女はエルフの娘たちが抱える輿に寝かされたまま、祠に入った。聖樹の洞をそのまま利用した祠の中には、一面青白く輝く美しい花が咲き乱れている。そしてその中央には透き通った巨大な木の実の中で眠っている女性がいた。


 女性は一糸纏わぬ姿で、木の実の中に満たされた水の中に浮かんでいた。体を丸めた彼女の美しい金色の髪が水の中で広がり、時折ゆらりと揺れる。彼女こそがこの聖樹の化身。このエルフの里を見守る太古の大妖精であった。


 ここは彼女の寝所であり、エルフたちの長い長い時の記憶の、保管所でもあった。






 ドーラを輿から降ろし花の中に横たえた娘たちが下がると、タラニス氏族の長老であるナギサリスが彼女の元へと進み出た。


「聖樹を守りし大妖精よ、大いなる力を留め置く揺り篭を我らにもたらし給え。」


 杖を掲げた長老が大妖精に呼び掛けると、祠の天井からみるみる間に一本の蔦が伸びてきた。彼の見ている前で、蔦は葉を茂らせ、金色に輝く花をつけた。花は熟して次第に大きさを増し、たちまち人一人がすっぽり入れるほど大きい、透き通った木の実となった。


「ドーラ様を揺り篭へ。」


 長老の指示によって進み出た娘たちがドーラを抱え上げ、そっと木の実の中に入れる。まるで水に落ちるかのように、ドーラの体は木の実の中に吸い込まれていった。彼女は大妖精と同じように体を丸めた状態で、木の実の中に満たされた液体の中を漂った。


「これでよい。揺り篭の中で眠っておられるうちに、人の子とのかかわりの記憶などすべて溶け落ちてしまうであろう。次に目覚められた時には、我らのためにその力を正しく使ってくださるに違いない。」






 揺り篭と呼ばれた木の実に満たされた液体には、記憶を溶かしてしまう働きがある。おそらくここ数日で、彼女は数年分の記憶を失うことになるだろう。溶け落ちた記憶は聖樹の中へと吸収されていく。人の子とのえにしを失くしてしまえば、彼女も定命の者を関わろうなどという気持ちを失くすはずだ。


 そしてこのまま100年眠り続けたら、彼女のことを知る人間は、地上のどこにも存在しなくなる。彼女と人とのつながりは完全に失われる。その後は悠久の時を共に生きる友として、エルフ族の元に留まってくださることだろう。


 長老は満足げに頷くと「これでよい。定命の者との関わりは悲しみしか生まぬ。これでよいのだ」と呟き、他の者を伴って祠を出た。


「寝所を封印せよ。」


 色とりどりのローブを纏ったエルフたちが杖をかざして呪文を詠唱すると、木の洞が次第に閉じ始める。この封印が完成してしまえば、破れる者などこの地上に居なくなる。寝所に差し込む光が細く弱くなっていく。ドーラの思いも、願いも、すべてが闇に閉ざされていく・・・。






「万物を生み出し、滅ぼす猛き炎の精霊よ。今、我が刃に宿りて、敵を討つ嵐となれ!《精霊の嵐刃:炎》!!」


 突如、聖樹の上から精霊魔法の詠唱が響いたかと思うと、炎を纏った刃が寝所の入口めがけて振り下ろされた。閉じかけていた寝所の入り口が巻きあがる業火によって破壊され、爆炎が周囲にいたエルフたちをなぎ倒した。


 入り口は完全に破壊され、眠るドーラと大妖精の姿が外からでもよく見えるようになった。炎は周辺の樹皮や草花を焼き払い焦土に変えたが、祠の中は大妖精の生み出した守護の力により、焼け焦げ一つ付いていなかった。


 ぶすぶすと煙を上げる地面の上に立ち、炎を帯びた剣を持って長老のナギサリスを睨みつけているのは、氏族クラン一の戦士フルタリスであった。


「フルタリス、血迷ったか!?」


 泡を飛ばしながら怒鳴るナギサリスに対し、フルタリスは静かに問いかけた。


「血迷ってなどいない。むしろ迷っておられるのは、貴殿の方であろう。神霊を欲しいままにしようなど、烏滸がましい思い上がり。過去に囚われ、未来を否定する頑迷さは、老いたる証ではないのか。答えよ、ナギサリス!!」


「定命の子との関わりは悲劇しか生まぬ!それが分からぬお主ではあるまい!?」


 血を吐くようなナギサリスの叫びを、フルタリスは強い調子で否定した。


「違う!我が友と過ごした日々はすべて我が血肉となって共に生き続けている!狭量な思い込みでドーラ様から友を奪うことなど、私は認めることができない!!」


 そう叫ぶなり、彼は大妖精の寝所へと飛び込んだ。中央にある二つの木の実の内、ドーラが浮かんでいる木の実へ渾身の力で剣を振り下ろした。だが木の実を守る強力な結界に阻まれ、刃が木の実の表面に届かない。






 フルタリスの魔力と結界がぶつかり合って発する強烈な魔力光が寝所内を照らし、すべてを陰影の中に飲み込む。彼は押し返されそうになる刃を両手で抑え込んだ。刃の炎によって彼の両手が焼け爛れる。だが彼は手を離すことなく、むしろ刃が自らの手を切り裂くのも構わずに、それを無理矢理押し込んでいった。


「我が友アウレルムよ、私に力を貸してくれ!!」


 フルタリスの渾身の叫びによって、刀身を包んでいた炎がごうと吹き上がり、彼の体全体を包んだ。巨大な炎は人の姿を取り、彼の両手にそっと炎の手を添えた。炎の中に今は亡き友の面影を見たとフルタリスが思った瞬間、彼の刃がドーラの眠る揺り篭を切り裂いた。


 切り裂かれた部分からキラキラと輝く液体が吹き出し、ドーラの体が、青白く輝く時騙しの花の上に投げ出された。


「フルタリス、貴様なんということを!!」


 寝所の入り口から雪崩れ込んできた長老ナギサリスたちが、破壊された揺り篭を見て悲鳴のような声を上げた。だが全身に火傷を負ったフルタリスは、その声を聞くことなく花の中に倒れ込み、気を失った。












 ドーラは甘い花の香りで目を覚ました。ここは一体どこなのだろう。私は森を蘇らせた後、高い山にあるねぐらで長い眠りに就いていたはずだ。


 ゆっくりと立ち上がって辺りを見回し、自分の体が小さくなっていることに驚く。何だこの体は。輝く鱗も、雄々しい翼も、力強い尾もない矮小な体。私の竜の体はどうなった?これではまるで『人間』ではないか。


 そこまで考えてハッと気付いた。そうだ。私は魔術を使って人間になったのだ。でもなぜ人間になんてなろうと思ったのだろう。こんなにちっぽけで、醜い存在に。


 なんだか頭に靄がかかったように、はっきりとものを思い出せない。それが恐ろしい。この心を凍らせるような、悍ましい喪失感は一体何なんだ?


 青白い花が咲き乱れる向こうに、白くて耳の長い人のような生き物がいる。あれは確か、エルフ族だ。


『ドー×おね×ちゃ×は、エル×のお姫×なん×よね!』


 エルフのことを考えた瞬間、ドーラの頭がずきりと痛み、心臓を握りつぶされるような悪寒を感じた。絶対に忘れてはいけない、大切なものを失くしてしまったという思いが、激烈な痛みとなって彼女を襲う。彼女は思わずその場に蹲った。






 激しい動悸でまっすぐ立っていられない。全身から冷や汗が流れ、猛烈な吐き気がする。心の中からあの声がするたびに強烈な違和感と喪失感に襲われる。あの声は一体誰だ!?なぜ私はこんなにも、あの声を恐れている?あの子は何者だ?


『ねえ×神さま!あたしは×マよ。』


 そう名前だ。私にも名前があった。あの子がつけてくれた大切な名前。絶対に失ってはいけない絆。あの子がいたから私は・・・。


『カー×おに×ちゃ×は、×ーラおねえ×ゃんの騎×様なん×ね!』


 大切な思い出が虫に食われた葉のように、隙間だらけだ。あの子の顔を思い出せない。それがひどく悲しい。悲しみで胸が締め付けられる。私の目から涙が溢れ、虹色の石となって足元に散らばった。


『あたしは銀×より、この石×ほうがき×いだ×思う。』


 私の涙を宝物よりもきれいだと言って褒めてくれたあの子。なぜ私はあの子のことを思い出せない!






「があぁぁあぁぁああぁぁあぁぁあっ!!!!」


 ドーラは怒りと苛立ちに任せ、自分の頭を掻きむしって雄たけびを上げた。凄まじい魔力の衝撃波によって、聖樹がびりびりと音を立てて震える。入り口にいたエルフたちが衝撃波に巻き込まれて、入り口から跳ね飛ばされていく。ドーラはそれを追って、祠から飛び出した。


 木漏れ日が彼女の目を差す。煌めく光が彼女に大切な宝物の存在を思い出させた。ハッとして自分の胸を探る。


 ない!あの子とお揃いの大切な宝物がない!


『あた×、すっ×くうれ×い!ありが×うドー×おね×ちゃん!』


 記憶に霞みがかったように曖昧だ。あの時、あの子は何と言った?どんな表情をしていた?なぜ、なぜ思い出せないの!?






 そこでハッと気が付いた。首飾りと同じだ。私とあの子の大切なつながりが奪われたのだ。一体誰に?


 彼女の脳裏に、夢現の状態で聞いていた言葉がよぎっては消えていく。


『・・・定命の人の子には過ぎたる・・・』


『・・・この方は我らが里に居ていただく・・・』


『・・・悠久の時を生きる者にとって、定命の者との暮らしは悲劇しか・・・』


『・・・このまま100年程眠っていただけば、人の子とのつながりも・・・』


 ドーラは周囲を見回し、倒れている長老ナギサリスを見つけると、耳をつんざくような絶叫を上げた。






「おまエカァアァァアアアアァ!!!」


 ドーラの体が強く強く光り輝いた。周囲のエルフたちが思わず眩さに目を背ける。次に目を開けた時、彼らの前には虹色に輝く鱗を持つ、乳白色の巨大な竜がいた。竜はその巨大な翼で風を捕まえると、みるみる間に聖樹の梢辺りまで上昇した。


 竜の圧倒的な巨体によって木漏れ日が遮られ、エルフの里全体が暗闇に包まれた。まばゆい太陽の光が逆光となって猛り狂う竜の姿をはっきりと浮かび上がらせる。竜が翼を一打ちするたび、里全体に豪風が吹き荒れた。


 小島に生えていた大樹が揺さぶられ、枝の上にあった建物が根こそぎ風に吹き飛ばされていく。湖面の水は激しく波打ち、舟は次々と湖底へと沈んでいった。エルフたちは逃げ惑い、風や水の精霊魔法を使って、何とか一命を取り留めたものの、多くの者が傷つき倒れた。


 竜が怒りに任せて《竜の咆哮ドラゴンロア》を放つ。魔力の波動によって、里を守っていた守護結界が崩壊し、光り輝く粒となって、里中に降り注いだ。咆哮ロアを浴びたエルフたちの大半は失神し、辛うじて無事だった者も、竜の圧倒的な力の前に絶望の涙を流すのみだった。






「ドーラ様、どうか怒りをお鎮めください!!」


 長老ナギサリスが地面に倒れたまま、上空のドーラに向って絶叫する。だが上空から響いたのは、ただ一言のみ。


「滅べ。」


 ドーラは溢れ出る感情の奔流を抑えることができなかった。あの子との大切な思い出、かけがえのない瞬間を奪われた怒りと悲しみで、目が眩んでしまっていた。彼女は大きく息を吸い込むと、体内にある無限の魔力を光と熱に変えていった。


 よくも、よくも奪ったな!あの子とのかけがえのない思い出を!大切な日々を!


 ドーラは怒りに我を忘れ、ただただ眼の前の邪魔者を消し去ることだけを考えていた。私とあの子の大切な思い出を壊すものなど、存在してはならない。私が、すべて、滅ぼす。


 ドーラのあぎとに、太陽のように眩い光球が形成されていく。それは周囲の魔素を根こそぎ吸い込み、凄まじい空気の流れを作り出した。光球から発せられた幾筋もの雷撃がドーラの体を伝い、エルフの里の大樹に降り注いで、次々と焼き払った。


 ドーラの鼻先に生まれた光球が次第に大きさを増していく。下から見上げたその光景は、真っ黒い夜空に浮かぶ禍々しい太陽のようだった。すべてを滅ぼす《竜の息ドラゴンブレス》を前にして、長老ナギサリスは己の愚かさを悔い、絶望の呻きを漏らした。






 まさにドーラの息が放たれようとしたその刹那、彼女の眼前に光り輝く輪が現れ、そこから白銀の衣を纏い、弓を手にした長身の妖精が飛び出してきた。蝶の羽を翻し、ドーラの鼻先に降り立った妖精騎士エルフィンナイトは、ドーラに向って呼び掛ける。


「虹色ちゃんやめて!!正気に戻って!!」


 だが怒りに燃えるドーラにその声は届かない。彼女に届かないと見るやいなや、妖精騎士は「大地の竜様、ここです!」と叫んだ。と同時に、妖精の輪から地の底から響くようなのんびりした声が聞こえた。


「ごめんよぉ、虹色。」


 妖精騎士がさっと身を翻したその場所、ドーラの鼻先に突然、赤熱化した巨大な岩塊が出現し、彼女めがけて高速で落下した。岩塊はドーラの頭を直撃し、今まさに放たれようとしていた光球とぶつかって、凄まじい熱と光を発した。熱波がエルフの里を包み込み、わずかに残っていた草花を焼き尽くした。


 ドーラは岩塊で強かに頭を打ち付けられたところに、目の前で発生した熱と光をまともに浴びてしまい、気を失って上空から聖樹の上に落下した。彼女の巨体は聖樹をなぎ倒して、下の小島に激突する。大きな地鳴りと水柱が上がり、小島を中心に発生した波紋が津波となって湖の外に避難していたエルフたちに襲い掛かった。


 波にさらわれ、水底に沈んでいくたくさんのエルフたち。だが彼らは間一髪のところで一命を取り留めた。上空に現れた『妖精の輪』から飛び出したたくさんの妖精たちが、傷ついたエルフたちを次々と救ったのだ。妖精たちはエルフたちを湖の畔に集めると、自らの力を使って、エルフたちの傷を癒した。












「虹色ちゃん、起きて!虹色ちゃん!」


 妖精騎士に呼び掛けられ、程なく私は目を覚ました。首を持ち上げて周囲を見てみると、あの美しかったエルフの里はすべて跡形もなく崩壊していた。私がこれをやったのだと思い出し、魂が凍えるような寒気を感じた。


 大切なものを奪われた怒りに我を忘れ、多くの人を傷つけ、すべてを破壊してしまった。私は自分の力とやってしまったことが恐ろしくてたまらなくなり、声を上げて泣いた。そんな私の鼻先をゆっくり撫でながら、妖精騎士が慰めてくれた。


「大丈夫よ、虹色ちゃん。この里は妖精わたしたちと大地の竜様が何とかするから。」


「でも、でも私、みんなにすごくひどいことを・・・!!それに、それに私の大切な、あの子との思い出が、奪われてしまった!!」


 大事な人との大切な思い出が消えてしまったという事実が、私の胸を抉る。私は湖に下半身を沈めたまま、茫然と上空を見上げた。


 私が巨木を薙ぎ払ったことで美しい木漏れ日は失われ、何もないぽっかりとした空間がそこにあった。その空虚さが、たまらなく胸に染みる。私の目からぽろぽろと涙が零れ落ちた。


 その時、崩れ落ちた聖樹の根元から、私に話しかける声が聞こえた。


「大丈夫ですよ、虹色ちゃん。あなたの思い出は、ちゃんとこの子が守ってくれました。」


 そこに立っていたのは金色の髪をした長身の妖精だった。彼女は腕に気を失ってぐったりとしているエルフの女性を横抱きに抱えていた。エルフの女性は全身に火傷や傷を負っている。その手には青白く輝く美しい花が握られていた。


「森の妖精・・・!でもあなたその体は!?」


「お久しぶりね、虹色ちゃん。私の体のことは後からゆっくりと話します。まずはこの花を見て。これはあなたの記憶が詰まった『時騙しの花』です。私がこの中にある記憶をあなたに返しますね。」


 森の妖精はエルフの女性の手から時騙しの花を取ると、空中にかざす。すると花は青白い光の粒となって、私の中にすっと溶け込んでいった。






 私の心に大切な思い出が戻ってくる。エマとの出会い、自分の名前、村での生活、そして大切な人々との日々・・・。


 私は《人化の法》を使い、人の姿になった。エマのことを思い出すことができた喜びと、突然記憶が戻った衝撃で混乱しながらその場に立ち尽くしていると、妖精たちが私のところに私の服と、エマとお揃いの銀の首飾りを探して持ってきてくれた。


 服は一部破けたり焼け焦げたりしていたけれど大半無事だったし、首飾りには傷一つついていない。私はそれを《収納》にしまい、皆にお礼を言った。そうしている間に、森の妖精は傷ついたエルフの女性の体を抱きしめ癒していた。


 記憶が戻った今なら分かる。彼女はロウレアナさんというという名前だったはずだ。エルフの里に来た時、ガブリエラさんとカールさんに怒鳴りつけた人。


 森の妖精によると、彼女は私が祠を抜け出した直後から、私の記憶の詰まった時騙しの花が燃えてしまわないように、水の精霊魔法で花を守ってくれていたらしい。どうして彼女がそんなことをしてくれたのかは分からないけれど、彼女がいなければエマと私の思い出は永遠に失われていただろう。


 ロウレアナさんが花を守っているうちに、森の妖精が眠りから覚めた。森の妖精は気を失った彼女を祠の中に匿い入れて、私の発する熱と光から守ってくれていたそうだ。






「そうだ!カールさんとガブリエラ様は!?」


 私がそう尋ねると、森の妖精が答えてくれた。


「あの二人の人間たちも、この子と一緒に私が守りました。あともう一人の子もね。皆まだ、ぐっすりと眠っていますよ。」


 そう言って、崩壊した聖樹の根元にある洞を指し示す。私がトトトと駆けて中を覗き込むと、青白い花の中で二人が眠っていた。二人には傷がないようだった。本当にホッとした。だがよく見れば、二人と一緒に、全身に火傷を負ったフルタリスさんも倒れている。


「フルタリスさん!!どうしてこんなことに!?」


「長老に捕まったあなたを解放しようとして、私の作った『揺り篭の実』に炎の剣で斬りかかったの。本当に無茶をするわ。今から、私がこの子を癒します。」


 森の妖精がフルタリスさんを抱きしめると、彼の火傷がみるみる治っていく。私はホッとして胸を撫でおろした。


 こんな大けがをしてまで、私を助けてくれるなんて。フルタリスさん、ロウレアナさんへの感謝の気持ちで、私の胸はいっぱいになった。






 その時、上空から私を呼ぶ声がした。


「おーい、虹色ー。大丈夫かぁー?」


 私は背中に翼を生やすと、すぐに声のしたところ、上空にぽっかり浮かんだ妖精の輪のところへ行った。あののんびりとした優しい声は間違えようがない。


「大地の竜!ありがとう!私を助けてくれたのね!」


「この森の妖精が、妖精騎士に呼び掛けてきてねぇ。虹色が大変だってぇ。だからすぐに『輪』を開いたんだー。」


 妖精の輪の向こう側に、懐かしい大地の竜の顔が見える。


「虹色、ずいぶん小っちゃくなっちゃったなぁ。妖精みたいじゃないかー。」


「《人化の法》っていう私の作った魔術で、人間の姿になったのよ。」


「へぇー、そりゃあ、すごいねぇ。虹色は昔からいろんなことができたもんねぇ。今度、僕にも教えておくれよー。」


「もちろん!あとね私、今、人間と暮らしてるの。ドーラっていう名前も、つけてもらったのよ!」


「ドーラかぁ、いいなー。僕も名前、つけてもらおうかなぁ。」


 私と大地の竜がそんな会話をしていると、エルフたちを助け終わった妖精たちが、私の周りに飛び集まってきた。






「ケガした人は皆、助けたよ。死んだ人はいなかったみたい。」


 妖精たちが、私の周りを飛び回りながら教えてくれた。それを聞いて、妖精騎士が私たちに言った。


「それじゃあ虹色ちゃん、じゃなくてドーラちゃんだっけ。この里をもとに戻すから手伝って。妖精わたしたちと大地の竜様とあなたで、一緒にやりましょう。」


 妖精騎士は私が薙ぎ倒してしまった大きな木の根元に降り立つと、持っている美しい片手剣でさっと円を描いた。するとそこに新たな妖精の輪が現れ、そこから羽を持たない森の妖精や大地の妖精、闇の妖精たちが次々飛び出してきた。


 彼らは倒れてしまった大木の周りを、歌い踊りながら周りはじめた。







「さあこれから始まるよ 一緒にたのしく歌おうよ


 寝ているなんてもったいない 今すぐ寝床を飛び出して


 みんなで輪になり踊ろうよ 飛び入りだって大歓迎


 みんなで楽しく踊ったら へこんだ体も元どおり


 痛いところがあったって 僕らがみんな治すのさ 」 






 妖精たちの歌が高まるにつれ、倒れていた巨木が再びその体を起こしていく。大きく裂けていた傷から新しい芽が伸び、それが互いに絡み合って、たちまちその傷を塞いでいく。折れた枝から再び新しい枝が伸び、大地にしっかりと根を張って、大樹が再び小島の真ん中にそびえ立った。


 蘇った大樹を中心にして、波紋が広がるようにエルフの里全体に歌が広がっていく。羽を持つ風の妖精、花の妖精、光の妖精たちもその歌に合わせて歌いながら、エルフの里を飛び回った。私と大地の竜、そして妖精騎士も声を合わせて一緒に歌う。


 私の翼が起こした風で倒れた木々が再びその体を起こした。私の発した熱と雷で焼け爛れた木々からは新しい芽が芽吹き、みるみる元の美しい樹皮を取り戻していく。


 妖精の輪から飛び出してきた水と雨の妖精たちが湖の上で舞い踊ると、舞い上がった水が優しい雨となって里の森全体を包み込んだ。私が抉り、焼き尽くしてしまった地面から草花が芽吹き、色とりどりの花を咲かせる。静かに降る雨の中を、光の妖精が飛び回るたびにいくつもの虹がかかり、エルフの里を様々な色で埋め尽くした。






 私たちの歌が終わったとき、エルフの森は元通りになっていた。美しい木漏れ日が、雨に濡れた柔らかい緑を輝かせる。


 湖の畔に集まっていたエルフさんたちはその光景を言葉もなく見つめていた。いつの間にか目を覚ましたらしいフルタリスさん、ロウレアナさんも、大木の祠の前で茫然と立ち尽くしている。


「もうこれくらいでいいかなぁ。じゃあまたねドーラ、僕は少し眠るよぉ。ちょっと疲れちゃったぁ。」


 ふああと大きなあくびをしながら、大地の竜の声が響いた。私は彼に「おやすみ、またね」と答えた。


 妖精騎士が呼び掛けると、妖精たちも次々と妖精の輪に飛び込んで帰っていく。


「またいっしょに歌おうね、ドーラちゃん!」


「ドーラちゃん、すっごく楽しかった!またね!」


 私は皆を「ありがとう、またね!」って言って見送った。最後の残った妖精騎士が妖精の輪に飛び込んで、持っている剣を一振りすると、妖精の輪は跡形もなく消え去った。彼女は去り際、私に笑いながら手を振ってくれた。






 私は背中の翼で滑空し、眠っているカールさん、ガブリエラさんのところに降り立った。二人は本当によく眠っている。二人に、私の恐ろしい姿を見られずに済んだことに、心底ほっとした。


 私は再び天を衝くほどの大きさになった木を見上げる。みんなのおかげで私は取り返しのつかないことをせずに済んだ。よかった。本当によかった。


 私は《収納》から継ぎはぎだらけの麻の服と銀の首飾りを取り出して身に着けた。そしてフルタリスさん、ロウレアナさんと共に私を待っていてくれる森の妖精の元へ、駆けていったのでした。






種族:神竜

名前:ドーラ

職業:錬金術師

   見習い建築術師

   見習い給仕


所持金:66243D(王国銅貨43枚と王国銀貨107枚と王国金貨36枚とドワーフ銀貨27枚)

読んでくださった方、ありがとうございました。

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