80 給仕
ちょっとふざけたお話です。あと週末また仕事なので、更新が遅くなるかもです。
※ 首飾りの材料費を書くのを忘れてました。訂正します。
真夜中、アルベルト家のみんなが寝静まっている中、私は自分の部屋で一人杖を持ち、目の前で光を放つ溶けた銀の塊と、キラキラ虹色に輝く宝石を見つめていた。
「《素材強化》《金属形成》」
涙の粒の形をした宝石の周りに、銀が細く伸びて形を変えていく。まるで銀の蔦が宝石を包み込んでいくようだ。私が思い描いたとおりに形を変えていく。
ちょっと前まではここまで細かい魔力の操作はできなかった。すべてはガブリエラさんがくれたこの杖と、エマたちと一緒に魔力の鍛錬を続けてきたおかげだ。みるみる間に虹色の宝石をあしらった銀の首飾りが完成した。
「やっとできた!エマ、喜んでくれるかな?」
私は首飾りの周りに作っていた《領域》を解除して、首飾りを手に取ってみた。私の手の平にちょうど収まるくらいの大きさの石を、銀の蔦が美しい螺旋を描きながら覆っている。銀の蔦は涙の粒の尖った部分で銀の鎖と繋がっていて、エマがこれを首にかけた時、石がちょうど胸の真ん中あたりに来るようになっているのだ。
出来たばかりの首飾りは、魔法の明かりを反射し、うっとりするような銀色の光を放っていた。出来栄えに満足した私は同じデザインの首飾りをもう一つ作り、それを自分の首にかけた。
以前エマが、私の涙の粒(ガブリエラさんが言うには『竜虹晶』という名前らしい)を集めて、首飾りを作ってくれたことがあった。私とエマ、お揃いの首飾りだったのだけれど、エマのつけていた首飾りは、ハウル村が襲撃されたときに色が失われてしまい、くすんだ灰色に変わってしまった。
石の色自体は、私が息を吹きかけたらすぐに元に戻った。その後、私は二日ほど眠り込んでしまったけれど、首飾りは元通りになったのだ。でも私はエマのために、もっときれいな首飾りを作ってあげたくなった。以前はエマが私のために作ってくれたので、今度は私がエマのために作ってあげようと思ったのだ。
今までの首飾りは小さめのドングリくらいの大きさの石に小さな穴を空け、それを15個くらいずつ紐でつないでいた。
今回はそれを一つの大きな石にまとめ、私の大好きな銀を使って首飾りをつくることにしたのだ。思いついてからいろいろ試行錯誤を続けてきたのだけれど、やっと今、納得のできる首飾りを作ることができた。
ちょうどよい大きさになるよう、石を空間魔法で圧縮したせいか透明度が上がり、より一層輝きが増したような気がする。ふふふ、エマとお揃いの首飾り。早く見せたいな。私は寝台の上に寝ころんだまま、首飾りの放つ銀の輝きをうっとりと眺め続けた。
翌朝、エマに出来上がった首飾りを見せたら、すごく喜んでくれた。
「ドーラおねえちゃん、すっごーい!!お話のお姫様が着けてる首飾りみたい!」
エマが首飾りを付けて姿見の前に立ち、くるくると角度を変えながら自分の姿を確かめる。私もエマの真似をして同じようにくるくる回ってみた。楽しくなって二人でくすくす笑いあう。
「お揃いだねエマ!」
「うん、あたし、すっごくうれしい!ありがとうドーラおねえちゃん!」
エマが私に抱き着いてきてくれた。私はしゃがみこんでエマの頬に顔を寄せる。ああ、なんてかわいいのかしら。やっぱりエマは最高だ!
この首飾りの銀の装飾は、実は数種類の守りの魔法陣になっている。エマの身を守るために、ガブリエラさんと相談しながら、装飾の中に魔方陣を編み込んでおいたのだ。
前に私が眠り込んじゃった時、村が襲われてすごいことになったから、その反省を生かして守りを固めておこうと思ったんだよね。ちゃんとこの首飾りの魔法陣が機能すれば、ちょっとやそっとの攻撃なら、すべて防いでくれるはずだ。これでもう安心。
私は自分の首飾りを付けて嬉しそうに笑うエマを見て、大満足したのでした。
麦、麻、ジャガイモと休む間もなく農作業に追われているうちに、あっという間に秋がやってきた。今年の夏はよく日が照ったので、ヒマワリの種がたくさん採れそうだ。
秋になって冬の物資を確保しようとする人が増え、その人たちに自分の持っている商品を売ろうとする人も増えたため、ハウル村の街道も順調に人通りが多くなってきている。そのせいでカールさんは毎日すごく忙しそうだ。
「冬になる前にやっとかなきゃならないことが多いからね。カール様だけじゃない、あたしらも大忙しさ。」
朝ご飯の時、マリーさんが大きくなってきたお腹をさすりながら笑った。
マリーさんのお腹には今、赤ちゃんがいる。そのことに最初に気が付いたのは私だ。
マリーさんのお腹から心臓の音が聞こえたのだ。そのことをみんなに言ったら、すごく驚き、大喜びしてくれた。特にフランツさんは、マリーさんを抱きしめてくるくる回り、アルベルトさんから叱られたくらいだった。
お腹の中からは心臓の音が二つ聞こえるので、二人の赤ちゃんがいるんだと思う。冬の間に、エマに弟か妹、あるいは両方ができることになる。
エマはそのことをすごく喜んでいたが、グレーテさんは途端に心配そうな顔になった。
「子供を産むのは女にとって命がけの大仕事だからね。ましてや二人だなんて。あたしゃ心配で仕方がないよ。」
「大丈夫ですよグレーテおばさん。何とかなりますって。」
グレーテさんを安心させようとしているみたいに、マリーさんは明るく笑った。マリーさんは私を呼ぶと側に座らせ、私の頭を優しく撫でた。
「あたしには幸運の女神の前髪のご利益がありますから。」
そう言って彼女は私に優しく笑いかけてくれた。私はその時、マリーさんのために自分のできる限りのことをしようと思った。
マリーさんが言ったように今、村の人たちは皆、大忙しだ。私も出来るだけ皆を手伝おうとしているのだけれど、例によって失敗ばかりなので、皆からお願いされたときだけ、手伝うことにしている。
でもその日はたまたま手伝える仕事がなかった。エマは午前中学校に行っているし、フランツさんたちの木こりと炭焼きの仕事も今ちょうど手伝いが必要ないということだった。お昼ご飯の準備は家妖精のシルキーさんが下ごしらえを完璧にしてくれるし、お昼になるまで私は家ですることがなくなってしまった。
ガブリエラさんのお仕事を手伝おうと彼女の家を訪ねてみたら、彼女はまだ寝ていた。昨夜、徹夜で新しい薬の調合をしていて、今朝方、眠りに就いたばかりだと、テレサさんが困った顔をしながら教えてくれた。
テレサさんはこれから冒険者として働いているディルグリムくんのところに行くらしい。私も付いていこうかと思ったのだけれど、私が一緒に行ったら冒険者さんたちが魔獣を狩る邪魔になってしまうことを思い出して、止めた。
カールさんは大忙しだし、グリム先生は学校で授業をしている。こんな日に限って、金物の修理を依頼してくる人もいない。
じゃあエマたちの勉強の様子を見に行ってみようかなと、私が街道を歩いていると、西ハウル村の街道沿いにある宿屋の支配人さんから声をかけられた。
「ドーラさん、ちょうどよかった。今から会いに行こうと思っていたところなんですよ。」
西ハウル村の宿屋の支配人を任されているのはグストハッセさんという年配の男の人だ。ウェスタ村から派遣されてきた彼は、若いころから宿屋で働いていたらしい。ちょっと丸っこい体形をした、人当たりの良い人で、いつも私に笑顔で挨拶をしてくれる。
「この間作っていただいた疲労回復のお茶、すごく評判が良くて、もう在庫が無くなってしまったんですよ。また作ってもらえませんか?」
彼がいう疲労回復のお茶というのは私が錬金術の練習がてらに作ったものだ。その材料は、森の中や畑の脇、水辺の木陰など、ちょっと水気がある日陰にならどこにでも生えているメリッタ草という香草だ。
メリッタ草の葉っぱは、ふわふわとした感触でやや厚みがある。この葉には独特のさわやかな香りがあり、魚の臭みを取る時などによく使われる。この村ではごく一般的な香草だ。
よく洗った葉を湯冷ましの水に一晩漬けておくだけで、香りのよい香草茶ができるほど、この葉は香りが強い。この香草茶に軽い疲労回復の効果があるのだ。
ちなみにメリッタ草の花からミツバチが蜂蜜を作ると、独特の甘酸っぱい味のするメリッタ蜜が取れる。これは喉や肺の病気の特効薬の原料になるため珍重されている。
そんなお役立ちな香草なのに、雪の降る季節以外は一年中生えているうえに、ものすごく繁殖力が強くて一度摘んでもあっという間に元に戻る。実に素敵な香草なのだ。
私は錬金術の練習をするため、メリッタ草をあちこちから手当たり次第に集めてきて、メリッタ草の属性である闇属性の魔力中和液に浸し、魔力を流し込んだ。ここで薬効成分のみを抽出すれば下級疲労回復薬ができる。
ただメリッタ草から作る疲労回復薬は強力な不眠という副作用がある上に、ものすごく苦いので全く需要がない。疲労回復効果を得るなら蜂蜜を使った方が美味しいし、効果もはるかに高いのだ。
だから私は流し込んだ魔力を、逆に葉っぱに閉じこめたまま乾燥させて薬効成分を高め、香草茶を作った。このレシピは錬金術の解説書や素材図鑑にも書いてあるごく一般的なものだ。見習いの錬金術師がよく練習で作るものらしい。
本当はアタノール釜などの道具を使うらしいのだけれど、私は《領域創造》の魔法で作った空間の中で操作できるから、簡単に大量に作ることができる。しかもこれ、分量を量る必要がないのでシルキーさんの手を借りなくてもできるのだ。
というわけで、錬金術を習い始めた頃、ひたすら作り続けた結果、ものすごく大量の『疲労回復のお茶』ができた。あまりにも多いので処分に困っていたら、宿屋のグストハッセさんが欲しいというので、分けてあげたのだ。
「魔獣の森を抜ける街道を通ってきたお客さんの中には、ここでホッと一息つきたいというお客さんが結構いましてね。これまでは温めたヤギのミルクを出していたのですが、お客さんも増えてきたことですし、もっといいものはないかを探していたんですよ。」
彼は私にそう説明してくれた。西ハウル村の宿屋は街道を行きかう旅人、特に行商人さんやその護衛をする傭兵さんたちが利用している。
その中には宿に宿泊するだけでなく、宿の一階に設けられた食堂で食事をしたり、休憩したりするだけの人も少なくない。長旅をしてきた旅人さんの疲労回復に、私の香草茶はとても役に立っているらしい。
この香草茶は乾燥させた葉をお湯で煎じると、お茶の中に薬効成分とともに残留している魔力が溶け出すのだ。だからこれは一種の魔法薬なのだが、そこまで劇的な効果はない・・・はずだ。
「ところがですね、お茶を飲んだお客さんたちの間で、『疲れが吹き飛んだ』とか『元気が回復した』とか『丸一日働ける』とかって評判になりまして。すごい人気なんですよ。」
中にはこのお茶を飲むためにわざわざ宿を訪れる人もいるほどで、グストハッセさんは食堂の一部を改装して、喫茶スペースを設けたほどなのだそうだ。私が作ったものでそんなに喜んでもらえるのは、本当に嬉しい。
「お茶ならちょうど今ここに持ってますよ。」
私は自分の服の前についた大きなポケットに手を入れて《収納》の魔法を使い、中からお茶の入った布袋を取り出した。普通は作って数日たつと香草茶の風味が抜けてしまうのだけれど、《収納》内では時間が経過しないので、いつでも新鮮なものを提供できる。
グストハッセさんは、明らかにポケットに入っていたとは思えないほどの布袋が出てきたことに驚いた様子だったけれど、有能な彼は何も言わなかった。私は彼と一緒に宿屋に行き、このまま直接お茶を届けることにした。
朝食が終わったばかりのこの時間、宿の前はこれから出発しようとする人でごった返していた。そんな人たちが私の顔を見て驚いたように動きを止め、あんぐりと口を開けた。私は動きを止めた彼らの間を抜けて宿屋に入った。
すでに一階の食堂の混雑ぶりは解消したようで、ゆっくりと食事をする人たちが数組、テーブルについているだけだった。入り口の側にある喫茶スペースにも何人かの人が座り、香草茶を飲みながらのんびり談笑している。客は全員男性だ。舗装された街道とはいえ、魔獣や野盗の出る森の中を旅するのは、女性には危険すぎるからなのだそうだ。
喫茶スペースは衝立で区切られているため、宿の入り口からは中が見えないようになっている。衝立の中の席は5人掛けの小さめの丸テーブルが5つほどあるだけだ。
食堂に座るお客さんの間を何人もの給仕さんたちが、くるくると走り回って要望に応えていた。私はグストハッセさんに話しかけた。
「すごくお客さんが多いんですね。びっくりしました。みんな、すごく忙しそうです。」
「おかげさまで繁盛しています。ただこれから昼にかけての時間帯が、一番喫茶スペースが混みあうんですよ。」
彼の話によると、昼前に一休みしていく人たちが多いため、これからが一番忙しくなるらしい。
「朝の後片付けに昼の準備と、息つく暇もないほどなんです。人がいくらいても足りません。本当は喫茶スペースをやめた方がいいのでしょうが、お客さんには喜んでいただきたいですし・・・。」
グストハッセさんは苦笑いしながら「お茶を運んでくれる人がいるだけでもありがたいんですがね」と言った。
「もしよかったら今日、私がお手伝いしましょうか?」
「え!?ドーラさんがですか?それは願ってもないことです。ぜひお願いします。」
私がお手伝いを申し出ると、彼は二つ返事でそれを受け入れてくれた。不器用な私だけれど、出来上がったものを運ぶくらいならできそうだ。私はやっと今日の仕事が見つかって、すごく嬉しくなった。
その後、厨房の人たちに簡単な説明を受けてから早速、仕事に取りかかった。私の仕事はお茶の給仕だ。基本的に運ぶだけなので、多分大丈夫。私がドキドキしながら喫茶スペースに立っていたら、すぐに一組目のお客さんがやってきた。私は教わった通りに『接客』をする。
「いらっしゃいませ!お席へどうぞ!」
「ああ、疲労回復の茶を4つ・・・!?」
連れの人たちと話しながら衝立の内側に入ってきた行商人の若い男の人たちが、私の顔を見て固まったように動かなくなった。どうしよう。こんな時はどうすればいいのかな?
「あ、あのお席へどうぞ!!」
「は、はい!あり、ありがとうございます!!」
男の人たちは顔を赤くし、ギクシャクしながらテーブルに座った。私は厨房から淹れたてのお茶を受け取り、テーブルに運ぶ。
「ご注文の品です。料金は一人銅貨1枚です。」
私は男の人たちから料金を受けとった。私が厨房の人に言われた通り「ごゆっくりどうぞ」と言ったら何だかじっと見られてちょっと恥ずかしかった。私、何か失敗しちゃったのかな?
そうしている間に次のお客さんたちが来た。今度こそは失敗しないぞ!と意気込んでいたのに、やっぱり最初のお客さんと同じような感じになってしまった。結局すべてのテーブルが埋まるまで同じことを繰り返してしまい、私はちょっと自信を無くしてしまった。
最初に来たお客さんたちがお茶を飲み終わり席を立つ。申し訳なくなった私は、立ち上がったお客さんに駆け寄り、心を込めて挨拶をした。
「ありがとうございました。行ってらっしゃい。」
私がぺこりと頭を下げにっこりと笑うと、お客さんたちが全員胸に手を当てて「はぉうっ」と叫び、顔を赤くした。
「!! はい!行ってきます!ありがとうございました!」
私はお礼を言われてすごく嬉しかった。よかった。喜んでもらえたみたいだ。
私がお茶を片付け終わると、また新しいお客さんが入ってきた。席に案内しおわったところで、二組目のお客さんたちが席を立った。私はまたさっきと同じように「行ってらっしゃい」と言ってにっこり笑った。
すると中の一人が私に「あ、あの、お願いがあるんですけど!!」と言ってきた。それを聞いて店中のお客さんの目がその男の人に集まった。
「は、はい。なんでしょうか?」
「あ、あの、『サムさん、行ってらっしゃい』って言ってもらえないでしょうか!?お願いします!」
「!! そ、それなら俺は『トット、いっぱい稼いできてね』って言ってください!!」
「お、俺は『ノーブ、頑張って!』でお願いします!」
どんなお願いをされるのかと思ったら、挨拶をして欲しかっただけみたいだ。私は心を込めて彼らの名前を呼び、笑顔で挨拶をした。
「サムさん、行ってらっしゃい」「はい、行ってきます!」
「トット、いっぱい稼いできてね」「ああ、俺に任せてくれ!」
「ノーブ、頑張って!」「もちろんさ!」
彼らは私にとてもいい笑顔でお礼を言うと、私の手に銅貨を数枚握らせた。
「あ、あの、これは?」
「それはあなたへのお礼です。受け取ってください。」
この国では、お客さんが良い給仕をしてくれた人にお金を払うことがあるそうだ。私は丁寧にお礼を言い、彼らを見送った。その後、新しいお客さんにお茶を運ぶと、また次のお客さんが席を立つ。彼らももじもじしながら、私にお願い事をしてきた。
「あの、さっきの客にやってたやつ、俺たちにもしてもらえませんか?」
もちろんお安い御用だ。私はまたお客さんたちの名前を呼んで彼らを見送った。そして銅貨をたくさんもらった。その後、お昼前までお客さんはひっきりなしにやってきたけれど、皆一様に同じことを私にお願いしていった。
やがてお昼になったので、私はグストハッセさんに「もう帰ります」と言った。彼はすごく喜んでいて、またよかったら明日も来てほしいと言った。私が受け取ったたくさんの銅貨を彼に渡すと、彼は「少ないですが」と言って私に銀貨を一枚くれた。やったね!
その後、私はエマを迎えに学校へ行った。そしてその日の午後はエマたちと一緒に魔力の鍛錬をして過ごしたのでした。
その後しばらくの間、午前中は家や森の仕事がなかったので、私は宿屋の喫茶スペースで給仕をさせてもらった。
なんだか日を追うごとにお客さんがどんどん増え、喫茶スペースに入りきれなくなってしまったので、今では宿の前にテーブルを出して屋外で対応している。
「並んで!並んでください!!街道にはみ出さないで!」
「最後尾はこちらです!整理券を受け取ってください!」
「券あるよ、券!待ち時間なしの整理券が今なら銅貨20枚!」
なんだか熱気がものすごい。すごく増えたお客さんたちは、毎日熱心に通ってきてくれる『常連』という人たちが、きちんと一列に並べてくれている。周りを衝立で仕切られているので、私からは外の様子が見えない。でもみんな静かに並んでいるのに、すごい熱が伝わってくる。
私はその日も朝からお茶を運び、笑顔で接客し、名前を呼んでお客さんを見送ることを繰り返した。なんだかいつの間にか、お茶が一杯銅貨3枚に値上がりしたのだけれど、お客さんは途切れるどころか、増える一方だった。
お昼が近くなって、そろそろ私のお手伝いが終わろうとするとき、衝立の外で怒号と人の倒れる音が聞こえた。驚いて私が衝立から飛び出すと、並んでいたお客さんたちと常連さんたちが揉み合いになっていた。
「おい、噂の女神が出てきたぞ!」
「すげえいい女だ!」
暴れていたお客さんたちが私に向って殺到しそうになるのを、常連さんたちが必死に止める。たちまち宿屋の周り中で乱闘が始まってしまった。
「みんな、やめて、やめてください!・・・《集団安眠》!!」
皆を止めないと焦った私は思わず、広範囲に効果のある《安眠》の上位魔法を使ってしまい、その場にいる人を全員眠らせてしまった。掴みあったまま地面に寝ころんだ男の人たちが互いに抱き合い、すごく幸せそうな顔をして眠っている。
騒ぎを聞きつけた衛士さんたちとカールさんが駆けつけてきて、その場を何とか収めることができた。
幸せな夢から醒めて、満足顔で帰っていったお客さんたちを見送って、一安心した私に、後ろから声がかかった。
「ドーラ、あんた一体何をしてるんだい?」
「私に説明してくれるかしら、おバカさん?」
私が恐る恐る振り返ると、そこにはすごくいい笑顔のマリーさんとガブリエラさんが立っていた。二人の額には青筋が浮かび、笑った口の端がひくひくと震えている。あ、これ、ダメなやつだ・・・。
「本当にごめんなさいでした!!」
私はすぐにその場に平伏して、二人に謝った。そのときの二人の剣幕はグストハッセさんが「その後数日間夢でうなされた」というほどに凄まじかった。
私はその後、しばらく外出禁止を言い渡され、エマに慰められながら自分の部屋で過ごすことになった。こうして私の給仕初体験は、大失敗に終わったのでした。
種族:神竜
名前:ドーラ
職業:錬金術師
見習い建築術師
見習い給仕
所持金:66243D(王国銅貨43枚と王国銀貨107枚と王国金貨36枚とドワーフ銀貨27枚)
← 給仕の報酬 200D
← 香草茶の売り上げ 40D
→ 首飾りの材料として 2000D
読んでくださった方、ありがとうございました。