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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
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79 贖罪

説教じみた話になってしまいました。次回はちょっとほのぼのしたお話を書きたいと思います。

 東ハウル村の冒険者の宿に薬を届けに行った私は、街道でテレサさんを探しているという男の子に出会った。


 その日の昼食の後、私たちはその男の子から話を聞くために、カールさんの家に集まった。なぜカールさんの家かというと、ガブリエラさんが出来るだけ危険の少ない場所で話を聞きたいと言ったからだ。


 きっと彼女は得体のしれない男の子を、ミカエラちゃんに近寄らせたくなかったのだろう。


 カールさんの家の居間に集まったのは、私とカールさん、ガブリエラさん、テレサさん、クルベ先生の5人だ。テーブルの端にガブリエラさんが座り、私とカールさん、テレサさんとクルベ先生がそれぞれ向かい合うように座っている。男の子はガブリエラさんと向かい合うように、椅子に座っていた。


 給仕役をしてくれるリアさんが、自家製の香草茶を出して配ってくれた。その間、男の子は所在なさげに体をもじもじさせながら、ちらちらとガブリエラさんとテレサさんの顔を交互に見つめている。






 男の子はこざっぱりとした格好になっていた。午前中にテレサさんとリアさんが二人がかりできれいに体を洗ったらしい。薄汚れていた肌は透き通るように白く艶やかになり、暗い灰色に見えていた髪も、銀色がかった灰色に変わっていた。伸び放題だった髪も整えてあり、大きな灰色の瞳がよく見えるようになった。


 着ているのは村の男の子たちと同じ、継ぎの当たった麻の服だけれど、華奢な体つきと可愛らしい顔のせいで、女の子のようにも見えた。


 みんなが揃ったところで、ガブリエラさんが彼に向って語り掛けた。


わたくしは国王陛下よりこの村の開発を任されているガブリエラ・バルシュ男爵です。あなたのことは少しだけ、テレサ様やドーラから聞かせてもらいました。私たちにあなたの素性や目的を話してください。」


 男の子はそう言われて、ちょっと怯えたような目をしたけれど、テレサさんがゆっくり頷くと、唾をこくりと飲み込んでから話し始めた。







「僕の名前はディルグリム。ファ族のディルグリムです。年は12。一族の伝承に従って修行の旅をしていました。」


「ファ族というと、東ゴルド北方の草原に住むという遊牧民族だな。」


「は、はい。そうです。僕の一族のことを知っているんですか?」


 カールさんが言った言葉に、ディルグリムくんが驚いたような反応を示した。カールさんは軽く首を振りながら答えた。


「いや、軍学の授業で聞いて、名前を知っているだけだ。『スタン草原の戦い』は有名だからな。」


 スタン草原の戦いというのは今から200年程前、ドルアメデス王国の西側にあるゴルド帝国という国とスタン草原に住むファ族との間で起こった戦いだそうだ。大陸制覇を目指して東征してきたゴルド帝国軍20万を、ファ族の騎馬兵2万が打ち破って撤退させたという、伝説的な戦いらしい。






「ファ族は完全に自給自足の生活を続けているので、他国との交流がなく詳しい実態を知るものはほとんどいない。ただ彼らの誰もが大陸一の騎馬兵だというのは、軍事に関わるものなら誰でも知っている。」


 そう語るカールさんの言葉で、ディルグリムくんは、はにかんだように笑った。


「そんな風に言われていたなんて初めて知りました。確かに僕たちは生まれてすぐ、歩き出す前から馬の上で生活しますから、馬の扱いには慣れてるんです。」


「すごいですね!私、あなたの一族にすごく興味が湧きました。でもそんなファ族のディルグリムくんがなぜ、この国に来たんですか?」


 私がそう尋ねると、途端に彼はしゅんとして泣きそうな顔になった。


「最初にお話しした通り、僕は一族の伝承に従い修行の旅に出たんです。でもそこで悪い連中に捕まってしまって、大切な短刀を奪われたうえに、奴隷にされてしまったんです。」


 彼は私たちにその経緯いきさつを語ってくれた。






 彼はファ族の次期族長候補なのだそうだ。彼らの族長は世襲ではなく、彼らの一族に伝わる魔法の短刀によって選ばれるという。


 彼は10歳になったとき短刀に選ばれ、次期族長候補として修行の旅に出ることになった。


「短刀に選ばれると、体を強力な呪いに蝕まれるようになるんです。その呪いの力に耐える力を身に着けるため、選ばれし者は短刀と共に旅をするというのが、僕らの一族の伝承なんです。」


 私が感じたあの嫌な感じの魔力は、その呪いによるものらしい。呪いの力を防ぐには短刀を使いこなせるようになることが必要で、彼は各地を放浪しながら短刀で魔獣を狩っていたそうだ。


 しかし大陸の中央を流れる大河エリスの畔に差し掛かった時、奴隷狩りをしている男たちに襲われた。彼は奮戦したものの多勢に無勢、騎乗していた愛馬を殺された上、囚われてしまった。そして奴隷狩りのリーダーだった魔導士に大事な短刀を奪われ、奴隷として使役されていたのだそうだ。


「僕は選ばれし者として人狼の呪いに侵されています。短刀を奪った魔導士は僕の呪いを発現させて、僕を戦いの道具として使いました。僕は男たちに操られて、罪もない人たちを大勢殺して・・・。」


 彼はそこまで話すと、俯いて涙をぽろぽろこぼした。テレサさんが彼に寄り添い、背中を優しく撫でる。しばらく後、彼は涙を拭いて再び話し始めた。






「あの男たちはこの国に侵入すると、色々な街を経由しながら東を目指して進んでいきました。僕は逆らうことができないまま、彼らに連れてこられたんです。」


 その男たちはこの国のいろいろな貴族とつながりがあったようだが、彼は詳しいことは分からなかったと言った。やがて男たちはエルフが住むという森の南側を抜けて、ウェスタ村へ辿り着いた。そこで彼は半仮面をつけた不気味な女を見たという。


「僕は鎖に繋がれ閉じこめられていたのでよく分かりませんでしたが、女は男たちにいろいろな指示を出しているようでした。」


 その後、男たちは王都領の北にあった修道院を襲撃した。緑の髪をした小さな女の子を攫い、彼女を守ろうとした修道女たちを建物ごと燃やしたそうだ。その話を聞いたとき、ガブリエラさんが眉を寄せ、ぐっと奥歯を噛みしめたのが分かった。


「小さい子供やお年寄りもいたのに、あいつらみんな殺して建物に《火球》の魔法を何発も撃ち込みました。僕は魔導士の男に言われて逃げる人がいないように見張りをさせられていました。その時、司祭様が現れたんです。」


 そう言って彼はテレサさんを見た。テレサさんは襲撃犯たちを次々と倒し、短刀を持った魔導士に迫った。そこで魔導士を守っていたディルグリムくんと戦闘になったそうだ。






「司祭様が僕の胸に神力を込めた一撃を打ち込んでくださったことで、僕の胸にあった『隷属の刻印』が破壊され、僕は魔導士から解放されました。その後、逃げ出した僕は奪われた短刀を取り戻そうと、男たちの後を追ってウェスタ村に行きました。そこでまた司祭様が・・・。」


 彼がそこまで話したとき、テレサさんが「こほん」と小さく咳払いをした。すると彼はハッとしたように口を噤み、また話し始めた。


「衛士隊の人たちと魔導士の男たちが戦っている隙に、僕は短刀を取り戻すことが出来ました。僕はどうしても司祭様にお礼を言いたくて、この村を訪ねてきたのです。」


 そう言った彼の言葉を引き取るように、テレサさんが言った。


「彼は人狼の呪いに負けないよう、修行を積みたいそうなのです。それで私に弟子入りしたいと申し出てくれたのですが、私の格闘術は聖女教に伝わる秘伝なのでお教えできません。ですから冒険者として魔獣を狩ってもらいながら、この村でしばらく彼の心身を鍛えて差し上げようかと思うのですが、いかがでしょうか?」


 テレサさんがそう言うと、ガブリエラさんは少し考えた後、答えた。






「率直に言えば、私は反対です。ですが彼を救いたいというテレサ様のお気持ちも理解できます。ですから条件を付けましょう。」


 ガブリエラさんは、ディルグリムくんがこの村で暮らす条件として二つのことを上げた。


 一つは東ハウル村に住み、西ハウル村に来るときには必ずテレサさんが付き添うこと。もう一つはミカエラさんの前に決して姿を見せないことだ。


「事情はともかく、ミカエラを攫った一味にいたあなたがこの村にいると知ったら、ミカエラは怯えてしまうかもしれません。私はあの子にこれ以上辛い思いをさせたくないのです。」


 ディルグリムくんは、修道院にいた緑の髪の女の子が、ガブリエラさんの妹ミカエラさんだと知って、すごく驚いた。そしてそのまま床に這いつくばると、ガブリエラさんの足元に頭をこすりつけるようにして叫んだ。


「自分の意志でないとはいえ、妹さんに危害を加えてしまったこと、本当に申し訳ありませんでした!」


 彼は泣きながら何度も何度も彼女に謝り、やがて立ち上がると言った。






「そんな事情があるのなら、僕はこの村にはいられません。勝手なお願いをしてしまって本当にすみません。僕はこの村を出ていきます。」


 そう言って部屋を出ていこうとする彼を、ガブリエラさんが引き留めた。


「お待ちなさい。ただ謝って出ていくなど、私は認めません。あなたはそんなに軽い気持ちでここまでやってきたのですか?」


 彼がびくりと体を震わせ振り返る。


「簡単に罪から逃げることなど、私が認めません。あなたは罰を受けるべきです。」


「罰・・・。一体、僕はどうすれば・・・。」


 彼は体をわなわなと震わせ、がっくりと膝をつく。ガブリエラさんが彼に歩み寄って、彼の手を取った。


「テレサ様のもとで修行しながら、自分の罪と向き合い、呪いを克服なさい。それがあなたの罰です。テレサ様もそうなさるおつもりだったのでしょう?」


 彼はハッとしてテレサさんを見た。彼女はゆっくり頷いた。






「あなたは多くの罪のない人を手にかけたと言いましたね。それを取り戻すことはできません。この村で私と共に彼らのために祈りましょう。そしてこの村で働きながら、罪を償う方法を考えるのです。」


 テレサさんは胸に下げた銀の聖印を手に取り、彼の前にまっすぐに立って言った。


「人々の暮らしに触れることは、あなたにとって辛いことでしょう。自分の殺めた人々の機微に触れることになるのですから。ですがここで逃げてしまっては、あなたはやがて自分の呪いに飲み込まれてしまう。自分の罪と向き合うことで、呪いを跳ねのける強さを身につけなくてはなりません。私と共に祈りましょう。それがあなたの罰です。」


 彼の目から涙がとめどなく零れていく。彼の手を取ったまま、ガブリエラさんが言った。


「あなたが呪いに耐える力を身につけることができたとき、私はあなたを許しましょう。」


「許す・・・?僕を許してくださるんですか・・・!?」


 ガブリエラさんは彼の手を強く握って頷いた。彼は泣きながら何度もガブリエラさんにお礼を言い、やがてテレサさんに連れられて出ていった。侍女のリアさんが二人を見送りに部屋を出たところで、クルベ先生がガブリエラさんに言った。






「ガブリエラ様はよい裁きをなさる。わしが見ておった頃からは想像もできんほどじゃ。かつてお会いしていた亡き御父上を思い出しましたぞ。」


「・・・お父様をですか?」


「うむ。わしがお会いした若きバルシュ侯爵は、誠によい領主様であられた。」


 ガブリエラさんは少し上を見上げて目を瞑った。カールさんが彼女に語り掛ける。


「ガブリエラ様、最初から彼に罪を償わせるつもりで、あのようなことをおっしゃったのですね。」


「いいえ、そうではありませんわカール様。ただわたくしは、己が罪を贖えないまま、あの子が呪いで死んでしまいそうな気がしただけです。それは悲しいことですもの。」


 ガブリエラさんは自分の胸に手を当てて、誰かのことを思うような遠い目つきをした。






「罪を償い、許しを得られる機会があるのなら、それに越したことはありません。」


「ガブリエラ様、あなたという方は・・・。」


 カールさんが彼女に言葉をかけようとしたが、彼女は軽く笑ってそれを遮った。そして私たちに背を向けると、呟くように言った。


「・・・私はあの子が羨ましいですわ。」


 私は彼女がそのまま消えてしまいそうな気がして、泣きながら彼女の背に抱き着いた。


「ガブリエラ様!私はガブリエラ様が大好きです!ガブリエラ様がみんなのためにどんなに一生懸命頑張ってるか、全部知ってますから!」


「あなたは泣き虫ね、おバカさん・・・ありがとう、ドーラ。」


 彼女が後ろを向いたまま、私の腕をポンポンと優しく叩いた。私が抱きしめている彼女の細い肩が細かく震えていた。


 開いた窓からは薄く陰り始めた夕日が差し込み、私たちの影をはっきりと照らし出していた。











 ちょうどその頃、大陸西方に位置する聖女教の聖地エクターカーヒーンでは、今朝着いたばかりのテレサからの便りを当代の聖女カタリナが読んでいた。


「御師様、手紙にはなんと書いてあったのでしょうか?」


「強大な魔力を持つ人外の存在を確認したとあります。ですがその存在はなぜか村娘の姿で、市井の人々に混じって暮らしているそうです。」


「悪神が人々の中に潜伏しているということですか!?テレサは大丈夫なのでしょうか?」


「今のところは危険はないと書いています。彼女なりの推察も何種類か書いてあります。」


 手紙にはテレサが考察したいくつかの説が述べられていた。有力なものとしてはドルアメデス王家に関する術者がその人外の存在を召喚したのではないかという説が挙げられている。召喚したと思われる術者についての詳細な記述もあった。他にも複数の可能性を言及してある。


 そして最後に荒唐無稽な想像として、太古の竜が蘇り人間の姿に化けている可能性についても触れてあった。これは彼女自身も「ありえないことですが」と断り書きをしていた。






「流石に最後のそれはないでしょうね。」


 竜が人間の姿になっていると聞いた弟子が、それを一笑に付す。そして真剣な表情でカタリナに言った。


「やはりドルアメデス王国が関わっていると見て、間違いないのではないでしょうか?」


「あの国の現状を考えれば、西ゴルド帝国の覇権主義に対抗するため、禁忌の術に触れた可能性も否定できないでしょう。」


 カタリナは各地の聖職者からもたらされた情報をもとに、頭の中で大陸の勢力図を思い描く。ゴルド帝国が東西に分裂してすでに30年余り。小さな小競り合いはあるものの、大きな戦乱は起きていない。大陸東部は微妙なバランスで平和な状態が続いている。


 ただ逆を返せば、これは各国が次の戦乱に備えて力を蓄える時間が十分に取れたということでもある。西ゴルド帝国の皇帝は、実兄である前皇帝を弑逆して帝位を簒奪したほど野心の強い人物。このまま平和な状態が続くと考えるのは、あまりにも楽天的すぎるというものだ。


 危機感に駆られたドルアメデス王が禁忌を手にしたというのも、分からない話ではない。






「御師様、もしドルアメデス王国が禁忌に触れ、悪神を蘇らせていたとしたらどうされるおつもりですか。まさか彼の国を神敵として聖戦を発令されるのでしょうか?」


 カタリナはじっと目を瞑ったまま、弟子の問いかけに答えた。


「悪神は何としても滅ぼさねばなりません。しかし聖戦となれば大陸中の信徒を巻き込んだ戦いになります。まずはテレサが発見したという人外の正体を確かめることが先決でしょう。」


 弟子がごくりと固唾を飲む。カタリナはかっと目を見開き、弟子に言った。


「神聖騎士団から精鋭を選抜し東方へ派遣します。従軍僧と共に部隊を編成しなさい。」


 師匠の言葉に弟子が部屋を飛び出していった。


「テレサ、どうか無事でいてちょうだい。」


 カタリナは胸の聖印を手に取ると、愛弟子の無事を神と歴代聖女に祈る。夏の終わりの朝日の中で、ドーラを巡る人間たちの思惑が今、動き出そうとしていた。






種族:神竜

名前:ドーラ

職業:錬金術師

   見習い建築術師


所持金:68003D(王国銅貨43枚と王国銀貨151枚と王国金貨36枚とドワーフ銀貨27枚)

読んでくださった方、ありがとうございました。

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