78 少年
薬草について調べていたら、書く時間が足りませんでした。だから少し短めです。書きたいことがたくさんあるので、今からお休みが待ち遠しいです。
夏の4番目の月が半ばを過ぎた。昼間の日差しはまだ強いけれど、だんだん日が暮れるのが早くなり、少しずつ秋の気配が忍び寄っている気がする。
その日、私は東ハウル村の冒険者の宿に、出来たばかりの薬を運んでいた。もちろんすべて私が作ったものだ。
薬はどれも私の掌くらいの高さの陶器の瓶に入っている。コルクで蓋がしてあり、瓶同士がぶつかって割れないように、周りを藁で編んだ袋でぴったりと包んである。
この袋を編んでくれたのはグレーテさんをはじめとする村のおかみさんたちだ。ガブリエラさんが袋一つにつき銅貨1枚で買い取っている。年長の子供たちも手伝っていて、結構いい収入源になっているそうだ。
その瓶を仕切りの付いた木箱に詰めて運ぶ。木箱の中にもクッション代わりの藁が敷き詰められているのでぶつかって割れることはない。一つの箱に4~50本の瓶が入っているので、普通の人間の女の人が持ったら結構重いと思う。私には全然重くないけどね。
箱の中に入っているのは、ほとんどが下級回復薬だ。でも中級や上級の回復薬も数本入っている。
回復薬の作り方はとっても単純。素材から薬効成分を抽出して、それを素材の属性に合った魔力中和液に溶かしこむだけだ。《鑑定》や《分析》の魔法を使えば、素材の属性は簡単に特定できる。
中和液に魔力を流しながら、素材の薬効成分を混ぜて行けば回復薬の出来上がりだ。この時に使う魔力の量、素材の組み合わせ方や分量、品質で出来上がる回復薬の効果が違ってくるのだ。
一般的に回復薬は、瞬時に外傷を癒す目的で使われることが多い。そのため求められる効能は止血・傷口の再生補助などだ。単純にこの効能だけを求めるなら、別に素材をそのまま使っても問題ない。
例えば森の中に行けば大抵どこにでも生えているマグルート草の葉は、すりつぶして傷口にそのまま塗りこんでも止血の効果がある。生活の中でちょっとした切り傷に対して使うなら、これで十分。
でも命がけで魔獣と戦う冒険者たちは、そんな悠長に傷を治している暇などない。そこで回復薬の出番というわけだ。大量のマグルート草の薬効成分を濃縮し、それを魔力で増強することで、瞬時に傷口を癒す効果を得ているのだ。マグルート草の葉は、下級回復薬の素材としてよく使われる。
もちろん同じ効果を得られるなら、別にマグルート草でなくても構わない。カルメリアの種やゲイスブラートの花弁、珍しいものだとクラネスビルの葉でも同じ効果が得られる。要は素材から抽出できる薬効成分の質と量が重要なのだ。
回復薬を作るには当然、素材のどの部分にどんな薬効があるのかを正しく知っていなくてはならない。その取り出し方についても同様だ。
「作り方は単純だけれど、回復薬の効能には術師の技術や経験の差が大きくかかわってくるの。錬金術の基本にして奥義は『知ること』よ。どんなに経験を積んだとしても、探求することを忘れたら、それはもう錬金術師とは言えないわ。」
回復薬作りを最初に教えてくれた時、ガブリエラさんはそう言って私を諭した。だからそれ以来、私は彼女の教えを忠実に守って回復薬作りに励んでいる。おかげで今では何種類もの素材の性質を見極められるようになった。
あと興味深いのは、同じ素材でも部位や処理方法によって、効能が変わるということだ。
例えばカルメリアの花は、種に止血、葉に沈痛、花弁に消炎の作用がある。また花が実になると内臓疾患に対する治療薬になるのだ。あと根は、生のまま使うと強壮の効果があるが、一度陰干ししてから煎じると猛毒に変わる。
他の素材も同じように部位や処理方法で効能が大きく変わる。同じ素材であっても採取時期や場所が変われば効能が変化することもある。目的に合わせて最適な材料を選択し、適切な処理を行うことが錬金術師の腕の見せ所らしい。
私は以前、妖精の森を再生した時のお礼としてもらった錬金術の解説書と素材の図鑑を何回も読んで、素材の処理方法については一通り分かるようになったけれど、相変わらず細かい処理はできない。だから家妖精のシルキーさんに手伝ってもらっている。
シルキーさんは私の薬づくりには欠かせない存在だ。私もいつか彼女のように手際よく素材を扱えるようになりたいと思っている。
私が着いたとき、東村の宿には、数人の冒険者さんがいるだけで、ガランとしていた。もう朝日が昇ってだいぶ経っているから、皆、素材の採集や魔獣の討伐に出てしまっているのだろう。共有スペースでのんびりと談笑している居残り組の彼らの横を通り抜けて、売店のあるカウンターに向かう。
「ドーラさん、ちょうどよかった。今朝、下級と中級の回復薬が切れたところだったんですよ。」
そう言って売店の売り子をしている娘さんが私に笑いかけてくる。私も同じように笑うが、多分彼女からは見えていない。
今の私は地味なローブのフードを目深に被り、顔の上半分を隠す半仮面をつけているからだ。私が東村に行くときには必ずこの格好で行くようにと、ガブリエラさんとマリーさんから言われている。何でも『余計な揉め事を増やさないため』なのだそうだ。
「この間、注文を受けた麻痺の治療薬と解毒剤も入ってます。あと上級回復薬も。」
私はカウンターに箱を置いて、中身を確認しながら彼女に手渡した。彼女はそれを一つ一つ確かめ、後ろの壁にある棚やカウンターの内側にある小箱に収めていく。それが終わると私に注文書と硬貨のたくさん入った皮袋を手渡した。
「では今朝の売り上げをお渡ししますね。またよろしくお願いします。」
「ありがとうございます。お預かりします。」
私は皮袋と注文書を自分の服の前にある大きなポケットにしまい込む振りをして、《収納》の魔法を使った。この薬は私ではなくて、ガブリエラさんが作ったということになっている。表向き、私は彼女の弟子として、薬を運んでいるというわけだ。
ちなみにこの売店で売っている下級回復薬は1本80D。平均的な4人家族の2か月分の食費に相当する額だ。かなり高額だが、冒険者さんたちにとってはいざという時のまさに『命綱』なので、決して高くはないらしい。
中級は240D、上級は400Dという具合に、効能が高くなるほど値段も高くなる。しかし、これらを使う冒険者さんたちは、希少な素材や魔石を集めるため危険な魔獣と戦っている。そのためには必要不可欠なのだそうだ。
それに討伐が上手くいけば、使った分の何倍もの額の見返りが得られる。冒険者は危険も多いけれど、一攫千金のチャンスもあるという職業らしい。いいなあ、そういうの。ちょっと憧れてしまう。
でも私は、魔獣に逃げられちゃうから、やりたくても冒険者は出来ないけどね。それに獲物を狩るのは、どうしても食べるためっていう意識があるので、素材を得るために魔獣を殺す冒険者は、やっぱり私には無理かなーと思っている。
あとこの売店の薬は冒険者ギルドで販売している薬よりも1~2割程安く、効能も高いそうだ。私の薬を使うことで、ケガをしたり死んだりする人が少しでも減ればいいな。
私はお金を受け取って西ハウル村へ戻った。二つの村を結ぶ渡し舟は、今4隻に増えている。船頭のアクナスさんが、あまりにも仕事量が多くて対応しきれないと言って、舟を増やしたのだ。アクナスさんと彼の徒弟さんたちは交代で、渡し舟を動かしてくれているのだ。本当にありがたいです。
舟着き場からガブリエラさんの家に向って歩く。さっき受け取ったお金をガブリエラさんに届けて、代わりに私は回復薬の材料をもらうのだ。この材料は冒険者さんたちが集めたもので、ガブリエラさんはそれを彼らから買い取っている。よく考えると、これってすごく不思議な気がする。
以前カールさんが私に「お金には必要な人のところに、必要なものを届ける働きがある」って教えてくれたけれど、まさにこれがそうなんだろうと思う。お金を通じて物がやり取りされ、それが巡り巡ってまた自分に戻ってくるわけだ。
しかも戻ってきたときには、その時の自分にとって一番必要なものになっている。まさに人間の生み出した知恵そのもの。お金って本当に素晴らしい!
ちなみに売り上げの一部を、私も銀貨でもらえることになっている。ふふふ、銀貨。今からすごく楽しみです。
私が銀貨のことを思い、にやにやしながら街道を歩いていたら、ガブリエラさんの家の前でうろうろする一人の男の子を見かけた。
私はいまだに人間の年齢を見分けるのが苦手なのだけれど、彼の体格はそれほど大きくないし、手足も細いので、子供で間違いないと思う。多分。
彼はあちこち破れたままの服を着ていた。私の服も破れた跡はあるけれど、グレーテさんたちが丁寧に繕ってくれるのでとてもきれいだ。でも彼は靴も履いておらず、服の破れ目からは白い肌が見え隠れしている。
彼は家の前を行ったり来たりしながら、ちらちらと家の中に目を向けていた。ガブリエラさんに用事があるのだろうか。
「こんにちは。このお家に何か御用ですか?」
私が近寄って声を掛けると彼はビクッと体を震わせ、身を翻して逃げようとした。私は思わず彼の手を掴んでしまった。
その時、私の手にピリッとする嫌な感じがした。これって良くない魔力の感じがする。
彼は私が手を掴んだことにとても驚き、おびえた表情をしていた。顔が汚れているし、髪が伸び放題なのでよくわからないけれど、暗灰色の髪をした可愛らしい顔立ちの男の子だ。
「あなたから良くない魔力を感じます。ひょっとして呪いか何かですか?」
「!! わ、分かるの?」
私が彼に問いかけると、彼はとても驚いて、私の言葉を肯定した。
「よかったら私に話してくれませんか?」
「呪いのことはちょっと・・・。それよりも、僕、人を探してるんだ。」
彼は黒髪の女司祭を探していると言った。私の知っている黒髪の女司祭と言ったらテレサさんしかいない。
「今、呼んでくるから、ちょっと待っていてください。」
この時間なら、彼女はまだ集会所で子供たちに読み書きを教えているはずだ。私は集会所に走っていき、扉を開けた。
「テレサさん!!」
「!! 何者!?ってドーラさんですか。怪しい人が来たのかと思ってびっくりしましたよ。」
テレサさんが反射的にとった構えを解きながら私に言った。驚いた顔でこちらを見ていた子供たちとクルベ先生もホッとした顔をしている。
そういえばフードと仮面をつけたまんまだった。私はローブを脱ぎ仮面を外して《収納》にしまうと、皆に「ごめんなさい」と謝った。
「ところでそんなに慌ててどうしたんですか?」
「あ、そうそうテレサさんを尋ねてきた人が通りに・・・。」
「司祭様!!」
私が説明しようとしたところで、入り口からあの汚れた顔の男の子が現れ、テレサさんに駆け寄った。
「あなたは・・・!!」
彼はテレサさんの足元に平伏すと、彼女を見上げながら言った。
「やっとお会いできました司祭様。僕、あなたにどうしてもお礼が言いたくて。僕を解放してくださって、本当にありがとうございました。」
どうやら二人は知り合いだったようだ。彼はさらに言葉を続けた。
「お願いです、僕をあなたの弟子にしてください。あなたの戦いぶりを見て、僕はあなたしかいないと確信しました。あの路地での戦いは、本当にすごかったです!」
「路地で・・・? あぁっ!!」
テレサさんは不意に何かを思い出したかのように大声を上げると、たちまち真っ赤な顔をした。彼女は「踊り・・」と言いかけた彼をぎゅっと抱きしめ、自分の胸に彼の顔を押し当てた。彼はテレサさんの腕の中で、顔を赤くして悶えていた。テレサさん、ちょっと腕に力入れすぎじゃないかな。あれじゃあの男の子、息できないんじゃ・・・?
「そ、そのお話は、別のところでいたしましょう!では私はこの子と話がありますので、これで失礼いたします!」
テレサさんは、放心状態の男の子を抱きかかえたまま、集会場を飛び出していった。私たちは口を開けたまま、二人を見送った。
「いったい、なんだったんでしょう?」
私がクルベ先生に尋ねると、先生は肩を軽くすくめて言った。
「ふむ。どうやらテレサ殿が以前あの少年を助けたらしいな。まあ詳しい話はおいおい分かるじゃろう。さて子供たちや、残りの課題をやってしまうとしようかの。」
子供たちが「はーい!」と声を上げる。子供たちはそれぞれの課題に取り掛かり始めた。エマもミカエラちゃん、ハンナちゃんと一緒に計算の問題を解き始めた。私はエマに「またお昼にね」と言って、集会所の学校を出てガブリエラさんのところに行った。
ガブリエラさんに男の子の話をしたら「呪いを受けてるなんて、そんな得体の知れない人間を子供たちに近づけちゃダメでしょ、このおバカ!」と叱られてしまった。確かに彼女の言うとおりだ。もしあの子が危険な呪いに侵されていたら、エマたちを危ない目に遭わせるところだった。私は自分の迂闊さを反省した。
「まあ、あなたのことだから何かあっても対処できるでしょうけど、油断はしないようにね。」
彼女はそう言って許してくれた。そして、わたしたちは二人でテレサさんとあの男の子のところに向かったのでした。
種族:神竜
名前:ドーラ
職業:錬金術師
見習い建築術師
所持金:68003D(王国銅貨43枚と王国銀貨151枚と王国金貨36枚とドワーフ銀貨27枚)
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読んでくださった方、ありがとうございました。