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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
8/188

7 木こり見習い

即位の礼、おめでとうございます!

「たーおれーるぞー!!」


 森の中にフランツさんの大きな声が響き渡る。それに続いて地面に倒れたオークの木がドーンという大きな音を立てた。倒れた木は村の男たちによって枝を落とされ、見る見る間に一定の長さの丸太へと加工されていく。まるで魔法みたいな手際の良さに感動してしまう。


「じゃあドーラ、頼めるか?」


「わかりました、フランツさん!」


 私は男たちが加工した丸太をひょいっと持ち上げると、近くにある『そり』というものに載せた。そりは丈夫な木と金具でできていて、地面に触れるところには金属板の嵌った棒みたいな足が付いている。


 この足の幅は私の手の平くらいあって、その下に円筒形に加工された枝がいくつも並べられている。この上を転がすことで、重たい丸太を川まで簡単に運ぶことができるというわけだ。人間ってやっぱり賢いんだなと感心してしまった。


「さあ、行きましょう?」


 私はそりに繋がれた獣に言葉をかけた。六本の足を器用に折りたたんで眠っていた獣は目を開け、ぶるるっと体を震わせた後、歩き始めた。ついでに私も足元にある丸太をひょいっと肩に担いで、一緒に歩いていく。


 この獣は六足牛むつあしうしという動物で、魔獣の一種らしい。草食性のとてもおとなしい魔獣で、六本の足を器用に使って、どんな悪路でもどんどん歩ける。それにすごく力が強いので、『王国』では飼いならして荷物の運搬などに使っているそうだ。


 とても気まぐれなのでいうことを聞かせるのは大変だと、フランツさんは言っていた。でも私の言うことはよく聞いてくれている。私が六足牛の首のあたりをすりすりと撫でると、六足牛は気持ちよさそうに少し片目を閉じた。






 ハウル村にはこの六足牛の他にも、いろいろな動物が飼われている。一番数が多いのは、どの家でも育てている鶏だ。鶏は放し飼いで、夜明けとともに小屋から出して、夜になるとまた小屋に戻す。


 丸々としたその体はとても美味しそうだが、卵を採るために育てているので食べてはいけないのだそうだ。食べてよいのは年を取って弱ったものだけらしい。ちょっと残念。


 次に多いのはヤギと豚。これは比較的森に近いところにある柵の中で育てられている。といっても普段は放し飼いで、暗くなったら柵の中に入れるのだ。豚とヤギの世話はちょっと年かさの男の子たちの仕事。


 豚はドングリっていう木の実が大好物で、放っておくとどんどん森に入ってしまう。迷い豚は魔獣や狼たちの格好の獲物だ。男の子たちは迷い豚に惹かれてやってきた魔獣に村が襲われることがないように、見張りをしながら森の中を歩き回るのだ。


 このことが森での過ごし方を学ぶためには欠かせないのだと、フランツさんは教えてくれた。立派な木こりになるために、大切なことらしい。


 ちなみに今はたくさんいる豚も、雪で森が閉ざされる冬の前にはほとんどを殺して、干し肉などに加工するのだそうだ。その時はお肉がおなかいっぱいたべられるのよ、とエマはうれしそうに話してくれた。


 一方、『塩』があれば、『ハム』や『ソーセージ』っていうのがたくさんできるんだけどねってマリーさんは嘆いていた。塩っていうのは薄茶色の粉末だ。舐めると海の味がする。これはとても貴重なもので、ものすごく『高価』らしい。


 高価っていうのがよく分からないけれど、なかなか手に入らないものだというのは分かった。私たち竜が大好きだけれど、滅多に見つからない大きなウミヘビみたいなものなのだろう、きっと。






 村と森とを隔てる木の柵の北側を通ると、川べりに作られた丸太の集積所に着いた。私は自分が運んできた丸太とそりに積んであった丸太をそこに重ねると、一緒に来てくれた木こりの一人に六足牛のそり引き具を外してもらった。


 六足牛は男が体に触れると、嫌そうに足を踏みならしたが、私が撫でるとすぐにおとなしくなる。私がそりと六足牛の向きを変え、男にそりを再びつけてもらって、またもと来た道を帰る。


 この作業ももう2日目なので大分慣れてきた。森の入り口あたりの開けた場所で、男たちが炭を焼くための準備をしているのを横目に見ながら、フランツさんのところに戻った。


 フランツさんがまた木を倒す。この時、自分の狙ったところに倒せるのが腕の良い木こりなのだそうだ。フランツさんは若手で一番の名人らしい。


「ドーラ、今日はもうこれで終わりだ。これ以上倒しても王都に運べなくなっちまう。終わったら炭焼きを手伝うか?」


 私は喜んで了承する。今、村のおかみさんたちと子供たちは、収穫した麦の脱穀と秋に種を撒く畑の準備で大忙しなので、私の手伝える仕事がないのだ。手伝おうとして色々やらかした結果、「粉を引くときになったらまた手伝ってもらうから」とグレーテさんに言われてしまった。


 手持ち無沙汰でウロウロしている私を見かねて、フランツさんが仕事を手伝わせてくれたのだ。 


 本当は木こりも炭焼きも男性だけの仕事だ。だから私が森に入ることを嫌がる男たちもいたのだけれど、村長のアルベルトさんが説得してくれた。アルベルトさんは木こりの男たちからとても尊敬されている。反対する人はすぐにいなくなった。






 最後の丸太を運び終えた私は、六足牛を森近くの草地に放してあげた後、炭焼きをしている男たちを手伝いに行った。男たちは皆、服の上から薄い毛皮でできた外套を着こんでいる。遠めに見ると小さな熊みたいで可愛い。私もフランツさんに着せてもらった。


 男たちは丸太の端材や太めの枝を斧で器用に切って形を整えると、私の腰くらいの高さの小さなやぐらに組んでいく。そしてそれを積んでおいた灰で覆い隠すと、木っ端や小枝を積み上げて火をつけた。


 乾燥させてあった小枝がごうごうと音を立てて燃え上がり、やがてやぐら全体に火が広がる。はじめは勢いよく出ていた炎が弱まり、白い煙が青白い色になってきたら、あとは自然に火が落ちるまで待つだけだ。火が落ちたやぐらには灰をかぶせておく。こうすると中が『蒸し焼き』になり、よい炭ができるのだそうだ。


 男たちは火が落ちるのを待つ間にも、次々とやぐらを作っていく。彼らに材料となる端材や枝を運ぶのが私の仕事だ。最後のやぐらに灰をかぶせる頃には、もう日が傾き始めていた。


 皆の着ている外套も顔も手も髪も、煤と灰で真っ黒。誰が誰やらさっぱり分からない。自分では見えないけれど、きっと私も同じようになっているはずだ。


 男たちはそのまま村を通り抜けて村の南側、川の下流にある洗濯場に向かった。そこで着ていた外套の煤を払い落としたあと、服を脱いで川に入り、手と顔を洗う。私も同じように服を脱ごうと悪戦苦闘していたら、フランツさんに止められた。


「ドーラ、こっちにおいで!」


 洗濯場の脇に立っている小さな小屋から村長のおかみさんのグレーテさんが私を呼んでいる。私はその小屋、皆が『お風呂場』と呼んでいる建物に近寄っていった。


「また随分とひどい顔だね!べっぴんさんが台無しじゃないか!」


 グレーテさんは小屋の陰で私の服を手早く脱がすと、笑いながら桶に入った水で私の体を洗ってくれた。最後に頭から水をかぶると、黒い水が足元に流れていった。






 ある程度きれいになった私はグレーテさんと一緒にお風呂場の中に入った。お風呂場の中は大きな竈がいくつもあり、そこにはお湯の入った大きな鍋がかけてある。お風呂場の中はもうもうとした湯気でいっぱいだった。竈は小屋の壁の向こう側に飛び出した作りになっている。小屋の外から枝などを入れて火を燃やす仕組みなので、小屋の中には煙が入ってこない。


 グレーテさんは壁沿いに作られた木のベンチに私を座らせると、竈の側にある大きな水甕からお湯を手桶に汲み取り、私の足元にある大きなタライにそれを入れた。何回か繰り返すとたらいはきれいなお湯でいっぱいになった。


 昨日、ここに連れてこられたとき、お湯を汲むのを手伝おうとしたら「そんな汚れた手で手桶に触っちゃだめだよ!」と怒られたので、私はおとなしく座って待つ。


「さあドーラ、中にお入り。」


 私はグレーテさんに促されるままタライに入り、真ん中に座った。グレーテさんはベンチの脇に置いた小さなツボを持ってきて、中に入ったトロトロした液体を私の頭に少し垂らした。


 これは森で採れる木の実の油に灰を混ぜて作る『石鹸』というものらしい。初めて見た時に舐めてみたら、すごく苦くてびっくりした。


「さあ、洗っていいよ。」


 私が髪に手を入れてゴシゴシこするとたちまち泡が立ち、真っ黒になった泡がタライに流れ落ちていく。グレーテさんが私にお湯をかけると、泡が一気に落ちて髪がきれいになった。


 黒い泡の浮かぶタライのお湯を捨てる。捨てたお湯は小屋の床に作られた溝に沿って小屋の外に流れていった。手がきれいになったので、今度は自分でタライをいっぱいにし、柔らかい草を編んで作ったタワシで自分の体を洗った。


 体をきれいにするだけなら《洗浄》の魔法を使った方がいいのだけれど、こっちの方が遥かに気持ちがいい。ずっと昔も時々妖精たちと水浴びをしていたけれど、このお風呂はそれに負けないくらい気持ちがいいと思う。






「乾かすのは自分でできるだろう?それじゃあ、使った分の水を戻しておくれ。せっかくだからあたしもお風呂を使って帰るとするよ。」


 《乾燥》の魔法で髪と体を乾かした私は、グレーテさんに手伝ってもらって服を着替えると、鍋の中の熱いお湯を大きな水甕に移し、空になった鍋を持ってすぐそばの川に行った。


 川から戻ると、ちょうどお風呂にやってきたおかみさんや女の子たちと出くわした。


「ああドーラちゃん!あんたも来てたのかい?今だれか入ってるのかい?」


「私はもうお風呂使っちゃいました。今はグレーテさんが入ってますよ。」


「そうかい、ちょうどよかったよ。日が落ちる前にあたしたちもさっさと入っちまおう。」


 おかみさんたちは子供たちを急き立てて中に入る。この時間はちょうど夕食の支度が終わりお風呂に入りに来る人が増える時間だ。もう一つの小屋からはお風呂を終えた男たちが、火照った体を冷やすために、風に当たりながら話をしているのが見えた。






 このお風呂場は村人なら誰でも利用できる。ただし、自分が使った分のお湯はちゃんと足して、水甕をいっぱいにしておくのが決まりだ。


 男たちは炭焼き仕事の後、必ずお風呂に入るからほぼ毎日お風呂を使っている。おかみさんや子供たちは春から秋の間、2日に一回くらいお風呂で体を洗っていた。私もいつもはエマたちと来るのだけれど、今日は炭焼きに参加したので初めて一人でお風呂を使った。


 お風呂場の準備と管理をするのはグレーテさんの仕事だ。


「貧乏な村だけどね。燃料と水はたっぷりあるから、お風呂だけは毎日贅沢に使っても大丈夫なのさ。」


 グレーテさんはいつもそう言って笑う。他の農村や王都の住民たちは、こんな風にお湯をふんだんに使った風呂に入ることは難しいのだそうだ。濡らした布で体を拭くか、せいぜい水浴びをするのが関の山らしい。


 私はこのお風呂に入るたびに、ハウル村に来て本当によかったと思う。私は少しづつ森の向こうに沈みつつある太陽を眺めながら、エマの待つフランツさんの家に向かって歩き出した。






 日が完全に落ちきる前、最後の村人が風呂から出るのを確認したアルベルトとフランツは、女湯の火の始末を点検した後、村への道を歩き始めた。男湯の方はとっくの昔に点検を終えている。


 これから先、夜は魔獣たちの時間だ。日が暮れる前に村に着けるよう、自然と足早になる。


「親父さん、最近は魔獣が出なくなりましたね。」


「ああ、それに狼や熊にも出くわさねぇ。ありがたいこった。」


 そこで二人は言葉を切った。だがお互いに言いたいことは分かっている。魔獣が出なくなったのはドーラが村に来てからなのだ。


 村はずれにあるこの洗濯場のすぐ南側には、魔獣の住む森が広がっている。これまでは暗くなると、魔獣の遠吠えが聞こえることもあった。


 実際、これまでも幾度か、風呂に入った後の村人が魔獣の被害に遭っている。だから村人が風呂を使い終わるまで、二人はいつも最後まで残ることにしているのだ。


 だがこの春、ドーラが村にやって来たその日から、魔獣はぱたりと姿を見せなくなった。ドーラが来てからすでに4か月余り。偶然というにはあまりにも長い時間だ。


 アルベルトはふっと笑いを漏らすと、おどけた調子でフランツに言う。


「エマの名づけは本当にぴったりだったな。俺たちはまさに『ドーラの髪に触れた』ってこった。」


 フランツもその言葉に笑みを返す。思いがけない幸運に恵まれた時に使う言い回しだが、これまでの村ではほとんど聞くことはなかった。思いがけずやってくるのは幸運ではなく、悲劇の方が圧倒的に多かったからだ。






「家の中ではどんな様子なんだ?」


 アルベルトの問いかけは短かったが、誰の様子かは聞かなくても分かる。


「エマやマリーともうまくやってますよ。毎日いろいろやらかしてくれるから、家の中が賑やかです。・・・まるで、姉貴が帰ってきたみたいですよ。」


「ああ、あの服のせいだろな、そりゃ。」


 ぽつりと呟いたフランツの言葉に、アルベルトがぶっきらぼうに応えた。ドーラの着ている服の元の持ち主、デリアはフランツの実の姉だった。フランツ以上にいつも陽気で、村でも一番の美人だった自慢の姉。だが魔獣に襲われ子供たちとともに命を落とした。


 二人はしばらく無言で歩き続けたが、やがてフランツの方がアルベルトに話しかけた。


「親父さん、徴税官がきたら、あいつはどうなっちまうんでしょうか?」


 その声には隠し切れない不安の色がある。アルベルトは、姉の無残な遺体に縋り付いて泣く少年の面影を思い出した。


「質の悪い役人が来たら危ないかもしれん。」


 自分の言葉に足を止めたフランツの方をアルベルトは振り返った。思いつめた顔をしたフランツに、アルベルトは力強く言った。


「役人の好きにさせるつもりはねえよ。心配すんな。いざとなったら俺が責任を持って何とかするさ。おめえも力を貸してくれるだろ、フランツ?」


「・・・あいつは俺の恩人です。なんでも言ってください、親父さん。」


 アルベルトはその言葉に驚きを隠せなかった。斧をダメにしちまったとき、自分が金を融通してやるっていっても「それは村の金だから」と言って頑として耳を貸さなかった男が、若者らしい実直さでそう言ったからだ。


 デリアが死んでからというもの、普通に振舞ってはいてもどこかギクシャクしていた二人の関係が10年前あのころに戻ったように思えた。アルベルトは目の奥がジンと熱くなるのを感じた。


「ああ、頼りにしてるぜフランツ。」


 フランツの肩に手をかけ正面から彼の目を見る。そのまなこには信頼と決意の光があった。二人は無言で夕闇の道を歩き始めた。言葉はなくとも、二人は互いがしっかりした絆で結ばれていることを、確かに感じていた。






 何日かが過ぎて麦の脱穀が終わり、麦の乾燥にちょうど良い、気持ちよく晴れた夏の日。


 まだ村の中では仕事がないからと言われた私が、午前中から村の男たちと炭焼きをしていると、丸太の集積場で作業をしているはずの男が、慌てた様子でやってきた。


「親父さん!!船が!!」


 息も絶え絶えにそう言った男の声で、アルベルトさん以下すべての男たちが作業を中断して立ち上がった。あれれと思ってフランツさんを見ると、フランツさんはとても怖い顔をしていた。


 『船』っていうのは川の上を滑るように走る乗り物のことだ。私もエマたちと村の水汲み場にいるときに、何度か見かけたことがあるけどまだ近くで見たことはない。


 おとうさんたちの切った丸太は、この船で王都に運ばれるのよとエマは言っていた。確かに私が空から見た時にこの川は『王国』までまっすぐ続いていたから、この川の向こうに『王国』があるのは知っていた。


 でも、まさか魚でもない人間が川を行き来するなんて思ってもみなかった。人間ってやっぱりすごい!私もいつかあの船に乗ることができるのかしら?すごく楽しみだ。






 そんな私の思いとは裏腹に、周りの男たちは真剣な表情で丸太の集積場がある川べりへ歩き出した。


「ドーラ、お前も一緒に来い。」


 アルベルトさんとフランツさんに前後を挟まれたまま、私も一緒に川へ向かう。


 私は、そこで『徴税官』という人間と初めて対面したのでした。






種族:神竜

名前:ドーラ

職業:ハウル村のまじない師

   文字の先生(不定期)

   木こり見習い

所持金:83D(王国銅貨43枚と王国銀貨1枚)

読んでくださった方、ありがとうございました。

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