76 エマの魔力
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「炎よ、わが手に宿れ《発火》」
エマの小さな指先に生まれた炎が、一瞬でぱちんと弾けて消えた。エマが「痛っ!」と声を上げる。
「大丈夫、エマ!?」
慌てて駆け寄ってみてみると、エマの可愛い人差し指の先が赤くなっていた。
「た、た、大変!!テレサさんを呼んでこないと!」
「大丈夫よドーラ。大した傷じゃないわ、落ち着きなさい。」
ガブリエラさんが走り出そうとした私を引き留める。
「で、でも・・・。」
「ドーラおねえちゃん、あたし、ちょっとびっくりしただけだよ。このくらいへーき、へーき!」
エマは火傷した指を差し出しながら私に言った。私はその指をぺろりと舐めた。指の赤みがちょっと取れてホッとする。
「エマちゃん、びっくりしたね。もう痛くない?」
「うん、もう全然痛くないよ!ドーラおねえちゃんが舐めてくれたから、すぐ治っちゃった!」
控えめな様子でエマに声をかけてきたミカエラちゃんに、エマが自分の指を突き出しながら満面の笑顔で答えた。ああ、エマの笑顔はやっぱり最高だね!
エマとミカエラちゃんは魔法を使う練習をしている。二人の先生はガブリエラさんだ。私はエマの付き添い。
お昼ご飯が終わってから始まった今日の練習だけど、もうすでに日が翳り始めている。雨が降っているせいもあり、窓を開けていても部屋の中は薄暗いので、ついさっき私が魔法の明かりを灯したばかりだ。
「エマは詠唱の練習が必要ね。『ほのう』じゃなくて『ほのお』よ。生活魔法と違って、詠唱魔術は呪文を正確に、正しい音階・音律で詠唱することが大事なの。二人とも分かったかしら?」
「はーい!!」「はい、お姉様。」
「よろしい。生活魔法は便利だけれど、詠唱魔法に比べたら魔力の効率が良くないし、効果も弱くなるわ。慣れてきたら無詠唱で使えるようになるから、毎日ちゃんと練習すること。では今日の授業はここまで。二人とも頑張ったわね。」
ガブリエラさんがエマとミカエラちゃんの頭をぽんぽんと撫でた。二人は顔を見合わせて嬉しそうに笑う。
「「先生、ありがとうございました!!」」
二人が元気のよい挨拶をしてその日の授業は終わった。私はエマと一緒に家路につく。雨が降っているけれど、私が使った《雨避け》の魔法があるから濡れることはない。
私たちは水の流れが速くなった水路の脇道を二人で手を繋いで歩く。エマが今日の練習や学校での様子を話してくれるのを、私は笑顔で頷きながら聞いた。
この魔法の練習はエマに魔力が発現したと分かった直後から始まった。提案したのはもちろんガブリエラさんだ。
「小さいころから正しい魔力の使い方を身につけることが大切なのよ。」
練習を始める前、彼女は私にそう言った。そうすると魔力の伸びだけでなく、体の成長にも良い影響があるのだそうだ。
人間は生まれ持っている魔力の量や属性が、人によって大きく異なる。これは両親の魔力、特に母親側の魔力の影響が強く出るらしい。
「はっきりそう決まっているわけではないのだけれど、確率的にはそうなる場合が多いの。」
ガブリエラさんはそう教えてくれた。一般的に貴族の方が平民よりも魔力量が多いのは、強い魔力を持つ女性を婚姻によって自らの系譜に組み込んできたからなのだと彼女は語った。
「?? よく分からないけれど、魔力の強い者同士で交尾すると、魔力の強い子が生まれるってことですね。」
「こ、交尾!?え、ええまあそうね。その理解で問題ないわ。」
私がそう言うと、ガブリエラさんが顔を真っ赤にして頷いた。
「ドーラさん、『交尾』ってなあに?」
「あたし知ってるよ!あのね、ヤギさんのオスとメスがね・・・。」
「ちょ・・・今、その話はお止めなさい!」
ミカエラちゃんにエマが説明しようとするのをガブリエラさんが慌てて止める。二人は「なんで?」って顔をしていたけれど、とりあえず話を止めた。ガブリエラさんがごほんと咳払いをして話を続ける。
「貴族にも魔力の弱い者はいるし、平民だって強い魔力を生まれつき持っている者はいるわ。ただ、この二者には大きな違いがある。それが詠唱魔術なの。」
確かに彼女の言う通りだ。貴族のカールさんよりも、平民のフラミィさんの方がずっと強い魔力を持っている。でも使える魔法の種類はカールさんの方がずっと多いのだ。
「ガブリエラ様、詠唱魔術ってなあに?」
エマの質問に彼女が答えてくれた。
「魔力がある程度ある人間なら、別に詠唱しなくても普通に魔力を使うことは出来る。例えばまじない師たちが使う生活魔法がそうだし、上位の傭兵や冒険者の中には『魔闘術』と呼ばれる魔力を使った身体強化格闘術を使うものが多いわ。」
ただ彼女が言うには、この魔力の使い方は非常に効率が悪いのだという。
「同じ効果を出そうと思ったら、詠唱を正しく行った方が格段に魔力量の消費は少なくなります。杖を使えばさらに正確さと効果を増すことができるわ。」
貴族の子弟・子女であれば誰でも『王立学校』という学校で詠唱魔術について教えてくれるのだそうだ。
それに対して平民が詠唱魔術を学ぼうと思ったら、魔術師ギルドに加盟して学ぶか、魔術師に直接弟子入りして学ばなければならない。そしてそのどちらも高額な費用と長い時間がかかる。平民出身の魔術師が少ないのはそういう理由があるらしい。
「へー、そうだったんですね!」
「・・・あなた、自分でいくつも魔法を作り出しているのに、知らなかったの?」
「えっと・・・はい、知りませんでした・・・。」
私の答えにガブリエラさんが呆れたようにため息を吐く。
「まあ、いいわ。この子は規格外だから、二人ともあんまり参考にしないように。分かった?」
「はーい!!」「はい、分かりましたお姉様。」
エマが元気よく返事したのがちょっとショックだったけど、「だって、ドーラおねえちゃんはすっごいもんね!」って、キラキラした目で言ってくれたので安心した。ああ、やっぱりエマは最高だ!
その後、魔法の練習が始まったのだけれど、最初にやったのはみんなで手を繋いで魔力を循環させるという練習だった。
四人で手を繋いで輪っかを作り、ガブリエラさん、ミカエラちゃん、私、エマの順番で魔力を受け渡していくというものだ。
「自分の体内で魔力を練って循環させてもいいんだけど、魔力を合わせて循環させる方が効率的だし効果が高いの。魔力量の多いものは魔力の微妙なコントロールを、少ないものは魔力の総量を上げることができるわ。王立学校でも最初に教わることよ。」
ガブリエラさん曰く、魔法を使う前の準備運動のようなものらしい。流す魔力の量や循環させる速さをうまく調整することで、上級者でも十分な効果の望める練習法なのだそうだ。
「じゃあ、始めるわよ。私がミカエラに魔力を流すから、ミカエラはそれに逆らわず、そのままドーラに渡しなさい。ドーラは絶対に力を入れすぎないこと。わかった?」
ガブリエラさんの魔力を受け取ったミカエラちゃんがちょっとびっくりしたような顔をした後、足をもじもじし始めた。それを見てガブリエラさんがクスリと笑う。
「慣れないと、ぞわぞわしてくすぐったいでしょう?それが他人の魔力の感覚よ。自分の魔力との違いを意識することで、魔力に対する感覚を磨いていくの。」
ミカエラちゃんの顔がだんだん赤くなってきた。涙目になって今にも泣きだしそうだ。
「お、お姉様・・・なんだか体が熱いです・・・!」
「逆らわないで受け入れなさい。そしてそれをドーラの方に向けるの。逆らうと魔力の流れが乱れて、今のあなたみたいに魔力酔いを起こすわ。ミカエラ、がんばって。」
ミカエラちゃんは魔力の流れを作るのに苦労しているようだ。離しそうになる手をガブリエラさんがしっかりと握りしめる。
「ミカエラちゃん、がんばって!」
エマが彼女を応援し、ミカエラちゃんは赤い顔でこくりと頷いた。しばらくすると、ミカエラちゃんと繋いでいる私の手の平にぞわっとするような、くずぐったい何かが流れ込んできた。
「うひゃあ!!」
くすぐったさにびっくりして、思わず声を出してしまった。その拍子にうっかり魔力が漏れ出てしまい、手を繋いでいたエマとミカエラちゃんが同時に気絶した。
「ごめんなさいエマ、ミカエラちゃんしっかりして!!」
「もう何やってるの、このおバカ!!」
ガブリエラさんに叱られてしまった。倒れた二人は程なく目を覚ましたけど、顔が真っ赤でお酒を飲んだ人みたいにふにゃふにゃになって、まともに立つことが出来なかった。
寝台に二人を寝かせたものの、心配のあまりウロウロしていたら、ガブリエラさんが私に言った。
「ただの急性の魔力酔いだから、魔力が抜けたらもとに戻るわ。しばらくそっとしておきなさい。」
彼女は二人に《安眠》の魔法をかけて眠らせた。しばらくして目を覚ました二人は、もうすっかり元通りになっていた。
「ごめんね、二人とも。もう何ともない?」
「大丈夫だよ、ドーラおねえちゃん。少し頭がふらふらするけど、もうへーき!」
「私はちょっと頭痛がします。でも魔力の量がちょっと増えたような・・・?」
ミカエラちゃんが頭と胸を押さえながらそう言った。
「その頭痛はドーラとミカエラの魔力属性が違うからよ。魔力酔いの後遺症ね。すぐに戻るから大丈夫。」
そう言ってガブリエラさんは、ミカエラちゃんを抱きしめ、頭をゆっくりと撫でていた。ミカエラちゃんは恥ずかしそうにしながらも、嬉しさを隠し切れない様子で俯いていた。
二人が回復したところで練習が再開された。
「今のは極端なやり方だけど、大きな魔力を受け渡すことで相手の魔力の総量を上げることができるの。ただしやり過ぎると、今みたいに魔力酔いを起こしてしまうから気を付けてね。」
「あの、ガブリエラ様。じゃあ、私は参加しないほうがいいんじゃないでしょうか?」
「なに言ってるの、これはあなたのための練習でもあるのよ、おバカさん。」
彼女は、違う属性の人にうまく魔力を流すことで、私に魔力の調整を覚えさせるつもりらしい。でもまた失敗したらと思うと、すごく怖い。
「大丈夫だよ、ドーラおねえちゃん。おねえちゃんはすっごいもん。きっとすぐ出来るようになるよ!ね、一緒にがんばろ?」
そう言って私に小さな手を差し伸べてくれるエマ。エマに対する愛情が高まりすぎて、もうなんかいろいろ溢れ出そうです!
私はエマに励まされて一緒に練習をすることにした。
その後、ガブリエラさんに指導を受けながら、何とかうまく魔力を循環させることができるようになった。
くすぐったいのはまだ慣れないけれど、2回目からはびっくりせずに済んだ。
「こうやって毎日続けていれば、エマとミカエラは魔力の総量を増やすと同時に、コントロールも身につけられるようになるわ。頑張りましょうね。」
ガブリエラさんの言葉に二人が赤い顔で頷いた。二人はまたちょっと魔力酔い状態になっている。とりあえず二人を椅子に座らせて、ガブリエラさんに聞いてみた。
「魔力の総量って、他にどんな上げ方があるんですか?」
「いろいろあるけれど、一番簡単で効果が高いのは、魔力をとにかく使い切るまで魔法を使い続けることね。でもあんまりお勧めしないわ。」
限界まで魔力を使うことで、自分の魔力総量を無理矢理大きく出来るそうだ。ただこれには色々な弊害があると彼女は言った。
「無理して強引に伸ばすわけだから、最終的に魔力の成長限界を縮めてしまうことになるの。成長が早くなる分、伸びしろが無くなっちゃうのね。」
平民のまじない師などがこの状態なのだそうだ。生活のために魔力を無理して使うことを繰り返すことで、魔力の成長が早く止まってしまうらしい。
「あと魔力の自然回復速度が遅くなるという弊害も起こるの。無理に魔力の出口を広げることで、回復するよりも放出する魔力量の方が多くなってしまうからよ。」
普通、一晩くらいで回復する魔力が、数日間かかっても回復しなくなるという弊害が出るらしい。しかもその間ずっと、魔力枯渇による激しい頭痛と吐き気に悩まされることになるそうだ。
それを聞いたエマとミカエラちゃんは、怖がって青い顔をしていた。ガブリエラさんは二人に向かっていった。
「なんでも近道しようとすれば、それだけどこかに無理が来るものなの。だから毎日の鍛錬が重要なのよ。規則正しく、無理なく、正しい方法で続けること。わかった?」
「はい!」「はい、お姉様!」
「もしも無限に魔力を回復する能力があり、成長の限界が設定されていないような存在がいたとしたら、この方法は有効よ。でもそんなの、ありえないわ。」
彼女は私をちらりと見て、そう言った。え、私、そんなことしてませんよ?
そんなわけで、魔法の練習は皆で魔力循環をさせた後、詠唱の練習をするという流れで行われている。
この練習のおかげで、私も大分魔力の調節に慣れてきた。魔法の効果に強弱をつけたり、細かく範囲を設定したり出来るようになったのだ。
人間の生み出したこの練習法ってすごい!人間の知恵の偉大さに、またまた感心してしまった。
エマとミカエラちゃんが詠唱の練習をしている間は、私も魔道具作りを勉強したり、錬金術の素材について学んだりして過ごした。
二人の成長は目覚ましく、私はすごく驚かされてしまった。
「世界を覆う光よ。わが魔力によりて、闇を払うため、ここに現れ、真理を照らし出せ。《絶えざる光》」
ミカエラちゃんが長い詠唱を成功させ、部屋の中に明るい光球が出現した。エマが拍手して、ミカエラちゃんに抱き着いた。彼女の緑の髪が揺れる。
いいなあ、エマに抱き着かれて。ちょっとだけミカエラちゃんが羨ましい。
「ミカエラちゃん、すごいね!あんなに長い呪文がスラスラ出てくるなんて!癒しの魔法も使えるし、ほんとにすごいよね!」
誉められたミカエラちゃんは、照れ笑いをしながらエマに言った。
「私は修道院でお祈りの言葉をずっと練習してたから。でも全属性の魔法を使えるエマちゃんの方がすごいと思うよ。私、闇と無属性以外はあんまり得意じゃないし・・・。」
「あたし、まだ呪文が下手くそなの!でもいっぱい練習して、ドーラおねえちゃんみたいになるんだ!」
「私も、お姉様みたいになりたい。そしてみんなの役に立つお薬や魔道具をいっぱい作りたい。」
「一緒に頑張ろうね、ミカエラちゃん!」
「うん、がんばろうね、エマちゃん。」
手を取り合ってお互いを励ましあう二人。なんかその光景が素敵すぎて、思わず顔がにやけてしまう。私みたいになりたいだなんて、ほんとエマったらもう!嬉しいじゃない!
後ろでほおっとため息が聞こえたので振り向いたら、ガブリエラさんが私と全く同じ顔をして、ミカエラちゃんを見ていた。
でも私と目があったら、赤い顔をして目を逸らし、えへんえへんとわざとらしい咳をした。ガブリエラさん、その気持ち分かりますよ。だって二人とも可愛すぎるんだもの!
その後も魔法の練習は続き、夏の半ばを過ぎるころには、二人とも生活魔法を自由に使えるくらいまでに成長したのだった。
「・・・というわけでですね、カールさん。エマとミカエラちゃんがすごく頑張っているんですよ!」
「それはすごい!よく頑張ったね、エマ。」
カールさんがエマの頭をくりくりと撫でた。エマはえっへんと胸を張り、にへへと笑った。
私たちは今、カールさんのお家に遊びに来ている。王様が衛士さんを派遣してくれたおかげで、カールさんはまたこうやって私たちと会う時間が持てるようになった。
晴れた日にはカールさんも他の子たちと一緒に鬼ごっこしたり、魚釣りをしたりして遊ぶのだけれど、今日は雨が降っているから、カールさんとおしゃべりすることにしたのだ。
侍女のリアさんがテーブルについているカールさんと私とエマ、そして同居中のクルベ先生の4人に香草茶を出してくれた。
「魔力の循環を練習しているおかげで、私も魔力の調整が上手になったんです。」
「確かにそうじゃな。ドーラさんの建築魔法の精度は、めきめき上がっておる。今後も精進するとよい。ほっほっほ。」
クルベさんが私を誉めてくれた。私は「ありがとうございます!」とお礼を言う。
「あのね、カールおにいちゃん!あたし、いっぱい魔法が使えるようになったよ!魔力の量も増えてるの!」
「そうなんですよ。エマはすごいんです!あ、そうだ!カールさんも私と一緒に魔力循環を練習しませんか?きっと魔力が増えると思うんですけど。」
私がそういった途端、カールさんは顔を真っ赤にして、お茶にむせた。
「私とドーラさんが、ま、魔力の・・・?いや、でも・・・それは・・・。」
耳まで赤くなってしどろもどろになるカールさん。あれ、なんか変なこと言っちゃったかな?
ちょっと不安になった私にクルベさんが笑いながら教えてくれた。
「ドーラさんは知らんようじゃが、貴族の異性同士で行う魔力循環は好きあった者同士でしか行わん。いわゆる『睦つ事』というやつじゃな。その話は年寄りにはちと刺激が強すぎるわい。ほっほっほ!」
私は自分がとんでもないことを口にしたことに気づいて、おろおろしてしまう。そこでエマが元気よく言った。
「あたし、知ってるよ!それ『交尾』っていうんだよね!」
その言葉でリアさんが運んでいた茶器をガシャンと落とし、クルベさんは目を丸くして驚いた後「うむ、エマは物知りじゃな!」と言ってエマを誉めた。
私とカールさんは思わず目を合わせ、すぐに視線を逸らしてしまった。私とカールさんが交尾・・・?
そう考えた途端、私の耳が燃え上がるように熱くなった。私はカールさんに謝った。
「カールさんごめんなさい!私、とんでもないことを・・・!」
「ドーラさん!あなたは何も知らなかったのに、私がおかしなことを考えてしまって、すみません・・・!」
二人で同時に言葉を出し、また見つめあってしまった。私は恥ずかしくてカールさんを見ることができない。
「すみませんカールさん。あの、私、今日はもう、帰りますね・・・。」
「あ、ああ、そうですね。ではまた。」
私はエマと一緒にそそくさとカールさんの家を出た。彼は見送りに来てくれたが、私は彼の顔を最後までまともに見られなかった。あと、帰り際に見たリアさんが物凄く怖い顔をして私を見ていた。あとで二人にちゃんと謝ろうと思った。
その後、カールさんと顔を会わすたび、二人とも真っ赤になってしまい、ギクシャクした会話が続いたけれど、雨の季節が終わる頃には、またもとの様にお話しできるようになったのでした。
雨の季節が終わり、夏の最後の月が始まる頃、カフマンさんのお店『カフマン商会本店』が完成した。
「どうですか、ドーラさん!この素晴らしい俺の店は!」
「すごくきれいですね!」
「そうでしょう!これもすべてドーラさんのおかげです!本当にありがとうございました!」
カフマンさんのお店は街道沿いの船着き場の正面に作られた大きな二階建ての建物だ。一階は荷を積み下ろしするためのスペースや倉庫になっている卸部分と、商品を受け渡す小売り部分に分かれている。二階はカフマンさんの住居兼事務所だ。
小売りをする店舗部分を中心に、大きなガラス窓がいくつも使われているのが特徴で、道行く人の目をすごく引いている。
もちろんこのガラス窓を作ったのは私だ。鏡を作るときの魔法を応用して作ったものなので、割と簡単に出来た。カフマンさんのお店だけでなく、今後ガブリエラさんのお家にも少しづつガラス窓を入れていくことになっている。
でも目立つのはそれだけではない。カフマンさんのお店の正面には派手な塗料で塗られた大きな看板が出されていて、そこには『なんでもそろう、あなたのお店、カフマン商会へようこそ!』とでかでかと書かれている。
いろんな色を使って書かれた看板はとってもきれいだ。しかも建物全体に金や銀の装飾がされている。これは本物の金や銀ではなく、別の金属を使った魔法の塗料が使われているそうだ。
とにかく派手でものすごく目立つ。まるで南の島の華やか鳥みたいだ。私は初めて見る奇抜な建物にすごく驚いてしまった。
「すごいでしょうドーラさん!これだけ目立てば、きっとお客もたくさん来てくれますよ!なあ、カールもそう思うだろ?」
私と一緒にいたカールさんに、カフマンさんが声をかけた。
「・・・うん、何というか、ちょっと派手すぎやしないか?私はもっとシンプルな方がいいと思うが・・・。」
「はあ、分かってねえなお前は。この素晴らしい俺のセンスが理解できないなんて。この外観はな、俺が一から考えたんだぞ!どうだ、すごいだろ!」
胸を張るカフマンさんを、微妙な顔つきで眺めるカールさん。カフマンさんはその反応が不満だったようで、見物に来た周りの人にも感想を聞いた。
「なんつうか、毒々しいな」というフランツさんに「この色のもんは絶対口にしちゃダメだって気がするよ」と返すマリーさん。
「なんか変!」と笑うエマと「グスタフの落書きみたいだね」っていうハンナちゃん。
フラミィさんはペンターさんに「あんた何で止めなかったんだい!?」って食って掛かり、ペンターさんは「いや、でも、建て主の希望だしよ・・・」と弱気な返事をする。
テレサさんは見た瞬間「神よ、この者をお許しください」と祈りを捧げ、リアさんは「センスの欠片もありませんね」と呟いた。
食材を運んでいた熊人のハンクさんは店をちらりと見て黙って首を横に振り、ジーナさんは「成金趣味丸出しだねぇ」と呆れたように言って、通り過ぎていった。
クルベさんは「わしの親戚のノームの家によく似ておるのぉ」と笑った。
皆に散々に言われて「なんだよ、皆!俺の店のどこがダメなんだ!?」と不満顔をするカフマンさん。
ちょうどそこにガブリエラさんとミカエラちゃんが通りがかった。ミカエラちゃんは派手な看板を見て、びくっと体を震わせると、さっとガブリエラさんの後ろに隠れてしまった。
「ペンター!!!」
「は、はい!!なんでしょうか、ガブリエラ様!!!」
有無を言わせぬ冷たい声で、ペンターさんを呼びつけたガブリエラさん。普段は彼女を呼び捨てにしてるペンターさんが思わず『様』を付けてしまうほどの迫力がある。
徒弟の皆さんと一緒に直立不動で整列したペンターさんに、ガブリエラさんはにっこりと笑いながら言った。
「すぐにこれ作り直して。早くね。」
「はい、分かりました!お、おい、お前ら!すぐにとりかかるぞ!」
目が全然笑ってない彼女の笑顔に震え上がった大工さんたちが一斉に作業に取り掛かる。「ああー、俺の芸術的装飾がー!!」と嘆くカフマンさんを尻目に、あっという間に落ち着いた外観の店に変わってしまった。
看板も普通の『カフマン商会本店』というシンプルなものに付け替えられた。がっくりとうなだれるカフマンさんを私は慰めた。
「カフマンさん、私は好きでしたよ。なんていうか、すごく前に出る感じがいいと思いました。」
「ありがとうございますドーラさん!いつか俺のセンスで、皆をぎゃふんと言わせてやりますよ!」
「はい、がんばってくださいカフマンさん!」
カフマンさんは私の手を取って、鼻息を荒くする。私は頑張っている男の人って、なんだか素敵だなって思った。
その翌日、カフマンさんが私に「出資してもらったお金を返します」と言って、私にたくさんの金貨を持ってきてくれた。
なんでもカフマンさんは私が金貨が大好きだという話を聞いて、わざわざ集めてくれたらしい。
「こんなに!?これ、もらってもいいんですか!?」
「はい。十倍にして返しますって約束しましたから。ドーラさんのおかげで、大きな成功を収められました。本当にありがとうございました。」
私は彼に何度もお礼を言った。彼は私の頭をポンポンと撫で「あなたは私の幸運の女神です」と言って、笑った。
その後、お店の外観を作り直したことがよかったのか、カフマンさんのお店は評判になり、近隣の村や街道を行く人たちがわざわざ立ち寄っていくほどになって、大繁盛したのでした。
種族:神竜
名前:ドーラ
職業:錬金術師
見習い建築術師
所持金:65563D(王国銅貨43枚と王国銀貨102枚と王国金貨36枚とドワーフ銀貨24枚)
← 金物修理の代金 400D
← 国王からの謝礼 640D
← 行商人カフマンから出資金の返却 56000D
読んでくださった方、ありがとうございました。




