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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
78/188

75 酒場

休日出勤、辛いです。

 夏の始めに、ハウル村に新しい住民がやってきてくれた。ジーナさんとハンクさんの二人だ。


 二人はしばらくガブリエラさんの家の離れで暮らしていたけれど、夏の2番目の月の終わりになった今では、東ハウル村にある『酒場』で暮らしている。この酒場は、ガブリエラさんがペンターさんに依頼して建てたものだ。


 ガブリエラさんは東ハウル村の外に広がる魔獣の森を探索するために、冒険者の人たちを村に呼び寄せたいと言っている。酒場づくりはそのための準備なのだそうだ。


 渡し舟の船着き場のすぐ近くに建てられた酒場は2階建てで、集会所と同じくらい大きい。一階には店舗と厨房、倉庫などがあり、二階は二人の住居になっている。地下には食材やお酒の壺などをしまっておくための蔵も備えられていて、それを見た二人はとても喜んでいた。


 ちなみにこの地下の蔵は、私が建築魔法で作ったものだ。建築術師のクルベさんに教えてもらったおかげで、私もかなり建物の作り方が分かってきた。この地下室は風の通り道やハンクさんの背の高さなどを計算して作ってある。家づくりに関する人間の細かい工夫をたくさん知ることができ、私にとってとても良い勉強になった。






 酒場が完成するまでのおよそ2か月の間、ジーナさんとハンクさんは、酒場を開くための準備に奔走していた。


 酒場ができると聞いて一番喜んだのは、ハウル村に来ていた職人さんや大工さんたちだ。これまでもずっと「せっかく金を稼いでも使うところがない」と嘆いていたのだ。ジーナさんは彼らから話を聞き、商人のカフマンさんに依頼して、いろいろな種類のお酒をたくさん仕入れていた。


 酒場が本格的にできるまでの間、二人は天幕を張って仮の酒場を営業していた。そこでジーナさんの踊りとハンクさんの料理がすごく評判になり、職人さんたちは仕事終わりにジーナさんの店に集まるのが習慣になったようだった。


 また今月の初めからは、王様がカールさんの『部下』として、衛士さんを交代で派遣してくれるようになり、その衛士さんたちもジーナさんの仮の酒場の常連さんになってくれている。


 多くの人がハウル村に集まるようになり、村は一気に賑やかになったけれど、まだまだ助け合わないとうまくいかないところが多い。そのせいか村で暮らす人たちは皆、協力的でお互いを思いやって暮らしている。


 私は村にやってきた人たちが口を揃えて「この村はいいところだね」と言ってくれるのが嬉しくてたまらなかった。






 私はジーナさんの酒場づくりをいろいろと魔法で手伝ったのだけれど、その中でジーナさんが一番喜んでくれたのは鏡を作ったことだった。


 以前、ハウル村には私が魔法で作った鏡が2枚あったのだけれど、どちらも火事で無くなってしまった。だからまた作り直したのだ。それでどうせならとたくさん作って、村の女の人全員に配ることにしたのだ。


 ジーナさんには酒場の床から天井まである大きな鏡を作ってあげた。その鏡をペンターさんとフラミィさんが、酒場の奥の壁に取り付けてくれた。ジーナさんの酒場の奥は、ちょっと床が高くなっている。これは『ステージ』と言って、みんなに踊りを披露するとき使うのだと、ジーナさんが教えてくれた。


 私も一度見せてもらったことがあるけれど、魔法の明かりで照らされたステージで華やかな衣装を着て踊る彼女は、とてもきれいだった。私とエマはすごく喜んだけれど、カールさんは「刺激が強すぎる」と言って、すぐにどこかに行ってしまった。ちょっと心配だったけれど、その後すぐに戻ってきてくれたので、安心した。なんだったんだろう?






 そんなこともあり、私はジーナさんとすごく仲良くなった。彼女は面白い話をたくさん知っていて、村のおかみさんたちともすぐに打ち解けていた。通りでみんなとおしゃべりをしているとき、ジーナさんはおかみさんたちに言った。


「この村は本当にいいところだね。実はあたし、今まで女の人と仲良くなったことってあんまりないんだよ。なんか、いつも浮いちゃうっていうか。」


「そりゃ、あんたが別嬪だからだろうさ。あんたくらいきれいなら、やきもちで意地悪の一つも言いたくなる女は多いだろうからねぇ。」


 おかみさんたちはそう言って、頷きあった。私は「へー」って口を開けてその話を聞いていた。ジーナさんはちょっと照れたように笑って、おかみさんたちに言った。


「でもこの村ではそんなこと全然ないから安心したよ。ありがとね、みんな。」


 おかみさんたちは「あんた辛い思いをしてきたんだね」と言い、彼女を優しい目で見る。そのとき、マリーさんが笑いながら言った。







「この村の女たちはこの子やガブリエラ様を間近に見てるからね。そんなもの一々気にするなんて馬鹿なことはしないのさ。」


 その言葉で、皆が一斉に私を見てため息をつく。


「そうだよねぇ。この子やガブリエラ様に比べりゃ大概の女はジャガイモみたいなもんだ。」


 おかみさんたちは皆でどっと笑った。何だかわからないけど、私も一緒に笑った。楽しい!


 ジーナさんは、笑っているおかみさんたちに言った。


「そんなことないよ。やり方次第で女はいくらでも変われるんだ。そうだ!よかったらあたし、みんなに身だしなみを教えるよ。どう?」


「おお、そりゃあいいねえ。あたしたちもあんたみたいにきれいになれるかね?」


 そう言って踊りのポーズをするおかみさんを見て、またみんな笑った。その日から村のおかみさんたちの間で、おしゃれをするのが流行するようになった。近隣の村々に『ハウル村は美人が多い』という噂が広がるようになったのは、それから少し後のことだった。










 ついにジーナさんとハンクさんの酒場兼食堂『熊と踊り子亭』の開業の日がやってきた。


 ガブリエラさんが率先して、それを祝う『宴』を開くと言い出し、村は今ちょっとしたお祭りみたいになっている。


 ちょうど雨の季節を前にして、麦の刈り取りやジャガイモの収穫作業も一段落した。ちょうどよい節目だし、だんだん建物が増えてきている東ハウル村のお披露目も兼ねて、村の人皆でお祝いをすることになった。


 東ハウル村は、もともとあった西ハウル村と違い、農地が一切ない。だから地面はすべて石畳で舗装されている上、道や水路が縦横に通っているのだ。これは今後、この村が魔獣の森を探索する冒険者の村として機能するよう設計されているからだと、建築術師のクルベさんが皆に説明していた。


 西と東、川を挟んだ二つの村でそれぞれお祝いの宴が始まった。外に出したテーブルに持ち寄った料理を並べて、皆がそれを美味しそうに頬張る。お酒もこの日のためにガブリエラさんがたくさん準備してくれた。男の人たちは黒くて苦いエールを、女の人たちは甘く作ったエールをそれぞれ酒杯に注いで、楽しんでいた。子供たちにも私が集めてきた蜂蜜とヤギの乳で作った甘酸っぱい飲み物が振舞われた。


 私はガブリエラさん、カールさん、テレサさん、それにアルベルト家の人たちと共に、出来たばかりの食堂に座って、ハンクさんの作ってくれた料理を食べた。ジーナさんたちが最初のお客として私たちを招待してくれたのだ。ハンクさんの料理はどれもこれもびっくりするほど美味しかった。どのくらい美味しかったかというと、食の細いガブリエラさんがお代わりを要求したくらい美味しかったのだ。


 食べ物の味が料理の仕方でこんなに変わるなんて、すごくびっくりした。人間のいろいろ工夫がここに詰まっているんだと思うと、ますます美味しく料理が感じられる気がした。





 食事が一段落したところで、カールさんの侍女リアさんが皆に香草茶を出してくれた。これはガブリエラさんに言われて私が作ったものだ。材料集めはエマと一緒にした。エマはすごく材料を集めるのが上手い。今年の春で5歳になったエマは少し背が伸びて、ますます可愛くなった。本当にエマは賢くて、可愛くて、最高だ。


 私がエマと一緒にお料理のことについて話していたら、ガブリエラさんがジーナさんに言った。


「よくここまでやってくれたわね。本当にありがとうジーナ。」


「あたしの方こそ、みんなのおかげで命拾いした上に、こんな店まで出させてもらって。すごく感謝してます。ありがとうございます。」


 ジーナさんがぺこりと頭を下げるのに合わせて、厨房の奥からハンクさんが姿を見せ、同じようにぺこりと頭を下げた。


 ハンクさんはこの村に来たときは人間の男の人だったけれど、今では完全に二本足で歩く熊になってしまっている。何でも元々はこれが本来の姿なのだそうだ。今までは人間の村で働くため、一族に伝わる薬草で人間の姿に似せていたらしい。


 彼はその理由を聞かれた時、「怖がられるのが嫌だったから」と答えていた。笑われるのよりも怖がられる方がずっと辛いと彼は言った。その気持ちは私もすごくよくわかる。私も竜の姿をエマたちに怖がられたらと思うと、すごく恐ろしくなってしまうからだ。


 でも彼はジーナさんに気持ちを受け入れてもらったことで、自分の本当の姿に自信を持てたと言っていた。黄色いエプロンをつけ、いそいそと厨房に戻っていくハンクさんの姿を見て、私はそんな彼がすごく羨ましいと思った。





 その後はお茶を飲みながら、これまでの二人のことについていろいろ聞いたり、これからのことを話し合ったりして過ごした。私はジーナさんに言った。


「ジーナさんすごい事件に巻き込まれて大変だったんですね。でもどうしてジーナさんがお金を盗んだ犯人だって疑われたんでしょう?」


「実はあたしはあの事件があった日、店にいなかったんだよ。襲撃騒ぎがあったとき、あたしの姿が見えなかったことで、疑われちまったみたいなんだ。」


 彼女はあの娼館襲撃事件のあった夜、出勤途中に突然何者かに襲われたのだと話してくれた。


 いつも通っている裏通りの路地を抜けようとしたところで、急に後ろから襲われ、気を失ったそうだ。目を覚ました時には、なぜか店から離れた空倉庫の中に寝かされていたらしい。


「持ってた道具袋も盗られちまってさ。中身は店で着る衣装や下着、化粧道具、それに安ピカのアクセサリーだけだったから別によかったんだけどね。ただ身分証を持っていかれちまったのだけは困ったけど。」


 彼女は苦笑いしながら、おどけた調子でそう言った。






 その話を聞いた途端、テレサさんが突然飲んでいたお茶を盛大に吹き出した。ゴホゴホとむせる彼女を皆が心配そうに見つめた。


「テレサ様、大丈夫ですか?あたしが変な話しちまったからですかね。ほんと、すみません。」


 ジーナさんがそう言ってテレサさんに近づき、彼女の背中をさすった。テレサさんはリアさんが差し出したハンカチで顔を拭き、ジーナさんに向きなおると両手をしっかりと取って言った。


「ジーナさん、本当にありがとうございました。これも神のお導きです。あなたのことは私がこれから絶対に守りますから!」


「?? はい、ありがとうございます?でも背中をさすったくらいで大袈裟ですよ!」


 テレサさんはそんな彼女にぺこりと頭を下げ、聖印を取り出して「聖女様、お師匠様お許しください」と唱えた後、急用があるからとそそくさと居なくなってしまった。






「聖職者様の前で娼館の踊り子の話なんかしたから、気を悪くしちゃったんでしょうか?」


 急にいなくなったテレサさんを見送って、ジーナさんがつぶやく。


「大丈夫ですよ。テレサ様はそんなことくらいで気を悪くなさったりしません。きっと神様にお祈りしたい気持ちになられたのでしょう。心配しないでください。」


 心配するジーナさんを侍女のリアさんが慰め、席に座らせた。彼女はてきぱきとテレサさんの茶器を片付け、皆に新しいお茶を運んできてくれた。それで気を取り直して、また皆が話しを始めた。


「それにしても不思議な話ですね。ジーナを襲ったのは誰だったんでしょう?」


 グレーテさんが言った言葉で、カールさんがあごに手を当てて考え始めた。


「踊り子と言えば、あの事件の夜、不審な踊り子を見たような気が・・・熱っ!!」


「ああ、申し訳ございません、カール様。手が滑ってしまいました。さあ、こちらへ。お召し替えをいたしましょう。」


 考え事を始めたカールさんに、後ろからリアさんが運んでいた新しいお茶をぶちまけた。「いやリア、《乾燥》の魔法があるから・・・」というカールさんを強引に立ち上がらせ、二人は部屋を出ていった。


 いつも冷静なリアもあんな失敗をするんだなーという話から、ガブリエラさんが私のこれまでの失敗話を話し始めた。それが元でみんなが自分の失敗談を披露し始め、みんなで笑い転げた。中でもジーナさんの話はすごく面白かった。


 戻ってきたカールさんも加わり、リアさんとの思い出話なども聞けて、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまった。それでジーナさんを襲った犯人の話はいつの間にか皆忘れてしまったのでした。











 ジーナさんとハンクさんの『熊と踊り子亭』はその後も順調に営業を続けた。しばらくすると、ウェスタ村からたくさんの女の人がやってきた。彼女たちはジーナさんがお店を手伝ってもらうために雇った元同僚の人たちだった。


 ジーナさんが直接連絡をして村に誘ったという彼女たちは今、出来たばかりの東ハウル村で共同生活をしている。今後、彼女たちが定住することになれば、ちゃんとしたお家を建てるのだと、ガブリエラさんは言っていた。


 今までは職人さんや大工さん、それに衛士隊員さんたちのように、男の人が多かったので、彼女たちがやってきたことで、ずいぶん村が華やかになった気がする。彼女たちはジーナさんが直接選んだだけあって、みんな気立てがよく、働き者の女性たちばかりだった。


 私もすぐに仲良くなって話を聞いてみると、なんでも元はいろいろな村で農業をしたり、商売をしたりしていた家の娘さんたちだったらしい。だけど不況や凶作で実家が立ち行かなくなったり、一家が離散したりしたことで、ウェスタ村の『歓楽街』というところで働いていたそうだ。


 彼女たちはハウル村での暮らしをすごく喜んでくれた。村での暮らしが落ち着いたら、家族を呼び寄せたいと言っている娘さんもいるので、これからもっと人が増えるかもしれない。今からすごく楽しみです!





 発展を続けるハウル村だけれど、大きな基礎工事が終わったことで、私も少し時間ができるようになり、またエマたちと過ごせるようになった。今日は午後から、村のおかみさんたちと収穫した麦を倉庫に運ぶ仕事を手伝わせてもらっている。もちろんエマや子供たちも一緒だ。


 以前のハウル村には集会所兼倉庫が一つあるだけだったけれど、今は複数の倉庫が作られている。農地が広くなった上に、収穫物が以前とは比べ物にならないほど増えたせいだ。もちろん集会所の倉庫も使われてるけれど、あちらは『非常用の備蓄倉庫』らしく、ガブリエラさんが管理しているので、普段は農地や住居に近い倉庫が使われることが多い。


「それにしてもマリーさん、去年よりずっと収穫が多いですね。」


「あんたが農地を広げてくれたおかげだね。ありがとうよドーラ。」


「あとはこの子がバカみたいに、大地の恵みを増やす魔法薬を作りまくったせいね。」


 私とマリーさんが話していたら、いつの間にか後ろにいたガブリエラさんが話しかけてきた。






「あれ、ガブリエラ様。珍しいですね。お仕事はどうしたんですか?」


「今も仕事中よ。村の様子を見て回っているの。」


「あんたはずっと東村の工事をしてたから知らないだろうけどね、ガブリエラ・・様はいつもあたしたちの様子を見に来てくださっているんだよ。」


 ガブリエラさんは毎日村を見て回っては、村の人たちに困ったことはないかと尋ねているそうだ。そう話すマリーさんにガブリエラさんはちょっと照れたように言った。


「マリー、以前まえのようにガブリエラと呼んでいいのですよ。」


「いやあ、やっぱり貴族様だしね。さすがに気が引けちまって。」


 そう言われたガブリエラさんは頷きながらも、ちょっと寂しそうに見えた。






「ドーラ、今年の麦の種まきの前に、また土壌を調べるから協力して頂戴。魔法薬作りもお願いするわね。」


「分かりました。任せておいてください!」


 村が火事にあった時、まだ畑には雪が残っていたこともあって、奇跡的に麦への被害が少なかった。それでもやっぱり心配だったので、春のうちにガブリエラさんと一緒に大地の恵みを増やす魔法薬を作り、麦が穂をつけ始める頃に大量に散布したのだ。そこおかげで、今年は例年にない大豊作となった。


「来年も同じ畑で麦を作れるんだろう?魔法ってのは本当にすごいもんだよねぇ。」


 一緒に作業をしていたグレーテさんが、しみじみと言った。それに対して、ガブリエラさんが苦笑いを見せる。


「普通は魔法薬を作る方が、麦の収量を増やすよりもコストがかかって引き合わないんですけれど、この子の魔力は桁外れですから。」






 実は魔法薬を作る練習も兼ねて、私はみんなが寝ている間に、夜中ひたすら魔法薬を作り続けていたのだ。大地の恵みを増やす魔法薬の材料は、各種魔力中和液、火鼠フレイムラットの毛、マグニ貝の殻、白灰、石灰石の5つ。これはガブリエラさんが考案したオリジナルレシピだ。


 この魔法薬の生成には火・水・土と異なる三つの属性の中和液が必要になる上、魔獣の素材を使うので、本当なら畑に大量に撒くなんてことはできないそうだ。


 でも私はどの属性の中和液も作り放題だし、魔獣の素材も狩りをすることで集められる。だから大量に魔法薬を作ることも、そんなに大変じゃないのだ。唯一苦労したのは私の気配を察知して逃げてしまう火鼠を捕まえることだったけど、これは《転移》を使った不意打ち作戦を思いついたことでうまい具合に解決できた。






 火鼠は火を噴く山の火口や溶岩の川にたくさん住んでいる鼠だ。小さいものは小さめの豚くらい。大きいものだと六足牛くらいの大きさがある。彼らは魔力を含んだ溶岩が大好物で、全身炎に包まれているという火属性の魔獣だ。針のように鋭く長い毛を持っていて、この毛が魔法薬の材料になるのだ。


 動きはあんまり俊敏ではないし、炎を吐く以外は普通のネズミなのだけれど、魔力の感知力がものすごく高くて、私が近づくとすぐに溶岩に潜って隠れてしまう。だから竜の姿では捕まえることができなかったのだ。


 そこで人間の姿でこっそり上空から近づき、《転移》で不意打ちして仕留めることにした。この作戦を思いついたおかげでたくさんの素材を集めることができた。


 ちなみに手で毛皮を剥がした後、竜の姿になって毛皮以外の部分を食べてみた。火鼠をぎゅっと噛むと熱々の血が口の中に溢れて、すごく美味しかった。これ、もう少し大きかったら、もっと食べ応えがあっていいのに。残念。





 もう一つの素材、マグニ貝は丸い石がごろごろしている海辺に住んでいる二枚貝だ。真っ黒くて金属みたいな固い殻を持っている。大きさは人間姿の私の掌より少し大きいくらい。これは石の隙間に貝殻がたくさん落ちているので、簡単に集められた。


 生きている貝も捕まえて生のまま食べてみたのだけど、ものすごく苦い上に臭みが強く、あんまり美味しくなかった。あとでガブリエラさんに聞いたら、猛毒を持っているということだったので、なるほどなーと思った。


 ただ内臓を傷つけないように採取した貝柱は、とても高級な食材として珍重されているらしい。私がもうちょっと器用だったら取り出せるのだけれど、出来そうにないので諦めた。家妖精のシルキーさんに頼もうかなとも考えたけれど、エマがいる村に毒物を持ち込むのが嫌だったので止めた。人間は毒ですぐに死んじゃうから、気をつけないとね!






 材料が集まったらあとは手順通りに加工するだけだ。これは当然シルキーさんに手伝ってもらった。そういうわけで魔法薬をたくさん作ることができたのだ。ガブリエラさんには呆れられてしまったけれど、余った素材を渡したらすごく喜んでくれて、いっぱい褒めてもらったので、作ってよかったって思った。


 雨の季節が終わって、次の季節の麦の種まきが始まる前に、また魔法薬を作ることになる。魔法薬の素材の配合は、大地の恵みのどの成分が不足しているかによって変わってくるので、ガブリエラさんと一緒に調べてから作るのだ。


 グレーテさんの話では、今年は村の人が増えた分を考えても、十分に賄えるだけの麦を収穫できたそうだ。それどころかエールを作る余裕もあるかもしれないと、アルベルトさんがすごく喜んでいた。私はみんなの笑顔を見て、また次の季節の収穫がたくさんできるように、魔法薬作りを頑張ろうと思った。






 その後も皆と一緒に収穫した麦を一生懸命に運んだ。私の隣ではエマが楽しそうに笑っている。私は嬉しくなって、夏の空を見上げた。暑い日差しの向こうに、しっとりと湿った風の匂いがした。もうすぐ雨の季節がやって来るのだ。


 私が人間の世界にやってきて一年と少し。今までずっと長い時を生きてきた私だけれど、この一年はすごく楽しいことが多かった。辛いことや悲しいこともあったけれど、みんなのおかげで乗り越えることができた。


 これからどんな楽しいことが起こるのだろう。人間は私よりずっと早く死んでしまう。だから今を精一杯に生きている。このかけがえのない時間をいつまでもみんなと一緒に過ごせますように。私はそう、祈らずにはいられなかった。





種族:神竜

名前:ドーラ

職業:錬金術師

   見習い建築術師


所持金:8523D(王国銅貨43枚と王国銀貨92枚と王国金貨1枚とドワーフ銀貨20枚)

    ← 金物修理の代金 2080D

    ← 国王からの謝礼 1280D 

    → 行商人カフマンへ5480D出資中

読んでくださった方、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 伏線の回収のしかたが凄い…! あの時気絶させた踊り子だったなんて…
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