70 建築術師
だらだら書いていたらすごく長くなってしまいました。中身は設定の説明とよくある村づくりの話です。最初と最後だけでよかったかなと、反省しています。
春の3番目の月が半ばを過ぎた頃、ハウル村に『建築術師』という人がやってきた。
「ドーラ、エマ、紹介するわ。この方が建築術師のクルベ様よ。私とカール様の王立学校時代の恩師でもある方なの。」
ガブリエラさんは白くて長いひげのある男の人をそうやって紹介してくれた。男の人は腰が曲がっていることもあり、私の背の半分くらいの大きさしかない。
多分私がこれまで見た中でも、一番年を取っている人間だと思う。あと、この人なんだか懐かしい匂いがする。
私は思わずクルベさんに顔を近づけて、クンクンと匂いを嗅いでしまった。
「ドーラ!!何をやっていますの!ちゃんと謝罪して、ご挨拶なさい!」
ガブリエラさんに怒られてしまった。私は二人にごめんなさいと謝って、クルベさんに挨拶をした。
「お初にお目にかかります、クルベさん。ガブリエラ様の弟子で、ハウル村の錬金術師のドーラです。」
「あたしはドーラおねえちゃんの付き添いのエマです!よろしくね、おじいちゃん!」
「ほっほっほ、こちらこそよろしくなドーラさん。元気のよい挨拶をしてくれてありがとうエマさん。」
クルベさんは長い眉毛に隠れた目を細めて笑い、エマの頭を優しく撫でた。動いた拍子にクルベさんのかぶっていた黄色い頭巾がずり下がる。
クルベさんはそれを直し、私の方を向いた。頭巾と同じ黄色いローブを纏い、金色に輝く魔石があしらわれた長い杖を持った彼は、赤くてつやつや光る大きな鼻をふがふがと鳴らしながら私に話しかけてきた。
「ドーラさん、さっきわしの匂いを嗅いでおられたな。何か気になることがありましたかな?」
「あ、あの、本当にごめんなさい!気になったものですからつい・・・。」
「大変失礼いたしました、クルベ先生。この子は礼儀が身についていないものですから・・・。」
私とガブリエラさんが謝るのを笑いながらクルベさんは遮った。
「お気になさらずともよい、ガブリエラ様。わしは王立学校を引退してすでに無官の身。貴族でもないのじゃから、堅苦しい礼儀など無用じゃよ。ほっほっほ。」
ガブリエラさんは恐縮しながらも「先生らしいですわね」と、ちょっと遠い目をしていた。クルベさんはそんな彼女を気遣うように見た後、ゆっくり頷いた。
「ところでさっきの続きじゃが、どうしてわしの匂いを嗅いだのかな。別に怒ってはおらんから、教えてもらえんじゃろうか?」
私はどきまぎしてガブリエラさんを見た。彼女が微笑んで頷いたので、私は正直に答えた。
「クルベさんから大地の妖精の匂いがしたので、気になったんです。あなたは妖精とかかわりがあるんですか?」
彼はちょっと驚いたように目を見開いた。
「いかにもわしはノーム族の血を引いておる。だがそれも数代前の話じゃ。」
「えっ、そうだったんですか、先生?」
思わず声を上げたガブリエラさんが顔を赤くして謝罪するのを、クルベさんは笑って許し「よい弟子殿を持たれましたな、ガブリエラ様」と言った。
「ねえねえ、クルベおじいちゃん。ノーム族ってなあに?」
エマの問いかけにクルベさんは優しく説明してくれた。ノーム族は丘陵地帯や大きな山の麓などに住む亜人族だ。
身長は人間の子供くらい。地下に掘った穴や洞窟などに住んでいて、強い土属性の魔力と器用な指を持ち、優れた工芸品や魔道具を作る種族として知られている。
基本的にあまり他種族と関わることはないがキノコが大好物で、秋頃になると時折、人里に姿を見せることもあるそうだ。
「わしの母方の先祖がノームと恋に落ち、子供を授かったそうじゃ。わしはいわゆる『先祖返り』でな。生まれた時から土の魔力が高かったんじゃよ。」
通常、他種族間で子供ができた場合には、母親の種族の特徴を持つらしい。だからクルベさんのご先祖も普通の人間として生活してきたそうだ。
だがごく稀にクルベさんの様に、先祖の他種族の特徴を持って生まれてくる子供がいるそうで、それを『先祖返り』と呼ぶという。
私とエマはその話を聞いてすごく驚き、互いに顔を見合わせた。人間の世界にはまだまだ知らないことがたくさんあるんだと、感心してしまった。
クルベさんは高い土の魔力を生かして『建築術師』と呼ばれる仕事に就いたのだそうだ。
「先生に来ていただいたのは、ハウル村に川港を作っていただくためなのよ。後は新しい村づくりのアドバイスをいただくためね。」
「川港って、ノーザン村にある、あの船がいっぱい止まってるあれですよね。」
ノーザン村には川のほとりに船をつけられるようにした石造りの『桟橋』が設けられていて、たくさんの船が荷物の積み下ろしをしている。
ガブリエラさんはそれを作るつもりなのだと言った。しかもそれだけではない。対岸にも同じものを作るつもりなのだと教えてくれた。
「村がおっきくなるの?あのね私、川の向こうに行ってみたいってずっと思ってたの!」
エマが嬉しそうな声を上げる。対岸までは人間の大人の足で大体500歩(250m強)以上あると思う。鬱蒼とした森が広がり、時折きれいな水鳥たちが水辺にいるのを見かけるけど、人の姿は全く見ない。
行ったことがない場所だし、私もエマと同じように行ってみたいと思う。けれど確か川の東側って強い魔獣がいっぱい出るから危ないって言ってなかったっけ?
「ドルーア川の東側は聖なる加護の力が弱くてな。ほとんど人は立ち入らんのじゃよ。一応、王都領ではあるが、現在川の東側にある王都領の拠点はイスタ砦だけじゃな。」
イスタ砦は王都の東南側を守る目的で作られた砦で、王都の東南にわずかに広がる安全地帯にあるそうだ。ただこの辺りは魔獣の出現率が高く、定住している住民はいないため、一面の原野になっている。
砦に駐屯する警備隊を除けば、素材を求める上位の冒険者くらいしか立ち入らないそうだ。ちなみにこの原野には野生の六足牛が多数生息している。王国の六足牛たちは大概、この原野から連れてきた牛を繁殖させたものだという。
「王都領の東南部に広がる森は本当に未開なの。でも貴重な薬草や鉱石、魔獣の素材の宝庫でもあるのよ。」
ガブリエラさんはそれを手に入れたいのだそうだ。そんな彼女にクルベさんは問いかける。
「しかしガブリエラ様、たとえ建築魔法を使って川港が出来たとしても、東岸の開発にはかなりの時間がかかりますぞ。危険な場所で作業をさせれば、得られるものよりも魔獣の被害の方が大きくなります。これまで王国東南部の開発が進まなかったのもそれが理由なのですから。」
人が死ぬかもしれないという話を聞いて、私は心配になり「本当に大丈夫ですか?」とガブリエラさんに聞いた。すると話を聞いていたエマが、彼女の代わりに答えた。
「大丈夫だよ!だってドーラおねえちゃんがいるじゃない!そうでしょ、ガブリエラおねえちゃん?」
エマの答えを聞いて、彼女はにっこりと笑い「あなたは本当に賢いわね」と言って、エマの頬を撫でた。
「エマの言う通りよドーラ。この計画にはあなたの存在が不可欠なの。私の夢を叶えるために、力を貸して頂戴ね。」
私は頼られたことがうれしくなり、エマと顔を見合わせて笑いあった。
私たちは広場に移動し、そこにある急ごしらえの丸太のテーブルと椅子に座って、村づくりのことを話し合った。
話し合いにはアルベルトさんとフランツさん、カールさんも加わっている。アルベルトさんとフランツさんはちょっと緊張しているみたいだった。カールさんはクルベさんに丁寧に挨拶をした後、彼の顔を見て恥ずかしそうにしていた。あとで聞いたら、魔力の低い彼はずっと劣等生で、試験や授業の時、クルベさんに随分助けてもらっていたのだと教えてくれた。
「なるほど現在のハウル村の北側と南側に門を建設し、関所を設けると。さらには森の中へと続く外壁。これで村を守るわけですな。かなり規模が大きいようですが・・・。」
「その通りです先生。私はもう二度とこの村に手出しさせないようにするつもりなのです。」
「ガブリエラ様、この地図だと随分村が南北に広がってませんか?あとこの南に続く街道っていうのは?」
私がガブリエラさんの描いた地図を指で示しながら質問すると、彼女は澄まして答えた。
「せっかくサローマ家と王家が同盟関係になったんですもの。ハウル街道を南側に延伸してはどうかと国王陛下に奏上申し上げたのよ。陛下は快く引き受けてくださったわ。」
「ほほう!陛下が直接街道をお作りになるわけですか。それでこの外壁。納得が行きましたぞ!」
私とエマはクルベさんに理由を尋ねた。
「王都領の周りに広がる森はな、王都を侵攻から守る天然の砦なのじゃよ。」
王都領へつながる街道は現在、西側の旧グラスプ領へとつながる西部街道のみしかない。南側との交通は川を使った水運があるのみだ。
これは大規模に森を開発できなかったという実際的な理由の他に、王都への侵攻を防止するという目的があったそうだ。
「西部街道はエルフの森に接しているため、大規模な軍を移動させることは難しいのじゃ。となれば王都に攻め入るには、川を遡って侵攻するしかないわけじゃな。」
王家が街道を積極的に整備しなかったのには、そういう理由があるという。だが王都領と南に接するサローマ領が同盟関係となったことで、南北へ続く街道の整備が可能になったわけだ。
ちなみにグラスプ伯爵の内乱は西部に駐屯する王国軍を倒し、王国西部を支配する計画だったらしい。農作物の生産がほとんどできない王都領は、西部地方の穀倉地帯の食料に頼っている。
だから西部の王党派を一掃し、同時にニコルくんを使ってサローマ伯爵を牽制することで、王に禅譲を迫る目論見だったのだろうと、クルベさんは教えてくれた。
「サローマ伯爵が塩を止めてしまえば、反王党派も逆らえぬ。だから王家とサローマ家が強く結びつく前に、内乱を計画したのじゃろう。帝国からも援軍を引き入れる算段あったのかもしれんな。愚かなことじゃ。」
ガブリエラさんは痛ましい目をしてその話を聞いていた。そっと右手で胸を押さえる彼女に、私は寄り添う。エマもガブリエラさんの左手を取って笑いかけた。
「・・・ありがとうドーラ、エマ。あなたたちがいてくれて本当によかった。」
彼女は軽く目を瞬かせた。クルベさんはそんな彼女を優しい目で見つめていた。彼女はまた話の続きを話し始めた。
「今後は村の南北を街壁と門で守りながら、東西に村を広げていくわ。川に面した側に道を整備し、その道沿いにいろいろな施設を建設していくつもりよ。」
街道を行き来する人が増えれば、村は今よりももっと賑やかになるそうだ。いろんな人と会えるようになるのは嬉しい。でもその言葉を聞いて、それまで黙っていたアルベルトさんが声を上げた。
「あのよガブリエラ、じゃなかったガブリエラ様。それじゃあ俺たちはどこに住めばいいんだ?川からあんまり離れたら暮らしていけなくなっちまうですよ?」
何だかおかしな言葉遣いになってるけど、アルベルトさんの言葉にエマとフランツさんもうんうんと頷いている。ハウル村に道が出来るのはいいと思うけど、水汲みや切り出した木の運搬などが大変になるのは困る。
「だからクルベ先生に来ていただいたのよ。先生はね、長年にわたって王都の水路の建設・管理に携わってきた方なの。」
「ガブリエラ様はハウル村に水路を巡らせるつもりなのか。確かにクルベ先生のお力ならば、それも可能だろう。」
カールさんは彼女の言葉に納得したようだ。『水路』というのは街の中を通る小さい川のことだそうだ。地面の高さや川から水を引き込む場所などをうまく調整することで、本物の川みたいにきれいな水の流れを保つことができるようになるという。川を自分で作っちゃうなんて、人間って本当にすごい!
アルベルトさんたちも感心した様子で、その話を聞いていた。
「しかしガブリエラ様。そこまで規模の大きい水路などハウル村の人間だけで作ることは難しいのではないか。魔法で作るとなれば、大量の魔石と大勢の術者を動員しなくてはならない。クルベ先生お一人では負担が大きいだろう。費用もバカにならない。」
心配そうにクルベさんを見つめるカールさん。だがガブリエラさんは自信を持って返事をした。
「大丈夫ですわ、カール様。クルベ先生には設計と監督をお願いするつもりです。実際に作るのはドーラですもの。」
私は急に名前を出されてびっくりしたが、皆はそれに納得した様子だった。
「ドーラおねえちゃんなら大丈夫だよね、お父さん!」
「ああ、そうだなエマ。ドーラが作るんなら納得だ。しかも今回はちゃんと見てくれる人がいるしな!」
「ドーラだけなら不安で仕方がないけど、ガブリエラ・・・様とクルベ先生?が見てくださるってんなら、そんなにひどいことにはならないだろう。いやー、安心したぜ!」
「ちょ、ちょっとひどくないですか皆!確かに私よくやらかしてますけど、最近はあんまり失敗しなく・・・しなくはなったんですケド・・・。」
私は皆に抗議したが今朝、火事の燃えカスをきれいにしようと魔法で風を起こし、ゲルラトさんの天幕を吹き飛ばしちゃったことを思い出し、最後が尻すぼみになってしまった。皆の見ている前でマリーさんからこっぴどく怒られたのだ。
みんなは「うんうん」って言いながら私を優しい目で見ていた。エマは「大丈夫だよ!ドーラおねえちゃんはすごいもん!」って慰めてくれた。ぐすん。
私とエマはその日のうちに、クルベさんから建築魔法についていろいろ教えてもらった。エマは私の付き添い兼お目付け役だ。
初めて聞く建築についてのお話はすごく面白かった。クルベさんはすごくお話が上手で、これまでに作った水路のことを紹介しながら、魔法を使うときの注意点を説明してくれた。
私とエマは笑い転げたり、一緒に考えたり、クルベさんに質問したりしながら、話を聞いた。
「ふむ、ドーラさんはなかなか飲み込みが早いようじゃな。それにエマさんは賢い。二人とも良い生徒たちじゃ。」
クルベさんは私たちのことをとても誉めてくれた。エマは賢いので誉められて当然だ。私は以前、ペンターさん達から聞いて、街道を作り直したことがある。その時の経験があるので、水路づくりのこともよく理解できた。
翌日から早速クルベさん監督の下、村の大規模工事を始めることになった。ちなみに建築魔法を使うのはガブリエラさんで、私は助手ということになっている。
初めにするのは測量と現地調査。これはカールさんやペンターさんたちにも手伝ってもらった。クルベさんは目盛りの付いた金属の筒を覗いて、土地の高さや傾きを調べていた。
「これは測量の魔道具でな。わしが設計して錬金術師に作ってもらったんじゃ。」
私が興味があると言ったら、あとで作り方を教えるぞいと言ってくれた。やったね!
クルベさんの指示に従って、皆で紐を使って長さや広さを測ったり、地面の表面を調べたりしていく。カールさんは分厚い紙束にそれをいちいちに記録していった。
測量が終わるとクルベさんは天幕に籠って、カールさんの記録をもとに設計図を描き始めた。翌日、仕上がった設計図を見て、みんなすごく驚いた。
「じいさん、あんた絵がうまいな!それにこの図面、本当にすげえ!」
クルベさんが描いたのは、村の風景の中に建築物が出来た時の完成予想図と、それを作るために必要な図面だった。ペンターさんはそれにえらく感動して、クルベさんのことを師匠と呼び、いろいろなことを質問していた。
私はその設計図に従い、ガブリエラさんと二人で工事を始めた。私が主に使うのは《領域創造》と《大地形成》、そして《整地》の魔法だ。
細かいところの修正はガブリエラさんとクルベさんがしてくれることになった。
まずは川港を作る。ハウル村の船着き場は浅瀬になっている場所に、平底舟をそのまま引き上げるだけだ。だからあまり大きな船をつけることはできない。
それを作り変えていく。まずは今ある船着き場を南北に伸ばし、堤防と桟橋を作るのだ。川底を少し掘り下げその分、岸を高くしていく。これで船が直接川岸に停泊できるようになる。
周辺にある木などは私が根こそぎ魔法で引き抜いて《収納》した。大きめの岩を組み合わせて大体の形を作り、《領域創造》で一気に岩を切断していく。細かい仕上げはあとでクルベさんがしてくれるそうなので私の仕事はここまで。一日で川港の土台作りが完成した。
次は街道を南側に伸ばしていく。これは私が一人で夜中にこっそりやった。村の入り口まで出来ているレンガ舗装の街道を、川岸に沿って村の南端まで伸ばしていく。広場を横切り、村の中央をまっすぐに抜ける道ができた。
あとはそれをサローマ領までひたすら伸ばしていく。細かい調整はガブリエラさんとペンターさん、クルベさんに教えてもらうとして、まずは道を通すことにした。
空を飛び上空から確認しながら《領域創造》で予定地を囲み、森の木を一気に引き抜く。道づくりは以前にやった通りだ。森を抜けたところ終了。ここから先はサローマ領なのだ。その日は疲れて眠ってしまった。
翌日の昼に起きた私は、ガブリエラさんと二人で外壁作りをすることになった。カールさんは村にいなかった。新しく出来た街道を通って、サローマ領に行ったそうだ。ちょっと寂しい。
ガブリエラさんと二人で《大地形成》の魔法を使い、街道を挟むように土塁を作っていく。土塁は東西方向に伸ばし川岸を東端、西は森の中に入り込むようにする。土塁の内側にある木は私が引き抜き《収納》した。
高さは土人形のゴーラの背より少し高いくらい。大体二階建ての家と同じだ。高すぎないかと思ったけど、ガブリエラさんは「このくらいは必要です。いずれはもっと高くします」と言った。
土塁ができたら後はガブリエラさんに言われて、レンガと石材を作った。材料は昨夜の街道づくりで《収納》した大量の岩と土砂だ。
《領域》内で次々とレンガや石材を作り、出来た端からまた《収納》していく。余った岩の破片は土塁に混ぜておくことにした。この作業、ゴーラは背中に背負ったスコップで大活躍してくれた。
「レンガを実際に組み上げる作業は専門の職人とクルベ先生に任せましょう。明日は水路を作るわよ。」
その日の作業は終わったけれど、私は暇だったので、クルベさんが貸してくれた建築魔法の入門書を読みながら、夜の間中、材料がなくなるまでレンガと石材を作り続けた。
出来た分を土塁の内側に積み上げて置いたら小山のような高さになってしまい、作りすぎだとガブリエラさんから、危ないから片付けなさいとマリーさんからそれぞれ怒られてしまった。
だから本当はこの10倍以上《収納》にしまってあることを、とても言い出すことができなかった。
水路づくりに取り掛かる。まずはクルベさんの図面に従って村の中を縦横に走る溝を掘る。
「あ、今ある畑にぶつかっちゃう。どうしよう?」
「ドーラおねえちゃんの魔法で、畑ごと動かしちゃったらいいんじゃない?」
エマの助言に従い、畑を《領域》で囲んで地面ごと動かすことにした。村の人は仰天し、ガブリエラさんは呆れていたけれど、クルベさんだけは「素晴らしい!」って絶賛してくれた。
こうやって畑を動かしたので、大まかに東の方から川、川べり、街道、住居の建設予定地、畑、放牧地、森という大体の区分けが出来た。その間を縫うように溝を掘っていく。
溝の幅は荷車がすれ違えるくらい広いものから、エマがぴょんと飛び越えられるくらい狭いものまで様々だ。後は石材やレンガで岸を固めていくのだそうだ。
「ガブリエラ様、溝があると村の人が移動するとき困りませんか?」
「安心してドーラ、『橋』をかけるから大丈夫よ。」
橋を架けるのは建築魔法の中でも最も難しいらしい。でもクルベさんはそれがとても上手なのだそうだ。
実際に街道を横切る大きな水路に橋を架ける様子を見せてもらったけど、レンガや石材がひとりでに動いて設計図通りに組みあがっていく様子はとても面白かった。
土属性の強い魔力があれば覚えられるみたいなので、私も教えてもらい、小さな橋づくりを練習させてもらった。最初はなかなかうまくいかなかったけど、何回も練習したらちょっとだけ出来るようになった。
ガブリエラさんの作ってくれた杖で細かい魔力の調整が出来るようになったおかげだ。師匠本当にありがとうございます!
クルベさんに教えてもらった建築魔法を使って、私も細かい仕上げが手伝えるようになった。その甲斐もあって、その月の終わりには新しいハウル村の外観が大体出来上がった。
来月からはペンターさんの知り合いの職人さんたちが、細かい仕上げをしに来てくれることになっている。建物作りも同時に始まる予定になっていた。本当に楽しみだ。
水路づくりもクルベさんのおかげで順調に進み、村の中を水がさらさらと音を立てて流れている。水路の水が澄んでいるのは、ガブリエラさんが《浄水》の魔法陣を刻んだ石を水路のあちこちに取り付けてあるからだ。
この魔法陣、一定期間経つと魔力が切れて効果が無くなってしまうが、そのときはまた魔力を補充すればいいそうなので、私が夜中に見て回ることにした。一人で起きているのは暇だしね。
水路が出来たおかげで各家庭の水汲みが格段に楽になった。あと洗濯場と共同のお風呂も水路の脇、比較的森に近い場所に移動したので、村の人が安心して使えるようになった。
私は生活を便利にする人間の知恵にすっかり感心してしまい、夢中になって建築魔法を練習するようになった。
村の生活は大きく変わりすごく便利になった。天幕の外で夕ご飯を食べながら、みんなでワイワイと話をする。
「ちっぽけな開拓村だったハウル村がこんなに立派になっちまうなんて。これじゃあノーザンやウェスタ村より、ずっと生活しやすくなるぜ。」
アルベルトさんは感慨深そうにそう言った。アルベルトさんはガブリエラさんが村の開発を指揮するようになったことを機に村長を引退した。
新しい村長はフランツさんだ。フランツさんはガブリエラさんの下でハウル村をよくしていこうと、皆をしっかりまとめている。
「これからハウル村はどんどん変わっていくだろうな。住民も増えるに違いねえ。大変だと思うがよろしく頼むぜ。」
「親父さんたちが切り拓いてくれたからこそ、今のハウル村があるんです。これからも俺たちを見守ってください。」
二人はそう言って手を取り合った。それを見てグレーテさんが涙ぐみ、マリーさんとエマがその手を取って三人で微笑みを交わす。私は皆の生活を守るためにこれからもっと頑張ろうと思った。
村の生活が便利になったことで皆、生活にゆとりを持つことができるようになったけれど、一番時間が出来たのは小さい子供たちだった。
何しろこれまでは一日の大半を水汲みに費やしていたのに、それがほとんどなくなったからだ。親の仕事を手伝える子はいいけれど、その年齢に達していない子は時間を持て余してしまう。
その話をマリーさんがすると、ガブリエラさん(彼女とカールさん、それにクルベさんはアルベルト家の天幕で居候中だ)がそれに答えた。
「マリー、その通りよ。これは私の夢の第一歩なの。」
その発言でみんなの注目が彼女に集まる。彼女はその場にいる全員をゆっくり見回して言った。
「私、ハウル村に学校を作りたいの。貴族も平民も皆、区別なく学べる学校を。」
彼女の言葉に皆はぽかんと口を開けた。でもクルベさんだけはうんうんと頷いていた。
私は『学校』っていうのが何なのかよく分からなかったけれど、彼女がすごく嬉しそうにしているのを見て、それはきっと素敵なものなんだろうなと思ったのでした。
種族:神竜
名前:ドーラ
職業:錬金術師
所持金:2403D(王国銅貨43枚と王国銀貨7枚と王国金貨1枚とドワーフ銀貨4枚)
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読んでくださった方、ありがとうございました。