表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
70/188

67 毒手

短めですが、やっぱり書いちゃいました。書く楽しさに負けてしまって、睡眠不足です。

 私は深い深い眠りに就いていた。だけど誰かに呼ばれたような気がして、夢の中でゆっくりと辺りを見回した。


 私は竜の姿で星空に浮かんでいた。無数の星が瞬き、消えては生まれ、生まれては消えていく。不思議な場所だ。ここはどこなのだろう。私を呼んだあの人は誰なのかな。私は姿の見えない声の主を探した。


 気が付くと私は人間の姿でハウル村に立っていた。明るい日差しの中、みんなが私に明るく声をかけてくれる。私は子供たちと一緒に川へ向かった。その時、エマがそこにいないことに気が付いた。


「ねえ、みんな。エマはどこ?」


 そう私が尋ねた途端、子供たちは消え去った。周囲が夜の闇に包まれ、建物が炎を上げる。私は恐ろしくなり、燃え盛る村の中を、みんなの姿を探して走り回った。だが誰も見つからなかった。


 私は村の広場で一人蹲り、声を上げて泣いた。炎が私に迫り、私を焼き尽くそうとする。人間の私が少しずつ壊れ、闇の中に溶けていく・・・。







 その時、また私を呼ぶ声がした。私はハッと顔を上げた。私はどこか知らない場所で、地面に倒れていた。


 周りには武器を持ったたくさんの人たちが倒れている。気を失っているようだ。私の目の前には、黒いローブを着てきれいな半仮面をつけた女の人が立っていた。きれいな人だけど、なんだかとても嫌な感じがする。女の人は真っ赤な唇を釣り上げて私を見下ろしていた。


 その女の人の後ろには、白いローブを着て銀の首飾りをつけたガブリエラさんが立っていた。彼女の周囲にはどす黒い靄がまとわりつき、彼女の手足をぎりぎりと締め付けている。彼女はその靄から抜け出そうと、必死にもがいているが、靄は彼女を捕らえて離さない。彼女は助けを求め、叫び声をあげた。その声を聞いた途端、私の胸がドクンと大きく鼓動を刻んだ。その時はっきりと分かった。私を呼んでいたのは彼女だったんだ!


 彼女は私に向け、必死に手を伸ばそうとしている。私は彼女の手を取ろうとしたが、なぜか体が動かなかった。体に何か魔力のようなものがまとわりついているのだ。私は体に魔力を満たし、体を縛る何かを消し飛ばした。体が自由に動くようになると同時に、私の心に安心するような、温かいものが流れ込んできた。強く温かく心地よい感じのする何か。それは明るい春の日差しのように私の心を満たしていく。私はうっとりと目を瞑り、再び微睡の中に落ちていった。













 王都領西端のウェスタ村。敵拠点を制圧寸前だった王国衛士中隊は、ガブリエラの放った《闇の雷撃球》の呪文一つで壊滅させられた。彼女はカールの呼びかけに答えることもなく、倒れ伏す隊員たちを残忍な笑みを浮かべながら眺めていた。


 半仮面の女は口に片手を当て、カールとバルドンをからかうように言葉をかけた。


「せっかく王国の内乱がうまくいきそうだったのに、あなたたちのせいで台無しです。内乱は鎮圧され、グラスプ伯爵も終わり。バルシュ侯爵に続いてまた邪魔されるなんて、本当に憎らしいこと。でもこのあたりが引き上げ時でしょうね。」


「貴様、帝国の間者か!?」


 そう叫んだバルドンに、女は馬鹿にしたような冷たい目線を投げかけただけで、その問いを無視した。


「私はこれで失礼します。この子は私がもらっていきますわね。さあ、行きますわよ。一緒にいらっしゃい。」


 女がガブリエラに声をかけると、彼女は女に付き従うように歩き始めた。カールは二人を追おうとするが、体がしびれて動かない。地面を両手で掴み、這ってでも二人に近づこうとしたとき、突然カールの持っている魔法剣が虹色の光を放った。


 体のしびれが消え、雷撃によって負った火傷も瞬時に癒えていく。カールはその場に飛び起き、使い慣れた片手剣を構える。






「待て!このまま行かせはしない!!」


 カールの声を聞いて、仮面の女とガブリエラが彼の方を振り向いた。ガブリエラは憎悪と憤怒に顔を歪め、彼を睨みつける。だがカールはその時、不思議なものを目にした。


 怒りに顔を歪ませる彼女の後ろに、もう一人のガブリエラの姿が見えた。そのガブリエラは全身を黒い靄に絡み取られ、必死に助けを求めて彼に手を伸ばしている。


「貴様!!ガブリエラ様に何をした!?」


 女はカールを警戒しながらも、それを楽しむかのようにカールに答えた。


「質問に答えてもらおうと思ってちょっとやりすぎてしまいましたの。だってこの子、あんまり強情なんですもの。おかげで知りたいことの半分も分かりませんでしたわ。」


 女はガブリエラをその場に跪かせると、彼女の頭に長く伸びた自分の爪を突き立てた。途端にガブリエラが白目を剥き、がくがくと痙攣を始める。カールは女を止めようと駆け寄ったが、目に見えない障壁に阻まれ、跳ね返された。







「虫けら風情が私に近づこうなんて。ふふふ、それだけこの子が大事なのね。でもおあいにく様、この子の心はもう壊れかけていますわ。今ではすっかり私の玩具です。可愛いでしょう?」


 女がガブリエラの頭に触れている指を軽く動かす度、彼女が凄まじい絶叫を上げる。彼女の目から血の涙が流れ落ちた。女はそれを見て本当に愉快そうに口を歪めた。


「私の力でね、終わらない悪夢を見せているのよ。この子の両親も強情だったけれど、この子ほどじゃなかった。本当にこの子はいいわ。完全に心が壊れてしまうまで、こうやって遊んであげるつもりなの。本当は依頼主に引き渡さなきゃいけないのだけれど、どうせすぐに伯爵は捕まって死刑台送りになるんだから私がもらってもいいですわよね?」


 女はガブリエラの涙を指ですくってぺろりと舐めた。そして、極上の甘味を口にしたかの如く、恍惚の表情を浮かべる。


「この子が壊れたら、次はドーラっていう娘を手に入れるつもりなの。ああ、今から楽しみで仕方がない!」


 女がガブリエラの頭から爪を引き抜いた。ガブリエラの絶叫が止み、人形のように無表情になった。彼女の眼からは光が失われ、虚ろな色に変わっていた。カールはその姿を見て怒りで目の前が眩み、奥歯をぎりりと噛みしめた。







「外道め!許さん!!」


 カールの気迫に呼応するかの如く、魔法剣が再び光を放った。カールの右腰からひとりでに宙へ浮き上がった魔法剣を掴んだカールは、行く手を遮る見えない障壁を斬りつけた。ぱんっとガラスの砕けるような音と共に、障壁が砕け散る。カールは一気に女へ接近し、剣を振るった。


 だが女の前にガブリエラが立ちふさがる。寸でのところで剣を止めるカール。女はカールの魔法剣を見つめ、驚きと恐怖で顔を引き攣らせた。


「お、お前、何なのその剣は!?殺しなさい!その男を殺すのです!!」


 女に命じられたガブリエラが杖を構え、無詠唱で《魔法の矢》を放つ。空中に出現した無数の光の矢が、カールめがけて殺到した。カールはそれに怯むことなく、急所のみを魔法剣で守って前進し、女に迫った。カールの手足や体を魔法の矢が貫く。カールは全身から血を流しながら、気合と共に剣を一閃した。


 カールの剣は、女の左腕を斬り飛ばした。体から離れた左腕は、黒い灰となって空中に四散した。






 カールが連続で斬りつけようとしたとき、女の体が宙に舞い上がった。娼館の屋根ほどの高さで、空中にできた足場に立っているかのように静止したまま、憎々しげに彼を見下ろしている。


「貴様、やはり人間ではないな!何者だ!?」


 女はそれに答えず「私の体に傷をつけるなんて・・・!」と呟いた。カールが空中の女を成すすべなく見つめていると、突然ガブリエラがカールに後ろから抱き着いてきた。振りほどこうとするが信じられないほどの怪力で、彼の動きを封じている。自分の間合いに踏み込んでくるスピードといい、気配の絶ち方といい、普段のガブリエラからは想像もつかない異常な動きだ。彼女の腕や顔には血管が浮かび上がり、口や鼻からは血が流れ出ていた。


「気が変わった。お前は危険すぎる。この女諸共死んでしまうがいい。」


 女が右手の指をパチリと鳴らすと、ガブリエラが苦しみ始めた。カールでも感じ取れるほど、彼女の魔力が急速に高まっていく。二人の周囲の空気が音を立てて振動し始めた。カールは彼女の腕を振りほどこうと必死に体を動かした。その時、背後にいるガブリエラが語り掛けてきた。






「カール・・様、・・・私を・・殺して・・・!」


「ガブリエラ様!正気に戻ったのですか!!」


「長くは・・・もたない!・・・早く!!」


 ガブリエラは自ら腕を開いてカールを解放した。彼女の両腕はあらぬ方に曲がっている。自由の利かない体を、自らの魔力で無理矢理動かしたためだった。カールは迷うことなく魔法剣を一閃し、苦しみ悶えるガブリエラの体を両断した。彼女の眼が驚きに見開かれる。


 だがカールが斬ったのは目の前にいるガブリエラではなかった。彼は彼女の後ろに見えていたもう一人の彼女、黒い靄に囚われ苦しんでいるガブリエラの幻影を、靄ごと断ち切ったのだ。魔法剣の輝きによって、黒い靄は霧散し消え去った。


 黒い靄が消えると同時に、幻影のガブリエラも姿を消した。空中にいた半仮面の女が醜い悲鳴と共に落下する。地面に激しく叩きつけられて、動きを止める女。カールは目の前に立っている本物のガブリエラを見た。虚ろだった目に光が戻っている。激しく消耗しているようだが、正気に戻りつつあるようだ。彼女は必死の形相で叫んだ。


「早く逃げて!もう・・・魔力を・・・止められない!逃げて・・・カール!!」


 彼女はねじくれた両手で縋りつくように杖を掴み、自分の内側からあふれ出ようと暴走する魔力を必死に抑え込みながら、カールに懇願した。彼女の瞳は涙で濡れていた。そんな彼女をカールはしっかりと抱きしめた。







「何を・・・!?」


 驚く彼女の首に、カールは魔法銀ミスリルでできた自分の身分証をかざした。


「《我が魔力を持って彼の者を隷属させん。我が望みは汝が願い。我が言葉は汝が導なり》!!」


 カールの唱えた起動呪文コマンドワードによって、ガブリエラの首にあった隷属の首飾りが発動し、強力な呪いが彼女を縛った。カールとガブリエラの間に強固な魔力の繋がりが生まれる。カールはガブリエラを抱きしめたまま、声の限りに叫んだ。


「汝が主カールが命じる!ガブリエラ、死ぬな!!生きろ!!」


 次の瞬間、ガブリエラの魔力は暴走した。固く抱きしめられた二人の胸の間から、強烈な緑色の閃光が走ったかと思うと、凄まじい魔力が純粋な力の波動となって炸裂する。周囲の建物を次々と破壊しながら、波動は同心円状に広がっていった。中心にいる二人の姿は強烈な緑の光に飲み込まれた。






 バルドンは自分も含め、昏倒する部下たちが魔力の波に飲まれそうになる姿を、なす術もなく見つめるしかなかった。


 だがその時彼らの前に、白い法服を纏い褐色の肌をした女司祭が現れ、隊員たちを守るように両手を大きく広げて叫んだ。


「精霊よ聞き届け給え!聖女よ守り給え!我、この身を倒れし者の盾とし、弱きものを守る不倒の砦と成さん!《絶対魔法防御の祈り:極大》!!」


 女司祭の周囲に光り輝く障壁が現れたかと思うと、それは瞬く間に巨大な半円形の盾となって広がり、破壊の波動を受け止めた。直後、破壊によって生じた爆風がバルドンたちの体に襲い掛かる。バルドンも高速で飛来した石礫によって、体のあちこちを負傷した。だがその中にあっても女司祭は、両足を大地にしっかりと踏ん張り、必死に障壁を張り続けた。


 やがて光と共に破壊の波動が収まると、女司祭はその場に崩れ落ちた。彼女の純白の法服は爆風で飛来したがれきによって大きく切り裂かれ、真っ赤に染まっている。バルドンは自由にならない体を引きずって、彼女の元に辿り着いた。女司祭はかろうじて息があるようだった。バルドンは常備している魔法回復薬ポーションを取り出し、法服の上から彼女の全身に振り掛けた。血が止まり始めたのを見て、ホッとしたバルドンは周囲を見渡し、驚愕した。






 カールとガブリエラを中心に、半径50歩ほどの周囲の建物はすべて倒壊し、更地になっていた。特に二人がいる中心付近の破壊は凄まじく、魔力の暴走によって地面が丸く抉れ、表面がまるで溶けたガラスのようになっている。中心に倒れている二人の体が原型を保っているのが不思議に思えるほど、恐ろしい暴威の跡がそこにあった。


 もしこの女司祭が守ってくれていなかったら、自分も含め部下たちはどうなっていただろうと考え、改めて安らかな寝息を立てる女司祭の傷だらけの横顔を見つめた。きれいな顔をしているのにずいぶんな無茶をする。だが本当にありがとう。彼は心の中で彼女に感謝を告げると、側に落ちていた自分の短槍を杖代わりにしてよろよろと起き上がった。


 カールとガブリエラ様の安否を確認しなくては。そう思って二人に近づこうとしたとき、二人を挟んでちょうど反対側で、何かが立ち上がった。


 それはあの半仮面の女だったものだと思われる。だがその体のほとんどは吹き飛び、もはや人の姿を留めていなかった。


 動死体ゾンビのようにも見えるそれは、バルドンの眼前でゆっくり立ち上がり、突然黒い炎を噴き上げ燃え上がった。


 強烈な炎が収まったとき、そこに立っていたのは一人の女だった。だが彼女の体は人のそれとは大きく異なっていた。


 彼女の背中には黒く大きな猛禽の翼があった。また頭からはねじくれた二本の角が、腰からは先尖に鋭い針を持つ爬虫類の尾が生えていた。豊かな胸と下腹部、そして手足は黒い羽毛で覆われている。足は猛禽のような鋭い鉤爪があり、長くて美しい手指の先にも、長く鋭い爪があった。輝くような長い銀色の髪と羽毛の生えた長い耳を持ち、顔を半仮面で隠している。






 仮面の下から覗く爬虫類の虹彩を持つ瞳が妖しい光を放つ。女は、猛禽と爬虫類と人間を掛け合わせたような悍ましい姿だが、なぜか目を引かずにはいられない不思議な美しさがあった。


 バルドンが声もなく見つめる前で、女はカールとガブリエラに歩み寄り、ガブリエラの首に架かっている首飾りを手に取った。美しい装飾のされていた銀の首飾りは、表面が焼け焦げたように黒ずみ、嵌っていた緑の宝石も砕けてしまっている。


「隷属の呪いの力で、咄嗟に魔力の導線パスを作り、自分と女の身を守るとは。雑魚だと思って油断した。」


 女は手の中にある首飾りを握りつぶした。銀の首飾りは朽ち果て、黒い砂に変わって女の手から零れ落ちた。


「まさかこの姿を現界させることになるとは。・・・その力は興味深いが排除させてもらう。」


 女はそう言うと、鋭い針の付いた長い尾をカールの上に振り上げた。


「やめろ!!」


 バルドンは声を限りに叫び、女に接近しようとした。だが足がもつれて杖にしていた槍諸共、その場に倒れてしまった。


 苦し紛れに槍を掴んで女に向って投擲したが距離がありすぎてまったく届かない。針の先端から滴るどす黒い液が、月の光に不気味な光を放つ。


「死ね。」


 短い言葉と共に、女は高く掲げた尾をカールの心臓めがけ振り下ろした。






種族:神竜

名前:ドーラ

職業:錬金術師

状態:仮死の眠り


所持金:6803D(王国銅貨43枚と王国銀貨21枚と王国金貨1枚とドワーフ銀貨27枚)

    → 行商人カフマンへ5480D出資中

読んでくださった方、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ