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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
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6 文字の先生

眠いです。

 夏が始まると、ハウル村は麦の収穫で大忙しだ。女性たちや子供たち総出で、麦の刈り取りに追われている。


 人間たちは畑に種をまいて、その種を増やして食べる。すごい発想だ。人間たちがこんなに急激に数が増えたのも、この『食べ物を自分で作る』という力を持っているからだろう。


 私たち竜は、狩りをして食べ物を得ている。住む場所によって狩る獲物は違うけれど、大体どの竜もそうしている。竜にとっての食べ物は、探すもので作るものじゃない。食べ物を自分で作るなんて、人間って本当にすごいと思う。


 ちなみにこの麦という植物は、種をまけば勝手に増えてくれるとても便利な植物らしいけど、育つまでにものすごくたくさんの大地の力を必要とする。だから同じ場所で続けて作ることはできないんだよとマリーさんが教えてくれた。


 ハウル村は森に囲まれた小さな村なので、麦を育てられる場所はそんなに多くない。だから普段、村人たちはジャガイモという植物の根っこにできたコブや、豆という草の実を食べている。ジャガイモや豆は大地の力の少ない場所でも、どんどん育つのだそうだ。


 そんなことまでちゃんと考えている人間は、とても賢い生き物なのだなと感心してしまう。竜に比べると人間はとても脆弱だし短命だ。でも、だからこそいろいろな知恵を身に着けることができたんだろう。


 私はそんな人間たちがますます好きになった。






「ドーラねえちゃん、この鎌切れなくなっちゃった!」


「ん、ちょっと貸して。《研磨》。はい、どうぞ!」


「うわー、すごいピカピカ!ありがとう、ドーラねえちゃん!!」


「どういたしまして!」


「ドーラちゃん、この古い脱穀棒、何とかならんかね?」


「あ、見せてください。《金属形成》《素材強化》。これでどうですか?」


「おお、まるっきり新品だね!ありがとよ、ドーラちゃん。」


 刈り取った麦の束を食糧庫に運ぶ私に、村の人たちが次々声をかけてくる。ハウル村にある道具は古いものがほとんどなので、作業中に傷んでしまうことが多いのだ。


 道具を直す私の生活魔法を、村の皆はとても重宝し喜んでくれている。私はそんな皆を見るのが、とてもうれしかった。






 私が村の男たちの斧をピカピカにしたことで、私はすっかりハウル村のまじない師として定着している。


 マリーさんたちに聞いたところによると、人間は『貴族』と『平民』という二つの種類に分かれているらしい。二つの主な違いは魔力量で、平民は魔力を全く持たないか、持っていてもごく弱い魔力の人がほとんど。


 でもごく稀に平民の中から、やや強い魔力を持つ者が生まれることがある。彼らはその魔力を生かして簡単な生活魔法を使うことで生計を立てていることが多い。これが『まじない師』と呼ばれる人々だ。


 私はずっと、もし魔法を使うことが知られたら、村を追い出されるのではないかとびくびくしていた。だけど私がまじない師であることが分かったら、村の人たちは大喜びしてくれた。


 まじない師の数はとても少ないから、ハウル村のような辺境の村に訪れることはめったにないのだと、フランツさんが教えてくれた。


 私は、みんながこんなに喜んでくれるのなら、もっと早く魔法を使っておくんだったと思った。でもすぐに、いやいや今回はたまたまうまくいっただけじゃない?と、考え直す。


 私は人間の世界のことをまだよく知らない。マリーさんやフランツさんの説明も半分以上は分からないことだらけ。知らないことのせいで、今でもよく失敗している。


 でも失敗するのはまだいい。私は人間を傷つけたり怖がらせたりするのが嫌だ。特にエマやハウル村の人たちが傷つくのは、とても嫌だった。


 私の力は人間と比べて大きすぎるみたいだ。だから、みんなを傷つけたりしないように、分からないことは、エマやマリーさんに聞いてからするようにしようと思う。






 私はそんなことを考えながら、両手いっぱいに抱えた麦の束を風通しの良い食糧庫の中に積み上げていく。


 この麦はここでしばらく乾燥させた後、棒でたたいて先の方についた小さな実を落とすと聞いた。それをさらに『ふるい』と『ざる』を使って、実と殻に分けるらしい。


 すごく手間がかかるけれど、こうしておくと傷むことなく長い期間保存できるんだって。ちなみにエマに「長いってどのくらい?」って聞いたら、一年くらいだって教えてくれた。


 一年っていうとほんの季節一巡り。私はそれを『長い』とは到底思えない。これも新しい発見だ。人間の世界はまだ私の知らないことがいっぱい溢れているに違いない。私はまだ見ぬ『王国』に行けるようになる日が、とても楽しみになった。






「おかえり、あんた。」


「ああ、グレーテ。今戻った。」


 ハウル村の村長アルベルトは愛用の斧を家の戸口に立てかけると、妻のグレーテが食事の用意を整えてくれているテーブルについた。


 椅子に座ろうと腰をかがめた途端ずきりとした痛みが走り、思わず顔をしかめてしまう。荒くれた木こりの男どもをまとめるため、昼間は強面を通しているアルベルトだが、最近は体の痛みに悩まされることが多かった。


 もうとっくに50歳を過ぎているのだからそれも当然なのだが、自分の後を任せることのできる男がなかなか育たないため、簡単に隠居することもできないでいる。


 アルベールが生きていてくれればこんなに苦労しなかったんだがと、内心でぼやいてしまった自分に気が付いて苦笑するアルベルト。10年も前に死んだ息子のことをぐちぐち言っちまうなんて、俺もいよいよヤキが回っちまったらしい。


 一人息子のアルベールは10年前にあった魔獣の襲撃から村人を救おうとして命を落とした。当時はこのハウル村に入植したばかりで、周りの森には今よりも危険な魔獣が多く生息していた。


 その後も魔獣の襲撃はたびたびありアルベールの妻と子供、アルベルトの可愛い孫たちも魔獣の犠牲になった。グレーテはアルベールの妻デリアを実の娘のように可愛がっていたから、その嘆きようは本当にひどいものだった。


 何で俺が若い彼らの代わりになってやれなかったのかと悔やんだが、いくら嘆いても死んだ者が戻ってくることはない。それにこの辺境地帯では、突然に命を落とすことなど日常茶飯事なのだ。家族の死は悲しいが、人はそんな現実にもやがて慣れてしまう。


 そういえばグレーテは大切にしまっていたデリアの服を、あのドーラという娘に与えていた。10年という時間が、俺と同じようにグレーテの悲しみを癒してくれたということなのかもしれない。





 アルベルトは戸口に立てかけた斧を眺めた。無数に細かい傷のあった斧の刃が、今は真新しい金属の輝きを放っている。その視線に気が付いたグレーテが、アルベルトの向かい側に座って声をかけた。


「ドーラは本当に不思議な娘だね。自分の名前も覚えちゃいないのに、あんたの斧を新品同然に戻すまじないを使うなんて。」


「そうだな。それに村のどの男よりも力があると来てる。さっきもとんでもない量の麦を抱えて運んでやがった。」


 アルベルトは仕事帰りにすれ違ったドーラの様子を思い出していた。小型の馬車で運ぶくらいの麦の束の山を汗一つかかずに運びながら、「おかえりなさい!」とあいさつしてくれたのだ。ドーラはすたすたと歩いて、村の真ん中にある食糧庫に入って行ってしまった。


「やっぱりエルフの血を引いているからなのかねぇ。」


「・・・さあ、どうだろうな。」


 ドーラがエルフの血族ではないかというのは、今では村の大人たちの間では共通の認識となっていた。そうでなければドーラの不思議な力と容姿の説明が付かないからだ。


 もちろんアルベルトはエルフを見たことはないし確証はない。他の村人だってそうだろう。気にはなるものの確かめようもないし、それに今は先に考えておかなくてはならないことがある。


「徴税官のことだね。でもドーラのことは巡察士に知らせてあるんだろう?」


「ああ、春のうちに使いを出した。だがまだ何とも返事が来ない。今度の徴税官が何と言ってくるかだな・・・。」


 麦と豆、そして干し肉の入った粥をかきこみながら、アルベルトはこれからのことに思いを巡らせた。







 徴税官は麦の刈入れが終わるころになると、毎年村の様子を確かめにやってくる。ここは辺境とはいえ王都領、つまり王の直轄地だ。徴税官は王直属の文官が務める。


 ハウル村は王都で使用する木材と炭、そして灰を生産するための村だ。木材は主に建材として使用される。


 また炭と灰は、王都に無数にある様々な魔法薬工房や錬金工房、鍛冶工房などで、金属を精錬したりガラスを作ったりする際に使われている。


 普通、木こりは農繁期になると農夫として働くものが多い。だがここハウル村では、王都の需要を満たすために年間を通じて木材や炭の生産が行われている。


 木材の切り出しや炭焼きばかりでは当然、村人の食べ物を賄うことができないため、自給自足は困難。だから他の農村のように農産物を税として収めることはない。


 代わりに木材を王都の各ギルドに売った際に、売り上げの八割を税として納めている。徴税官は切った木の数と納税証明書に記載されている内容があっているかどうかを確かめに来るのだ。






 今、ドーラの立場はとても不安定だ。身元不明の流人としての扱いになるため、徴税官の判断によっては、最悪王都に連行されて犯罪奴隷に堕とされる可能性もある。


 ドーラはいろいろおかしなところのある娘だが、気持ちの上でも、実利の上でも、今やハウル村に欠かせない存在になりつつある。アルベルト自身もドーラを辛い目に遭わせたくなかった。


「さて、今年はどの徴税官が来るか・・・。今のうちから準備をしておいた方がいいな。」


 粥の最後の一口を飲み下したアルベルトはグレーテと目を合わせると互いに頷きあった。こんな風に誰かのことを思って女房と向かい合うなんて一体何年ぶりのことだろうか。


 アルベルトはいつの間にかドーラを自分の孫娘のように考えている自分に気が付いた。今度こそ守ってみせる。そんな気持ちが自然と湧き上がってきた。


 アルベルトは腰の痛みをこらえて立ち上がると、村の貴重品をしまってある箱を取り出し、グレーテとともに中身を確かめ始めた。






 私が束ねようとしていた麦の穂がばらばらと散らばって、足元に落ちた。これでもう10回目だ。


「ドーラ、束ねるのはあたしたちがやるから。あんたは束ができるまでその辺に座っとくといい。」


「はい・・・。」


 マリーさんに優しい口調でそう言われた私は、トボトボと畑から出て地面にしゃがみ込んだ。じっと自分の両手を見る。


 私はまだ人間の手の感覚をうまく掴めずにいた。物を握ったり抱えたりするのは出来るが、指先を使うような繊細な動きは全然できない。


 紐を結ぶこともできないため、服を着るのも髪を結うのも、エマに手伝ってもらっている。だめだな、私。


 私は軽くため息を吐くと、足元に落ちている麦の茎を手に持って、地面に魔導書で見た人間の世界の文字を書いてみた。自分の名前を書いたのに全然思っているような形にならず、ヘンテコな線の集まりになってしまった。







「ドーラおねえちゃん、それ何?ミミズの絵?」


 エマが私の手元を覗き込んで言った。ショックだ。まさかエマにそんなこと言われるとは思わなかった。


「えーとね、字なんです、一応・・・。」


 私が軽く涙目になりながらエマに言うと、エマは私の予想に反して歓声を上げた。


「おねえちゃん、すごいね!おまじないだけじゃなくて、字も書けるんだ!」


 エマは文字を見たことがなかったらしい。それで私の書いた文字が分からなかっただけみたい。よかった!てっきりエマに馬鹿にされたのかと思っちゃった。


 エマは自分の名前を書いてくれと私にお願いしてきた。でも私はヘンテコな字しか書けない。初めて見る自分の名前がヘンテコだったら嫌だよね、きっと。


 そこで私は魔法の力に頼ることにした。エマのために最高に美しい文字を書いてあげようと思う。







「《自動書記》!!」


 私が魔法を使うと、私の持っていた茎がすっと空中に浮かんでひとりでに動き出し地面に『エマ』と文字を書いた。我ながらすごくキレイに書けたと思う。私の持っている魔導書の表に書いてある『王国魔法大全』っていう文字と同じように流麗な文字だ。


 エマの上げた悲鳴のような歓声を聞いて、私の周りにおかみさんや子供たちが集まってくる。


「へー、ドーラあんた、字も書けるのかい!」


 おかみさんたちが感心したように言う。ハウル村には字を書ける人はいないそうだ。唯一、村長のアルベルトさんが、簡単な文字を読めるくらいなのだとか。


「おねえちゃん、あたしの名前も書いて!」


「ずるいぞハンナ!ドーラ、俺の名前を書いてくれよ!」


 私は同時に何本もの麦の茎を《自動書記》の魔法で動かし、求められるままに次々と皆の名前を書いていった。やがて子供たちは自分の名前を指でなぞり、地面に文字の練習をし始めた。







「ドーラおねえちゃん、あたし書けるようになったよ!見てて!」


 エマが地面に指で自分の名前を書く。ちゃんと間違えずに書けていた。エマは可愛いうえに賢い。私はエマを抱きしめてほっぺをくっつけ、ぐりぐりと顔をこすりつけた。エマがくすぐったそうに笑う。


 他の子どもたちも次々と名前を書けるようになった。中には間違えている子もいたが、お互いに間違いを指摘しあって、何度も書き直しているうちにできるようになっていった。私はその子たちを捕まえては抱きしめ、頬をこすりつけた。


「あたしらの子どもたちが字を書けるようになるなんてね!ありがとねドーラ。そうだ!仕事の合間で構わないから、あんた、これからも子どもたちに字を教えてくれないかい?」


 これをきっかけに、私はこの日から子どもたちに時々文字を教えることになった。おかみさんたちの中にも、子どもたちの輪の中に入って練習していく人がいる。マリーさんもその一人だ。


 こうして私は、ハウル村のみんなに文字を教えることになったのでした。






種族:神竜

名前:ドーラ

職業:ハウル村のまじない師

   文字の先生(不定期)

所持金:83D(王国銅貨43枚と王国銀貨1枚)

読んでくださった方、ありがとうございました。

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