66 窮地
ものすごく眠いです。誤字が多いかもです。平日の更新は厳しいですね。
王都領最西端のウェスタ村で、ミカエラの救出には成功したテレサとリアの二人だったが、脱出を阻まれ周囲を追手に取り囲まれていた。
斬りかかってくる剣士はテレサが撃退し、魔法の攻撃についても《絶対魔法防御の祈り》で凌いでいるものの、周囲の建物から次々と新手が集まり始めている。
今はまだテレサとリアだけであれば強行突破も可能だが、気を失って倒れているミカエラを連れて逃げるのは難しい。怒りに燃える追手と睨みあいながら、二人は小声で会話を交わす。
「リア、私が突破口を開きます。ミカエラを抱えて撤退してください。」
「・・・分かりました。いつでも行けます。」
僅かな躊躇の後、リアは頷いた。テレサ一人を残してしまうことに抵抗があったが、自分には囲みを突破できるだけの火力がないと判断したためだ。
リアの言葉を聞いたテレサは、大きく息を吸い込むと体内の神力を高め、裂帛の気合と共に地面に向って拳を叩き込んだ。
巨大な破城槌を叩きつけたかのような轟音が響き、生じた衝撃波によって周囲の男たちが一瞬怯む。その隙を突いてテレサは、囲みの一番厚いところめがけて、一直線に飛び込んでいった。
「聖女チャージ!!」
虚を突かれた男たちが神力で強化された彼女の体当たりによって弾き飛ばされ、周囲の仲間を巻き込んで倒れた。テレサと共に飛び出していたリアが、倒れた男たちを器用に踏み越えて囲むを抜け、倉庫街へつながる路地へ飛び込んだ。
「逃がすな!追え!!」
リアに向けて《雷撃》や《魔法の矢》が撃ち込まれる。しかしそれらはすべて、リアの後ろを守るテレサによって防がれた。テレサは路地の入口に立ちふさがり、一つ呼吸を整えた後、男たちに言った。
「弱きものを守るために鍛え上げた私の力、簡単に打ち破れると思わないでください!!」
男たちの顔が怒気で赤黒く染まる。テレサは腰をしっかりと落とし、不動の構えで男たちと相対した。
背後で、テレサが鬼神の如く戦っている間に、リアは気絶したミカエラの体を背負い、装束の帯を使って自分の体にしっかりと結び付けた。
娼館の二階から無理な着地をしたせいで体中がずきずきと痛む。特に左足首は地面に付けるだけでも激痛が走るほどだ。だがリアは痛みを堪えて、逃走を開始した。
この村にも密偵仲間が潜伏している。彼らと接触できればミカエラの身の安全は保たれる。テレサの思いを無駄にするわけにはいかない。彼女は周囲に警戒しながら、路地を駆け抜けた。
だが追手たちは、この倉庫街から抜け出す路地の出口へ先回りし、着実に包囲を狭めてきた。土地勘のない彼女には最適な逃走経路を選択することが難しいが、追手たちはそんなリアを徐々に追い詰めようとしている。
彼らはかなり前から、この村で活動していたのだろう。地の利の不利を覆すために、彼女は高所に移動することを選択した。
普段の自分一人であれば、壁のわずかなでっぱりやくぼみを利用して、屋根に上ることくらい造作もないこと。だがミカエラを抱えた上に、足を痛めている今は難しい。
倉庫街を逃げ回りながらどこかに上へ登れる場所がないかと探していると、うまい具合に外階段のある倉庫を見つけた。彼女は階段を駆け上がり一番上の手すりによじ登ると、ひさしに飛びついて一気に体を引き上げた。無理して力を入れたため、左足首から嫌な音がした。
激痛で目が眩み、脂汗が止まらない。だが彼女は奥歯を噛みしめて苦痛の呻きを無理矢理飲み込んだ。なだらかな傾斜の付いた倉庫の屋根に上ったことで、視界が一気に開ける。
この地点からなら商業区に潜伏している仲間のところが最も近い。彼女は背中のミカエラを振り返った。まだ気を失っているが、顔色は悪くないし呼吸も正常だ。
もうしばらくの辛抱です。必ず安全な場所までお連れしますから。可愛らしい寝顔に心の中でそう語り掛け、屋根の向こうに見える商業区の明かりを目指して、移動しようと一歩踏み出す。だが左足首に激痛が走り、思わず姿勢を崩してしまった。
その時、彼女の右胸にポスンと何かがぶつかった。驚いて下を向いた彼女が見たのは、自分の鎖骨の下辺りに突き立った奇妙な形の金属の短矢だった。
ハッとして防御した彼女の短刀に、飛来した短矢がぶつかって鋭い火花が上がる。彼女は狙撃者の姿を見極めようとしたが、急激に平衡感覚を失い、その場に蹲った。傷から血が溢れ、体温が急速に失われていく。
まったく予期していない方向からの不意打ち。追手に追いつかれないように警戒していたはずなのになぜ?
そこでハッと気が付いた。誘導されたのだ。わざと逃げやすい方向を作ることで、待ち伏せしている場所まで私を追い込むために!
敵は自分よりもはるかに上手だった。まんまと罠にはまった自分の迂闊さを呪うが、今更どうすることもできない。
自分が罠にかかったということは、敵の術中にいるテレサも危機に瀕しているということ。テレサ様、どうかご無事で!姿の見えない襲撃者を前にしながら、リアはテレサの無事を祈ることしかできなかった。
手刀で自分の剣を叩き折られた男の顔が恐怖に歪む。テレサは半歩だけ踏み込み、男の胸に掌底を突き入れた。男の体が吹き飛び、後ろの仲間をなぎ倒した。もう何人こうやって意識を刈り取ったことだろう。だが倒しても倒しても、男たちは執拗にテレサに襲い掛かってくる。
テレサは路地の狭さを巧みに利用することで、男たちの攻撃を何とか凌いでいた。リアは無事に逃げおおせただろうか。もう時間稼ぎは十分かもしれない。そろそろ撤退することを考え始めたとき、路地の反対側から新たな敵の一団が接近してくるのが見えた。
「近寄らせるなよ。投網を使え。動きを止めるんだ!」
槍を構え網を握った男たちを指揮しているのは、黒い小太刀を持った男。ドルーア修道院襲撃犯のリーダーだった。男は残忍な笑みを浮かべ彼女を見ている。
この状況であの投網は非常に厄介だ。あれに絡み取られて、動きを止められてしまったら、一巻の終わり。前後を挟まれている今、狭い路地であの投網を躱すことは難しい。たとえ避けられたとしても、足元に広げられたら、大きく動きを制限されることになる。
今まで彼女を守ってくれていた壁が、逆に彼女を取り囲む檻となってしまった。あの小太刀の男もそれが分かっているから、あんなに不敵な表情をしているのだろう。あの男に捕らえられた後のことを思い、背中にゾッと怖気が走った。
男たちは槍を構えつつ、じりじりと包囲を狭めてくる。間合いが近づき、男たちが投網を回し始めた。テレサは何とか包囲からの脱出を試みるが、前後どちらの男たちも、自分たちの有利を確信しているため無理攻めはせず、守りに徹している。絶体絶命の危機だ。
投網が投じられようとしたまさにその時、突然路地の上から男たちの真上に巨大な黒い影が落ちてきた。影は投網を持っていた男たちを薙ぎ倒すと、そのまま凄まじい咆哮を上げた。
「人狼!!なんでお前が!?」
小太刀の男が驚きの声が上げる。次の瞬間、男は人狼の爪によって引き裂かれていた。鮮血が路地に飛び散り、男たちは恐慌状態に陥った。人狼は小太刀の男が率いていた男たちを残らず屠ると、地面に落ちた黒い小太刀を口にくわえ、壁を蹴って建物の屋根へと消えていった。瞬く間の出来事だった。
テレサは人狼の胸から『隷属の刻印』が消えているのに気が付いていた。人狼は姿を消す間際、彼女の方に軽く頭を下げたような気がする。もしかしたらテレサの神力を込めた一撃が、人狼の刻印を破壊したのだろうか。それとも単純に彼女の一撃で死にかけたせいで隷属が解除されたのか。真相は分からないが、奇妙な恩返しをしてくれたあの人狼の少年と、この奇跡をもたらしてくださった神へ、彼女は感謝の祈りを捧げた。
テレサは人狼の出現によって浮足立った男たちの隙をついて、撤退を開始した。ただどちらに逃げてよいのか全く分からない。慌てて追撃を開始する男たちを尻目に、とりあえず人気のないほうを目指して、テレサは全力で路地を駆け抜けた。
テレサが撤退を開始した頃、リアは必死に狙撃者の攻撃を凌いでいた。胸の奥からひゅうひゅうと風の音が聞こえ、熱い塊がせりあがってくる。ぐらりと視界が歪んだ。ずり落ちそうになる体を何とか支え、屋根の板材に掴まったまま、彼女は激しく吐血した。これは毒だ、と思った時にはすでに立ち上がれなくなっていた。
接近してきた何者かが蹲る彼女のわき腹を蹴り上げ、彼女はミカエラと共に屋根の上を転がされた。彼女の手から短刀が零れ落ち、屋根から下へ滑り落ちていく。彼女は横倒しになった体を上から踏みつけられた。
彼女に覆いかぶさるように立っていたのは、不気味な黒衣の人物だった。フードを目深に被り、髑髏の仮面で顔を隠しているので、性別すら定かでない。
髑髏の仮面は無言のまま、真っ黒に塗られた小型の巻き上げ式ボウガンを、彼女の眉間に突き付けた。月の光を受けても、短矢は一切光を反射しない。彼女は霞む目を見開いて、じっと鋭い矢の先端を見つめた。
だが直後、髑髏の仮面は突然体を翻した。仮面の立っていた場所に鋭い音を立てて、短刀が突き刺さった。短刀はさらに仮面を追うように無数に降り注ぐ。仮面は身を翻して屋根から飛び降り、姿を消した。逃げた仮面を追うように、複数の影が屋根の上から飛び降りて、走り去った。
血を吐きながらも周囲の様子を見極めようとするリアに、大きな人影が近づいてきた。大きな体のその人は彼女のすぐそばにしゃがみこむと、顔を覗き込みながら言った。
「危ないところだったね。よく頑張ったよ。さすがは私の自慢の孫だ。」
「・・・おばあ様。それじゃあ・・・?」
「ああ、坊ちゃまたちが来てくださったよ。もう大丈夫。あとは任せなさい。」
リアと同じ装束を纏い頭巾で顔を隠したコネリは、孫娘の胸の矢を引き抜くと、魔法回復薬を傷口に振り掛けた。溢れ出る血がたちまち止まり、傷がみるみる塞がっていく。
「毒の処置はここでは無理だね。ミカエラ様のこともあるし、一足先に引き揚げさせてもらうとしようかね。」
コネリは気を失った二人の少女をまとめて横抱きに抱えると、体形に見合わない驚くほど俊敏な動きで屋根の上を駆け抜けその場から姿を消した。
混乱の坩堝となっていた娼館の周辺に、武装した衛士隊が現れ、周囲の封鎖を開始した。彼らは隊列を組み、整然と包囲を進めていく。
「王国衛士隊だ!お前たちの企みはすでに露見している!武器を捨て投降しろ!抵抗するものは斬る!」
短槍を構えたバルドンの大音声が響いた。バルドン率いる衛士中隊は武器を構え、娼館へ向けて一斉に押し寄せていく。一糸乱れぬその動きからは、彼らの練度の高さが窺えた。
周辺にいた男たちは慌てて逃走を図ろうとしたが、周囲を衛士隊の槍衾に取り囲まれ、次々と捕らえられていった。
抵抗しようとする者たちは、バルドンとカールが鮮やかな連携で瞬く間に倒していく。魔導士たちは魔法で逃走しようとしているが、しょせんは多勢に無勢だ。制圧も時間の問題だろう。
周辺を警戒していたカールは、路地から現れ、崩れ落ちるように倒れた踊り子を見つけ駆け寄った。彼女は全身汗に塗れ、肩で大きく息をしていた。おそらく戦いに巻き込まれて、ここまで逃げてきたのだろう。
「大丈夫ですか!?ケガはありませんか?」
彼女はカールの髪と目を見て驚いたように目を見開いた。だが彼が、持っていた水筒を差し出すと、《浄化》された冷水を美味しそうに飲み干して礼を言った。
「ありがとうございます!来てくださったんですね!」
「?? どういたしまして。あの、どこかでお会いしたことがありましたか?」
見知らぬ半裸の美しい踊り子から親しげに話しかけられ、彼は思わず相手に問い返した。踊り子は顔を赤くし、手をぶんぶん振りながら慌てて立ち上がった。
「い、いいえ、あの、人違い、いえ勘違いです。では、私はこれで失礼いたします!!」
彼女は身を翻すと、あっという間に路地に飛び込んで姿を消してしまった。
「こんな時に踊り子を口説くなんて、ずいぶんゆとりがあるじゃないか。どうやら振られてしまったようだが。」
「兄上、おかしな冗談はやめてください。」
「相変わらず真面目だな、お前は。よし、外の連中はあらかた捕らえた。中に踏み込むぞ。」
バルドンとカールは衛士中隊の精鋭と共に、娼館に踏み込もうと、酒場のある入り口へ向かった。
その時、彼らの頭上から美しい女の声が聞こえた。
「世界の根源たる大いなる闇の雷よ。深く暗き深淵より来りて、今ここにその力を解き放て。《闇の雷撃球》」
娼館の2階の窓から詠唱の声が響いたかと思うと、娼館の正面、建物を包囲している衛士たちの頭上に巨大な黒い球体が出現した。驚き見上げる衛士たちの目の前で、球体は膨れ上がるように炸裂し、黒い稲光を伴う同心円状の電撃の波となって衛士たちに降り注いだ。
黒い波が収まったとき、その場に立っている人間は一人もいなかった。波に触れた衛士は全員が軽いやけどを負って意識を失い、その場に昏倒していた。辛うじて意識を保っているカールとバルドンも、体が痺れてまともに動くことすら難しい。
倒れ伏す彼らの前にゆっくりと姿を現したのは、黒いローブを纏い半仮面で顔を隠した女だった。
「貴様が・・・黒幕か!!」
カールが自由の利かない体で声を振り絞り、女に問いかける。女は彼を見下すように眺めると、赤い唇の両端を引き上げて笑った。
「これだけの人間をあっという間に制圧するなんて、素晴らしいわ。いい玩具が手に入って本当にうれしい。これからが楽しみね。」
女はカールの言葉を無視し、娼館の中から現れたもう一人の女に声をかけた。
純白のローブを纏い、首に緑の宝石の嵌った銀の首飾りをつけたその女は、手にした杖をつきながらゆっくりとこちらに歩いてくる。
「ガブリエラ様!?」
彼の叫びを聞いても一顧だにすることなく、倒れている人間たちを虫けらを見るかの如く睥睨するガブリエラ。その表情は力を振るうことに対する愉悦と、残忍な喜びとで醜く歪んでいた。
種族:神竜
名前:ドーラ
職業:錬金術師
状態:仮死の眠り
所持金:6803D(王国銅貨43枚と王国銀貨21枚と王国金貨1枚とドワーフ銀貨27枚)
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