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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
66/188

63 焼き討ち

明日から仕事です。お休みの間、たくさん書けて楽しかったです。更新頻度が落ちると思いますが、続きを読んでいただけるとうれしいです。


《注意》後半、残酷な描写があります。苦手な方はご注意ください。


※ カールが馬に乗れないという部分が、前出の部分と矛盾するため、一部加筆・表現の変更をしました。

 春の初日。ここノーザン村でも、王国の他の町や村と同じように春の祝祭が行われ、人々は歌やダンスを楽しんでいた。


 だがそんなものに目もくれず宿の部屋で一人、書類を前に格闘を続ける男がいた。ハウル街道管理官のカール・ルッツ準男爵である。


 スーデンハーフから帰ってきた王一行から儀式魔法成功の知らせを聞いて胸を撫でおろしたのも束の間、彼はその儀式の事後処理に追われることになった。


 一番の業務は儀式に携わった多くの人間に対する報酬の支払いと王家への報告だ。カールの手元にある手形の発行控えだけでも、十数万D分の取引が行われている。


 これはあくまでノーザン村を経由して運ばれた分のみなので、王都から発送されたものは含まれていない。王都からは冒険者たちが集めた大量の魔石や魔法薬の素材がサローマ領へと送られているので、この村の数倍以上の規模の取引がなされているはずだ。もっとも王都では専門の文官が十数人で業務に当たっているので、仕事のハードさという点ではカールと比べるべくもないのだが。


 それはともかく今回の儀式魔法で、王都領内の人、モノ、金が大きく動いたのは間違いない。王家の支払い合計額がいくらになるのか分からないが、ざっと見積もっても総額百万Dは下らないだろう。王家の財は大きく目減りしたことになる。






 ただこれはすぐに取り戻せるはずだとカールは思っている。まず王家とサローマ領の結びつきが強くなったことで、塩の買い上げ費用が数か月分丸々浮くことになる。これだけでおそらく50万D分以上の資金のゆとりが生まれているだろう。


 さらに今回の計画で支払われた費用のほとんどは、王都領内の商人や職人、冒険者たちに対して支払われている。領外に持ち出した分はほとんどない。


 もちろん準備期間が短かったため、輸送に時間のかかる領外の商人たちへ依頼できなかったという事情があってのことだが、結果的に見ればこれは、領内の経済を活性化させる効果が大きかった。


 領内の経済が活性化し、人の行き来が増えれば、王家が徴収できる税の額も当然増える。今回の取引にかかわった、王都領に商圏を持つ商人たちが力を増せば、今後それを相手にする他領からの財の流入を期待することもできる。


 今年の春の祝祭が、例年以上に華やかさが増しているように思えるのも、決して気のせいではないだろう。人々が安心して金を使うことができるのは、王都領内が平和であればこそ。


 民の生活が安定することが、国を豊かにする最も早く着実な方法であることの証左だ。カールは窓の外から聞こえてくる楽の音を聞きながら、ペンを動かし続けた。






 祝祭より四日後、王都からカールのもとに応援の文官が派遣されてきた。カールよりも経験が豊富な彼らが業務を分担してくれたことで、ようやくカールも少しゆとりを持つことができた。


「本当にありがとうございます。先輩方のおかげで助かりました。」


「いやいや、これだけの取引をよく一人でこなせたもんだ。流石はルッツ男爵家の秘蔵っ子といったところだな。」


 かつて父と仕事をしたことがあるという下級貴族の文官が、カールの仕事ぶりを誉めてくれた。もう一人の若い文官も同じように頷いている。


「祝祭の間もずっと宿に閉じこもっていたんだろう?少し外に出てきたらどうだ。」


「いえ、先輩方が仕事をしていらっしゃるのに、私が休むわけには・・・。」


 遠慮するカールだが、強引に執務室から外に出されてしまった。せっかくなので久しぶりに剣の鍛錬で汗を流そうと村の郊外に向かおうとしたところで、声をかけられた。






「カール様、ちょうどよかった!急ぎのお届け物ですよ!」


 声をかけてきたのは船頭のトマスだった。彼はカールと同い年。成人してすぐに父親から船を任されるようになったという新米船頭で、今回の取引でも大いに活躍してくれた。


 トマスが彼に手渡したのは一通の手紙だった。差出人は長兄のアーベル。カールはわざわざ手紙を届けてくれたトマスに礼を言った。


「いやあ、これくらいなんでもないですよ。カール様のおかげでずいぶん稼がせてもらいました。夏に初めての子供が生まれる予定なんで、贔屓にしていただいて本当にありがたかったですよ。」


「それはよかった。おめでとうトマス。」


「ありがとうございます。じゃあ、俺はこれで!」


 笑顔で去っていくトマスを見送り、カールは手紙の封を切った。何の変哲もない新年のあいさつの後、カールの体を気遣う内容が書かれている。心配性のアーベルらしい文章だ。手紙の最後にはアーベルのサインがしてあった。






 カールは黙って手紙を懐にしまい、宿に戻ると宿の主人に頼んで灰をほんの少し分けてもらった。


 そのまま自分の部屋に戻り、手紙に灰をふりかける。慎重に灰を取り除くと、手紙の紙の上にわずかに灰が残り、文字が浮かび上がった。しかもご丁寧に暗号文になっている。


「やっぱり仕掛けがあったのか。アーベル兄様は本当にこの遊びが好きだな。」


 手紙にあったアーベルのサインの形でピンときた。これは小さい頃からカールとアーベルが一緒にやっていた仕掛け遊びだ。


 アーベルはカールにいろいろな仕掛けや暗号を出題しては、彼に解き方を教えてくれた。昔を懐かしく思い出して思わず笑顔になるカール。だが手紙に書かれていたのは驚くべき内容だった。


「ドルーア修道院が襲撃を受けた!?」


 書かれていたのはそれだけだった。カールは無意識に手紙を《発火》の魔法で燃やした。遊びの最後にはいつもこうやっていたからだ。






 修道院が襲撃される理由はミカエラしか考えられない。ミカエラの命を奪うか身柄を確保するのが目的だろう。


 ミカエラの存在は、ガブリエラにとって最大の弱点だ。王もそれが分かっているから特に慎重に守っておられたはずだ。それなのになぜ・・・?


 ともかく襲撃犯はガブリエラに対して何らかの行動をしてくるはず。応援に来てくれた先輩文官たちによると、王都では春の宴でガブリエラの昇爵が発表されたという。


 彼女が王家と深くかかわることを警戒し、彼女から何らかの情報を引き出すためか?それとも彼女に何かをさせるつもり?


 どちらにせよ彼女の身にも危険が迫っている。もちろん王もそれは分かっていらっしゃるはず。ではなぜアーベルは急ぎの手紙でそれを、王都から遠く離れたノーザン村に居るカールに知らせてきたのか。


 思い当たる理由は一つしかない。ハウル村も狙われているということだ!






 カールはすぐに部屋を飛び出し、ハウル街道を守る自警団の詰所へと向かった。


「これはカール様、そんなに慌ててどうかなさいましたか?」


 のんびりと応対する自警団の男に、カールは街道に入った人間の記録を見せろと迫った。春になってからの記録は一件しか記載されていない。


「この昼過ぎに通った商人の一団というのは?カフマンの配下ではないのだな?」


「ちょっと待ってくださいね。今、応対した奴を呼んでますので。あ、来ましたよ。」


 急に貴族から呼び出された男は少し怯えながらも、その時の様子を話してくれた。






「あまり見たことのない商人の一団でしたね。二頭立ての荷馬車が一台と護衛が10人。護衛は全員馬に乗ってました。」


 辺境の開拓村であるハウル村に騎馬の護衛を連れた商人。あまりにも不自然だ。彼は自警団の男を問い詰めた。


「積み荷は改めたのか?」


「は、はい、もちろんです。油をたくさん積んでましたよ。」


 聞けば馬車一杯に油を積み込んでいたという。わずか100人余りの開拓村に運ぶには不釣り合いな量だ。だがこのところ儀式魔法の準備のために、ハウル村へ大量の物資が運ばれていた。だから自警団の男も不審に思わなかったという。


 嫌な予感がする。雪の残る道を馬車で行ったとすれば、村に着くのは日暮れ前のはずだ。今から向かって追いつけるかどうか。


 カールはすぐに巡察士に後のことを言伝ると、傾き始めた太陽と競い合うように、ハウル街道を南へ駆け抜けた。






 真夜中、月の明かりの下で走り続けるカールの目に、赤い光が飛び込んできた。ハウル村が燃えている!!


 カールは村人に被害が出ないようにと祈りながら、懸命に走った。王都で暮らす下級貴族の彼は馬に乗った経験がほとんどない。雪の残る道を馬で走ることに不安があったため、走ることを選択したが、まだ遠い道のりを思い、もっと馬に乗る訓練をするべきだったと後悔した。


 村まであと少しというところまで辿り着いたとき、目の前からこちらに向かってやってくる集団が見えた。


「!! カール様、来てくださったんですね!村が大変なんです!!」


 声をかけてきたのは集団を先導していた大工のペンターだった。彼の顔は煤で汚れているが、大きなケガはしていないようだった。


 ハウル村のほとんどの住民たちがその場にいた。小さい子供たちは自分の親やペンターの徒弟たちに抱きかかえられている。







「一体、何があったんだ?」


「夕方ごろに商人の一団がやってきたんです。ドーラを探しに来たって言ってました。でも村にいないって分かった途端、急に態度を変えて・・・!」


 フラミィが顔を歪めながら語った。商人の一団は村人たちを広場に集めると、建物に油を撒き火を放ったという。そしてドーラの居場所を教えろと迫ったそうだ。


「だけどドーラがどこにいるかなんて、誰も知りません。ですがあいつらは信じなかった。見せしめに村人を殺すとグレーテさんに剣を向けたんです。その時にエマが飛び出して・・・!!」


「エマが・・・!?エマは無事なのか!?」


「分かりません。リーダーらしい男がエマを捕まえようとした途端、土人形ゴーレムのゴーラが突然暴れ出して、口からすごい勢いで石を飛ばし始めたんです。連中はゴーラを攻撃し始めました。アルベルト村長がその隙にあたしたち全員を逃がしたんです。でもアルベルトさんたちは・・・。」


 フラミィは涙を流し後を続けられなくなった。他の住民に確認したところ、アルベルト一家はまだハウル村に残されているようだ。


「分かった。あとからノーザン村の巡察士が自警団を率いてやってくるはずだ。今はとにかく安全なところまで皆を連れて行ってほしい。魔獣が出るかもしれないから気を付けて行ってくれ。」


 カールの言葉にペンターが力強く頷いた。


「村人のことは任せてください。エマたちのこと頼みます、カール様。」


 カールは黙って頷くと、燃え盛るハウル村に向けて走り出した。











 襲撃団のリーダーを務める男が驚きの声を上げた。


「なんで平民の子供があんなに強力な魔力障壁を!?ええい、とにかく魔法を撃ち込め!土人形を狙うんだ!」


 自警団すら存在しない辺境の開拓村など簡単に制圧できると考えていた男は、自分の思惑を打ち崩した目の前の子供と土人形ゴーレムを見ながら叫んだ。


 あの子供を捕まえようとした途端、森から突然あの巨大な土人形が現れ、凄まじい勢いで石弾を放ったのだ。土人形は村人たちを守るかのように暴れまわり、その隙に村人たちは燃える村を脱出していった。


 唯一あの子供だけは逃がすまいとしていたのだが、子供の父親と思われる男に遮られてしまった。


 父親を斬り捨てようと剣を振り上げた仲間とともに、リーダーは不意に何かに体を突き飛ばされた。気が付くと目の前の子供が虹色に光り輝き、魔力の障壁を生み出して、家族を守っていたのだ。


 薄茶色だったはずの子供の髪と目は、虹色に変わっている。子供の親が必死に呼び掛けているが反応がないところを見ると、どうやら意識を失っているようだ。


 子供は家族を守るように両手を広げて立っている。そして家族は、その子供を守るかのように周りを取り巻いていた。子供の生み出した魔力障壁は《魔法の矢》や《雷撃》の魔法はおろか、飛び道具の攻撃すらも弾いてしまう。


 ここに連れてきているのは荒事に長けた上級魔導士たちだ。彼らの魔法を完全に防ぐ障壁など聞いたこともない。この村は何かがおかしい。







 リーダーがそう思ったとき、土人形が巨大なハンマーを打ち下ろしてきた。リーダーは慌てて回避するが、生じた衝撃波で弾き飛ばされ、飛び散った土砂をまともに受けてしまった。


 辛うじて目を守ったものの、石片で額を割られ、血が流れ落ちる。リーダーを守ろうと剣を持った仲間が土人形に斬りかかるが、土人形がハンマーを大きく薙ぎ払ったため、近寄ることができなかった。


 おかしいと言えば、この土人形も常識外れだ。こんなに巨大で俊敏が動きをする土人形などありえない。しかもこんなに長時間動き続けるなど、いったいどれほどの魔力が注ぎ込まれているというのか。


 さらに口から吐き出すあの石弾の威力。まともに喰らったら、おそらく人間の体など簡単に吹き飛んでしまうだろう。狙いが正確でないことだけが救いだが、子供に接近しようとするたびに石弾を放ってくるため、先程から迂闊に近づくことすらできないでいる。






 しかしそれもここまでだ。もうすぐ夜明けが近い時間。火属性魔法を得意とする魔導士が《火球》で少しずつ体を削り取ったおかげで、土人形の動きが大分鈍くなってきている。


 やるなら今しかない。リーダーは土人形を仲間に陽動させている間に、とどめとなる大魔法を行使するための詠唱に入った。


 土人形がハンマーを振り上げたところにまた《火球》が炸裂した。ぐらりと姿勢を崩す土人形。その隙に魔導士たちは上級魔力回復薬を口にしている。


 まさかこんなところでこれを使う羽目になるとは。まるで迷宮の最深部で戦っているようだ。依頼主への請求に必要経費として計上しておくとしよう。


 集中しながらも、周囲の様子を観察し続けていたリーダーの詠唱がついに完成した。






「・・・万物を形作りし理を廃し、今、すべてのものを灰燼に帰せん。我が魔力を持って形あるものは崩れ去り、生なきものはその営みを止める。汝、滅びよ。《物質崩壊ディスインテグレイト》」


 土人形の足元を中心に魔方陣が出現し、周囲の仲間がそれに気づいてさっと魔方陣から飛びのく。土人形も同じように魔方陣から出ようとしたが、片足を踏み出したところで魔法が発動した。


 魔方陣の中に残っていた土人形の半身が、突如乾いた砂の様に崩れ落ちた。バランスを保てなくなり、どうと横倒しになる土人形に、仲間が追撃を加えていく。


 土人形の体に爆炎が炸裂し、残っていた腕がハンマーもろとも吹き飛んだ。さらに追撃を加えようと詠唱が始まる。


 本当は全身を砕いてやれればよかったのだが、この魔法は発動に時間がかかる上に範囲も限定される。半身だけでも御の字といったところだ。


 魔法陣内の無機物を、すべて砂に変えて崩壊させる土属性上位魔法を成功させたリーダーは、魔力枯渇の頭痛を軽減させるため、上級魔力回復薬を口にした。


 土人形が動きを止めたところで、子供の張っていた魔力障壁が溶けるように消えた。剣を持った仲間が子供を守る家族を牽制するために走っていった。この厄介な仕事もようやく終わったようだ。


 厄介な手間を取らされた分、報酬を上乗せしてもらう算段をしながら、リーダーは子供を庇っている家族に、ゆっくりと歩み寄った。











 突然出現した魔法陣によってゴーラの半身が崩れ去ると同時に、エマの作っていた虹色の光の壁も溶けるように消え去った。意識のないまま両手を広げて立っていたエマが、ぐったりと倒れこむのをマリーは慌てて抱き留めた。


 虹色に輝いていたエマの髪は元の薄茶色に戻っている。エマは顔面蒼白となり、浅い呼吸を繰り返していた。マリーたちは意識を無くしたエマを抱えて逃げようとしたが、剣を持った男たちに阻まれてしまった。


 ゴーラと長時間にわたって戦い続けたせいか、男たちは少し疲れたように見えるが、その動きには一分いちぶの隙も無い。


 ゴーラを完全に無力化したリーダーらしき男がゴーラのコアを取り出し、こちらに歩いてきた。村に最初訪れた時のような商人らしさは微塵もなく、冷徹な瞳でマリーたちを見ている。リーダーは部下に命じた。


「子供とその女だけ残して、あとは殺せ。」


 男たちが無言で剣を振り上げた。アルベルトとフランツが同時に男たちに向かって飛び出し、マリーに向かって「逃げろ!!」と叫んだ。グレーテが立ち上がり、マリーの背後を守る。


 マリーはその瞬間、エマを抱いて走り出した。背後で剣が振り下ろされ、地面にどさりと倒れる音が聞こえた。マリーは奥歯を噛み締め、涙を堪えた。


 だが必死になって走る彼女の右足を熱い何かが貫いた。魔導士の放った《魔法の矢》の魔法だが、もちろんマリーにはそんなことなど知る由もない。


 腕の中のエマを庇って倒れたため、右肩と頭を強打した。意識が朦朧とする。だがエマだけは放すものかと力の抜けた小さな体をぎゅっと胸に抱き寄せた。






 剣を持った男たちがこちらに走って近づいてくる。燃え盛る建物を背景に、フランツ、アルベルト、グレーテが倒れているのが見えた。


 マリーは霞む目を凝らし、男たちを睨みつけた。


「手間をかけさせるな。さあこっちへ来い。」


 マリーは伸ばされた男の手を払いのけ、怒鳴った。


「この子は渡さないよ!どうしてもっていうんならあたしを殺してからにしな!!」


「このあま、調子に乗るんじゃねえぞ、下民風情が!!」


 男は持っていた剣の柄でマリーを殴りつけた。マリーは体を丸め、エマの体を庇った。背中や足に容赦なく男たちの拳や蹴りが打ち込まれる。マリーはすでに意識を無くしていたが、決して手を離さなかった。






「しぶとい女だ。腕を斬り落としてやる!」


 男が苛立たし気な声とともに、剣を振り上げた。だがその剣が振り下ろされることはなかった。


 暗闇から飛び出した影が男の脇を通り過ぎたかと思うと、男の剣を持つ腕と首が同時に地面に落ちた。何が起こったか把握する前に、残りの男たちもあっという間に斬り伏せられ、地面に倒れ伏した。


「な、なんだ!?」


 魔導士たちが慌てて短杖を構えた時にはすでに、彼らはカールの剣の間合いに入っていた。カールの剣が烈風のごとく閃き、魔導士たちは呪文を使う間もなく絶命する。


 リーダーの男は辛うじて短剣を取り出し、倒れているフランツたちにそれを突き付けて叫んだ。


「け、剣を捨てろ!!こいつらがどうなっても・・・!!」


 だが男が言葉を言い終える前に、短剣を握る男の指は斬り落とされていた。悲鳴を上げる男の首に手刀を叩き込んで意識を刈り取ると、カールはフランツたちの様子を見た。


 三人とも辛うじて息があるのを確認し、ホッと胸を撫でおろす。だが傷は深く、血が止まることなく溢れ出てくる。何とか血を止めようとするものの癒しの魔法や魔法の回復薬ポーションなど持っていない彼には手の施しようがない。


 このままでは間もなく絶命してしまうだろう。絶望しかけたカールは、ドーラからもらった魔法剣のことを思い出した。






 この剣は飛竜に負わされた瀕死の自分の傷をあっという間に癒してくれた。もしこの剣の力を引き出すことが出来たら、三人を助けられるかもしれない。


 カールは右の腰に佩いた魔法剣を抜くと右手に捧げ持った。


「《誓約によりて真なる姿を我が前に現せ!》」


 何の変哲もない片手剣が、優美な意匠を持つ片刃の曲刀に変わる。彼はこの剣を初めて受け取ったときのことを思い出した。あの時は、この魔法剣から自分の中に膨大な魔力が流れ込み、剣と自分が一体になったような気がした。


 この剣と自分はドーラとの《誓約》により強く結びついている。彼はそう信じ、願いを込めて剣に語り掛けた。


「私はこの者たちを救いたい!私の命を使ってくれて構わない!どうか私の願いに応えてくれ!!」


 カールは自分の体内の魔力をすべてかき集め、剣に注ぎ込んだ。彼の魔力が尽きる寸前、剣の柄にある虹色の石が強く輝き始めた。同時にカールの胸に強烈な痛みが走る。


 まるで誰かに心臓を鷲掴みにされ、体中の血を絞り出されているような気がした。虹色の光が爆発的に膨れ上がり、カールは剣を握ったままその場に倒れこんだ。


「成功・・・したのか・・・?」


 顔を挙げようとするが体に力が入らない。誰かが雪の上を走ってくる音が聞こえる。名前を呼ばれている気がするが、あの声は・・・。


 だが、それを確かめる間もないまま、彼の意識は闇の中に落ちていった。






種族:神竜

名前:ドーラ

職業:錬金術師

状態:仮死の眠り


所持金:6803D(王国銅貨43枚と王国銀貨21枚と王国金貨1枚とドワーフ銀貨27枚)

    → 行商人カフマンへ5480D出資中

読んでくださった方、ありがとうございました。

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