閑話 白百合姫と三つの試練
サローマ伯爵ニコラスと妻アレクシアの馴れ初めをもとにしたお話です。本編には関係ないです。
追記:読み返したらロマンティック成分が足りない気がしましたので、ちょっとセリフを足しました。
昔むかしのお話です。ある貴族家に一人の男の子が生まれました。名前をニックと言います。
ニックのお母さんは彼を生んですぐに死んでしまったため、彼は乳母の手で大切に育てられました。
彼は大変かわいらしい少年へと成長しました。誰もが一目見ただけで、彼を好きになってしまうほどでした。
彼は多くの人の愛されましたが、彼自身は誰も愛することができませんでした。彼はいつもイライラしていました。ですがそれがなぜなのか、自分でも分かりませんでした。
12歳になったニックは自分の育った街を離れ、貴族の地位を捨てて、たった一人で旅に出ることにしました。自分がなぜ人を愛せないのか、その理由を知ろうと思ったからです。
彼のお父さんは悲しみましたが、それを許してくれました。彼は剣一本を頼りに色々な土地を巡りました。
一年後、遠い西の地で、彼は緑色の肌をした亜人のまじない師に出会いました。まじない師は彼を見るなりこう言いました。
「お前が本当に望むものはお前の故郷、失われた精霊の森に眠っている。だがお前は決してそれを手にすることはできない。」
彼は驚いて、まじない師に理由を問いました。まじない師は言いました。
「お前の血は呪われている。お前の母が死んだのもそれが原因だ。お前が真に望むものはすべて、お前が手にする前に滅び去ることになる。」
彼が誰も愛することが出来ないのも、その呪いのせいだとまじない師は教えてくれました。彼が愛したものはすべて滅びてしまうため、無意識にそうなることを彼自身が避けているのだというのです。
彼は驚き、どうすればその呪いを解くことができるのかをまじない師に尋ねました。まじない師は答えました。
「解くことはできない。だが、今から故郷に帰るまでの間、3つの試練に耐えることが出来たなら、呪いを遠ざけることができるだろう。」
まじない師は彼が挑むべき試練を教えてくれました。
一つ目は「自分より身分の低いものからの施ししか口にしてはならない」こと。
二つ目は「自分より身分の低いものの願いを決して断ってはならない」こと。
三つめは「自分より身分の低いものに見返りを要求してはならない」こと。
旅をしながら達成するには困難なものばかりです。ですがニックはそれに挑戦すると言いました。
するとまじない師は彼に目をつぶらせ、呪文を唱えました。彼が目を開けた時、もうまじない師の姿はどこにもありませんでした。
彼は手始めに、持っていた食べ物をすべて、道端で物乞いをしている子供たちに与えました。試練のため、それを口にすることはできなかったからです。
子供たちは彼に感謝し、彼らの住んでいるあばら家に彼を案内しました。彼はそこで粗末な食事のもてなしを受けました。
食事をしながら彼は子供たちの話を聞きました。子供たちの世話をしてくれる老婆が病に苦しんでいるというのです。
老婆を助けてほしいと子供たちに乞われた彼は、持っていた金をすべて使って薬師を呼び、治療を依頼しました。
このことはその町に住む貧しい人々の間でたちまち評判になりました。彼のもとには困りごとを持ち込んでくる人々が連日訪れるようになりました。
彼は彼らの願いを叶えるために奔走しました。ですが決して見返りを求めませんでした。彼は常に飢えに苦しめられました。そんな彼に貧しい人々は自分の食事を分け与え、救ってくれたのでした。
彼はそうやって人々の願いを叶えながら、街から街、村から村へと旅を続けました。
やがて二年が経ったころ、彼はある漁村で泣いている小さな娘に出会いました。娘の姉が今夜、恐ろしい怪物の生贄にされてしまうというのです。
娘の村では昨年から怪物による船の被害が相次ぎ、漁が出来ずに困っていました。そこにやってきた一人の祈祷師が、娘の姉を生贄に捧げれば怪物を退けることができるだろうと言ったのです。
村人たちから懇願された姉は、村のために泣く泣く生贄になることを承知しました。娘は姉を助けてほしいとニックに願いました。
彼は娘の願いを叶えるため、怪物と戦うことにしました。
彼は小さな入り江の洞窟に密かに侵入すると、その奥に鎖でつながれていた娘の姉を解き放ちました。そして自らが娘の装束を纏って怪物がやってくるのを待ちました。
真夜中、巨大な影が海中から現れ、生贄の娘を食べるために洞窟に入り込みました。影が油断して近づいてきたところで、彼は魔法の明かりで怪物の姿を照らし出しました。
そこにいたのは美しい女の上半身と怪物の下半身を持つ化け物、海呪姫でした。
自分の醜い姿を見られたことに激高した化け物は、下半身にある巨大な蛸の触手で彼を捕らえ、二つの大蛇の頭でかみ砕こうとしました。
彼は娘の装束を脱ぎ捨てると、隠し持っていた剣で触手を斬り落としました。さらに大蛇の頭を断とうとしましたが、彼女の腰の周りにある十二の狼の頭がそれを邪魔しました。
化け物と彼は三日三晩戦い続けました。そしてすべての怪物の頭を斬り落とし、ついに彼の剣が化け物の心臓を貫きました。すると海呪姫の下半身の怪物たちは溶け落ちるように消え去り、化け物は美しい人間の娘の姿に変わりました。
娘は、祈祷師から呪いをかけられ、怪物の姿に変えられたと話しました。祈祷師は美しい彼女に恋をしましたが、それを拒絶されたため、彼女に呪いをかけたのです。そして呪いを解いてくれた礼を言うと、彼女は光とともに消え去りました。
彼女が居なくなった後には小さな手鏡が残されていました。ニックは洞窟を出るとすぐに、その手鏡で祈祷師の姿を映しました。
手鏡に映ったのは、髑髏の顔を持った不死の怪物でした。彼は剣で祈祷師の首を刎ねました。祈祷師の体は黒い灰となって崩れ落ち、その後には赤黒い刀身をした一振りの不気味な刀が残りました。
村人は彼にお礼をしたいと言いましたが、彼は試練のことを話しそれを断りました。代わりに祈祷師の残した刀を受け取ることにしました。
彼は村人たちに手鏡を渡すと、海呪姫となった娘の代わりにこの手鏡を丁重に葬ってほしいと頼んで、再び旅立ちました。
それから一年の間、彼は旅を続け、人々を苦しめる様々な怪物と戦いました。そしてようやく故郷まであともう少しというところまで辿り着きました。
彼は最後の難関である険しい山を越えようとしました。ですがその途中、飢えと渇きのために倒れてしまいました。
険しい山には人家がなく、彼は誰からも施しを受けることができなかったからです。このまま死んでしまうかと思ったとき、彼は偶然通りがかった羊飼いの少女に命を救われました。
少女は連れていた大きな羊に彼を乗せ、自分の住む古い山小屋に連れ帰ると、少ない自分の食事を分け与えてくれました。彼女は険しい山を越えたところにある平原の村の羊飼いでした。
彼は少女に、羊飼いがどうしてこんな山奥に隠れ住んでいるのかと尋ねました。
少女は、自分の住んでいた村の役人が原因だと話しました。その役人は村人に無理難題を押し付けては、それが出来ないことを理由に家財や若い娘を奪っていくというのです。
少女の家族は、彼女に一頭の羊を託し、村から逃げるように言いました。少女に託された羊には不思議な力がありました。
少女は羊に導かれるまま山道を歩き、この山小屋を見つけることができました。それだけではありません。
賢いこの羊は少女を水のありかや食べられる木の実の場所へと案内してくれました。また寒い夜は少女に寄り添って眠ってくれたため、彼女は凍えることなく過ごすことができたのです。
羊飼いの少女はニックに村を救ってほしいと頼みました。彼は少女の案内で村役人の所へ向かいました。
ニックは村役人に非道な行いをやめるように言いました。ですが村役人はそれを聞き入れようとしません。それどころか彼を捕らえようとしました。
彼は仕方なくそれに抵抗し、村役人とその手下を散々にやっつけて村から追い出しました。そして囚われていた娘たちを解放し、奪われた財貨を村人たちに返しました。
村人は大喜びしましたが、すぐに彼の身を案じました。村役人が領主を連れて戻ってくるに違いないというのです。
彼は困りましたが村人を見捨てるわけにもいきません。仕方がないのでとりあえず一晩、羊飼いの少女の家に泊めてもらうことにしました。彼はその夜、不思議な夢を見ました。
彼は夢の中で、見たこともないほど美しい娘に出会いました。彼は一目見た途端、彼女のことが好きになってしまいました。
彼女は白百合の花に囲まれた古い塔に閉じ込められていました。下から彼女を見上げるニックに、彼女は窓から語りかけてきました。
「あなたの持っている刀で、賢い羊の毛を刈り取りなさい。その毛で出来た外套を纏って、新月の日の翌朝、村の入り口に立つのです。誰かに何かを聞かれても必ず『出来る』と答えてください。」
目が覚めた彼は夢の中で言われたとおりに、賢い羊の毛を刈り取りました。するとどうでしょう。刈り取った毛が光り輝き、金色の美しい外套に変わったのです。
彼はそれを身につけ、新月の日の翌朝、夜明けとともに村の入り口に立っていました。
そこに領主が村役人とたくさんの兵隊を連れてやってきました。領主は美しい黄金の外套を纏い、恐ろし気な刀を持ったニックの姿を見て言いました。
「小僧、その姿、只者ではないようだな。この村役人がお前に財貨を奪われたと訴えている。私はお前を捕えるつもりだ。お前はかなり腕が立つようだが、たった一人でこの兵隊たちすべてを倒すことができると思っているのか?」
彼は「出来る」と答えました。
村役人や兵士たちはそれを聞いていきり立ちましたが、領主は笑って言いました。
「若いのになかなか肝の座った小僧だ。気に入った。ではこうしよう。この先の平原に羊や馬を放つ牧草地がある。その牧草地の草を三日ですべて刈り取ることが出来たら、お前の罪を許してやろう。ただしお前一人で刈り取るんだ。出来なかったら死罪にする。どうだ出来るか?」
彼は「出来る」と答えました。
村役人や兵隊たちは彼をあざ笑いました。領主は「いいな、三日だぞ。三日後にまたここに来る」と言って帰っていきました。
村人たちは無理だから逃げるように彼に言いましたが、彼は受け入れませんでした。村人たちを見捨てることができなかったからです。
ニックは一人で牧草地に向かいました。牧草地は険しい山裾一帯に果てしなく広がっていました。彼は懸命に草を刈りましたが、一日中手を動かし続けても、牧草地のほんの端っこを刈り取ることが出来ただけでした。
疲れ切って草地に倒れこんだ彼は、また不思議な夢を見ました。白百合の塔に囚われた娘が彼に語り掛けてきました。
「緑の月の下でトネリコの葉を燃やし、その灰を朝露を集めた水に溶かして、あなたの持っている刀にかけるのです。そして『我は貪るものなり』と唱えなさい。」
彼が目を覚ますと、空の真上には弓型に欠けた青い月の横に、まん丸い形の緑の月が出ていました。彼は大急ぎで山裾の森へ入り、トネリコの木を探しました。
ですが真っ暗な夜の森で、目当ての木を見つけることはできません。彼が絶望しかけたその時、小さな虹色の光が彼の目の前を横切りました。
彼はその光に導かれるように森の奥へと入り込みました。虹色の光は羽の生えた小さな人のような形をしています。やがてその光は一本の木の前ですっと姿を消しました。その木は古い古いトネリコの木でした。
彼が木の根元に立つと、虹色の輝きを帯びた葉が一枚、彼の手元に落ちてきました。彼は急いで森を出ました。すでに緑の月は傾き、山の端に消えようとしています。
彼は《点火》の魔法で火を起こすと、輝く葉を燃やしました。葉はたちまち燃え上がり、あとには真っ白い灰が残りました。
夜明けとともに彼は、食事を施してもらうために持っていた小さな器で、朝露を集め始めました。器がいっぱいになるまで集め終わった時には、もうすっかり朝日が昇っていました。
彼は器に灰を溶かしました。器に入っていた朝露が、一度ぱあっと白い輝きを放ちました。彼はそれを持っていた不気味な刀にかけて、呪文を唱えました。
「我は貪るものなり。」
その途端、赤黒い不気味な色をしていた刀は、まるでこびりついた血を洗い流したかのように、光り輝く白い刀身に変わりました。
彼は刀を横に薙いで草を払ってみました。するとたちまちのうちに見渡す限りの草が、刈り取られていきました。彼は刀で草を払いながら、平原を歩き回りました。
三日後、彼が刈り取った草を束ねていると、領主が兵士とともにやってきました。領主はすっかり草が刈り取られた平原を見て驚き、彼の罪を許して、代わりに村役人の首を刎ねました。
領主は彼に自分に仕えないかと言いましたが、彼が試練の途中であることを知ると残念がりながらも彼を見送ってくれました。
彼は別れ際に、領主に自分が着ていた黄金の外套を渡しました。領主はその礼として彼を彼の故郷まで馬車で送り届けてくれました。
故郷に着いた彼はお父さんと乳母に暖かく迎えられました。人々のために尽くす無双の剣士として、彼の噂は故郷にまで伝わっていたのです。
彼は4年ぶりに再会した二人を見て、涙を流しました。そこで初めて、自分が他の誰かを愛せるようになっていることに気が付きました。
試練を達成したことで、彼の呪いは遠ざけられていたのです。彼はかつて精霊の森があったという荒野を探索しました。ですが何も見つけることができません。
彼は持っていた刀で地面の上を薙いでみました。すると荒野の砂が舞い上がり、その砂の中に蜃気楼の塔が現れました。彼はその中に踏み込みました。
塔の周りは白百合の花で覆われ、入り口はどこにもありません。彼は壁に手を掛けよじ登ると、開いている窓から中に入り込みました。
そこには夢で見たあの美しい娘が、白百合に囲まれた寝台の中で静かに眠っていました。彼は眠っている娘の右手を取り、そっと手の甲に口づけをしました。
娘は目を覚ましました。ニックは彼女の手を取ったまま跪きました。
「不躾な真似をして申し訳ありません。今まで助けていただいたこと、本当に感謝しています。夢であなたにお会いした時から、私はあなたのことをお慕いしておりました。どうか私の愛を受け入れてください。」
「ずっとこの日を待ち望んでおりました。私が長い間、眠り続けたのはあなた様にお会いするためだったのですね。あなたを愛しています。どうかあなたの手で、私をこの塔から連れ出してくださいませ。」
彼は白百合姫を塔から救い出し、自分の故郷へ連れ帰りました。領民たちは二人を暖かく迎えました。
こうして試練を果たし呪いを遠ざけたニックは白百合姫と結ばれました。二人はお互いを思い合い、末永く幸せに暮らしたということです。
明日から第3章です。まだ一文字も書いてませんが、これから少しずつ書いていくつもりです。よかったら感想などいただけると、ありがたいです。ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。