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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
61/188

59 再生

今年も終わりですね。このお話を、たくさんの方に読んでいただいて本当に幸せです。皆さま、よい年をお迎えください。

 冬の4番目の月の半ば。ドルアメデス王都の冒険者ギルドは、今朝掲示板に張り出された依頼に群がる多くの冒険者でごった返していた。


「この依頼に書いてある内容は、本当なんだろうな?この冬の間、魔石の買い取り価格が2倍になるって。」


「ええ、ご覧の通りの『紋章付き依頼』ですから。報酬は王家が保証しますよ。」


 にっこり笑った受付嬢の言葉を聞いて、すぐに依頼を受領する冒険者たち。受付嬢は冒険者の力量やパーティ構成に応じて、魔石の採取場所を斡旋していく。


 そうやって窓口に殺到する新人冒険者たちを併設する酒場から冷静に見つめているのは、経験豊かなベテラン冒険者たちだ。彼らが相手にする魔獣は、他のパーティと競合することがない。


 彼らは決して焦らない。むしろじっくりと作戦を練り、リスクとリターンを慎重に検討していく。そうすることが生き延びるための最善策だと、これまでの経験から学んでいるからだ。


 遠征場所や討伐対象、そして帰還までの日数の検討が終わったところで、オークの木の杖を持った中年の森林祭司ドルイドが呟くように仲間に言った。


「この後の動きが気になるな。」


「ああ、王家が魔石をかき集めてるってことは、なんかでかい動きがあるってこった。いよいよ帝国と一戦、構えるつもりか?」


「稼ぐチャンスはむしろ春以降になるかもしれねぇ。ちゃんと生きて帰らねえとな。」


「いつも通りいこうや。『無理なく焦らず慎重に』だ。死んじまったら元も子もねえぞ。」


 リーダーの戦士の言葉にニヤリと笑って、陶器のジョッキを打ち合わせ、残っていたエールを一気に飲み干す。遠征に必要な資材は常に準備してある。仲間との打ち合わせも終わった。あとは目当ての魔獣を見つけるだけだ。


 彼らはゆっくり立ち上がると、遠征の資材を求めてギルドの売店に殺到する新人冒険者を尻目に、冒険者ギルドを後にしたのだった。











 時を同じくして、サローマ領都スーデンハーフの領主館の一室では、錬金術師ガブリエラが領内から集められた様々な土壌のサンプルを《分析》し続けていた。


 ここ数日徹夜が続いているにもかかわらず、彼女の身だしなみは完璧に整い、髪に一筋の乱れもない。彼女は背筋を伸ばして研究机に向かう。机の上はガラスのフラスコやビーカーに入った試薬や古い歴史文献、そしてラベルのつけられた土のサンプルでいっぱいになっていた。


 ドーラがガラスの錬金器具を作れるようになったおかげで、随分研究が楽に進むようになった。魔法銀ミスリルが手に入ったら、魔力炉とアタノール釜も作らせてみようかしら。


 彼女がそんなことを考えながら、眠気覚ましを兼ねて強壮の魔法薬を口にしていると、扉がノックされ、侍女が客の来訪を告げた。彼女は優雅に立ち上がりマスクを外すと、それに了解の返事をする。


「ガブリエラ殿!うっ・・・すごい匂いだな。換気をした方がいいのではないか?」


「これは伯爵閣下。今、土壌のサンプルに試薬が浸透するのを待っているところです。結果に影響が出ますので、早く扉を閉めていただけますか。」


 サローマ伯爵に対して優雅に略礼をした彼女の言葉を聞いた侍女が、ホッとしたような顔で素早く扉を閉めた。彼女の慌てた様子が可笑しくてつい笑ってしまいそうになる。だが確かにこの匂いは慣れないとかなりきついかもしれない。






「それで、研究の進み具合はどうだろうか?」


「土壌に不足している『大地の恵み』の成分はほとんど特定できています。今、行っている実験で最後ですわ。あとはこれを補う魔法薬を作るだけです。植物は集まりましたか?」


「領内を詳しく探させているところだ。ただ何しろ100年以上前のことだから、もう覚えている人間がいなくて難航している。」


「では、残りはドーラ頼みですわね。」


 彼女が伯爵に依頼したのはかつて領内にあったという森の、植生の手がかりになる植物を集めることだった。領民たちが庭先などで栽培している植物から、気候に適した植物を特定するためだ。


「文献の方からは、何か分かっただろうか?」


「ええ、かなり当時の様子が分かりました。貴重な資料を見せていただいてありがとう存じます。」


「いや、こちらこそ感謝のしようもない。陛下や貴殿をはじめ多くの人々がこの途方もない計画に関わってくださっている。だがこれで本当にニコルが助かるのだろうか?」


わたくしからは何とも申し上げられませんわ。ただ・・・。」


「ただ?」」


 彼女はクスリと笑った。


「なぜかうまくいきそうな気がしていますの。きっと『ドーラの前髪』が私たちを導いてくれますわ。」











「よし、この箱はこの船に乗せてくれ。そっちは割れ物だから気を付けて運んで・・・そう、そこでいい。ありがとう。じゃあ、よろしく頼む。」


「任せといてくださいよ、カール様。無事にスーデンハーフまで届けますんで!」


「ああ、本当に無理を言って済まない、トマス。では報酬はこの手形で受け取ってくれ。」


 名前を呼ばれて照れたように笑う船頭に、カールは王家の紋章が入った手形を渡す。すでに午前中だけで十隻以上の船を発送しているが、ここノーザン村の川港には各村々から続々と荷そりが到着している。


 カールは送り出した品目のリストと支払額を記録するため、川港の側のある宿の一室に戻った。昼食をとる時間が惜しい。宿の主人に頼んで、炙ったブルストを薄く切ったパンに挟んでもらう。


 大急ぎで咀嚼し、熱々のブルストを冷たいエールで流し込んで、すぐに机に向かった。今朝の分で魔法薬作成に必要な素材は大体発送し終わっている。


 午後からは商人のカフマンがウェスタ村の冒険者ギルドから買いつけた魔石や素材が届くはずだ。これらは儀式魔法の触媒として使われる。品目が多いうえに品質の管理が難しい品が多いので、専門のギルド職員がスーデンハーフまで同行することになっていた。


 職員の宿泊先の手配依頼書の発行や彼に支給する手当の算出など、やるべきことは多い。その上、今後は王都からも魔石運搬船が付く予定になっている。






 ノーザンの川港は船員の一時休息地だ。それを出迎えるカールの仕事はまさに山積み。船員の宿泊先、食事の手配、報酬一時金として支払う現金の準備、そして積み荷の検品と船に補給する食料の買い付け。


 ドーラに作ってもらった大きめの黒板に、するべきことと終わったことをリストにして白墨で記録しているが、書くスペースが足りなくなりそうだ。


 帳簿の整理や文書作成でここ数日ほとんど寝ていないが、今は休むわけにはいかない。王家が大規模儀式魔法を行おうとしていることを知った貴族たちが動き出す前に、準備を完成させなくてはならないからだ。


 春になってしまえば、各貴族たちの動きがより活発になる。冬の間に終わらせてしまおうというのが、カールとガブリエラ、そして王の思惑だった。


 準備期間は短くミスの許されない仕事ばかりだ。だがドーラの笑顔を思い浮かべると、彼は心の奥底から闘志が湧きあがってくるのを感じる。


 剣こそ持ってはいないがこれも戦いだ。彼女の願いを叶えるため、私は負けるわけにはいかない。カールはコキコキと肩と首を鳴らし、羽ペンにインクを付けると、依頼書づくりに取り掛かった。












 王都の王立調停所には今日も多くの民が、生活の困り事を相談するために訪れていた。そんな中、一人の太った商人風の男が相談窓口の女性職員に一枚の書状を差し出した。


「ああバイツさん、ルッツ長官からの召喚状ですね。またよその徒弟とのケンカですか?」


「ええ、うちの徒弟も血の気が多い連中ばかりで困ったものです。この間、仲裁していただいたばかりだというのに本当に申し訳なくて・・・。」


 大きな体を小さくして恐縮する商人に職員は優しく笑いかけ、面会許可のサインをして手渡した。


「長官は厳しいですが、公平な判断をしてくださる方です。きっと大丈夫ですよ。」


「本当にありがとうございます。」


 商人は丁寧に頭を下げると丸い体をゆすり、フウフウ言いながら長官の執務室に向かう。衛士に許可証を見せ、執務室の中へ通してもらった。


 室内には調停所長官のハインリヒ・ルッツ男爵と、秘書を務める彼の長男のアーベルがそれぞれの机についていた。


 立ち上がったアーベルが扉をそっと閉め、その前に立って軽く頷くと、商人バイツはすっと背筋を伸ばしハインリヒの前に跪いた。






「船員に紛れ込んだ密偵一人を確保しました。生きてはいますが、すでに無力化してあります。他にも複数の貴族の密偵を思われる連中を調査中です。」


「ご苦労だったバイツ。これからもっと増えるだろう。王都から出る連中には特に気を付けるんだ。情報を持ち出させないよう気をつけろ。」


「かしこまりました。ご子息のバルドン様とも連携しております。ご安心ください。ギルドの方はいかがでしょうか?」


「アーベル、バイツに説明してくれ。」


「はい、長官。今のところ各ギルドからの目立った報告は上がってきていません。冒険者ギルドには意図的に魔石の買い取りを宣伝させています。」


「ありがとうございます、アーベル様。エサにつられて動き出した連中は私にお任せください。」


 冒険者ギルドに配置した部下の顔を思い浮かべながら、バイツはアーベルに頭を下げた。






「捕らえた密偵はいつも通り私の所に運び込んでくれ。依頼主のことを聞かせてもらう。」


「仰せのままにいたします。私は任務に戻ります。」


「ああ、よろしく頼む。すべては王と民のために。」


 ハインリヒの言葉を同じように返し、恭しく一礼するとバイツは部屋を出た。彼はまた背中を丸め、フウフウと汗を拭きながら調停所の窓口に戻った。バイツの差し出した許可証を受け取った職員は彼に言った。


「どうでしたかバイツさん。長官はちゃんと話を聞いてくださったでしょう?」


 バイツは笑顔で話しかけてきた女性職員に、額の汗をぬぐいながら、人の好さそうな笑顔で答えたのだった。


「ええ、おっしゃる通りです。ルッツ様は人の話を聞くのが本当にお上手な方ですからね。ルッツ様のおかげで私たちは安心して仕事に励めますよ。」











 昼の間、ガブリエラさんから指示された魔力の中和液と魔法薬をずっと作り続けた私は、真夜中になってみんなが寝静まったのを見計らい、寝床である屋根裏部屋を抜け出した。


 向かう先は人気のない海岸だ。このところ毎晩こうやって、ガブリエラさんに指示された植物を集めて回っている。海に近くて、暖かく、乾燥した地域の植物を集めてくるようにというのが、彼女の指示だった。


 本当は竜の姿で飛ぶ方がずっと早いのだけど、海の側には人が住んでいることが多いので、人間の姿のまま背中に羽を生やして飛んでいる。もちろん魔法で姿を隠したうえでだ。


 彼女は出来るだけたくさんの種類の草花や木々を集めてほしいと言った。だから私は条件にあった場所を見つけるたびに、その場所を地面ごと《領域創造》で削り取って《収納》し、ガブリエラさんの所に運んでいるのだ。


 ただ、この近くにある目ぼしい植物はほとんど集め終わってしまった。もうこのくらいでいいかもしれない。私は一度、寝床の屋根裏部屋に戻り、服を着てからガブリエラさんの部屋に《転移》で移動した。






「ああドーラ、待ってたわ。今日の分を見せてもらえる?」


 真夜中にも関わらずガブリエラさんは机に向かっていた。事前に《念話》で知らせていたとはいえ、私が部屋に入っても机から顔を上げることもせず、薬の調合をしている。


「この辺りの植物は、ほとんどの種類を集めちゃいましたよ。新しいものはもうあんまりないです。」


「そう?じゃあ、そろそろ儀式魔法の準備をしなくちゃね。お願いした薬品類はちゃんと出来ているかしら?」


「出来るだけたくさんとおっしゃったので、昼の間ずっと作ってましたよ。材料はカールさんが荷そりで毎日届けてくださってますし。」


 私は集めてきた植物を、空中に作り出した《領域》内に浮かべて、ガブリエラさんに見せた。







「これとこれは村の私の工房に保管して。こっちは使うからここに置いて頂戴。」


 私の見せた植物を次々と仕分けていくガブリエラさん。薄明りの中で見る彼女の目の下には、うっすらと隈が出来ていた。


「ガブリエラ様、ちゃんと寝て、食べてますか?」


「これがあるから大丈夫よ。何しろ時間がないんだから急がないと。」


 彼女は腰につけた薬品袋から小さな陶器の瓶を取り出し、軽く振って見せた。その中身は彼女が自分で調合した強壮の魔法薬だ。


「それ、昨日も同じこと言ってましたよね。まさかあれから一回も休んでないんじゃ・・・?」


「少しくらい食べなくったって平気よ。魔法薬もあと10日分くらいはあるし。!! ちょっとドーラ、何するの!?降ろしなさい!!」






 《領域創造》の魔法で体を浮かばされた彼女が抗議の声を上げるが、私はそれを無視して彼女を問い詰めた。


「いいえ、降ろしません。私、昨日言いましたよね。ちゃんと休んでくださいって。ガブリエラ様、その時何とおっしゃいましたか?」


「・・・今やってる実験が終わったら、休むって言ったわ。」


「もう!ガブリエラ様が倒れたら、すべてが台無しなんですよ!!分かってるんですか、この研究おバカ!!問答無用です。《どこでもお風呂》&《安眠》!」


「ちょっと!今、調合の途中で・・・!あっ、ああああぁあぁあ!!」


 全身を温水でくまなく揉み解し、体の中の毒素を取り除く。ずっと王様とガブリエラさんに使い続けているので、この魔法かなり上達してきた。お湯の中の彼女の体から力が抜け、あっという間にふにゃふにゃになる。やっぱり相当無理していたみたいだ。


 私は眠ってしまった彼女を寝室の寝台にそっと寝かせると、さっきまで彼女の座っていた椅子に腰かけたのだった。











 翌朝、夜明けとともにガブリエラは目を覚ました。体の疲れがすっかり取れている。彼女は寝台から起き上がり、急いで研究机を見に行った。


「調合が終わってる・・・?」


 昨夜、途中までやりかけていた植物活性化の魔法薬の調合が終わっていた。机には彼女の研究ノートが広げてある。ドーラがノートを見ながら最後までやり遂げたらしい。


 素材を無駄にしなかったことにホッと安心すると、強烈な飢えを感じた。これまでは魔法薬でごまかしていたけれど、眠ったことで効果が切れてしまったようだ。


 腰の薬品袋に手を伸ばしたが、そこには何もなかった。慌てて周りを見ると、居間のテーブルの上に置いてあるのが見えた。


 だが置いてあったのは薬品袋だけではない。ホカホカと湯気を立てるスープと蜂蜜をたっぷり塗った薄切りのパンも載せてあった。料理には《保温》の魔法がかけられているようだ。その傍らには一枚の黒板が置かれていた。


「これ、私・・・?」


 黒板には白いローブと杖を持った人物が拙い絵で描かれ、『ガブリエラおねえちゃんむりしないでね』というメッセージが添えられていた。


 彼女は上を向き、2回まばたきをした後、椅子に座ってスプーンを手に取った。


「・・・ありがとうエマ。いただきますマリー、グレーテ。」


 ガブリエラは優雅なしぐさで食事を始めた。だが食べている間中、出来るだけ下を向かないようにしていた。


 こんな食事の仕方なんて淑女失格ね。彼女はそう自嘲しながら、いつもよりもほんの少し塩気強いスープを飲み下した。











 冬が終わる数日前、スーデンハーフの港は物々しい雰囲気に包まれていた。町中の衛士だけでなく、王都から派遣された衛士隊や兵士たちが街の各所に配置され、油断なく警戒に当たっていた。


 そんな中、上流からやってきたのは上品な装飾が施された軍船だった。舳先につけられているのは王家の紋章。港に詰めかけた民衆たちは、ゆっくりと入港してきた国王の御座乗船を、歓呼の声で出迎えた。


 近衛騎士に守られた国王、ロタール4世が姿を見せ、民衆に向かって手にした王笏を軽く掲げるとその声はますます大きくなった。


「国王陛下、万歳!!」


「偉大なる王国に栄光あれ!!」


 事前に国王が今日行うという、奇跡の大儀式魔法について知らされている民衆たちは、口々に王を讃えた。王に続いて姿を見せたのは、サローマ伯爵の第一夫人アレクシアと子息のニコル。ニコルは少し顔色が悪いものの精一杯、背筋を伸ばし足を動かしていた。


 つい先ほどまで薬で眠らされていた息子を心配するアレクシアだったが、ニコルは貴族らしい振る舞いをしようと奮闘している。父親の期待に応えようとするその姿に、アレクシアは胸が熱くなった。


 王は遠慮する二人を馬車に乗りこませると、出迎えに来ていたサローマ伯爵の下に向かった。片膝を付き臣下の礼をとる伯爵を、王は手ずから起こし、その手を取った。







「陛下、我が領のために御行幸いただき、感謝の言葉もございません。本当にありがとうございます。」


「出迎えご苦労であったサローマ卿。早速始めるとしよう。」


 国王は伯爵とともに同じ馬車に乗り込んだ。護衛の近衛騎士も、それに驚きの表情を隠せない。本来ならありえないこの行為は、二人の君臣が固い信頼の絆で結ばれていることを周囲の人々に知らしめることとなった。二台の馬車は近衛騎士に守られながら、街を抜け、荒野へと向かった。


「今のところ、反王党派の貴族による領内での目立った動きはないようでございます、陛下。」


「相手が動く前にこちらが動けるよう、カールやガブリエラ殿が頑張ってくれたおかげだな。こんなに早く準備が出来るとは、私も正直驚いているよ。」


「王都では魔石を集めるために随分、派手に動かれたと聞き及んでおりますが。」


「おかげでいろいろ情報を得られたようだ。今後、サローマ領や王都での動きに気をつけねばな。だが、まずは卿のご子息の健康を取り戻すことに注力しようではないか。」


 王は親友であるハインリヒの顔を思い浮かべながら、伯爵にそう言った。伯爵は感極まったように、震える声でようやく返事をする。


「ありがとうございます陛下。よろしくお願いいたします。」






 馬車はやがて製塩場の北にある不毛の荒野へと着いた。街と荒野の境界には、警戒のための兵士が配置されている。南には遠浅の海岸にそって作られている広大な製塩場と、水蒸気を噴き上げる製塩の魔道具の列が見える。


「改めてみると本当に広大だな。本当にここに森を蘇らせることができるのだろうか?」


「お任せください、陛下。そのための準備は万端に整っております。魔法薬の散布と植物の準備は領内の人々に協力していただきました。」


 王の呟きに答えたのは純白のローブを纏い、イチイの木の杖を手にした白髪の魔導士ガブリエラだった。彼女はその髪を隠すかのようにフードを目深に被っている。彼女の後ろには彼女と同じローブを纏い、仮面をつけた小柄な人物が控えていた。杖を持っていないから、おそらく彼女の従者だろう。


「よろしい。本当にご苦労だった、ガブリエラ殿。早速始めるとしよう。」


 王は自分の側近から、自ら作ったブナの古木の杖を受け取る。古代の知識と大地の力を象徴するブナは、王自身が持つ土の魔力と最も相性の良い植物だ。


 王は荒野に描かれた巨大な魔法陣の前に立つ。その両脇にはガブリエラと仮面の従者がそれぞれ控える。王が朗々とした声で詠唱を始めた。


 詠唱するにつれ、王自身の持つ魔力と大地の力が融合していく。巨大な魔方陣が光り輝き、周囲で警戒に当たっていた騎士や兵士たちから驚きの声が上がる。それを合図にするかのように、ガブリエラと仮面の従者が王とともに詠唱し始めた。


 ガブリエラの美しい声に対して、仮面の従者の声はくぐもったような、男とも女ともつかない不思議な声だった。三人の声が一つになるにつれ、魔方陣の輝きが強くなる。それはやがて荒野全体にあらかじめ描かれていた線に沿って広がっていき、荒野を覆う巨大な方形の魔法陣を形作った。






「・・・我らが魔力によりて、失われし大地の力を呼び戻し、この地に再び緑為す楽土を創造せん。我らが望むは再生。愚かしき振る舞いによって消え去りし豊沃の時を再び呼び戻し、この地の民に豊穣なる恵みをもたらさんと欲す。大地の精霊よ。我らが呼びかけに応えよ。時の彼方に遠ざかりし緑野の記憶を取り戻し給え。そして今、ここに肥沃なるその姿を現せ。大儀式魔法《森林再生》!!」


 白く輝いていた魔方陣が黄、緑、青の光を帯び始めた。それは一つに混ざり合い、空へと向かう巨大な光の柱となった。そのあまりの圧倒的な光景に、側で見ている人々は言葉を無くした。対してスーデンハーフの街からは、海鳴りのような人々のどよめきが上がった。


 大地のあちこちに配置されていた無数の魔石が光によって地面の中に溶け出すと、そこからぴょこんと小さな芽が現れた。それは、驚く人々の前で瞬く間に広がっていき、やがて荒野を緑為す草原へと変えた。


 それだけではない。草原に様々な低木が現れた。それらは瞬く間に成長し、不毛の荒野を豊かな森へと変化させていった。


 光が収まったとき、そこには豊かな森が出現していた。海風を遮る巨大なマツやナラの向こうには、乾燥に強いオリーブやブドウの林が形作られた。そのほかにもイチジク、オレンジなどの果実類をはじめ、南洋の植物、薬草、香草などが無数に生い茂っている。


 王を先頭にして三人の術者は振り返り、後ろで彼らを見守っていた人々の所へ向かった。


 あまりにも偉大な魔法を前にして声を失う人々の中で、ウウッという子供の声が上がった。三人はすぐに胸を押さえて苦しんでいるその子供、ニコルの下に駆け寄った。


 両脇を両親に挟まれたニコルの胸から、光り輝く何者かが飛び出してきた。あまりにも素早い動きのため、はっきりとは確認できなかったものの、見つめる人々にはそれが羽の生えた小さな少女の様に見えた。少女は人々があっけにとられて見つめる中、あっという間に出来たばかりの森の奥に入って消えてしまった。






 王は気を失っているニコルの手をそっと取り呪文を唱えると、心配そうに見つめるサローマ伯爵とその妻アレクシアに、大きく頷いて見せた。


 二人は驚き目を見開いた後、我が子の姿を確かめた。青白かったニコルの頬には、年齢にふさわしい赤みが差し、苦しそうだった呼吸が楽になって、安らかな寝息を立てていた。伯爵はアレクシアにニコルを任せると、王の前に平伏した。


「陛下!私はこのご恩を生涯忘れません。この命に代えて、陛下に尽くす所存でございます。」


 王は涙ながらに叩頭する伯爵を抱き起すと、その両手を強く握った。荒野を瞬く間に森林へと変えた大儀式魔法の成功の知らせに、スーデンハーフは歓喜の坩堝と化した。


 人々は偉大な王と領主を讃え、肩を組み笑い、喜びあった。その声はその日夜遅くまで絶えることはなかった。


 そしてその様子は、その日スーデンハーフ港に停泊していた多くの船の船乗りたちによって、広く内外へと伝えられることになったのであった。






種族:神竜

名前:ドーラ

職業:ハウル村のまじない師

   文字の先生(不定期)

   土木作業員(大規模)

   鍛冶術師の師匠&弟子

   木こりの徒弟

   大工の徒弟

   介護術師(王室御用達)

   侍女見習い(元侯爵令嬢専属)

   かけだし錬金術師

   かけだし薬師

所持金:6803D(王国銅貨43枚と王国銀貨21枚と王国金貨1枚とドワーフ銀貨27枚)

    → 行商人カフマンへ5480D出資中

読んでくださった方、ありがとうございます。次で第2章が終わり、閑話を挟んで第3章となります。よかったらまた続きを読んでいただけると、嬉しいです。

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