54 金貨
話が散らばってしまいました。うまく書くのって本当に難しいです。
大陸西方の聖都エクターカーヒーン。その中央にある聖女教西方大聖堂の一室で、当代の聖女カタリナは探索の旅に出した弟子の身を案じていた。
「あの娘は大丈夫でしょうか。やはり護衛の神聖騎士を同道させたほうがよかったのでは・・・。」
テレサが旅立ってから幾度となく繰り返し聞いてきた師匠のその言葉を、カタリナに仕える弟子が苦笑交じりに受け止める。
「御師様、テレサは大丈夫ですよ。癒しはもちろん、魔力感知、武術全般すべてにおいて御師様に最も近い力を持っています。それにテレサ自身が護衛をつけることを拒否していましたし。最後には御師様もそれを了承なさったではありませんか。」
「それは分かっています。あの娘は次代の聖女となるにふさわしい力がある。だからこそ私は彼女を探索の旅に出したのですから。」
それでもやはり心配が顔に出てしまっている師匠を気遣い、弟子の司祭が声をかけた。
「まだ悪神が出現したと決まったわけではないのですよね?」
「私の魔力感知は世界を揺るがすほどの巨大な魔力を持つ存在を捉えたにすぎません。不死の呪いの気配は全く感じていませんが・・・。」
「テレサならきっと、もうすでにその存在を発見しているでしょう。彼女の聡明さには、幼いころから驚かされてばかりでしたから。」
弟子は入門したばかりの頃の彼女の姿を思い浮かべる。彼女は幼い時から身の周りの小さな事柄を観察し、そこから真実を導き出していた。その聡明さとたゆまぬ努力、持ち前の癒しの力が相まって、あっという間に次代聖女の筆頭候補に挙げられるほどに頭角を現してきたのだ。
弟子の言葉を聞いた聖女は、何とも微妙な顔をして、大きくため息をついた。
「あの娘の聡明さはあなたの言う通りです。ただあの娘は使命感が強すぎるのですよ。人々を守ろうとする気持ちが強いあまり、間違った方向に全力で突っ走ってしまうんじゃないかと心配なんです。生まれてからずっと修道院で過ごしてきたせいで、多少、世間一般の常識からずれたところもありますし・・・。」
「御師様、それを含めて見分を広めさせるという狙いがあっての、今回の探索任務なのですから。そのことは彼女自身が一番よくわかっていますよ。きっと大丈夫です。」
聖女は弟子の言葉通りに、これまで何度も繰り返してきた自問自答への結論を出そうとした。だが胸の奥に引っかかる何かが、彼女を物思いから解放してくれなかった。
「・・・やはりあの儀式魔法の準備をします。しばらく神託所に籠りますから。午後の公務はすべて保留にしておいてください。」
「かしこまりました、御師様。」
聖女カタリナは齢100歳を超えているとは思えないようなしっかりとした足取りで部屋を出て行った。弟子はその背中を恭しい礼で見送ったのだった。
「え、カール様のあの剣はドーラさんが作ったものなんですか?」
「うん、そうだよ。カールおにいちゃんのために、ドーラおねえちゃんが魔法で作ったってエマちゃんが言ってた。」
私は集会所でハンナから聞いた言葉に、思わず耳を疑ってしまいました。私はてっきり彼女を討ち滅ぼすために、この国の王がカール様に授けたのだとばかり思っていたのです。
もしそれが本当なら、彼女が悪神で、カール様がそれを討つ勇者であるという説が成り立たなくなってしまいます。一体どういう経緯で彼女はカール様に剣を作ったのでしょう。ドーラが悪神ではないかとしていた私の説の根拠が一気に崩れてしまいました。
しかし私も、この説が間違いではないかと最近は思っていました。この一月ほど彼女を観察してきましたが、彼女は驚くほど素直で、純粋で、善良な性格をしています。とても世界を滅ぼすような悪神には見えないのです。
はじめはそれを人を欺くための演技だと思っていましたが、彼女と生活するうちにそうではないということが分かってきました。彼女は嘘や偽りがとても苦手のようなのです。
私はこれまでに集めた彼女の情報を整理してみました。裸同然の姿で突然この村に現れたこと。様々な魔法を使って村の人たちを救ってきたこと。そして彼女が来てから魔獣が一切出現しなくなったこと。
彼女が並外れた力を持つ人外の存在であることは間違いありません。ではその正体はいったい何なのでしょう?
覚醒前の悪神というのが、私のこれまでの考えでした。この説はまだ有力です。彼女が自分の力を使いこなせず、記憶をなくしているのも、この説を裏付けているような気がします。
ですがさらに私は、得られた情報をもとに別の説の推理を進めてみることにしました。
一つ目の手がかりは悪神たちが使役したといわれる暗黒竜です。暗黒竜は悪神たちの呪いの力によって生み出されたと聖典には伝えられています。
しかし強い呪いを生み出すには、必ずその核となるものが必要です。世界を滅ぼす呪いの核となるのですから、当然強い力を持った存在が必要になります。
そこで考えられるのが、悪神たちが強大な力を持つ竜を捕らえて使役し、呪いの核としたのではないかということです。竜は今でも強大な力を持つ魔獣ですが、太古の竜族はそれこそ神に等しい力を持っていたと、各地の創世神話に謳われています。
これまでそれらの竜は自然の力を抽象的に表現したものだとされてきました。ですが、もしそれが実在するとしたら。
今ではおとぎ話に過ぎないと思われている創世の神々や太古の竜族ですが、悪神だって伝説の存在なのです。私が太古の竜族の存在を否定する理由はありません。
ドーラは何らかの理由で蘇った太古の竜族で、今はなぜか人の姿をとっていると考えられないでしょうか?
ですがこれは、自分でもあまりに荒唐無稽すぎて、信憑性が薄い気がします。だって竜が人の姿をとる理由がまず分かりません。この線はおそらくないでしょう。
二つ目の手がかりはドーラに魔法を教えているというガブリエラの存在です。彼女はドーラの力を自分のものとして使役しています。
明らかに力の差があるドーラが彼女を「ガブリエラ様」と呼び、従順にしているのはどう考えても不自然です。
そこで考えられるのは、ドーラは召喚魔法によって異界から呼び出された存在で、契約魔法によってガブリエラに支配されているのではないかということです。
これなら彼女がドーラに魔法を教えている理由も分かります。強大すぎてドーラ自身が持て余している力を、自分の目的のためにコントロールしようとしていると考えられるからです。
ドーラがカール様に剣を与えたのは、自分をガブリエラの支配から解き放ってほしいという一心からではないでしょうか。
ガブリエラはこの王国でも国王に次ぐ実力を持つ錬金術師だと、カール様は言っていました。そんな彼女がこんな辺鄙な村でドーラに魔法を教えている。実におかしなことです。
ガブリエラは何らかの後ろ暗い理由によって王国を追われ、その復讐のためにドーラを利用している?
いやそもそもドーラを召喚したことで罪に問われ、王国を追われた?
その理由や事情はまだ情報が足りないので分かりません。ガブリエラに関する情報は、この村ではほとんど入ってこないのです。
唯一分かったのは彼女が酷い虐待を受けた挙句、この村に連れてこられたということだけです。彼女は明らかに何か大きな秘密を持っています。
私はガブリエラの調査を進めようと決意しました。彼女の目的が何かは分かりません。ただそれが悪しきものであれば、世界が滅びるかもしれないのです。
ガブリエラの目的が悪しきものであったなら、私がそれを阻止し、ドーラを正しき道へと解き放ってやらなくては。
聖女様に連絡を取るためにも、一度王都に戻ったほうがいいかもしれない。私はこの村を離れる機会を伺うことにしたのでした。
冬の三番目の月が終わろうとしている。この一か月でハウル村にはいろいろな出来事が起こった。
まずは村の住民が増えた。村にやってきたのはまだ成人したばかりの若い大工や鍛冶師の見習いさんたちだ。
カールさんと商人のカフマンさんがいろいろな村に連絡を取って集めたそうだ。彼らは皆、大工のペンターさんと鍛冶師のフラミィさんの徒弟になるためにやってきた。
ハウル村は今、建物や道具が圧倒的に足りない。それで各村で仕事を求めている若い人たちを集めてもらったのだと、ペンターさんは言っていた。
今、村の集会所が仮の宿泊所として使われている。簡単な仕切りをつけて簡易の寝台を置いただけだけれど、やってきた徒弟の皆さんはとても喜んでいた。
「住み込みの徒弟なんて、奴隷とあんまり変わらない扱いだから。この村はいいよ。あったかい場所で眠れるし、風呂は入り放題だし、なんて言ったってうまい飯がたらふく食えるからな!」
若い彼らはこの村での暮らしにすんなりと馴染んだ。村の人たちともすごく仲良くしている。私を見るとなぜか顔を赤くして横を向いてしまう人が多いけれど、皆とても親切だ。
今は村の北の入り口辺りに、彼らが住むための大きな家とカフマンさんのお店を作っている。もちろん私も魔法で材料を加工したり、《雪除け》の魔法を使ったりして手伝った。
冬なのにたくさん仕事が出来てありがたいと皆に言ってもらい、わたしはすごくうれしかった。
ペンターさんたちが徒弟の人をたくさん増やせたのは、サローマ伯爵がたくさんお金をくれたからだ。
魔道具作りのお礼としてガブリエラさん、ペンターさん、フラミィさんにそれぞれすごい額のお金が貰えた。
そのお金を使って徒弟の人を雇ったのだ。彼らの食料や衣服などはカフマンさんが王都で買い集めて、持ってきてくれた。
ハウル村にも、徒弟さんたちの使う燃料代やお風呂代などが支払われたため、村の資金がかなり増えたとアルベルトさんは喜んでいた。
集会所にしまってあった氷雪狼の毛皮や銀猪の牙、そして私とガブリエラさんが作った薬もカフマンさんが販売してくれた。
カフマンさんはハウル村を拠点とするための準備を着々と進めているらしい。潤沢な資金をもとにどんどん人を増やして、取引量を拡大しているそうだ。
カフマンさんがたびたびハウル村に物資を運んでくることで、村では物のやり取りがすごく盛んになった。荷運びや、村にやってくる人の食事や身の回りの世話などたくさんの人手が必要になった。
冬に仕事がなかった村に多くの人がやってきたことで、新たな仕事が増え、それによってますます村が活気づいていく。その活気がさらに人を集める。
ハウル村の人たちは皆、それをとても喜んでいるようだった。
そして私はすごい宝物を手に入れてしまった。王国金貨だ。これはサローマ伯爵から魔道具作りのお礼として贈られたものだ。
私はそれを一目見た瞬間、その金色の輝きに夢中になってしまった。
「あああ、なんて!なんてきれいなの!こんなにきれいなものがこの世にあるなんて!」
金貨は私の手の平より少し小さいくらいの真円形。表面には王様の横顔と『ドルアメデス王国金貨』の文字。裏面には私がねぐらにしている山と女神の全身が浮き彫りにされている。
それぞれの面に精巧な植物模様の装飾が施されていて、それらはよく見ると一つの魔法陣になっていた。鑑定を使うと《保護》という摩耗を防ぐ魔法陣だというのが分かった。
「私も金貨の実物を見たのは初めてです。この金貨は一枚で銀貨40枚分。1600Dの価値があります。造幣担当の職人と錬金術師が一枚一枚手作りしているそうです。」
金貨に夢中になっている私にカールさんが説明してくれた。金貨は額面が大きいので一般にはほとんど流通しておらず、主に諸侯同士の取引や贈答にのみ用いられているそうだ。
「カールさん、私、この金貨がもっといっぱい欲しいです!どうしたらいいでしょう?」
「大貴族と直接取引するような大商会でもない限り、たくさん手に入れるのは難しいと思いますよ。」
ふむふむ、大商会。カフマンさんのお店がもっと大きくなればいいってことですね!私はカフマンさんにこのことを相談してみようと思った。
カールさんは街道を行き来する人が増えたせいで、かなり忙しくなった。
それでも午前中、子供たちに文字や計算を教える時には、出来るだけ時間を作ってくれている。最近は私とカールさんの他に、時々ガブリエラさんも来て、子供たちにあれやこれやと話をしてくれる。
彼女が話すのは主にこの国の歴史や社会の仕組み、そして錬金術師として得た様々な知識だ。彼女の話はどれも面白くて、私やカールさんも子供たちと一緒になって聞き入っていた。
ガブリエラさんだけでなくテレサさんも、子供たちの様子を見によく来てくれていたのだけれど、彼女は数日前にカフマンさんと一緒に村を出て行ったしまった。
なんでもどうしても王都に行かなくてはいけない事情があるらしい。よく知らないけど、彼女は偉い人からとても大切な仕事を任されているらしいので、きっと大変なのだろう。
私は彼女の旅が上手くいきますようにと、大地母神に祈りをささげた。
私の錬金術の訓練もかなり進んでいる。今、勉強しているのは魔道具の作り方だ。
完成したばかりのガブリエラさんの工房で、私は彼女と向かい合っている。私の後ろではエマが小さな腰掛にちょこんと座って私の様子を見守ってくれていた。
「ドーラ、昨日教えたことは覚えているかしら?」
「もちろんです、ガブリエラ様!魔道具にはその用途に合った魔法陣を刻む必要があるってことでしたよね。」
「そうね。ではそのために必要なものは?」
「魔法の属性に合った魔石です。無属性魔法は魔石を中和液で中和してから使うっておっしゃってました。」
「よろしい。次に魔道具の素材について説明してみなさい。」
「えーと、まず魔道具の発する力に見合った素材が必要で、尚且つ属性魔法の場合はそれに合った素材を選ぶ必要なある、でしたよね。」
「そうです。では火の属性の代表的な素材を言ってみて。」
「うーんと、樹木はオーク、ナナカマド、ヒイラギ。花はリアトリス、アイリス、アンスリウム、赤いバラ。鉱石は・・・。」
私が挙げる素材をじっと聞いていたガブリエラ様が大きく頷いた。
「ちゃんと覚えているみたいね。では最後の質問よ。魔法陣で二つ以上の属性を組み合わせる場合の組み合わせ方と中和液の種類を挙げなさい。」
「はい。対立する二つの属性を組み合わせるときは、その属性同士が直接隣り合わないよう無属性の魔法陣を特定の中和液を使って描きます。その中和液の作り方は、まず無属性の中和液で魔石の魔力を浄化して・・・。」
私が中和液の作り方と使い方を説明するのを、ガブリエラ様とエマがうんうんを頷きながら聞いている。
「よくできました。優秀な弟子を持って私は幸せだわ。」
ガブリエラさんはそう言って私の頭を撫でてくれた。私は嬉しくなって、うっとりと目をつぶった。
「ではさっそく実技に入るわね。以前にもシルキーを呼び出したときに魔法陣を使ったけれど、あれは一回きりの使い捨てだったでしょう?」
「そうですね。あの時の魔法陣は、魔法を使い終わったら板ごと燃えて無くなっちゃいましたし。」
「でも何度も繰り返し使う魔道具では、そうなると困ります。だからまずは魔道具の元になる素材を準備しなきゃいけないの。」
「ガブリエラ様が製塩の魔道具を作ったときみたいにですよね?」
「そうね。あの時はあなたが《金属形成》の魔法で作った金属板を使ったでしょう。繰り返し使うことを考えれば、摩耗や変質に強い素材のほうがいいの。例えば金属や陶器、石板、魔獣の骨や牙などが挙げられるわ。」
「ふむふむ。分かりました!」
「よろしい。ではこの素材を《鑑定》して御覧なさい。」
ガブリエラさんはテーブルの上に置いてある不定形の白い板を指し示した。大きさはエマの手の平くらいだ。私は言われたとおりに鑑定した。
「これは銀猪の牙を加工したものですね。属性はかなり強い土の魔力を感じます。」
「その通りよ。この牙を使って何か魔道具を作って御覧なさい。作るものは何でもいいわ。魔法陣を描くためのインクと中和液作りから始めるのよ。これができたら鏡の作り方を教えてあげます。」
鏡ってスーデンハーフの領主館で見たあの面白い道具のことだ。エマに見せたらきっとすごく喜ぶはずだ。絶対作れるようになりたい!
こうして私は、土の魔道具作りに挑戦することになったのでした。
種族:神竜
名前:ドーラ
職業:ハウル村のまじない師
文字の先生(不定期)
土木作業員(大規模)
鍛冶術師の師匠&弟子
木こりの徒弟
大工の徒弟
介護術師(王室御用達)
侍女見習い(元侯爵令嬢専属)
かけだし錬金術師
かけだし薬師
所持金:4883D(王国銅貨43枚と王国銀貨21枚と王国金貨1枚とドワーフ銀貨15枚)
→ 行商人カフマンへ5480D出資中
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