53 家妖精
クリスマスって楽しいですね。
薬づくりが一向にうまくできず、何とかならないかと考えていた私とエマに、ガブリエラさんが言った。
「それなら私に考えがあります。ドーラ、あなたに召喚魔法を教えてあげましょう。」
「召喚魔法?」
「ええ、そうよ。といっても私は召喚術師ではないので、あくまで錬金術の中に含まれる召喚魔法だけれど。」
「召喚術と錬金術?どういうことですか?」
私が混乱して頭を抱えたのを見て、ガブリエラさんが笑いながら教えてくれた。
召喚術は『異界の扉』というのを開き、そこに住むこの世界のものでない存在と契約を結ぶことによって、力を行使する魔法だそうだ。
私の持っている魔術書『王国魔法大全』には書いてなかったから、きっと属性魔法や生活魔法とは系統の違う特別な魔法なのだろう。
「私が召喚するのは異界の存在じゃなくて、錬金術で作った魔法生物よ。ただ魔方陣を使って異界の扉を開くのはどちらも同じなの。」
「違いがよくわからないんですけど・・・。」
「異界の存在はそれ自体が強い力を持つ存在で、交信や契約に特別な手順や代償が必要になるの。そもそも適性がないと、交信そのものができないみたい。」
「へー!!」「ほおー!」「すごーい!!」
ペンターさんも仕事の手を止めて、ガブリエラさんの話を聞いている。彼女は私たちの顔を見て「本当に分かってるのかしら?」って言いながら続きを話し始めた。
「錬金術師が使う召喚術は異界に存在する『思念体』を呼び寄せる魔法よ。それに錬金術で作り出した姿を与えて、使役するの。これなら特別な手順や契約は必要ないわ。だって自分の魔力で作ったものですからね。」
「『しねんたい』ってなあに?」
「簡単に言うと人の強い願望や夢、恨みなどが集まったものね。これは神々が力を行使するための源であると主張する魔法学者もいるわ。思念体が実体を得たとされる魔獣もいるわね。」
「魔獣ですか?」
「ええ、夢魔や淫魔と呼ばれる魔獣で彼らは・・・ゴホンゲホン。その話は今は関係ないわ。やり方を教えるからさっそく村長の家に戻りましょう。」
調子よく話していた彼女が、口をぽかんと開けているエマの顔を見た途端、急に咳払いをして話を変えた。顔がちょっと赤い気がするけど、どうかしたのかな?
私たちはペンターさんと別れ、アルベルトさんの家に戻ってきた。
家の中には誰もいない。まだこの時間はグレーテさんたちは集会所にいるし、テレサさんも体調の悪い人を見舞っているからだ。カールさんはペンターさんに頼まれてノーザン村にお使い中。たぶん夕方には戻ってくるはずだ。
「では、さっそく始めるわね。まずは魔方陣を用意するところからよ。」
私はガブリエラさんが作った魔法のインク(魔石を属性中和液に漬けて魔力を抽出したものらしい)で、教えてもらったとおりに木板に魔方陣を書いていく。自分ではうまく書けないので、当然《自動書記》頼りだ。
「あなた、魔法の扱いは完璧なのに、どうして手ではできないのかしらね。」
ガブリエラさんが呆れたように言う。私の体は《人化の法》で無理矢理作った体なので、細かい力加減が難しいのだ。けれどそれを言うわけにはいかない。とりあえず笑ってごまかした。彼女はちょっと肩をすくめ、私の書いた魔方陣を家の竈のあたりに置いた。
「まあいいわ。これで準備は完了よ。」
「あの、ガブリエラ様。この魔方陣って召喚魔法を使うたびに毎回書かないといけないんですか?」
「いいえ、そんなことないわよ。一度扉を開いてしまえば、あとは自分の魔力と連動している異界の存在の力で勝手に扉ができるから。」
ほうほう、それは便利。魔法ってやっぱりすごい!
「じゃあ、私が呪文を教えるからやってみて。今回は一番簡単な『家妖精』を作るわよ。」
「妖精!?妖精を呼び出せるんですか!?」
妖精は私の大切な友達だ。今、姿が見えないのは、異界にいるからなのか!私は勢い込んで彼女に尋ねた。でも。
「妖精っていう名前がついているだけで、ただの魔法生物よ。本当の妖精なんているわけないでしょ。」
「あ、そうですか・・・。」
「なんでそんなにがっかりするのよ。あのね、長い時間を経た城や屋敷にはそこに暮らす人の思念が残りやすいの。それが自然と実体化する場合もあるらしいから、妖精が完全にいないとも言い切れないわ。私は見たことないけれどね。」
がっかりする私を慰めるように彼女が言う。やっぱり彼女は少し優しくなった気がする。
妖精がそんな風に生まれるなんて、初めて知った。そういえば私の知ってる妖精たちも、神々が大きな力を使った時に花や風、大地から生まれてきたものが多かった気がする。
あれも自然の力が集まって生まれたってことなのかな?どんな仕組みでも解明しようとする人間の知恵ってすごいなー。
魔方陣の上に依代となるモミの若木と中和済みの魔石、後は私の血をほんのちょっと入れた容器を準備する。私は教えてもらったとおりに呪文を詠唱した。
「世界の理を定めし者よ。今、我が魔力によって異界の扉を開き、無辺の虚無に漂う泡沫に我が望む姿を与えん。召喚!《家妖精》!」
魔方陣が虹色の光を放つと、魔方陣の上に置いた品々がすっと溶けるように消えた。
「すごくきれいな光!」
「そうね、この魔法は術者の魔力の属性や量によって差が出るの。私もこんなに強い光を見たのは初めてよ。ドーラが全属性の強力な魔力を持っているからでしょうね。」
術を行使している私の後ろでエマにガブリエラさんが説明していた。私は教えてもらった通り、光の向こう側に意識を向ける。
光の向こう側には、すごく広い夜空のような空間があり、そこには目に見えない魔力の塊みたいなものがいっぱい漂っていた。私が魔力を使ってそれに呼びかけると、私のほうに一斉に塊が移動し始めた。
あれぇ、おかしいな。小さいのが一つだけ来るって聞いてたんだけど。
不思議に思ったけれど、術を止めるわけにもいかない。私は手順通りに、アルベルトさんの家の竈のあたりに漂う思念とその塊を練り合わせた。
「あ、魔方陣の中に誰か出てきたよ!この人が家妖精さん?」
「!! そんな、ありえない。家妖精は家事をしてくれる手だけを具現化した魔法生物のはずなのに!」
後ろから驚くガブリエラさんの声が聞こえた。私は術を止めるべきか迷った。でもそうしている間にもどんどん家妖精の姿がはっきりとしていく。
光が収まったとき、竈の前には王様のお城にいる侍女さんによく似た服を着た、虹色の髪の女性が立っていた。彼女は私の前できれいなお辞儀をすると、落ち着いた言葉遣いで話し始めた。
「私にこのような姿を与えてくださったこと感謝いたします、ご主人様。わたくしに何なりとお命じください。」
「えーと、初めまして。ハウル村のまじない師ドーラです。ご主人様って私のことですよね?」
私が問いかけると、彼女は真面目な顔で頷いた。
「ちょっと待ってくださいね。ガブリエラ様、どうしたらいいんでしょう?・・・あの、ガブリエラ様?」
ガブリエラさんは目を零れ落ちるかと思うほど見開いて「そんな魔法生物がしゃべった・・・?」と呟いていた。
「・・・事情はなんとなく分かったわ。あなたのデタラメな魔力量のせいで大量の思念体を集めてしまってこうなったのね。でもこの姿はどういうことなの?」
肌の見えない侍女服をきちんと身に着け、髪をぴっちりと編み込んだ(シニヨンっていう髪型らしい)家妖精さんを指し示しながら、彼女は私に問いかけた。
「分かりません。王様のお城でこの服を着て、いろいろ働いている人の姿を見たせいじゃないかと思うんですけど・・・。」
私がそう答えると彼女は「思念体の統合に無意識が投影?それとも異界に漂う記憶の断片から創造されたのかしら・・・?」とぶつぶつ言いながら考え込んでしまった。
そんな彼女を尻目にエマは笑顔で家妖精さんに話しかけた。
「こんにちは、あたしはエマ。あなたのお名前は何ですか?」
「初めましてエマお嬢様。私に名前はありません。強いて言うならシルキーでしょうか?」
「じゃあ、シルキーさんね!あたしと仲良くしてね、シルキーさん!」
エマがシルキーさんに手を差し出すと、彼女はその手をそっと握り返した。
「冷たいような、あったかいような、不思議な感じがするね!」
エマはシルキーさんの手を珍しそうに触っていた。シルキーさんはエマににっこりと微笑みかけてから、私に話しかけてきた。
「ご主人様、私に何かお命じになってください。」
「シルキーさんは何ができるんですか?」
「家事全般はお任せください。ただ家の外に出て働くことはできません。申し訳ありません。」
彼女はすまなそうに私に頭を下げた。私も慌てて彼女にぺこぺこと頭を下げた。
「じゃあ、これからよろしくお願いします、シルキーさん。私、薬づくりを手伝ってほしいんですけど出来ますか?」
「やったことはありませんが、料理と同じ感じであればできると思います。」
「やった!じゃあ、準備するのでしばらく待っていてもらっていいですか?」
「かしこまりました。ではお側に控えさせていただきます。」
そう言うと彼女の姿が溶けるようにスッと消えてしまった。
「あれ、シルキーさん、どこに行っちゃったの?」
エマが声を上げると、彼女は再び姿を現した。
「ここにおりますよ、エマお嬢様。」
「姿を消せるんだ!すごいね!」
「ありがとうございます。御用の時はいつでもお呼びください。」
そう言うと、彼女はまた姿を消した。ガブリエラさんはそのやり取りを見て言った。
「普通の家妖精と同じような動きもできるみたいね。シルキー、聞きたいことがあるからちょっと来て頂戴。」
ガブリエラさんがシルキーさんに呼び掛けた。でも彼女は姿を現さなかった。
「ふむふむ、やはり術者以外の呼びかけには反応しないか。なぜかエマの呼びかけには反応してたけど、それは今後調べるとしましょう。」
私たちはガブリエラさんの部屋に戻り、早速薬づくりを再開した。
私はガブリエラさんに教えられたとおりの手順で、素材を処理していく。《細断》《加熱》《冷却》《抽出》《分離》《撹拌》。一つ一つの処理は魔法で簡単に出来る。あとはこれを上手く合わせていくだけなんだけど・・・。
「シルキーさん、手助けをお願いします!」
「かしこまりました、ご主人様。」
私のすぐ側に彼女が現れ、私の指示通りに素材を合わせていく。すごく繊細な動きで、完璧に手順をこなしていくシルキーさん。
「シルキーさん、とっても上手だね!」
「ありがとうございます、エマお嬢様。」
あっという間に薬が次々と出来上がっていった。シルキーさんは一度覚えた手順は、次からは簡単な指示だけでこなしてくれる。なんて素晴らしいのかしら!
「あなた、それ『自画自賛』っていうのよ、ドーラ。」
私がシルキーさんのことをしきりに褒めていたら、ガブリエラさんに笑われてしまった。でも、ともかくこれで薬づくりは大丈夫です!
一通りの薬を作り終えた後、次は魔法薬の作り方を教えてもらう。これも基本的に作業内容は変わらない。違うのは、それぞれの素材処理の工程で魔力を込めることと、素材に魔石を使うことくらいだ。
「あなたの魔力量が大きいから、素材に魔力を込める時間もものすごく短くて助かるわ。でも魔法薬の原料が足りないから、今日はこのくらいにしておきましょう。明日からもっともっと練習してもらうわよ。」
ガブリエラさんが嬉しそうにそう言った。今日できたのはいくつかの傷薬に軟膏、腹痛や頭痛に効く内服薬、目薬などの一般的な薬のほか、魔力と体力をほんの少し回復させる魔法薬だ。
もちろんすべてシルキーさんの活躍によって出来たものばかりだ。自分がこうやって物を作れるようになるのは、本当にうれしい。
私はシルキーさんとガブリエラさんに丁寧にお礼を言った。シルキーさんは「またいつでもお呼びください」と言って、姿を消した。
その日の夕方、私は皆にシルキーさんを紹介した。シルキーさんを見て、フランツさんとグレーテさんはすごく驚いていた。
「いや、最初見たときは姉ちゃんが生き返ったのかと思っちまったぜ。」
「そうだねぇ、本当にデリアに顔立ちがよく似てるよ。でも似てるだけでやっぱり別人だけどね。」
二人はちょっと涙ぐみながらシルキーさんを見ていた。デリアさんはフランツさんの実のお姉さんで、エマの伯母さんだ。10年ほど前に魔獣に襲われて亡くなったそうだ。
ひょっとしたら、この家に残っていたデリアさんの思いがシルキーさんの中にも入っているのかもしれない。私はそう思ったけど、口には出さないでおいた。
シルキーさんは夕食の間ずっと皆の給仕をしたり、食器の後片付けをしたりと、すごく頑張ってくれた。
「魔法で人まで作っちまうなんて、本当にドーラはすごいね。」
マリーさんがシルキーさんを見ながら言った言葉を、ガブリエラさんが訂正する。
「シルキーは人じゃありませんわ、マリー。ただの魔法生物です。ちょっとしゃべったり笑ったりしますけど、人間ではありません。だから食べることも休むこともないんですよ。」
「そうなのか?でもこうやって見てると、人間と見分けがつかねえな。」
アルベルトさんの言葉に皆が頷く。私はシルキーさんと魔力で繋がってるから、人間でないことは分かるけれど、確かに見た目では区別がつかないかもしれない。
「あの、一つ聞いてもよろしいですか?」
今まで青い顔をしてシルキーさんをじっと見ていたテレサさんが、ガブリエラさんに尋ねた。ガブリエラさんはゆっくりと頷いて了解の意を示した。
「ドーラさんにはこんな風に、人ならざる者を無限に生み出す力があるのでしょうか?」
「依代と魔力が十分なら、理論的には可能ね。ただ同じタイプの魔法生物、この場合は家妖精だけれど、これを二体以上作ることはできないわ。」
「どうしてですか、ガブリエラ様?」
「あなたには昼間に説明したはずですよ、ドーラ。」
「あたし分かるよ!一つ目の『しねんたい』を作ったときに、魔力が固定?されるからって、ガブリエラおねえちゃん言ってた!」
「すごいわエマ!あなた、私の説明をちゃんと聞いてたのね!」
ガブリエラさんがエマをすごく褒めてくれた。私とカールさんはそれぞれエマのほっぺと頭を優しく撫でる。エマがくすぐったそうに笑った。
皆が和やかに食事を終える中、テレサさんだけは深刻そうな表情で、私とシルキーさんを見つめていた。
その日の真夜中、私は王様のところに今日の報告をしに行った。王様は私が錬金術師の技を身に着けたことをすごく喜んでくれて、お土産にまた星砂糖をくれた。
戻ってきた屋根裏で魔術の練習をしていたら、下の方で布の触れ合うような音がかすかに聞こえていた。シルキーさんが何かしているようだ。でも私が様子を見に行こうとすると、ふっと気配が消えてしまう。邪魔しないほうがいいかなと思って、そのままにしておくことにした。
翌朝、屋根裏から下に降りると家の中がすごくきれいになっていた。シルキーさんが掃除してくれたらしい。
「家妖精は家人が寝ている間に、人知れず家事をするという習性があるのよ。」
ガブリエラさんが朝食の時にそう説明してくれた。朝食も下準備が整えられていて、とても助かったとグレーテさん、マリーさんが喜んでくれた。二人の喜ぶ顔を見て私は、もっともっと魔術を勉強して皆の役に立ちたいなと思った。
こうしてアルベルトさん一家に、また新しい住民が一人増えることになったのでした。
種族:神竜
名前:ドーラ
職業:ハウル村のまじない師
文字の先生(不定期)
土木作業員(大規模)
鍛冶術師の師匠&弟子
木こりの徒弟
大工の徒弟
介護術師(王室御用達)
侍女見習い(元侯爵令嬢専属)
錬金術師見習い → かけだし錬金術師
薬師見習い → かけだし薬師
所持金:1843D(王国銅貨43枚と王国銀貨1枚とドワーフ銀貨11枚)
→ 行商人カフマンへ5480D出資中
読んでくださった方、ありがとうございました。