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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
54/188

52 薬づくり

メリークリスマス!

 冬の3番目の月のはじめ、スーデンハーフの街に行っていたガブリエラさん、ペンターさん、フラミィさんがハウル村に帰ってきた。


 三人は村の人たちに大歓迎され、フラミィさんはおかみさんたちに、ペンターさんは男の人たちに取り囲まれて、土産話をせがまれている。


 私は子供たちと一緒にガブリエラさんのところに行った。前に会った時には元気のなかった彼女だけれど、今日はとてもにこやかに子供たちの相手をしていた。


 ハウル村を旅立つ前よりも、より一層子供たちへの言葉かけが優しくなっているように感じる。何かあったのかな?






「ガブリエラ様、おかえりなさいませ。」


「おかなさいませ!」


 舌足らずな声で私の真似をしてガブリエラさんに挨拶したエマを、彼女はしゃがみこんでじっと見つめたかと思うと、そのままぎゅっと抱きしめた。


「どうしたの、ガブリエラおねえちゃん?泣いてるの?」


「・・・いいえ、何でもない。何でもないのよ、エマ。」


 彼女は立ち上がってエマの頬を軽く撫でると、私のほうに向きなおって言った。


「ドーラ、ただいま戻りました。カール様はどこにいらっしゃいますの?」


「カールさんは街道管理官のお仕事で、カフマンさん達と一緒にノーザン村に行ってます。たぶん今日の夕暮れまでには戻ってくると思いますよ。」






 カールさんは街道の巡視も兼ねて、ハウル街道を行き来するカフマンさん一家の護衛をしている。そのたびにカールさんはノーザン村の『巡察士』という人と街道の警備について連絡を取り合っているのだそうだ。


 ちなみにカールさんはノーザン村までしか護衛できないので、そこから先は、カフマンさんたちが自分で護衛を雇って移動している。カフマンさんは私の提供した資金でこれからそりを増やし、人を雇って交易量を増やすのだと張り切っていた。


 ただハウル村に来るときはこれまで通り、そり一台で来ている。ハウル村にたくさんの人を連れてくるのはとても大変なのだそうだ。


 だからカフマンさんの商店の所在地はハウル村だけれど、しばらくはノーザンとウェスタが拠点になると言っていた。二つの村には護衛を雇うための『冒険者ギルド』や『傭兵ギルド』があるからというのがその理由だ。ハウル村にはそんなのないものね。


 カフマンさんは「ハウル村に護衛を宿泊させるための施設があれば、カールに面倒をかけなくて済むんだけどな」と申し訳なさそうにしていた。でもカールさんは「鍛錬を兼ねているから気にするな」と言って笑っていた。


 カールさんは雪の中を移動することで体を鍛えているらしい。彼は護衛に出ても必ず日帰りで帰ってくる。そしてその度に少しずつ帰ってくる時間が早くなってきている。鍛錬の成果は確実に出ているみたいです。






 私がそれらのことをガブリエラさんに伝えると、彼女は何とも微妙な顔をして「ああ、そうですの」とだけ言い、私に問いかけた。


「ところであなたの後ろにいるあの方はどなたなの?紹介してくださらないかしら。」


「あの人はテレサさんです。村の人の病気やケガを治してくれるすごい人なんですよ!」


 ガブリエラさんにじっと見つめられたテレサさんが、前に進み出て挨拶をした。


「聖女教会司祭のテレサと申します。この村で修行させていただいています。よろしくお願いいたします。」


「錬金術師のガブリエラです。ドーラに錬金術を教えるためにこの村におりますの。こちらこそよろしくお願いいたしますね。」


「ドーラさんに錬金術を?」


「ええ、そうです。」


 ガブリエラさんはにっこり笑ってテレサさんをじっと見つめた。対するテレサさんは探るような目つきでガブリエラさんを見ていた。






「失礼ですが、どのような経緯でドーラさんに魔法を・・・。」


「お答えする必要はありません。」


 ガブリエラさんはテレサさんの質問を笑顔で遮った。笑顔だけれど「これ以上何を聞いても答えませんよ」という時の顔をしている。話せないのはやっぱり、王様から口止めされてるからなのかな?


 ガブリエラさんが黙っている以上、私が話すわけにもいかないし、聞かれても黙ってよっと。






 質問を遮られて面食らうテレサさんに、今度はガブリエラさんが問いかけた。


「あなたは王都北のドルーア修道院へ行ったことがおありですかしら?」


「・・・はい。ほんの数日ですが、逗留させていただきました。」


「まあ!私もしばらくあの修道院で暮らしていましたの。院長様や他の道女の皆様はお変わりなかったでしょうか?」


 テレサさんはガブリエラさんの問いかけを訝しむ様子だったけれど、ガブリエラさんの言葉を聞いて、少し肩の力を抜いた。


「ああ、それで修道院のことをお尋ねになったのですね。私はてっきり・・・。」


「てっきり・・・なんですの?」


「い、いえ、こちらの話です。忘れてください!」


 テレサさんは両手をあわあわさせながら、話をごまかそうとした。ガブリエラさんは目を細めて優しい笑顔で彼女を見つめていた。






「修道院の院長様はじめ、皆さんお元気そうにしていらっしゃいましたよ。」


「それはよかったです。あそこには幼い子供たちも大勢いますから、様子が気になっていましたの。」


「子どもがお好きなんですね。さっきも大勢の子供たちに慕われていらっしゃいましたし。」


「ええ、おっしゃる通りですわ。もしよかったら、あちらでゆっくり子供たちの様子を聞かせていただけませんか?」


「はい、喜んで!」


 ガブリエラさんはテレサさんを連れて集会所のほうに歩いて行ってしまった。ドルーア修道院っていうのはガブリエラさんの妹がいるところだったはずだ。きっと妹さんの話を聞きたいのだろう。


 でもなんで直接「ミカエラはどうしてましたか」って聞かなかったんだろう?あれも『貴族の嗜み』っていうものなのかな?人間って、やっぱり面白いです!






 日が暮れる少し前にカールさんが村に戻ってきて、皆で夕食を食べることになった。


 今日の夕ご飯は、ガブリエラさんたちがお土産としてたくさん持ってきてくれた魚と貝の干物を使った料理だ。


「この小魚と貝で作ったスープはものすごく美味いな!これ作ったのペンターって本当か!?」


 フランツさんが驚きの声を上げた。マリーさんやグレーテさんもしきりに頷いている。


「ああ、この人は顔に似合わず、こういう細かい仕事が上手いんだよ。」


「顔は関係ないだろフラミィ。この料理はな、魔道具作りで一緒に働いてた連中に教わったんだ。やっぱ海辺に住んでるだけあって、魚介の扱いが上手いんだよなー。」


「この焼いたお魚も美味しいね!」


「そうだろエマ!でもスーデンハーフではな、もっと美味しい魚料理がいっぱい食べられるんだぜ!」


「すっごーい!!」


 和やかな食事が進む中、テレサさんがハッとしたように呟いた。






「このスープ、香辛料スパイスが入ってます・・・!」


「あら、さすが西方の方ですわね。仕事の成功の褒美としてサローマ伯爵に少し分けていただきましたの。ほんの小瓶一つ分ですけれど・・・。」


 そこまで言ってガブリエラさんはぎょっとして言葉を止めた。スープを飲んだテレサさんが涙ぐんでいたからだ。


「ど、どうかなさいましたか、テレサ様?」


「お見苦しいところをお見せしてすみません。久しぶりに故郷の味を思い出してしまって・・・。」


「ああ、テレサ殿の故郷では香辛料と砂糖を使った料理が一般的だとおっしゃっていたな。」


 カールさんがなるほどというように頷いた。皆が話している『香辛料』というのはスープに入っているよい香りのする植物の欠片のことらしい。これ、どっかで嗅いだことある匂いだ。どこだっけ?






 私がぼんやり考えていたら、ガブリエラさんに声をかけられた。


「・・・ドーラ?今の話を聞いていましたか?」


「え、何の話でしたっけ?」


「やっぱり聞いてなかったのですね。香辛料は薬品の材料としても使えるから、後で教えてあげるわと言ったんです。」


「すみません!ありがとうございます!」


「ふふ、知らないものにすぐに夢中になるのがあなたの悪い癖ですわね。お気をつけなさい。」


 ガブリエラさんが微笑みながら私にそう言った。ちょっと前と比べてずいぶん話し方が鷹揚というか、ゆとりのある感じで話すようになってる気がする。


 そんな彼女の様子を、カールさんは懐かしいものを見るような目で見ていた。






 翌日から私とガブリエラさんは薬づくりの修行をすることになった。なったのだけれど・・・。


「ガブリエラ様、なんかすごい、いっぱい泡が出てきて・・・!あ、ああ、溢れてきました!!」


「!! 何やってますの、このおバカ!」


「ああ、さっき混ぜた粉がびしょ濡れに!!」


「ドーラおねえちゃん、あのお鍋、焦げてるよ!」


「忘れてた!早く止めないと!」


「急に動かないで!!その手に持った容器をまず・・・ああ!!」


 手に持った撹拌容器で机の上のものをひっくり返してしまい、中身が床に散らばる。素材同士が反応して、もくもくと白い煙が上がり始めた。






 エマがすかさず窓を開け、ガスを逃がしてくれたものの、三人とも刺激臭に鼻をやられて、咳とくしゃみが止まらなくなってしまった。


 ガブリエラさんが咳き込みながら大慌てで薬品を中和する作業をしている間に、私はエマを部屋の外に連れ出し、顔を洗わせた。


「ごめんね!大丈夫だった、エマ!?」


「お鼻が痛かったけど、もう平気。ガブリエラおねえちゃん、大丈夫かな?」


「!! お水持って助けに行かなきゃ!」


「あ、待って、ドーラおねえちゃん!!手桶は私が持つから!!」


 私が水甕から水を汲みだした手桶をエマに取られてしまった。私はエマの後ろをついて、ガブリエラさんのところに戻った。






「ドーラ、はっきり言わせてもらうわね。このままでは、あなたにこの仕事は無理です。ちょっと方法を考えるから、ペンターの所に行ってきて頂戴。」


 私はエマと一緒に部屋を追い出されてしまった。また失敗しちゃった。ダメだな、私。


 こんな風になってしまったのはこれが初めてではない。すでに3回も同じようなことをしていて、そのたびに部屋を追い出されているのだ。


「元気出して、ドーラおねえちゃん。あたしがまた手伝ってあげるから。ね?」


「うん、ありがとうエマ・・・。」


 エマが私を慰めてくれた。私はトボトボと雪道を歩きながら、自分の手をじっと見た。







 私はいまだに手の力加減が上手くできないでいる。少しずつ字の練習もしているし、紐も簡単な結び方ならできるようになった。


 でも薬を作る時のような繊細な作業は、まだかなり難しい。素材を刻んだり、量ったり、混ぜ合わせたり・・・。薬づくりは私の苦手な作業ばかりなのだ。


 自分で出来ないのなら魔法でやればいいと思い、《自動書記》の魔法をもとにして、いくつかの魔法を作ってみた。でもうまくいかなかった。


 確かに一つ一つの作業は魔法の力でこなせるのだけれど、それを次の作業につなげるときに、どうしても手を使う場面が出てきてしまうからだ。


 剣や塩を作ったときみたいに、二つくらいの素材なら扱うことは出来ても、複数の素材を複雑な工程で組み合わせていく薬づくりは、魔法を使っていても私にはまだ難しいのだ。






 どうすればいいかと悩みながら歩いているうちに、ペンターさんの仕事現場に辿り着いた。ペンターさんが今作っているのは、ガブリエラさんの工房兼住居だ。


 ガブリエラさんが「出来るだけ早く工房を準備してほしい」と言ったので、ペンターさんが「ほかならぬガブリエラの頼みだから」と無理を押して作業を始めたのだ。


 雪の中でも作業ができるように、私が作業場全体に《雪除け》と《保温》の魔法を使っている。だからこの現場のあたりだけは、雪景色の中にぽっかりと春が来たみたいになっていた。


「ドーラさん、またガブリエラに追い出されたのかい?」


「そうなんです。どうしてもうまくいかなくて。」


 私はペンターさんが工房の組み立てに使う材料を、魔法でどんどん加工しながら答えた。この作業にもかなり慣れてきたので、今ではかなり複雑な形でも加工できるようになっている。


 こういう一つの動作で終わるようなものなら、簡単にできるんだけどなー。






「こんなに魔法で何でもできるのに、不思議なもんだよなあ。まあ、俺はおかげで手伝ってもらって助かってるけどな。ありがとうドーラさん。」


 ペンターさんが優しく私を慰めてくれた。おかげでへこんでいた心が少し明るくなった。


「ペンターさん、あとどのくらいで出来上がりそうですか?」


「ドーラさんが材料をほとんど加工してくれてるから、今月の半ばくらいまでには完成しそうだぜ。内装や家具を除けばの話けどな。ドーラさんの手助けには本当に感謝してるぜ。」


 ペンターさんの言葉を聞いてエマが何か閃いたように顔を輝かせた。


「ドーラおねえちゃんにも手助けしてくれる人がいればいいんじゃない?」


 ペンターさんに道具を手渡しながら、エマが言った。確かにエマが手伝ってくれているときは、割とうまくできている。ただいつでも手伝ってもらうわけにはいかないし、出来るだけ自分で頑張ろうとして、さっきのあの大惨事だったのだ。






「なんか魔法でそういう手伝いをしてくれる人を出せない?」


「うーん、土魔法に《土人形ゴーレム創造》っていう魔法はあるけどねー。」


 私はエマにせがまれて《土人形創造》の魔法を使って見せた。足元の地面がもこもこと盛り上がり、私の身長の2倍くらいの土でできた巨人が現れた。


「すごいね、おねえちゃん!!・・・でもこの子じゃ薬づくりは無理かな?」


 エマが土人形の手を見ながら言った。土人形の手は単純な四角い拳に、エマの腕の太さの指が5本、並んでくっ付いているだけだ。繊細な動きなどは到底できそうにない。


「自分の身を守ったり、単純な力仕事をさせたりはできるんだけどね。それにこの子、作ったこの場所から遠くに離れると崩れちゃうの。」


「それじゃあ、薬づくりには使えねぇな。」


 ペンターさんが肩をすくめた。がっくりと項垂れる私に、エマが言った。


「お人形の形を変えたりはできないの?」


 エマはすごい。いろんなことをすぐに思いついてくれる。やっぱりエマは可愛くて、賢くて、発想力が豊かだ。


「そうだね、エマ!やったことないけど、試してみるね!」






 私は魔法をいろいろ弄って土人形の形を変えてみようと頑張った。多少大きさを変えることはできたけど、基本的な形は変えられなかった。


 唯一の例外は、私とそっくりの姿に変えることができただけだ。でも作業させてみたら、私と同じくらい不器用だったので、まったく役に立たなかった。


 ちなみに土人形は服を着ていないので、ペンターさんはそっと目を逸らし「こりゃあ、目の毒だな」と呟いた。


 私とエマが私そっくりの人形を何とかうまく扱えないかと悪戦苦闘していたら、ガブリエラさんが私を呼びに来た。


「部屋の片づけが終わったから来てみれば、随分と面白いことをやっていますわね。」






 彼女は私の作った土人形をじっくりと眺めた後、私たちからこの土人形を作ることになった経緯を聞いた。


「なるほど、ドーラの手伝いをしてくれるものを作ろうとしたのね。発想としてはとても面白いわ。」


 彼女はエマの頭を優しく撫でながら、目をつぶり考え込んだ。やがて私に向きなおると、こう言った。


「それなら私に考えがあります。ドーラ、あなたに召喚魔法を教えてあげましょう。」






種族:神竜

名前:ドーラ

職業:ハウル村のまじない師

   文字の先生(不定期)

   土木作業員(大規模)

   鍛冶術師の師匠&弟子

   木こりの徒弟

   大工の徒弟

   介護術師(王室御用達)

   侍女見習い(元侯爵令嬢専属)

   錬金術師見習い

   薬師見習い

所持金:1683D(王国銅貨43枚と王国銀貨1枚とドワーフ銀貨10枚)

    → 行商人カフマンへ5480D出資中

読んでくださった方、ありがとうございました。

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