49 使命
短めのお話です。
私の名はテレサ。聖女教会西方大聖堂の司祭です。諸国を巡り聖女になるための修行という名目で旅をしてます。本当の目的は復活を遂げたかもしれない悪神を探索することです。
今年の春頃、当代の聖女様が、大陸東端に巨大な魔力の波動を持つ存在が出現するのを感知しました。大陸の東側はかつて世界を滅ぼそうとした悪神たちが支配していた地域です。
悪神たちは初代の聖女様をはじめ、各地から集った勇者たちによって討伐され、次元のかなたに消え去ったと言われています。
それより幾世紀。いくつかの大きな戦乱などはあったものの、世界を滅ぼすほどの悪神が出現することはなく、人間は繁栄の時代を謳歌してきました。
聖女教の信徒の中にさえ、悪神などただの伝説ではないかと考える者が多くいます。ましてや他の神を信奉する人々にとっては、ただのおとぎ話に過ぎないと思われているのが現状です。
しかし、聖女教会はいつか悪神が復活するかもしれないと危惧し、密かに世界を監視し続けていたのでした。
古の悪神たちは、無限に不死者を生み出す暗黒竜を使役し、世界を闇で覆いつくそうとしたと伝えられています。
しかし暗黒竜は初代の聖女の祈りによって出現した『光の巨人』に滅ぼされました。これにより悪神たちは力を失うことになったのです。
歴代の聖女たちは長い長い間、悪神と暗黒竜復活の兆しを探し続けてきました。そして今年の春、その兆候らしきものが現れたのです。
私は聖女様より直々にその調査を命じられました。その時、聖女様は私にこうおっしゃったのです。
「私が感じ取ったのは、光とも闇ともつかない、巨大な力の波動です。信妹テレサ。どうかその力を見極めてきてください。悪しきものがその力を手にすることがないようにしなくてはなりません。あなたの行く手に神のお導きがありますように。」
齢100年を越えているとは思えないほど穏やかで力強い声で、聖女様は私の旅立ちを祝福してくださいました。私の直接の師でもある聖女様の期待に応えるべく、私は聖都エクターカーヒーンを旅立ったのです。
私は生まれつき強い魔力感知の力を持っていました。厳しい修行と絶え間ない研鑽によって磨き上げられた聖女様のお力には到底及びませんが、それでも他の聖職者たちには負けないと自負していました。
私なら容易く出現した魔力の源を探し出すことができる。そう思っていたのです。ですが旅立ってすぐに、私は自らの傲慢さに気づかされました。
確かに大陸の東に近づくにつれて、恐ろしいほどの魔力の圧迫感を感じるようになりました。ですが、私の魔力感知の力はあまりにも強い魔力の波動に塗りつぶされてしまい、細かい位置や方向などを知ることができなかったのです。
例えるなら巨大な泉の真ん中を泳ぎながら、水の湧き出る場所を見つけ出すような感じです。私は仕方なく巨大な魔力によって異変が起きているところがないか地道に調査することにしました。
しかし風習や文化の違うこの地方での調査は、大変困難なものでした。私は自分の傲慢さを恥じ、神への懺悔を捧げるため王都の辺境にあるという修道院を目指しました。
私の祈りに神は応えてくださいました。なんと私のいる修道院に、巨大な魔力を持つ存在が侵入しようとしてきたのです。
私はやっと念願の相手に接触することができました。翼のある人影を目撃しただけでしたが、手がかりを掴むことができたことを私は神に感謝しました。
あの存在の目的は私の抹殺かもしれない。そう考えた私はできるだけ人里離れた場所を移動しながら、調査を続けました。
そしてついに核心に触れると思われる異変に出会ったのです。
それは冒険者風の見た目をした若者、カールが持つ剣でした。彼は腰に二振りの剣を佩いていました。ですが右の腰に下げた剣からは、この国を覆いつくすような魔力の波動が一切感じられなかったのです。
それはインクで黒く塗りつぶされた絵の中に、ぽっかりと浮かんだ空白のように目立つものでした。彼と会うのは2回目だったのですが、前回会った時には、なんとなく違和感があったものの、剣を直接目にしていなかったので分からなかったのです。
ですが今回ははっきりとそれを目にすることができました。彼の剣には周囲の魔力を封じるほどの強大な力が込められている。私はそう確信しました。
私は彼の相棒である行商人の若者カフマンから、いろいろなことを聞き出すことができました。
カールのいるハウル村には不思議な魔法を使う娘がいること。カールは王に派遣された貴族であるが日頃は身分を隠していること。そしてカールがその娘ドーラを常に監視していること。
ハウル村は王都領辺境の開拓村で、よほどの用事がない限り訪れる者もないとカフマンは言いました。復活したばかりの悪神が身を隠すにはうってつけの場所です。
悪神たちは人の魂を食らって自らの力に変える技を持っていたと伝えられています。魂を食われたものは、呪われた不死者となり悪神たちの忠実な下僕となるのです。
この国の王は悪神の存在に気付いており、その監視のためにカールが派遣されたのではないか。私はそう考えました。
私は自分の考えを確かめるため、彼らの旅に同行させてほしいと頼みました。人の好いカフマンはすぐに了承してくれましたが、カールは私のことを少し疑っているような素振りが見えました。
カールと直接接触するのは危険かもしれないと思った私は、カフマンから彼の剣についての情報を得ようと試みました。
「あいつはあんな優男風な成りをしてるくせに、とんでもない剣の達人なんですよ。俺の命の恩人なんです。」
彼は嬉しそうに、カールが魔槍術を使う野盗を剣一本で倒した話を聞かせてくれました。魔力戦闘術を使う相手に普通の剣で立ち向かうなど、正気の沙汰ではありません。怪しすぎます。
「カールさんは剣を二本持っていますよね。あれはなぜだか知っていますか?」
「普段は左の剣しか使わないんですよ、あいつ。右の剣は『誓い』のせいで使えないとかって言ってました。」
これはかなり大きな手掛かりです。契約魔法の中には特定の条件を満たすことで、自分の力を飛躍的に向上させる《制約》という魔法があります。
彼が『誓い』といったのはこの魔法のことかもしれません。この国の王は『賢人王』と呼ばれた偉大な魔術師の血を引いていると聞いています。
彼にあの剣を授けたのは国王ではないでしょうか。もちろんそれは監視している悪神を倒すためです。カールは自らの力に《制約》をかけて、そのための力を蓄えているのでしょう。
そう考えれば、あの剣の謎も納得がいきます。《制約》によって強い封印の力が働いているため、周囲の魔力を打ち消してしまい、まるで空白のように見えるのです。
ここから浮かび上がる事実は一つしかありません。カールが監視している娘ドーラこそが、私が探している悪神に他ならないということです。
国王が悪神の正体に気づきながらドーラを討たない理由は、何か魔術的な条件があるのかもしれません。聖女様は私に「出現した力は光とも闇ともつかない」とおっしゃいました。
ドーラは悪神の生まれ変わり、もしくは依代のような存在で、強大な力を持っているがまだ悪神としては覚醒していない、と考えてみてはどうでしょう。
覚醒していない状態の悪神を討つことで、呪いの力の拡散のような、何らかの不利益が生じるから?
それとも覚醒する前の悪神を滅ぼすために、強大な儀式魔法などの準備を整えているから?
理由は推測でしかありませんが、こう考えると納得できる気がします。かなり核心をついているのではないかと思えました。
もし私の予想通りなら、悪神を滅ぼすために派遣されたカールは、当代の勇者の一人ということになります。勇者に協力するのは聖女教の聖職者としての私の義務です。
私はカフマンと話しながらそっとカールの様子を伺いました。彼は一見、何も考えていない自然体のように見えます。
ですがこれは悪神を討つという使命を持った勇者であることを、悟られないようにするための演技に違いありません。敵を欺くにはまず味方からということなのでしょう。
私は彼の演技に協力することにしました。そして彼が悪神と対峙するその時には、私が彼を支えようと、心に誓ったのでした。
その後、私たちはカフマンとともに商業ギルドの王都領西部支部を尋ねました。カフマンを門前払いしようとする商業ギルド職員をカールが自らの身分証を見せて『説得』し、職員が光の速さで土下座するという一悶着を経て、私たちはハウル村へと旅出つことになりました。
これが悪神討伐のための第一歩だと思うと、自然に身が引き締まり、聖印を握る手に力がこもります。私はカフマンたちが荷を積む様子を見ながら、そっと傍らのカールに話しかけました。
「カール様の使命に、私もできるだけ協力させていただきます。」
彼はハッとした顔をして私のほうを見ると、声を潜めて私の言葉に応えました。
「・・・陛下は聖女教会にも助力を?」
「いいえ、正式にはまだ。しかし私自身は聖職者として、あなたと同じように人々のために命を捧げる覚悟はできています。」
「陛下はこれ(ドーラを守ること)が、この国のみならず、世界の安寧につながると考えておいでです。しかしそれにはまだ時間が必要なのです。この件はどうか内密に願います。」
「心得ております。これ(ドーラを滅ぼすこと)は、我々にとっても長く待ち望んだことです。焦らず確実に成し遂げましょう。あなたに神の導きと聖女の祝福がありますように。」
私が聖句を唱えると、彼は周囲に気づかれないようそっと頭を垂れました。私は、私の守るべき勇者様のその姿にひどく心を打たれました。
私が彼を守るのだ。私は任務を達成するために、困難を乗り越える力をくださいと神に祈りを捧げました。
通信魔法の《念話》を使って、ガブリエラさんに呼びかけをした私は、王様の部屋から、スーデンハーフ町にあるガブリエラさんの部屋に《転移》した。
「ガブリエラ様ー、これいつもの王様からの手紙です。」
私は服の前にある大きめのポケットから王様の預かった手紙を、彼女に渡した。
「いつもご苦労様、ドーラ。」
「王様が魔道具のこと、すごく喜んでましたよ。あとどのくらいかかりそうなんですか?」
「今、作ってる分が終わったらこの冬の分はすべて完成ね。後始末が終わったらすぐにハウル村に戻るつもりよ。」
「それはよかったですね!おめでとうございます。」
魔道具の完成を祝って言った私の言葉に、彼女は目を伏せてしまった。あれ、何かいけないこと言っちゃったかな?
「あの、ガブリエラ様、何か・・・。」
「ううん、ドーラ何でもないのよ。あなたも今までよく頑張ってくれたわね。ありがとうドーラ。」
私にそう言った彼女の様子は、言葉と裏腹に何か隠していることがあるような気がした。
「ガブリエラ様、もし何か困っているんなら、私に教えてください。」
彼女は私の顔をまじまじと見た後、ちょっと目を伏せてフッと笑った。
「美味しい魚料理が食べられなくなるのが残念だって思ってただけよ。それよりも私の出した宿題は終わったのかしら?」
彼女は明らかに何かを隠して無理している。でもそれを絶対に私に話すつもりがないということも分かってしまった。
「私はいつでもガブリエラ様のこと、大事に思ってますから!あと宿題はたぶん終わってます。《分析》してもいいですか?」
彼女は目を逸らし黙って頷くと、私の前に杖を差し出した。
私の宿題はガブリエラさんの持っている杖の材質を《分析》すべて見分けるというものだ。私は杖に魔法をかけた。
「《分析》」
杖の元になっているイチイの木の芯材のほか、いくつかの薬品やフクロウの羽、そして水の魔石が使われていることが分かった。不明な素材はない。
私が判別できた材料を並べていくと、彼女は満足そうに頷いて、私の頭を撫でてくれた。やったね!!
「うん、よくできたわね。私が森の素材から加工・抽出した素材や調合した薬品類も完璧に判別できているわ。」
「ガブリエラ様のお部屋のもの、メモをもとに全部《鑑定》しましたから。でも一つ一つの使い方や性質とかはわかりませんよ?」
「それはこれから教えてあげる。これに合格したら、次は薬づくりだって言ったでしょう。早くできるようになって、私を貴族に・・・。」
彼女はそこまで言いかけて、急に言葉を飲み込んでしまった。
「ガブリエラ様、大丈夫ですか!?顔色が・・・!!」
「少し疲れたみたい。もう休むわ。いつものアレ、お願いできるかしら。」
私は《どこでもお風呂》で念入りに彼女の疲れを取った後、《安眠》の魔法で眠らせた。今日の彼女は変だ。いつもなら私に預けるはずの王様への手紙も渡さなかったし。
何かあったのかもしれないと心配になったけど、彼女は私に話す気はなさそうだ。こんな時にカールさんがいてくれたらいいのに。私は自然とカールさんのことを考えた。
カールさんがハウル村を出てもう9日目。何事もなければあと少しでカールさんはハウル村に帰ってきてくれる。
私ではガブリエラさんにどうしてあげることもできない。でも彼ならきっとガブリエラさんの支えになるはずだ。
そう考えると安心する反面、私の胸はきゅっと痛くなった。これは寂しいからかな?それとも悲しいから?
私は《転移》の魔法で、ハウル村の自分の寝床に帰った。寝台の上に腰かけて耳を澄ます。カールさんたちの帰ってくる音が聞こえないかなと考えて。
でも聞こえたのはしんしんと降り積もる雪と風の音、そして村のみんなの寝息だけだった。
誰もいない、暗い屋根裏に一人座ったまま、私はそうやってじっと耳を澄ましながら、夜明けが来るのをひたすらに待ち続けたのでした。
種族:神竜
名前:ドーラ
職業:ハウル村のまじない師
文字の先生(不定期)
土木作業員(大規模)
鍛冶術師の師匠&弟子
木こりの徒弟
大工の徒弟
介護術師(王室御用達)
侍女見習い(元侯爵令嬢専属)
錬金術師見習い
薬師見習い
所持金:563D(王国銅貨43枚と王国銀貨1枚とドワーフ銀貨3枚)
→ 行商人カフマンへ5480D出資中
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