41 魔道具作り
短いお話なのにいつもの三倍くらい時間がかかりました。調べ物をしてたら楽しくなってしまって、気が付いたらもう夕方。びっくりです。魔道具の設定、いろいろ問題あると思います。気になる点など教えていただけるとありがたいです。
冬の最初の月が終わろうとする夜、私はガブリエラさんから頼まれたものを持って、王様に会いに行った。
「これが魔道具の試作品というわけか。こんなに短期間でできるとは・・・。やはり彼女は素晴らしい錬金術師だな。」
私とペンターさん、フラミィさんが一緒に作った魔道具の『模型』を見ながら王様が呟いた。私はさらに木板を《収納》から取り出して王様に渡した。
「こっちには、魔道具の中に刻む予定の『魔方陣』が書いてあるそうです。どこにどの魔方陣が来るかは模型に印がつけてあるって、ガブリエラ様がおっしゃってました。」
王様はテーブルの上に乗せた模型を三つに分けて、中に入っている金属板や繋がっている管を確認し始めた。
この塩作りの魔道具は三層構造になっている。ペンターさんは出来上がった形を見て「細長い三階建ての家みたいだな」と言っていた。でも村のお家とは違い、上から見ると八角形の形をしている。
一番上の一層目は海水を汲み上げて下の層に向けて散布するための層だ。外側に伸びた大きな管が付いていて、汲み上げられた海水は魔道具の側面につけられた散水口から《送風》の魔法によって下の層に向かって散布される。
ちなみに《送風》の魔法で管の中の空気を抜くと、下から自然と水が昇ってくるのを見て、私はものすごく驚いてしまった。ガブリエラさんが『空気圧』や『高低差』っていう言葉で説明してくれたけれど、ちょっとしか分からなかったので、これからもっと勉強しようと思う。
真ん中の二層目は、壁の内側と床に当たる部分に金属が張られている。この金属板には《加熱》と《乾燥》の魔方陣が描かれていて、上から散布された海水を蒸発させることができる。
この二層目は部屋の床が下に向けて窄まった形になっていて、真ん中に穴が開いている。ガブリエラさんが言うには部屋全体が『漏斗』の形になっているそうだ。村のおかみさんたちが油を搾るときに陶器で出来た漏斗を使っているので、私も見たことがあった。
出来上がった塩は漏斗の穴から下の三層目に落ちていき、蒸発した水は一層目の天辺に付けられた管を通って外に出ていく。私も村の子供たちと一緒に、塩水を使った『実験』を見せてもらったけれど、金属板に触れた塩水が一瞬で蒸発し、サラサラの塩ができる様子はとても面白かった。
ガブリエラさんが一番苦労したのはこの二層目作りだった。最初に模型を作ったときには蒸発させた水、『蒸気』がうまく外に流れ出なかったのだ。海水を散布すると、蒸気がすぐに水に戻ってしまう。それを解決するためにペンターさんと何度も模型を作り直しては、蒸気を出すための管の位置や大きさ、《送風》の魔方陣の出力や風向きを調整していた。
その甲斐あって、海水を散布させ続けたまま、蒸気だけを取り出すことができるようになった。出来上がったとき、三人は抱き合って喜びあったそうだ。(ペンターさんがすごくうれしそうに教えてくれた。)
一番下の三層目は乾燥させた塩を取り出すための層だ。二層目の塩の出口には《雨避け》の魔方陣が描かれている。だから二層目からは乾燥させた塩だけが落ちてくるのだ。
三層目の部屋全体には私が作った《異物除去》の魔法が、魔方陣にして描かれている。魔方陣を描いたのはもちろんガブリエラさんだ。この部屋に落ちてくる塩からゴミなどを取り除くことができる。
私もガブリエラさんから魔方陣の書き方を少しづつ教わっている。自分の手で書くことはまだ難しので、書くときには《自動書記》の魔法を使っているけれど、少しずつ手でも書けるように練習中だ。
この魔道具に使われているのはすべて生活魔法の魔方陣だ。だから魔力の低い人でも動かすことができる。
ガブリエラさんは出来上がった塩を自動で取り出せるようにしたかったみたいだけど、そうすると魔力の消費量が跳ね上がるとかで諦めざる得なくなり、とても悔しがっていた。
出来上がった塩を運び出すのは人の手でやればいいとフラミィさんは言っていたけれど、ガブリエラさんは今後の研究を続けるつもりのようだった。
王様は模型をいろいろな角度から眺めては、一つ一つ頷いていたが、水を汲み上げたり蒸気を逃がしたりする管を指で触って、驚いたように私に尋ねてきた。
「この管は金属で出来ているのか。こんな形をどうやって作ったのかね?」
「これはフラミィさんに教えてもらいながら、私が《金属形成》の魔法で作りました。」
この管を何で作るかで、三人はかなり困っていた。最初は木で水路を作ろうとしていたのだけれど「気密性に欠けるから魔力消費が大きくなりすぎる」とガブリエラさんが文句を言ったのだ。
気密性っていうのは空気が漏れないようにするってことらしい。空気が漏れることと魔力の消費にどんな関係があるのか、私には全然わからなかった。
三人は陶器や丸太をくり抜いた管など作ってはいろいろ試していた。でも強度が足りなかったり、重くなりすぎてしまったりでうまくいかなかったのだ。
最終的にフラミィさんが「ドーラの魔法でなら、金属で作れるんじゃないか?」と言い出した。呼び出された私がフラミィさんの指示通りに作ったら、金属の管が出来た。
王様は私の話をじっと聞いていたけれど、真剣な顔で私に尋ねた。
「ドーラさん、この管のことを誰かに話したかね?」
「いいえ、誰にも話していません。ガブリエラさんが『これは絶対に誰にも話すな』って言ったので。あ、王様には話してもいいそうですけど。これ、そんなに大変なことなんですか?」
「うむ。今の鍛冶師の技術では到底作り出すことのできないものだ。似たようなものはドワーフ族が作っているが、ここまで完璧な形の管は彼らでも作り出せまい。まあ、彼らは秘密主義だからひょっとしたら隠しているだけかもしれんがね。」
王様はこの管の作り方を知りたいと言ったので、私は説明してあげた。
「なるほど空間魔法と火属性・土属性魔法の混合魔術か。理論上は可能だろうが、実用レベルで使いこなせるものはほとんどいないだろうな。」
「ガブリエラさんも同じことを言ってました。」
「流石だな。この魔法の危険性と有用性をよく理解している。ドーラさん、この管は私が作ったということにしておく。それで構わないかね?」
「いいですけど、なぜですか?」
「君がこの管を作れることを知られたら、君や君の周りの人に危害が及ぶかもしれないからだ。君の力は大きすぎるんだよ、ドーラ。」
私はともかく、エマやマリーさんたちが危ない目に遭うのは嫌だ。私は王様に分かりましたと返事をした。
「この魔道具はいつから作り始められそうかな?」
「ガブリエラ様はすぐにでも取り掛かれるから、スーデンハーフに行けるよう手配してほしいって言ってました。あとフラミィさんとペンターさんも一緒に連れて行ってほしいそうです。」
「なるほど承知した。明日にでも迎えのものを差し向けると伝えてくれ。ハウル村に着くのは三日程後になるだろうから、準備を整えておくといい。」
「分かりました。ちゃんと伝えますね。」
「あと、この魔道具の魔方陣だが、ここを手直しするように伝えてくれ。こうすればさらに魔力の消費を抑えられるはずだ。」
王様は赤いインクでガブリエラさんの木板にさらさらと何か書き加えてから、私に渡してくれた。
私は模型と木板を《収納》にしまい込むと、王様に聞いてみた。
「王様、質問があるんですけど、いいですか?」
「もちろんだとも。答えられることなら何でも答えよう。」
「ドワーフさんってどこにいるんですか?」
「ドワーフ族はこの王都の北、ドルーア山の北方に広がる山岳地帯に王国を築いている。王国は彼らと昔から技術交流をしているんだよ。王立技術院に何人か技師として来てもらっている。」
「ドワーフさんたちの国に入ることって出来るんですか?」
王様は困ったような顔で笑いながら、私に言った。
「彼らはとにかく秘密主義でね。自分たちの王国に他種族を入れることをひどく嫌っているんだ。私も彼らの王国内部の様子はよく知らないんだよ。」
そうなんだ。あんなきれいな銀貨を作る人たちに会ってみたかったんだけど。ちょっと残念です。
「まだ聞きたいことがあるかい?」
「はい。王様はガブリエラ様の妹さんを修道院ってところに閉じ込めているって聞きました。どうしてそんなひどいことをするんですか?」
「・・・こういう言い方で信じてもらえるかどうかわからないが、あえて言わせてもらうなら、ガブリエラ殿と妹御の身を守るためだ。」
「身を守るため?」
「彼女たちのことをひどく恨んでいる者がこの国には大勢いるのだよ。そしてそんな彼女たちを利用しようとする者もね。」
「?? よく分かりません。どうしてガブリエラ様たちがそんなに恨まれているんですか?」
「・・・それを私の口から語るのは公平ではないと思う。私は彼女たちの家族の命を奪った立場だからね。」
「ガブリエラ様の家族を!?そんなひどい!!」
私は驚いて思わず声を上げてしまった。だけど王様は表情を変えず、じっと私を見つめていた。私は王様がそのことでひどく苦しんでいるような気がした。
「何か事情があるんですね?」
「もちろんそうだ。だがさっきも言った通り、それを私の口から語るのは公平ではない。何を言っても言い訳になってしまうだろうからな。」
王様は痛みを堪えるように奥歯を食いしばった。そして私の目をまっすぐに見て言った。
「私は王としてガブリエラ殿の家族の命を奪った。さらに今は彼女の力を利用している。それが事実だ。」
「じゃあ、どうして王様はそんなに苦しそうにしているんですか?」
私の言葉に王様は驚いて目を見開き、泣き出しそうな顔で笑ったかと思うと、呟くように言った。
「私に・・・私にもっと力があれば、こんなことにはならなかったんじゃないかと今でも思っているんだよ。」
私は思わず王様に近づいて横に跪き、王様の手を取った。
「ドーラさん・・・。」
「何が正しいのか、何が間違っているのか、私には分かりません。でもあなたが苦しんでいることだけは分かります。今から出来ることはもうないのですか?」
王様は私の目をじっと見つめていた。やがてくっと口を歪め、上を向いたまま言った。
「そうだな。私は王だ。出来ることを考えなくてはな。」
王様は席を立つと執務机で手紙を書き、それを私に手渡した。
「ガブリエラ殿に渡してほしい。・・・私にとっても彼女にとっても、これは良い機会なのかもしれないな。」
王様はもう疲れたので休みたいと言った。私はいつものように王様の体を癒し、寝床に運んだ。王様の安らかな寝顔を見ながら私は、人の心もこんな風に簡単に魔法で癒せたらいいのに、と思わずにはいられなかった。
翌朝、私はガブリエラさんに王様の手紙を手渡した。彼女は手紙を読んだ後「考え事をしたいから」と言って部屋に閉じこもってしまった。
それから3日後、ハウル村の舟着き場に王様からの使いという人たちを乗せた舟がやってきた。キラキラ光る鎧を着た騎士さんや灰色のローブを纏い杖を持った人たちが、ガブリエラさん、フラミィさん、ペンターさんたちを迎えに来たのだ。
私も三人を見送りに行こうとしたが、カールさんに止められてしまった。仕方なくアルベルトさんの家でお留守番することにした。
「じゃあ、行ってくるわねドーラ。ちゃんと図面を見て確認しながら、どんどん材料を送ってちょうだい。」
「任せてください、ガブリエラ様!」
ガブリエラさんは白いローブの下に『礼服』という服を着ていた。この服を着て杖を持った彼女は、きりっとしててすごくかっこよかった。
そんな彼女とは対照的に、フラミィさんとペンターさんはひどく怯えきっていた。
「なあガブリエラ、やっぱあたしたちも行かなきゃダメかい?」
「あなたたちがいなければこの魔道具は出来ませんわ。それともこの仕事を他の職人に譲ってもよろしいのかしら?」
「「いや、それは・・・イヤだ!!」」
「なら堂々としていらっしゃい。貴族に囲まれるのが恐ろしいなら、私の側にいればいいわ。」
「便りになるな、ガブリエラは。まるで貴族様みたいに見えるぜ。」
ペンターさんの言葉を聞いて、ガブリエラさんは何とも言えない微妙な顔をしていた。
二人は大きな体を小さくして、ガブリエラさんに隠れるようにしながら家を出て行った。
後で見送りに行った子供たちに聞いたら、二人ともカチカチに緊張して、右手と右足を同時に出して歩いていたらしい。大丈夫かな。すごく心配です。
翌日から私はガブリエラさんたちが残していった木板の指示通りに、空間魔法を使って木を加工する作業を始めた。
船着き場にある集積所で丸太を、指定された寸法に切っていく。炭焼き作業の合間にアルベルトさんたちも手伝ってくれた。こうやって作った木材は、木材運搬をする職人さんが筏に組んでスーデンハーフの町まで運んでくれる予定だ。
ちなみに最初に使う分の材料は、王様の使いと一緒にやってきた運搬職人さんが、三人と一緒に町まで運んでくれている。だから今、切っているのは2台目以降の材料だ。
サローマ領は森がほとんどなく、建材が手に入らないらしい。幸い、街道づくりをしたときに根こそぎ引っこ抜いておいたオークの木が、私の《収納》の中にたくさん入っているので、材料には全く困らなかった。
ペンターさんたちが魔道具の外観を作り終えたら、金属部分を作るために私もこっそり作業現場に移動することになってる。
もちろん移動するのは真夜中だ。昼間の町の様子を見られないのはとても残念だけれど、エマたちを危険に晒すわけにはいかないからね!
午前中は子供たちと集会所で過ごし、午後からはひたすら木を加工し続けるという日が10日程続いた後、木材を運搬する職人さんから1台目の魔道具の外観が完成したという連絡が届いた。
その日の真夜中、アルベルトさんの家をこっそり抜け出した私は、空を飛んでスーデンハーフの町の郊外にある魔道具の建設場所に移動したのでした。
種族:神竜
名前:ドーラ
職業:ハウル村のまじない師
文字の先生(不定期)
土木作業員(大規模)
鍛冶術師の師匠&弟子
木こりの徒弟
大工の徒弟
介護術師(王室御用達)
侍女見習い(元侯爵令嬢専属)
錬金術師見習い
所持金:4603D(王国銅貨43枚と王国銀貨78枚とドワーフ銀貨9枚)
読んでくださった方、ありがとうございました。