40 設計図
話がほとんど進みません。「はい、出来ました!」でよかったかなと思ったのですが、書きたかったので書きました。ちょっと説明が多すぎるかなー。
冬の最初の月が終わりに差し掛かろうとしている日の早朝、ずっと部屋に閉じこもって木板とにらめっこしていたガブリエラさんが、突然部屋から飛び出してきた。
「ドーラ、見てちょうだい!やっと完成したわ!」
「あ、おはようございますガブリエラ様。何が完成したんですか?」
「《塩生成》の魔道具の設計図に決まってるじゃない!私がしてたこと、あなたも見ていたでしょう。」
「いや、何してるのかなーって私とエマが話しかけましたけど、ずっと夢中になっててお返事してくださらなかったじゃないですか。」
「あら、そうだったかしら?まあ、そんなことより、ようやく完成したわ。早速試作品づくりを始めるわよ!まずは材料集めから・・・。」
「その前に朝飯を食べてくれないかね?あんたの大声で、みんな目が覚めちまったみたいだし。」
グレーテさんはやれやれという感じで笑いながら私たちに言った。周りにはいつの間にか、眠そうな顔のフランツさんとアルベルトさんが、何事かと様子を見にきていた。
その後、朝ごはんを食べにやってきたカールさんを加えた食事の席で、ガブリエラさんがカールさんに材料集めの話をした。皆は食後の干した果実を食べながら二人の話を一緒に聞いた。
「ですから、カール様には材料集めに協力していただきたいんです。」
「それは構いませんが、何を集めるおつもりですか?」
「一番必要なものは魔法銀ですね。出来る限りたくさん集めたいです。」
「出来る限りたくさん、ですか。確かに陛下は『試作品の予算は王家が負担する』とおっしゃっていましたけど、そんなに一度に魔法銀を購入すれば相場が跳ね上がりますよ?」
「へえ、王様が予算をねえ。カール様、王様はどのくらいお金を出してくださるんですかい?」
フランツさんが興味津々といった感じで、カールさんに尋ねる。
「今回の塩作りには50万Dの予算をいただいています。」
フランツさんのあごが落ちるかと思うほど開いた。
「50万D・・・!?そんなの信じられませんぜ!!」
「本当にフランツの言う通りですわ。たった50万でこんな大型の魔道具を作れなんて、無茶を言うにも程があります。」
「いや、そっちですかい!?」
「?? どういうことですの?」
フランツさんはこの塩作りにそんなにお金がかかるなんて思っていなかったと話した。皆も同じように頷いている。でもガブリエラさんは、呆れたように言葉を返した。
「50万Dなんて、王家がサローマ領から買い入れる塩の二か月分にも満たない額ですわ。この魔道具が完成したら、そんなものあっという間に取り返せますわよ。」
「なんともすげえ話ですね。俺たちにゃ、とても想像がつきませんぜ。」
「ほんとにねぇ。あたしらが余分に10D稼ごうって思ったら、一体どれくらいかかることやら・・・。」
マリーさんが呆れたように呟いた。
「お言葉ですがガブリエラ殿。先ほどお聞きした試作品の大きさですと、魔法銀だけでほとんど予算を使い切ってしまうかもしれません。その後の移送や工事、設置費用を考えたらかなり厳しいと思いますが・・・。」
カールさんがあごに拳を当てて考え込む。私はカールさんに尋ねた。
「魔道具を運んだり、組み立てたりするのって、そんなに大変なんですか?」
「そうですね。この規模の魔道具なら専門の職人を何人も長期間雇い入れることになるでしょうし、サローマ領まで運ぶための馬車や船の手配、そして彼らの宿泊場所の確保なども考えなくてはなりません。さっきも言ったように、魔法銀の相場が高騰することを考えると、予算が不足するかもしれませんね。」
「『相場』って何ですか?」
カールさんは私に『相場』のことを教えてくれた。人間はお金(私の大好きな銀貨!)を使って物を買ったり売ったりしている。その時の値段を相場というそうだ。
「物の値段っていつも同じじゃないんですか?」
「いえ、その時々によって変わりますよ。例えば麦は、収穫の終わった夏の終わりから秋の初めはとても値段が下がります。国中に麦がいっぱいあって買う人が少なくなるからですね。逆に買う人が多くなる夏の初めごろにはすごく高くなります。」
「そうなんですね!あ、じゃあ、秋にたくさん取っておいて夏に売ればすごくたくさんお金が手に入るんじゃないですか?」
ふふふ、銀貨がいっぱい!!なんて素敵なんだろう!
「そうですね。一部の大貴族や商人たちはそれで多くの利益を上げているそうです。ただ、ほとんどの人は他人に売るほど麦を手に入れることができません。」
「そうだよなぁ。俺たちも今ある麦を食い終わっちまったら、芋や豆で食いつなぐしかねえもんな。」
「エマ、お芋も大好きだよ!」
アルベルトさんが肩をすくめながら笑い、エマの頭を撫でた。エマはうれしそうに目を細めて笑った。
「あと場所によっても物の値段は違うんですよ。」
「あ、それは知ってます!前にフラミィさんがノーザン村ではお塩が壺一つ40Dくらいだって言ってました。ハウル村では60Dくらいだったんですよね?」
「そりゃあ街道ができる前の去年の話さ。今年は45Dで買えたよ。あの街道のおかげで本当に助かってるぜ。」
私が何にも考えないで作っちゃった街道だけど、ちゃんとみんなの役に立っているみたいだ。本当に良かった!
「塩の値段で言えば、サローマ領のスーデンハーフの町では塩の壺一つで5Dしないくらいだそうですよ。」
「へえ、そんなに安いのかい!?」
グレーテさんがその話に思わず身を乗り出す。その直後、カールさんへの言葉遣いが悪かったことに気が付いて、バツが悪そうに「すみませんカール様」と謝った。カールさんは「お気になさらずに」と言って微笑んだ。
「王国の塩は専売制ですが、あれは王家が塩を買い入れて諸侯に売り渡すときの価格を決めているだけですから。産地で流通させる分には適用されないんですよ。」
そう言った彼に、ガブリエラさんが話しかけた。
「カール様は、随分とお金の話に詳しくていらっしゃるのね?」
「私はもともと王家に財政担当の官吏として登用されましたから。今はハウル街道の駐在管理官ですけどね。」
「・・・まあいいですわ。ところで管理官様、魔法銀を買うのが難しいって本当ですの?」
「魔法銀は王家が流通を厳しく制限してますから。ガブリエラ殿が想定している量を手に入れようと思ったら、50万ではとても・・・。」
「王家の備蓄分を直接買い取ることはできませんの?」
「他領に設置する魔道具ですからね。軍事転用の危険性を考えれば、かなり難しいと思います。」
「じゃあ、いったいどうすれば・・・。」
彼女は頭を抱えてしまった。そんな彼女にエマが話しかけた。
「ねえ、ガブリエラおねえちゃん、『まどうぐ』ってどうしても魔法銀じゃなきゃ作れないの?他のものじゃダメ?」
「・・・ドーラの作った《塩生成》って魔法は本当に常識外れなの。規模と起動に必要な魔力量を考えたら、魔法銀以外では耐えられないわ。」
「そうなんだー。木だったらペンターおにいちゃんが作ってくれたのにね。」
エマは残念そうに呟いた。ふむふむ、確かに木なら周りにいくらでもある。人間は誰もみんな賢い生き物なのだ。皆の知恵を集めたら、何か良い方法を生み出してくれるかもしれない。
「それですよ、ガブリエラ様!!エマの言う通りです!!ペンターさんやフラミィさんに相談してみましょうよ!!」
「ドーラ、あなた何を言っていますの?錬金術のことなんか知りもしない平民に、魔道具づくりなんかできるわけが・・・。」
「いいですから!ささ、行きましょ、行きましょ!」
「ちょ、ちょっと待ってドーラ!!」
私はガブリエラ様を半ば強引に立たせると、ペンターさんの家に行くように促した。
「・・・またドーラがなんか、やらかすかもしれないね。エマ、ドーラについて行っておあげ。ドーラがやらかしそうになったら、ちゃんと止めるんだよ!」
「うん分かったよ、お母さん!」
「エマ、私も一緒に行くよ。」
「カール様、二人をよろしくお願いします。」
こうして私たちは、フラミィさんたちのお家を尋ねることになったのでした。
フラミィさんとペンターさんもちょうど朝ごはんを終えて、これから仕事にかかろうとしているところだった。
「うわーすごい!何だかかわいい家具がいっぱいありますね!」
「大工仕事が出来ねえからよ。見よう見まねで作ってるうちに楽しくなっちまって。ついいろいろ凝っちまったんだよ。」
「この人は顔に似合わず、こういう細かい細工が結構得意なのさ。」
「おいおい、顔に似合わずはねえだろ、フラミィ。」
楽しそうに掛け合いをする二人をよそに、ガブリエラさんはフラミィさんの工房や家の中にある建具や家具をじっくりと観察していた。
「・・・なかなかいい腕をしていますのね。」
「おお、あんたみたいな別嬪さんに褒められるのは光栄だな。それにしても元気になってよかったな、あんた。あのときは死にかけの婆さんみたいだったが、今では雪の女神様みたいだぜ。」
「なんだいあんた!ドーラといいガブリエラといい、ちょっときれいな娘を見れば、すぐにうまいこと言ってさ!」
「べ、別にそんなことねえよ。おらあ、今じゃあお前が一番・・・。」
「バカだね!!お客の前で何言いだすんだいこの人は!!」
「フラミィおねえちゃん、顔真っ赤っか!」
笑顔で語り合う皆をよそに、ガブリエラさんは自分の真っ白い髪を片手で掴んだまま、ずっと俯いていた。
「ところで今日はみんな揃ってどうしたんだい?」
私はフラミィさんとペンターさんに、塩を作るための魔道具の話をした。ガブリエラさんが書いた設計図をテーブルに乗せて、みんなで眺める。
「これ、ガブリエラおねえちゃんが書いたの!?すごーい!!」
「確かにすごい緻密な設計図だな。それにしてもとんでもない形をしてやがる。この寸法だと・・・なんだこりゃ!この工房よりデカいじゃないか!」
「これをすべて魔法銀で?いや無理だよ、この大きさじゃあ。話にならないね。」
話にならないというフラミィさんの方を、ガブリエラさんがムッとした顔で睨みながら言った。
「でも魔道具の魔法をきちんと作動させ、塩を大量に集めようと思ったら、このくらいの大きさでないと無理よ。」
私は再度、設計図を眺めてみた。とても細かい線で、球形の魔道具の設計図が書かれている。私が作った《塩生成》の空間をそのまま絵で再現したものだ。
「そもそもなんでこの形なんだい?」
「私がドーラから聞き取った内容だと、取り込んだ海水を球体内で霧状にして回転させながら蒸発、乾燥、異物除去をしていることが分かったの。それを最も効率的に行える形なのよ。」
「なるほど中で海水を回転させるから真ん丸ってわけだ。でもこの大きさの球を作るとなると、魔力のない平民の職人じゃ難しいだろうな。」
「そうだね、ペンターの言う通りだよ。ねえガブリエラ、回転させた霧状の海水をどうやって蒸発させるんだい?」
「球体内の気圧と温度を魔法で上昇させて、水分のみを外に排出する仕組みよ。下側に伸びている筒からは真水が出てくるの。」
「へー、塩と一緒に真水まで出来ちまうのか。サローマの連中、喜ぶだろうな。」
「ペンターさん、サローマ領ってお水があんまりないんですか?」
サローマ領はドルーア川の河口流域にあり、遠浅の海岸とまっ平らな土地が多いらしい。ほぼ一年中、海から暖かい風が吹いてくるが、山が無いため雨が殆ど降らず、川の側以外は農業には適さない土地ばかり。だからサローマ領のほとんどの人は小さな泉を頼りに暮らしている。
海岸から近い土地では塩作りが行われていて、少し奥まった低い丘陵地帯でのみ果物の栽培や羊の放牧などが行われているんだとペンターさんは教えてくれた。
「俺の昔の大工仲間がスーデンハーフに移ってな。今は船大工ギルドで船を作ってるんだ。それで俺も一度だけ、行ってみたことがあるのさ。」
麦がほとんど穫れない代わりに王国随一の大きな港町があり、商業や漁業、造船業などが盛んな場所なのだそうだ。
きっと私が竜の姿で飛んだ時に見た、河口にある大きな町がスーデンハーフなのだろう。もっと人間の世界に慣れたら一度行ってみたい。行ってみたい場所が増えて、すごくうれしい気持ちになった。
「そんなことはどうでもいいです。今は設計図の話をしてくださいまし。どうですか?やはり木で作るのは無理ですよね?」
「そうだな。確かにこの形を木で作るのは無理そうだ。」
ペンターさんがそう言うとガブリエラさんは、はあと息を吐いて立ち上がった。
「そうですわよね。やはり魔法銀の調達先を探すとしましょう。」
「いや、待っておくれよ。この形は無理でも、霧状にした海水を蒸発させればいいんなら、別のやり方も出来そうだ。」
フラミィさんがそう言って、ガブリエラさんを引き留めた。
「別のやり方って何ですの?私はドーラの魔法を再現しようとして・・・。」
「まあ、いいから聞きなよ。あたしら鍛冶師が鉄を作るときに使う炉があるだろう?あれは下から風をどんどん送り込んで、火の温度を上げていくのさ。」
「?? それくらい知ってますわ。私も金属を扱いますから。」
「それなら話は早い。あれと同じでさ、縦に長く伸ばしてその中で風を起こしたらどうかな?」
ガブリエラさんがハッとした顔をしてフラミィさんを見つめた。
「球状に回転させるんじゃなくて、縦に長い渦巻きにする?それならば木で作ることも可能かしら・・・。でもそれじゃあ本体に火属性の魔方陣を組み込めないし・・・。」
「海水を蒸発させるだけなら、別に本体ごと熱くしなくてもいいんじゃねえか?」
「どういうことだいペンター?」
「いやおめえがさフラミィ、熱い鉄を冷やすときに桶の水につけるだろ?そしたら水が一瞬でお湯になるじゃねえか。だから、あれみたいに・・・。」
「!! 海水を蒸発させる部分だけ金属で作って、それのみを加熱させる!」
「おお、そうそう!それそれ!海水を霧みたい細かくして、熱した金属に吹き付ければ、一瞬で蒸発すんじゃねえかって思ったんだよ。」
その言葉を聞いたガブリエラさんの目がきらりと輝いた。
「ドーラ!」
「はい!!」
「私の部屋からインク壺と羽ペン、それに木板を持ってきてちょうだい!早く!!」
「はい、かしこまりましたガブリエラ様!!」
「さあ、あなたたちは座って一緒に考えてちょうだい!何をぐずぐずしているの、さあ早く!!」
ガブリエラさんはフラミィさんとペンターさんを強引にテーブルに座らせると、顔を寄せ合ってああでもない、こうでもないと話し合いを始めてしまった。
私とエマ、カールさんの三人はこっそり家を出たが、誰もそれに気が付いていないようだった。
「皆、すごく楽しそうだね!あたし、三人のお話聞くのすごくおもしろかった!」
「そうだねエマ!私もすごく楽しかったよ。」
「三人とも夢中になってしまいましたね。あの分じゃ、きっと昼の時間も忘れてしまうはずです。後で何か届けてあげましょうか。」
「そうだね、カールおにいちゃん!」
私たちは大急ぎでアルベルトさんの家に戻り、ガブリエラさんに木板を届けた。カールさんの予想通り、三人は食事の時間も忘れて設計図づくりに没頭してしまったので、私たちは昼と夕方、食事を届けに行った。
三人は食事の間もずっとしゃべり続けていた。ガブリエラさんはすごく上品に話しながら、スプーンを一切止めないという離れ業を披露して、カールさんを驚かせていた。
結局、三人はその日夜遅くまで話し合いを続けた。私は夜遅くに様子を見に行き、机に突っ伏して寝ている三人を《どこでもお風呂》できれいにしてから、それぞれの寝床に送り届けたのでした。
種族:神竜
名前:ドーラ
職業:ハウル村のまじない師
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