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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
41/188

39 錬金術師見習い

また説明回です。設定を垂れ流しているみたいで、本当に恐縮です。

 冬の最初の月が半ばを過ぎた頃、私はガブリエラさんから錬金術を教わることになった。


 今、私たちは村の子供たちと一緒に村の集会所にいる。カールさんが子供たちにお金の計算を教えている横で、私はガブリエラさんから錬金術師の基本的な魔法についての説明を受けているところだ。


 ちなみに子供たちからほとんど無視されていたガブリエラさんだけれど、彼女が魔法で魔獣を倒したという噂が広まったことで、今ではものすごく怖がられるようになってしまった。


 魔獣を倒した時の様子がいろいろ尾ひれが付いて広まってしまったらしい。彼女がちょっと杖を振るたびに、子供たちがびくっと体を震わせる。だから今、たくさんの子供たちが居るのに、集会所はものすごく静かだ。


 シーンとした中で、私に錬金術について話すガブリエラさんの声だけが響いている。






「・・・だからねドーラ。今話したように、錬金術の究極の目的は、世界のすべてを知ることなの。この世界のすべてには必ず決まった通りに動く『仕組み』がある。それを私たちは『法則』や『定理』と呼んでいるわ。」


 なるほどすごく面白い考え方だ。世界の仕組みだなんて考えたこともなかったけど、言われてみればその通りだと思う。


「つまり『水は高いところから低いところに流れる』みたいなことですよね?」


「なかなか勘がいいわね。その通りよ。私たちはその仕組みの中で暮らしている。だからそれを解き明かすことができれば、思うようにそれを操ることができるようになるはずなの。だからすべての錬金術師が最初に学ぶべき魔法は《鑑定》の魔法なのよ。」


「《鑑定》ってどんな魔法なんですか?」


「これを使えば『自分がすでに知っていること』を知ることができるわ。例えば魔力の属性について、あなたは知っているわよね?」


「はい。知ってます。」


「それなら《鑑定》を使えば、その対象に含まれる魔力の量やその属性などを知ることができるわ。呪文を教えるから一緒にやってみて。」






 彼女は懐から青みがかった小さな石を取り出して、机の上に置いた。


「この石に向かって私と同じように唱えなさい。我は真理を求める者、我が知に寄りてその姿を明らかにせよ。《鑑定》」


 私は言われた通りに復唱する。すると目の前の石の属性と魔力量が分かるようになった。


「出来ました、ガブリエラさん!」


「・・・普通は一発じゃできないんだけど、まあいいわ。じゃあ、次は私の首飾りを《鑑定》してみなさい。」


 私は同じように《鑑定》をしてみた。首飾りの材質は銀、属性は闇、魔力量は小さな石に比べてかなり多めというのが分かる。私はそれをガブリエラさんに伝えた。






「問題なく出来ているようね。じゃあ、一つ教えてあげるわ。この首飾りの真ん中にある石はね、錬金術で闇属性の魔石を加工して作った呪緑石という石よ。《隷属の呪い》という呪いがかかっているわ。さあ、もう一度《鑑定》してごらんなさい。」


 私は言われた通りにやってみた。材質は銀と呪緑石、魔力の属性は闇と呪、《隷属の呪い》という呪いがかかっていることが新たに分かった。


「分かることが増えました!」


「一回でできるようなるなんて、やっぱりあなたの魔力量は桁違いね。鑑定結果が増えたのは、私が説明してあなたの『知っていること』が増えたせいよ。知っていることを増やせば増やすほど《鑑定》の精度は上がっていくの。」


 すごい!この魔法は人間の知恵の結晶だ。すごい魔法を使えるようになってしまった!!


「素晴らしい魔法ですね!私、感動しました!!」


 私がそう言うとガブリエラさんはすごくうれしそうに笑った。


「この魔法の素晴らしさが分かったのね。あなたには真理の探究者になる素質があるわ。頑張りましょうね。」


 私とガブリエラさんはどちらからともなく手を取り合い、両手をしっかりと握りしめあった。






「なあなあガブリエラ姉ちゃん、知ってることが分かるのは当たり前なんじゃねーの?知ってることなら別に魔法を使わなくても、見ればわかるじゃん。」


 計算問題をやっていたグスタフくんが、ガブリエラさんに声をかけた。他の子供たちは青い顔で、グスタフくんに「バカ!お前、あの魔女にカエルにされちゃうぞ!」って小声で囁いている。


 どうやら彼はガブリエラさんの話を聞いていたようだ。彼女は彼の問いかけに対して冷たく答えた。


「私と一緒に錬金術を学んでいた学友の中にも、あなたのような愚か者が大勢いましたわ。ただ、自分でそこに気が付いた点だけは褒めてあげます。エマ、あなたはどう思うかしら?」


「んーとね、お料理とかするとき、すごく便利そうだと思う。」


「・・・それはどうして?」


「だってスープの中身とか全部わかっちゃうんでしょ。お母さん、いつもお塩どのくらい入れればいいか、何回も確かめてるの。入れる具が違うと、ちょうど美味しくなるようにお塩を入れるのが、すごく難しいって。グレーテおばあちゃんはそれがすごく上手なの。」


「素晴らしい解答だわエマ。そう、この魔法の真価は一見しただけでは分からないものを調べられることにある。そしてそれは素材の組み合わせが複雑になればなるほど有効なの。ちょうど具だくさんのスープみたいなものにね。」


 ガブリエラさんは子供たちに向かって言葉を続けた。






「スープの味は舌で確かめられるわ。鍛冶師や大工なら見た目や手触りである程度素材を判別できるし、魔力がある者なら魔法の属性を感じ取るくらいは出来る。」


 子供たちは彼女の言葉にじっと聞き入っていた。中には頷きながら聞いている子もいる。


「それは、その人が積み上げてきた経験や、歴史が積み重なった末に得られた知識に裏付けられているからよ。それが『知っている』ということなの。」


 年少の子供たちは彼女の話をポカンとして聞いているが、エマをはじめ何人かの子供たちは何となくわかっているようだ。やっぱりエマは賢くて、可愛くて、理解力がある。


「スープに何が入っているかなんて食べてみればわかるでしょう。でも逆に言えば、食べてみなければ分からないということよ。《鑑定》の魔法はね、食べる前に『自分が知っていること』を明らかにしてくれるの。この違いと有効性が分かるかしら?」


 彼女の問いに、エマが手を上げて答えた。


「初めて見るお料理でも中身が分かるようになります!」


「そうね。他には?」


「動物のうんこに使ったら、そいつが何喰ったか分かるようになるぜ!」


 グスタフくんが大きな声で言った答えで、子供たちがワッと笑った。ガブリエラさんはにっこり笑ってグスタフくんを褒めた。


「確かにその通り。錬金術師はそうやって魔獣の体から有用な素材を探し出すことがあるわ。」


 子供たちがグスタフくんの方を見て「おおーっ!!」と声を上げた。グスタフくんはすごく得意そうに胸を張った。






 そこにおずおずと手があがった。ガブリエラさんはその子を指さして言った。


「ハンナ、何か分かったのかしら?」


 名前を呼ばれたハンナちゃんが、嬉しそうに顔を輝かせて、ゆっくりと話し始めた。


「あの、分かったことじゃなくて、質問なの。《鑑定》の魔法を使えば知ってることは分かるでしょ。でも、もし知らないものが入ってたら?例えばスープに毒のあるキノコが入っていても、知らなければ分からないの?」


「とてもいい質問ね、ハンナ。あなたの気付いた通りよ。《鑑定》では、自分の知らないことは分からないの。たとえ毒物が入っていてもその毒について知らなければ、鑑定することはできないわ。」


 子供たちはそれを聞いて「え、じゃあ死んじゃうじゃん!」と不安そうな声を上げた。それを聞いてガブリエラさんは嬉しそうに笑った。






「そこで錬金術師が使うもう一つの魔法があるの。それはね、《分析》っていう魔法よ。」


「それを使えば知らないものでも分かるようになるの?」


「そうだったらどんなにか、いいでしょうね。自分の知らないものを魔法で知ることなんてできないわ。これはね『自分が知らないってこと』を知ることができる魔法よ。」


 謎かけみたいな彼女の言葉に、子供たちが頭をひねる。ガブリエラさんは「ドーラにやってもらうわね」と言って、私に呪文を教えてくれた。


 私は教えてもらったとおりに呪文を唱え、ガブリエラさんの杖を《分析》する。






「我は真理を求める者、我が知に寄りて我が知らざりし姿を明らかにせよ。《分析》」


 彼女の杖の材質はイチイの木の芯。属性は闇。分かったことはそれだけ。後は『分からないもの』がたくさん入っていることが分かった。


「『分からないもの』がいっぱい入っているのが分かりました!」


「はい、よくできました。魔法は成功ね。《分析》はね、対象の成分に『分からないもの』がどのくらいあるかを知ることができるの。ハンナの言ったスープで例えるなら、入っている毒を感知することはできるわ。どんな毒かまでは分からないけどね。」


「え、分かんないの?役立たずじゃん!!」


「だって知らないんだから、分かるはずないでしょう。」


「じゃあ、どんな毒かを調べるにはどうすればいいの?」


「毒の成分をスープから分離して性質を調べるか、いろんな毒の性質を調べてから《鑑定》すれば分かるわよ。知ってるものなら《鑑定》できるんだから。」


 子供たちはなんだか納得のいかないような顔をしていた。






「そうか、あたし、分かった!」


 そこにエマが元気よく手を上げて叫んだ。


「だからおねえちゃんはいっぱいお勉強してるんだね!そうすれば知らないことをどんどん見つけられるもの!」


「その通りよエマ。錬金術師はね、単なる魔法使いじゃないの。この世の真理のすべてを解き明かす探究者なのよ。だからこの《鑑定》と《分析》の魔法は、錬金術の基礎であり奥義でもあるのよ。」


 子供たちがガブリエラさんのことをキラキラした目で見つめている。彼女のことを怖がっていたことなど、すっかり忘れてしまったようだった。


 すぐに子供たちは、いろいろなことをガブリエラさんに質問し始めた。どうして空は青いの?鳥が空を飛べるのはなぜ?魚が水の中でも息ができるのはどうして?などなど。


 彼女は分かることは一つ一つ丁寧に説明し、分からないことははっきり「分からないわ」と答えていた。ひとしきり説明を終えた後、彼女は満足そうに笑って言った。


「あなたたちがこんなにいろんなことを学びたいと思っているなんて、思わなかったわ。王立学校の生徒たちよりずっと優秀ね!」


 ガブリエラさんは村の子供たちの新しいことを知りたいという熱意に感動しているように見えた。彼女は教え方や説明がすごく上手だ。きっとこういうことを話す友達が欲しかったのかもしれない。


 私もかつての自分の友達のことを思い出して、ちょっと胸が苦しくなった。






「魔法ってすごいね!あたしも魔法が使えたらいいのになー。」


 そう呟くように言う子供たちを、ガブリエラさんは何とも言えない表情で見つめていた。すると今まで黙っていたカールさんがその子たちに言った。


「魔法が使えなくても、学ぶことは誰にでもできる。木こりでも大工でも鍛冶師でも村のおかみでもいい。自分の進む道で、よりよく生きるために、考え学ぶことは、誰にでもできるんだ。」


「カール兄ちゃんには、それが剣ってこと?」


「そうだ。私は剣を学ぶことで、いろいろなことを知ることができた。知るというのはいいことばかりじゃない。時には自分の不幸に気付いてしまうこともあるんだ。」


 子供たちはカールさんの言葉で黙り込んだ。カールさんは子供たち一人一人を見ながら言った。


「でもそれを私は後悔はしていない。私は剣を学ぶことで、自分に出来ることと出来ないことを知ることができた。それは誰のものでもない私の誇りだ。それに目標もできたしな。」


 そう言ってカールさんは私の方に目を向けて、ちょっとだけ微笑んだ。私はそれが気恥ずかしくて、下を向いてしまった。


「分かったよ兄ちゃん!俺、勉強がんばる!だから剣も教えて!」


「ガブリエラ様、あたしもっといろんなこと知りたい。またお話しして!」


 子供たちは二人に群がって、もっともっととお話をせがむ。私は人間がこんなに地上を埋め尽くすほど栄えた理由が分かったような気がした。






「ガブリエラ様、あたし質問があるの。《鑑定》や《分析》って、人や動物のことも分かるの?」


 ハンナちゃんがガブリエラさんに質問した。ガブリエラさんはすごくうれしそうにそれに答えた。


「ハンナ、あなたは本当にいろいろな疑問に気が付くのね。それは素晴らしい才能よ。結論から言えば《鑑定》や《分析》は命あるものを対象にすることはできないわ。」


「どうして?」


「私たちはみんな命を持っているでしょう。でも命がどこから来てどこに行くのか、命はなんで出来ているのか知っている人はいるかしら?」


 子供たちは皆、困った顔をしてしまった。


「命の本質を掴むこと。これは錬金術の目的の一つでもあるの。私たちは皆、命があることを『知っている』。でも命のことは全く『分からない』。そんな状態で《鑑定》を使ったらどうなるかしら?」


「何にも出てこない?」


「そうよエマ。まったく答えが出ない。もしくは意味不明の情報が延々と垂れながされるの。だから命あるものを《鑑定》や《分析》の対象にはできないのよ。」


 子供たちが「ほえー!!」と全員同じ顔で声を出した。ガブリエラさんはそんな子供たちを見て、くすくすと笑った。






 そんなことを話しているうちにあっという間にお昼になって、子供たちはそれぞれの家に帰っていった。


 ハンナちゃんは、ガブリエラさんのところにきて「名前を憶えてくれてありがとう」とお礼を言ってから、帰っていった。


わたくし、今まで貴族と平民は違う人間だと思っていましたわ。でもあの子供たちと話して、そうじゃないってことが分かりました。」


 ガブリエラさんはカールさんにそう言っていた。私はそんなガブリエラさんが、とても素敵だと思った。私は彼女に言った。


「私、この村の人が、人間が大好きなんです。」


「そうね、ドーラ。私もその気持ち、少しだけ分かりますわ。」


 私たちのやり取りを聞いて、エマとカールさんはにっこりと微笑んでいた。


 ガブリエラさんのこの気持ちの変化が、後に彼女を苦しめることになるなんて、その時の私たちはまだ誰も想像すらしていなかった。











 私はガブリエラさんから『宿題』を出された。


「ドーラ、私の杖を《分析》して、すべての素材を見分けてごらんなさい。それが出来たら次の段階に進みます。」


「素材を当てればいいんですか?」


「そうです。使った材料はすべて私の部屋にあるわ。あれを一つずつ調べてごらんなさい。素材の名前は教えてあげる。でもそれがどんな性質を持っているか。見た目、触った感じ、匂い。それはあなた自身が確かめていくのよ。」


「ガブリエラ様の部屋って・・・あれを全部ですか!?」


 彼女の部屋には所狭しと薬草や木の枝や根っこ、それに大小の壺が置かれている。しかもそれは日々増えているのだ。


「ええ、本当は薬学や素材の本を使えば早いのでしょうけど、ここにはありませんから。」


 気の遠くなるような作業を思って、私は目の前がくらくらするような感じがした。


「ドーラさん、私も協力しますよ。」


「ドーラおねえちゃん、薬草のことならあたしやお母さんも分かるよ!」


 カールさんとエマが応援してくれた。よし、頑張って勉強するぞ!目指せ!錬金術師!


「その意気ですわ。私が目的を達成できるように、頑張ってくださいね。」


 ガブリエラさんも私を応援してくれた。盛り上がる女子三人を、カールさんは少し心配そうな目で見つめていた。






 私が素材の勉強を始めると同時に、ガブリエラさんは私が作った《塩生成》の魔法を再現する魔道具の設計に取り組み始めた。


 私はエマとカールさんの助けを借りながら、ガブリエラさんの部屋にある素材を一つ一つ《鑑定》《分析》していった。一つの素材のことが分かると、次の《鑑定》のときにそれが足掛かりとなって、次々と分かることが増えていく。


 知識と知識が繋がり、新しい知識となっていく面白さに、私とエマは夢中になった。カールさんはそんな私たちを優しい目で見守ってくれていた。


 その間、ガブリエラさんはほとんど部屋のテーブルに座り、羽ペンを握ったまま、木板とにらめっこしていた。


 食事のときもずっと何事かブツブツとつぶやき続け、私たちが話しかけても全然聞こえていない様子だった。毎晩夜遅くまでそうやっていて、様子を見に行くとテーブルに突っ伏して寝ていた。私は《どこでもお風呂》で彼女をきれいにして、寝床に運ぶのが日課になった。


 そんな日が4日ほど続いた後の早朝、ガブリエラさんは木板を持って、突然部屋を飛び出してきたのでした。






種族:神竜

名前:ドーラ

職業:ハウル村のまじない師

   文字の先生(不定期)

   土木作業員(大規模)

   鍛冶術師の師匠&弟子

   木こりの徒弟

   大工の徒弟

   介護術師(王室御用達)

   侍女見習い(元侯爵令嬢専属)

   錬金術師見習い

所持金:4443D(王国銅貨43枚と王国銀貨78枚とドワーフ銀貨8枚)

読んでくださった方、ありがとうございました。

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