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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
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38 素材集め

やっと体調が回復しそうです。週末はたくさん書けるといいなあ。

 その日の夕ご飯のとき、私たちはカールさんから森の中での魔獣狩りの様子を聞いた。ガブリエラさんはここにいない。彼女はぐっすり眠っていて起きる気配がないので、明日の朝まで寝かせておこうということになったからだ。


「そんなにいっぱい倒したんだ!カールおにいちゃんたち、すごいね!」


「たくさん魔獣が出てきて本当によかったですね。目的の『魔石』は手に入ったんですか?」


「はい。ガブリエラ殿がいうには試作品を作るには十分すぎる量が集まったと言っていました。今日はとりあえず魔石だけを回収してきたので、明日、素材の回収を村の方たちに手伝っていただきたいのですが・・・。」


 カールさんは穏やかに微笑みながらそう言った。お仕事のチャンス!私は張り切って答えた。


「もちろん、私は手伝いますよ!物を運ぶのは任せててください!アルベルトさんたちのお仕事は大丈夫ですか?」


 私はさっきから黙りこんでいるアルベルトさんの方を見て聞いた。アルベルトさんは真顔になったまま、ピクリとも動かない。他の皆も同じように黙り込んでいた。どうしちゃったのかな?






「カール様、失礼を承知で聞かせていただきます。今のお話は本当のことですか?」


 アルベルトさんが震える声でそう問いかけた。カールさんは苦笑しながら、それに答えた。


「嘘みたいに聞こえるのは無理ありませんよね。でも本当です。氷雪狼アイスウルフ数十体分の素材と、銀猪シルバーボアの頭が森の中に置き去りになっているんですよ。ボアの体は残念ながら回収できませんでした。」


「・・・それに水幽鬼ウォーターレイスが出たんですよね。」


 フランツさんが言った水幽鬼という言葉にグレーテさんがヒッと息を呑んだ。マリーさんも表情を歪めている。


「はい。彼らからは回収するものがないので、魔石だけ拾ってきました。」


 水幽鬼という魔獣は体内の核を斬ると、ドロドロに溶けて消えてしまうらしい。


「そうなんですねー。せっかく倒したのに何にも手に入らないなんてすごく残念な魔獣ですね!」


 狩りをしたのに食べられないなんて、ひどい。カールさんは私の言葉に同意してくれた。


「全くです。斬ると全身から汚水を吹き出すので、本当に参りました。途中で《雪除け》の効果が切れてしまったので、全身汚水まみれで大変でしたよ。」


 冗談めかして肩をすくめながらそう言ったカールさんと一緒に、私とエマは笑いあった。






「いや、冗談事じゃありませんぜ、カール様!!」


 フランツさんが大きな声を出したので、私とエマは驚いてしまった。カールさんは真顔でフランツさんを見ている。


「あ、でけえ声出して、すみません。で、でも水幽鬼と戦ったんですよね。どうやって倒したんです?」


「ドーラさんから頂いた剣で倒しました。武器さえ通じれば彼らは動きも緩慢ですし、それほど脅威ではないんですよ。ただ次から次へと現れるのには参りましたけど。ガブリエラ殿が《収納》に魔獣寄せの石をしまったら、皆逃げて行きました。」


 ふむふむ《収納》の中にあるときは、魔獣寄せの石の効果がなくなるのか。新発見です!


「大変でしたね。でもその分魔石がいっぱい手に入ったんですよね?」


「はい。それはもうたくさん!」


「がんばったね、カールおにいちゃん!」


 カールさんが両手を大きく広げてみせると、エマがカールさんを褒めた。カールさんはエマに優しく頷いて「ありがとうエマ。全部ドーラさんとガブリエラ殿のおかげだよ」と言った。






「水幽鬼を倒せる人がいるなんて信じられないよ・・・。」


 マリーさんが呟くように呆然と言った。グレーテさんが青い顔でそれに同意するように頷いた。


「水幽鬼ってそんなにすごい魔獣なんですか?」


 私が気配を探っていた感じだと、そんなに強い相手が出た感じはしなかったんだけど。どれもみんな同じくらいの強さだったような?


「すごいなんてもんじゃねえ。この辺りに出る魔獣じゃ最悪の奴さ。」


 フランツさんの話では、基本的に強い魔物ほど川の側には近寄らないらしい。村の周辺で出くわすのは熊や狼などの普通の獣がほとんどなのだそうだ。


 ただ食べ物の少ない時期などに時折、梟熊アウルベア影蝙蝠シャドーバットなどの魔獣が村を襲撃することがあるそうで、そのときはかなりの被害が出る。


 梟熊の話をしているときは、エマもうんうんと頷いていた。どうやらエマも出会ったことがあるらしい。






「水幽鬼は光を嫌うから、木の少ない村の周りじゃめったに出くわさないんだが、森で仕事をしてる時や薬草の採集に出かけた時なんかに、出会うことがあるんだよ。」


 水幽鬼には通常の武器が通用しないため、出会ったら逃げるしかないそうだ。だが彼らは気配を殺していつの間にか周囲を取り囲むように出現するらしい。


「鉤爪で殺されればまだいい方さ。あいつらに捕まるとな、毒の触手で弱らされて、生きたまま食われるんだ。」


 数年前にも仕事中の男たちが襲われて、何人もの人が犠牲になったらしい。運よく逃げられた人の中にも、毒にやられて精神に異常をきたした挙句、数日で亡くなる人がいたとか。


 その時の様子を聞いたエマが、怖がって泣き出してしまった。エマを抱きしめ「大丈夫よエマ。そんなのが来たら私がやっつけちゃうから!」と私が言うとやっと泣き止んでくれた。エマを怖がらせる魔獣、この際、根絶やしにしておくかな。






「その、氷雪狼とか銀猪なんて魔獣は聞いたこともありませんが、水幽鬼は本当におっかねえ奴なんです。それを何十体も倒したなんて、とても信じられませんよ。」


「どちらかというと銀猪の方がはるかに手強い相手でした。飛竜と同じくらいの強さだと思いますよ。」


「ひ、飛竜ですかい!?そんなのと単騎で渡り合うなんて!カール様って何者なんですか?」


「いや私は囮役で逃げ回ってただけなんです。倒せたのはガブリエラ殿の大魔法のおかげですよ。本当にすごい魔法で、私も危うく巻き込まれかけたくらいでしたから。」


「本当にその通りですわ。まさか《侵食する者》に飛び込む人がいるなんて、思いもしませんでした。」






 奥の部屋から顔を見せたガブリエラさんがカールさんの言葉を受けて会話に加わってきた。彼女は寝巻の上に白いローブを羽織って杖を持っている。


「あ、ガブリエラ様!目が覚めたんですね!お加減はいかがですか?」


「大きな声がしたので目が覚めましたの。ありがとうドーラ、もうすっかり良くなりましてよ。」


「回復して何よりだ。さっきも言ったが、貴殿の魔法のおかげで命拾いをした。ありがとうガブリエラ殿。」


 カールさんがそう言って笑顔を見せると、ガブリエラさんは顔を赤くして、羽織っているローブの前を引き寄せた。彼女は顔を逸らしたままフンと鼻を鳴らした。


「お礼には及びませんわ。目的の魔石が手に入りましたし。でもいくら魔石回収のためだからといって、まさか発動中の召喚魔法に飛び込むなんて思いもしませんでした。まったく私がどれだけ心配したと思って・・・。」






「ガブリエラおねえちゃん、そんなにカールおにいちゃん、危ないことしたの?」


「ええ、それはもう。《侵食する者》は手の届く場所にいる生き物を無差別に攻撃するのです。この方の無茶には本当に驚きましたわ。」


「そうなんだ!それでカールおにいちゃんのことが、心配だったんだね!」


 エマがそう言うと、ガブリエラさんはカールさんの方を見た。途端に彼女の顔が真っ赤になる。


「勘違いしないでくださいませ、カール様!別に特別な意味はありませんから!あなたの無茶な行動に驚いただけですから!」


「ええ、心得ていますよ。ご心配かけて申し訳ありませんでした。」


 慌てふためくガブリエラさんに対して、カールさんは真面目に謝罪した。ガブリエラさんはグッとカールさんを睨みつけた。






「本当に分かっていらっしゃるのかしら。わたくしはあなた様のなさったこと、まだ許していませんから!」


「カールおにいちゃん、何かしたの?」


「薬のことだと思う。ガブリエラ殿が意識をなくした時に私が・・・。」


「ちょ、ちょっと待ってくださいまし!!」


 ガブリエラさんが慌ててカールさんの言葉を遮った。彼女はコホンと一つ、咳ばらいをしてカールさんに指を突き付けた。


「あれは仕方のないこととはいえ、互いの矜持にかかわることです。それを人前で軽々しく口にするなんて、貴族の殿方としてあるまじきことですわ!」


「・・・申し訳ありません。薬の件も合わせて謝罪いたします。」


「分かってくださればよろしいのです。今後も口外無用でお願いいたします。」


「はい。誰にも話したりしないと誓います。」






 カールさんは立ち上がり、ガブリエラさんの前に片膝をついて胸に手を当て、頭を垂れた。


「すごーい!お姫様と騎士様みたい!」


 騎士様のお話が大好きなエマが目をキラキラ輝かせて、喜んだ。ガブリエラさんは赤い顔で横を向くと、そのまま玄関の方に向かった。


「ガブリエラ様、どちらに行かれるんですか?外は真っ暗ですよ。」


「・・・ちょっと雪を集めに行きますの。心配無用よドーラ。」


 そう言って家を出てたかと思うと、またすぐに戻ってきて部屋に入ってしまった。でもわざわざ雪を集めに?なんで?


 私が不思議そうな顔をしていたら、カールさんがこっそり耳打ちして教えてくれた。


「あれは冬にお手洗いに行くときに、貴族女性が使う隠語ですよ。」


 へー、そんなのがあるんだ。人間って面白い!ガブリエラさんが杖を持ってたのは、トイレまでの足元を照らすためだったのか。勉強になるなー。






「ところでさっきの話なんですけど、銀猪ってそんなに強かったんですか?」


 私の言葉にカールさんはちょっと考え込んだ後、答えた。


「もし人里近くに現れたら、騎士団が討伐に向かうくらいの強敵ですね。めったにそんなことは起こりませんけど、ドルーア川から離れた西の街道ではごくまれに目撃されることがあるそうです。出没数は飛竜の方がずっと多いですね。」


 騎士団っていうのは王様を守っているキラキラした鎧を着ている人たちのことだ。話を聞いているうちに、人間は魔獣よりもずっと弱いから、仲間をたくさん集めて戦っているのだということが分かった。


 私は魔獣の強さの違いが正直よく分からない。森の中の気配から全部同じくらいの強さだと思っていたので、皆に全然違うと言われてすごく驚いてしまった。


 あと、さっきから話に出てる『飛竜』っていうのが気になる。私が知る限り、この辺りにいる竜は私だけのはずなんだけど・・・?






「ドーラ、あんた飛竜を見たことがないのかい?ああそうか、昔のことと一緒に忘れちまったのかもしれないね。」


 マリーさんが私に飛竜の特徴を教えてくれた。んん?それなら私、よく知ってるかも?


「えっと、それって竜じゃありませんよね。空飛ぶトカゲのことじゃないんですか?」


「空飛ぶトカゲ、ですか。ドーラさんらしい表現ですね。」


 カールさんはそう言うと堪えきれないように笑いを漏らした。


「言われてみりゃあ、なるほど空飛ぶトカゲだな!確かにドーラらしいや!」


 フランツさんや皆も笑い出した。私、また変なこと言っちゃったみたい!






「ドーラさん、飛竜はこの王国で最も恐れられている魔獣の一つですよ。王都の北にあるドルーア山とその周囲にある山岳地帯にたくさん住んでいて、時折王国の村や町に現れては、人や家畜を攫って行くんです。」


「他の魔獣と違って急に人里に現れるから、すごくおっかない魔獣だぜ。ハウル村は森の中にあるから、狙われたことはねえけどな。」


 飛竜は空から開けた場所に急に舞い降りて、狩りをする魔獣なのだそうだ。だから高い木々に囲まれているハウル村の周りではあまり見かけないんだとか。


 皆が怖がる理由は分かったけど、あんなトカゲに竜なんて名前を付けてほしくないなあ。私たちのような竜とは全然別の生き物なのに!


 私は何だか納得できない気持ちを抱えたまま、その日の夕食を終えたのでした。





 次の日の朝、日が昇ると同時にアルベルトさんは村の男の人を集めて、森の奥にある魔獣の素材を回収しに行くと伝えた。


 男の人たちは水幽鬼の話を聞いてすごく怯えていたけれど、カールさんが「ドーラさんが一緒なので多分何にも出ませんよ」というとようやく安心した様子だった。


 準備を整え、村の男の人たちと、私、カールさん、ガブリエラさんは皆で森の小道に入っていった。カールさんはガブリエラさんの手を引いて、森の中を歩いていく。私はそれを見て、ちょっとだけ寂しい気持ちになった。


 森の中にあるという泉の少し手前辺りは、何本もの木が倒れてちょっとした広場みたいになっていた。そこに雪に埋もれた白い狼の死骸がたくさん転がっていた。


「これが氷雪狼!?こんなデカい狼、初めて見たぜ!」


「これをカール様とあの女が二人だけで倒したのか。やっぱ貴族様と魔導士はすげーな!!」


 村の男の人たちは雪から狼を掘り出すと、ガブリエラさんの指示に従って素材の回収を始めた。ナイフと手斧を使って、次々に狼を解体していく。この狼からは牙と毛皮を取るらしい。


「お肉は持って帰らないんですか?」


「魔獣の肉なんか持って帰ってどうするんだ。食えもしないのに。」


 私がそう言うとゲルラトさんが呆れたように言った。人間が魔獣の肉を食べると病気になったり死んだりすることがあるらしい。だから肉は放置なのだそうだ。美味しそうなのにもったいない。捨てるんなら後でこっそり食べに来よっと。






 私は解体作業を手伝えないので、魔法で毛皮を乾燥させたり埋まっている狼を掘り出して運んだりする作業をさせてもらった。


 あと、大きな猪の首も落ちていたので運ぼうとしたら、ガブリエラさんに止められた。


「それはこの場で牙と毛皮を回収するだけだから動かさなくていいわ。」


 この猪の牙はカールさんの身長くらいの長さがある。これはいろいろな魔道具の材料や装飾品として加工出来るらしい。肝が取れたらよかったのだけど、とガブリエラさんは残念がっていた。貴重な薬の原料なのだそうだ。


 その後、私たちは3日かけて素材回収作業を行った。手に入った素材は氷雪狼の毛皮63頭分と銀猪の毛皮がほんのちょっと。後はそれぞれの牙だ。


 ガブリエラさんが使うものを少し取っておいて、残りはすべて『冒険者ギルド』の買取商を呼んで買い取ってもらうのだそうだ。ガブリエラさんが売り上げの一部を、加工を手伝ってくれたお礼として支払うと言ったら、アルベルトさんは恐縮しながらもすごくうれしそうにしていた。あと売り物にならない毛皮は村のおかみさんたちが加工して、靴や防寒具として使うことになったので、グレーテさんがすごく喜んでいた。


 解体作業が終わった日の真夜中、私は残ったお肉をこっそり回収して、食べた。ちょっと量が少なかったけど狼の肉は脂がのってたし、猪の頭は歯ごたえがあってなかなかのお味でした。ごちそうさまでした!


 この素材集めで、私はまたいろいろと、人間の世界のことを知ることができたのでした。






種族:神竜

名前:ドーラ

職業:ハウル村のまじない師

   文字の先生(不定期)

   土木作業員(大規模)

   鍛冶術師の師匠&弟子

   木こりの徒弟

   大工の徒弟

   介護術師(王室御用達)

   侍女見習い(元侯爵令嬢専属)

所持金:4443D(王国銅貨43枚と王国銀貨78枚とドワーフ銀貨8枚)

読んでくださった方、ありがとうございました。

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