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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
39/188

37 銀の猪

あんまりほのぼのしてないかなー。熱があるせいか言葉がうまくまとまりません。でも書きたくなってしまうんですよね。

「うん?どうかしたのかドーラ?」


 急に丸太を運ぶ手を止めた私を見て、村の男の人が私に声をかけた。


「いいえ、何でもありません。さ、どんどん運びますよ。」


 私は煤で真っ黒になった顔で笑うと、足元にある丸太をひょいと担ぎ上げた。


 今、森の奥から獣の叫び声が聞こえた。さっきまでは小さな獣がいっぱい集まっている気配がしていたし、魔獣寄せの石はちゃんと効果が出ているみたいだ。よかった。


 二人は狩りを頑張っているみたい。私も頑張らないと!


 私は踏み固めた雪で滑らないように気を付けながら、炭焼き小屋の前の丸太置き場を目指して、歩いて行ったのでした。











 ドーラが木こりたちと一緒に和やかに炭焼き作業をしているちょうど同じ頃、村の西側にある森の奥でカールとガブリエラは狂暴な魔獣と対峙していた。


 力を溜め終えた巨大な銀猪シルバーボアが、信じられないようなスピードでガブリエラに向かって突進を開始した。


「闇よ!わが敵を遮る堅き盾となれ!《闇の壁》!」


 彼女は、自身が最も得意とする闇属性の防御魔法を素早く詠唱した。詠唱を短縮できる呪文の中では最も効果の高い防御魔法だ。


 詠唱が終わるやいなや、猪の行く手を遮るように巨大な黒い壁が出現した。猪の巨体が黒い壁にぶつかり、ゴッという衝撃音が響く。次の瞬間、岩が崩れるような音とともに黒い壁が砕け散り、そこから銀猪が跳び出してきた。


「そんな、嘘よ!!?」


「伏せろ、ガブリエラ!!」


 目の前で自らの魔法が破られたショックで立ち尽くすガブリエラを、カールが強引に雪に引き倒して覆いかぶさった。まさに必殺の突進だったが、黒い壁によって突進力が弱まったため、何とか攻撃を回避することができた。






 銀猪がまた木立をなぎ倒して動きを止める間に、カールは痛みを堪えて立ち上がると、素早く剣帯を解いて太ももの傷を縛った。


 この足では森の中に逃げ込んだとしてもすぐに追いつかれてしまうだろう。それにガブリエラを置いて逃げるわけにはいかない。彼女の足ではあの猪からは到底逃げ切ることができない。逃げるという選択はない。ならば戦うのみ。


 カールは剣を構えて、銀猪の前に立ちふさがる。銀猪は彼に狙いを定め、再び力を溜めている。あの突進さえなければ、接近することもできるのだが。


「ガブリエラ、あいつの足を止められないか?」


「やってみます。でもその前に・・・すべてを覆い隠す夜の帳よ、我が手に宿りて刃を退ける守りとなれ。《闇夜の守り》」


 カールの体を薄闇が包み込み、輪郭が周囲の風景と同化して曖昧になった。敵の目を欺き、攻撃を回避しやすくなる防御魔法だ。


「感謝するガブリエラ、ありがとう。」






 おそらく意識していないのだろうが、さっきから彼は彼女を名前で呼び捨てにしている。馴れ馴れしくされているようで腹立たしい気持ちと、なぜか照れくさい気持ちがないまぜになって、彼女は思わず心にもない言葉を返した。


「囮に早々と死なれたら困りますもの。せいぜい動き回って私が詠唱する時間を稼いでくださいまし。」


 彼女の悪態を面白がるように、彼は不敵な笑みを返すと、猪の側面に回り込もうと素早く移動を始めた。


 猪はその動きを警戒し、牙の向きをぴたりとカールに向けていた。彼がいくらも進まないうちに、再び銀猪が突進してきた。


 猪の鋭い牙がカールの体を貫く。だがその姿は溶けるように消えた。魔法によって作り出された残像だ。彼は余裕を持って牙を回避し、すれ違いざまに猪の体に一太刀を浴びせた。


 並みの刃であれば簡単に弾いてしまう硬い魔獣の毛皮を、まるで溶けたバターでも斬るかのように、カールの剣が深々と抉った。


 銀猪が思いがけない痛みに怒りの声を上げる。かなりの手ごたえを感じた。だがその巨体に比べると彼の付けた傷はあまりにも小さい。致命傷を与えるためにはあと何度斬りつければよいのか、見当もつかなかった。







 ドーラから受け取ったこの魔法剣は、どんな魔獣であってもやすやすと切り裂くことができる。カールがここまで一人で戦い続けてこられたのも、この剣の力があったからだ。


 狼たちと戦うために抜き放った時から、魔法剣はずっと虹色の不思議な光を放っている。だが以前、飛竜を一撃で打ち倒した時のような強い輝きは、まだ現れていない。


 あの時はまるで彼を守るかのように剣がひとりでに動き出し、光を放った。それよって瀕死だった彼の体は完全に回復したのだ。そして飛竜を一刀両断した。


 今、カールの太ももは大きく傷ついているし、飛竜に匹敵するほどの相手と対峙している。いや、耐久力だけなら飛竜以上の強敵だと言えるだろう。


 あの時と状況はほとんど同じだ。それなのに魔法剣の不思議な力は発現していなかった。何か条件があるのだろうか。






 轟音と雪煙を上げて木立に激突した銀猪を追撃しようと、カールは素早い動きで側面から接近した。だがそれに気づいた猪は、彼の身長の倍以上は体高のある巨体を傾け、彼にのしかかってくる。


 慌てて後ろに飛び退いたため、追撃の構えを崩さざる得なかった。さらに猪は頭を大きく横に振り立て、牙で周囲を薙ぎ払った。鋭利な首切鎌のような牙が空気を切り裂き、鋭い音を立てる。


 もしあの牙に当たったら、カールの胴体など簡単に両断されてしまうだろう。攻撃を避けるために追撃を諦めて距離を取る。


 しかしそれを待っていたように、銀猪はカールに突撃してきた。また寸でのところで回避したと思ったカールだったが、猪は彼とすれ違う瞬間に牙を大きく横に振った。


 彼は咄嗟に剣の刀身を両手で支え、何とかその攻撃を逸らした。普通の片手剣であれば牙の一撃を受けきれず、剣もろとも体を真っ二つにされていたはずだ。






 猪はカールを排除すべき敵と認識して襲い掛かってきている。すれ違いざまに彼が一撃浴びせたことを警戒して、攻撃パターンを変えてきたことからも、それは明らかだ。この魔獣は、敵を倒すためにどうすればよいかを考え行動している。恐るべき相手だとカールは戦慄した。


 そして今、この猪には、剣で牙を防ぐところを見られてしまった。次の攻撃はそれに対応してくるかもしれない。こちらから攻撃の手立てがない以上、戦いが長引けばそれだけ不利になる。


 何しろこちらは隙をついて攻撃を当て続けなくてはならないのに、相手は一撃食らわせるだけでカールの命を奪うことができるのだから。


 猪はまた木立にぶつかって止まった。すでに周囲は木が何本も倒れ、ちょっとした広場のようになってしまっている。


 周囲の木立が猪の動きを制限してくれているからこそ、ぎりぎり戦えているのだ。これ以上自由に動き回られたら対応しきれなくなる。それもこの猪の戦略の一つなのだろう。彼は一手一手着実に追い詰められてしまっていた。


 カールはこちらに向き直った猪が不気味な笑みを浮かべたような気がした。猪はまた後ろ脚に力を溜めると、彼に向かってまっすぐに突進してきた。






「・・・に集いし漆黒の闇よ。夜より深く闇より昏き深淵より来たりし者よ。今我が求めに寄りて顕現せよ。我が求むるは殲滅。我が敵を贄としその昏き咢を開き給え!召喚!《侵食する昏き者》!」


 カールが銀猪を引き付けている間、ずっと魔力を練り詠唱を続けていたガブリエラの呪文が完成した。カールに向かって突進する猪を折り重なった方形の魔方陣が捕らえた。次の瞬間、猪の足元に巨大な黒い沼が出現したかと思うと、沼から伸びた無数の手が猪の体に絡みついた。


 猪は足場を失い、その手に引きずられるようにして、沼に引き込まれていく。猪は牙を振り立て、体を揺すって抵抗するが、沼から次々と湧き上がってくる手が猪の巨体を縛る戒めとなって、その動きを封じていく。


 銀猪は恐慌状態に陥り、叫び声を上げるが、その声さえも口に入り込んだ黒い手によって封じられてしまった。


「カール様、とどめを!!この魔法、長くは持ちません!!」


 顔面蒼白になったガブリエラは杖に縋りつきながらカールに叫んだ。その言葉を聞いた時には、彼はすでに銀猪めがけて飛び込み、大上段に振りかぶった剣を裂帛の気合とともに降り下ろしていた。


 カールの剣が巨大な猪の首を切断し、斬り飛ばした。首をなくした胴体から、心臓の鼓動に合わせて凄まじい勢いで血が吹き上がる。猪を縛る黒い手は、その血を求めて傷口に殺到した。


 吹き上がる血潮の中に、魔法の光を受けてきらりと輝く黄色いものが見えた。カールは自ら黒い沼に飛び込むと、剣を持っていない左手を猪の胴体に突き入れ、キラキラと輝く黄色い魔石を掴み出した。


 沼に飛び込んだことでカールにも黒い手が伸びるが、その手は彼に届くことはなかった。ドーラの魔法剣の輝きを恐れるように、黒い手は自分から離れていったのだ。彼は半ば黒い手から追い出されるようにして、沼から脱出した。






 黒い沼とそこから伸びた手は、巨大な銀猪の体を捕らえたまま、やがて水が地面に吸い込まれるように消えていった。


 ガブリエラががっくりと膝をつき、崩れ落ちるように倒れた。そして喉を押さえて、えずき始める。カールは彼女を心配して駆け寄った。


「大丈夫か、ガブリエラ!!」


 彼女の顔は蒼白を通り越して土気色を帯び始めていた。重度の急性魔力枯渇の症状だ。歪んだ顔から、彼女が恐ろしいほどの頭痛と吐き気に襲われていることが見て取れた。このままではおそらく心臓が止まってしまう。


「わ、わたくしの・・・荷物・・・に・・・薬が・・・!!」


 ようやくそれだけ言って、彼女は意識を失った。カールは殆ど雪に埋もれていた彼女の荷物を掘り出すと、中に入っていた素焼きの小さな瓶を取り出した。


 栓を抜いて彼女の口に含ませようとするが、意識のない彼女はそれを飲み込めず、口の端から溢れてしまう。


 カールは瓶の中身を一気に呷って口に含んだ。恐ろしく苦くて刺激のある味が口いっぱいに広がる。同時に、体内から魔力が溢れてくるような感じがする。これは魔力回復薬のようだ。


 彼はガブリエラを片手で抱え起こすと、頭を上に逸らした状態にし、口移しで薬を含ませた。含ませた薬が鼻から溢れないように彼女の鼻を軽くつまみながら、カールは舌で強引にガブリエラの口内を刺激した。意識のないガブリエラの体が反射的にビクンと震え、ゴクリと薬を飲み下す。






 ガブリエラがうっすらと意識を取り戻した。カールはそっと唇を離した。やっと息を一つ吸い込んだところで、彼女は激しくむせ始めた。どうやら口から溢れた薬が鼻や肺に入ってしまったらしい。


 カールは涙と鼻水とよだれを激しく吹き出しながらむせる彼女の背中をさすった。咳きこんではいるが、顔色はだいぶ良くなっている。薬の効果が出たようで、カールは安心した。


「大丈夫か、ガブリエラ殿。」


 彼は傍らにあった荷物袋から革の水袋を取り出し、吸い口を彼女の口に近づけた。ようやっと咳が治まってきた彼女はそれを口に含み、うがいをしてから雪の上に水を吐き出すと、大きく深呼吸を始めた。


 彼女はカールの差し出した手拭いで顔を拭いた後、それを顔に当てたままじっとしていた。


「ガブリエラ殿、まだ気分が悪いのか?それともどこか痛むか?」


 雪の上に座り込んだガブリエラの正面に周り、彼女を気遣うように彼は声をかけた。だがガブリエラは答える代わりに、カールの頬を平手で打った。弱々しいその一撃は、カールの頬でぺちんと情けない音を立てた。






「い、意識のない婦女子の唇を奪うとは、なんと破廉恥な!恥を知りなさい!!」


 ガブリエラは蒼白な顔でカールを睨みつけながら叫んだ。


「薬を飲ませるためだったのだ。仕方がないだろう。」


「し、仕方がないですって!!わた、わたくしの初めての、初めての・・・!!」


 彼女はローブを握りしめた拳をわなわなと震わせていたが、やがてふっと意識を失って、カールの腕の中に倒れた。カールは彼女をそっと雪の上に横たえさせた。そして荷物袋と外套を重ねた簡易寝床を作り、彼女を抱え上げてそこに寝かせた。 


 彼女の寝息は規則正しく、顔色も徐々に回復しつつある。どうやら魔力を回復させるための眠りに入ったようだ。彼女の安らかな寝顔にカールは呟くように語りかけた。


「初めての、か。それはお互い様だ。私も初めてだったのだから。」


 何とか敵を撃退できたが、本当にぎりぎりの戦いだった。カールは放り出した自分の荷物と片手剣を回収するために立ち上がった。だが。






 開けた木立の奥に続く小道から、人型をした異形の存在が無数にこちらに向かってくるのが見えた。


 どろりと濁った水でできた体。つるりとした頭に顔はないが、目に当たる部分は虚ろな黒い穴があり、そこに気味の悪い黄色い光が灯っている。


 長い鉤爪のある手と、背中から生えた半透明の4本の触手を持つ怪物。水幽鬼ウォーターレイスだ。


 彼らは幽鬼レイスと呼ばれるが、不死者アンデッドではない。実体を持つれっきとした魔獣だ。鉤爪で相手を切り裂き、触手を使って体内に獲物を引きずり込んで捕食する。


 ただ不死者のような見た目の恐ろしさと、通常の武器が通用しない不定形の体から、幽鬼レイスと呼ばれているのだ。


 気づけばいつの間にか、今いる小さな広場の周辺を気味の悪い黄色い光が取り囲んでいた。水幽鬼たちはゆっくりとした動きで、二人に接近しつつあった。


 カールはぐっと体を伸ばし、肩と首をコキコキと鳴らすと、大きく息を吐いた。


「全くきりがない。だが人型の相手なら負ける気はしないな。」


 カールは凄みのある笑みを浮かべると、ガブリエラを守るように手を軽く広げて剣を構えた。そして鬨の声とともに、最も近くにいる水幽鬼に向かって真っすぐに飛びかかっていったのだった。











 午後、炭焼きの後片付けを終えた私とフランツさんたちが、雪道を通って村に向かって歩いていると、森の中からカールさんとガブリエラさんが出てくるところに、ちょうど出くわした。


 二人はしっかりと手を繋ぎ、ひどく疲れた様子で歩いている。カールさんの太ももは、服の上に血が滲んでいた。私と村の男の人たちは、みんなで二人の下に駆け寄った。


「カールさん、ガブリエラ様!!大丈夫ですか!?」


「はい。ドーラさん、大したことはありません。足の傷もいつの間にか塞がってましたから、問題ないです。もう傷跡も残っていませんよ。ガブリエラ殿を家に連れ帰ってもらえませんか?」


 カールさんの体からは何だか腐った水のような匂いがしていた。カールさんは繋いでいたガブリエラさんの手を放すと「汚れを落としてきます」と言って、男の人たちと一緒にお風呂場へ行ってしまった。


 私は真っ黒い顔のまま、ガブリエラさんと一緒にアルベルトさんの家に向かった。






「ガブリエラ様、大丈夫ですか?そんなに大変だったんですか?」


「・・・ええ、心配いりませんわドーラ。家に戻ったらいつものあれ、お願いできるかしら。」


「はい、もちろんです!!」


 家に帰ると皆、二人が無事に帰ったことを喜んだ。そしてガブリエラさんの様子を見て「今日はもうお休み」と言った。


 私はガブリエラさんを彼女の部屋に連れていき、《どこでもお風呂》の魔法で彼女を癒すと、そのまま寝台に横たえさせた。


 彼女は横になるなり、すぐに寝息を立て始めた。私は彼女に念入りに《安眠》の魔法をかけて部屋を出た。


「おやすみなさいガブリエラ様。本当にお疲れさまでした。」


 私は二人が無事に帰ってきてくれて本当にうれしかった。実は心配だったので、炭焼きの間もずっと森の中の気配を追っていたのだ。もし二人が危なくなるようだったら、すぐに助けに行こうと思っていた。あまり強い魔獣は出ていなかったから、大丈夫だとは思ってたんだけどね。


 ちょっと心配しすぎだったかな。ケガもなかったみたいだし、本当によかった!


 安心した私は炭焼きで真っ黒になった体の汚れを落とすために、エマとマリーさんを誘って、一緒に村のお風呂に向かったのでした。






種族:神竜

名前:ドーラ

職業:ハウル村のまじない師

   文字の先生(不定期)

   土木作業員(大規模)

   鍛冶術師の師匠&弟子

   木こりの徒弟

   大工の徒弟

   介護術師(王室御用達)

   侍女見習い(元侯爵令嬢専属)

所持金:4443D(王国銅貨43枚と王国銀貨78枚とドワーフ銀貨8枚)

読んでくださった方、ありがとうございました。

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