34 夕食
風邪ひきました。めっちゃしんどいです。
子供たちに星砂糖を配った次の日の午後。私はカールさん、ガブリエラさんと一緒に降りしきる雪の中、ハウル村の西側に広がる真っ暗な森を彷徨っていた。魔獣を倒し魔石を手に入れるためだ。だけど。
「魔獣どころか、獣の気配すらありませんね。」
私は音や匂いで周辺の森を探るが、私たち以外の生き物の気配はほとんど感じられない。いるのは小さな虫や鳥、あとはネズミたちくらいだ。
私は雪の森を人間の姿で歩くのは初めてだったので、とても楽しかった。木の洞の中で眠っているリスを見つけたり、枝で眠っている梟を眺めたりしながら、雪をかき分けて歩くのはとても面白い。
カールさんも普段、森の中で剣の鍛錬をしているとかで、あまり苦になっている様子はない。私が小さな動物たちを見つけるたび、優しく微笑んでくれた。
でもガブリエラさんはそうでもなかったようだ。私が使った《雪除け》の魔法があるとはいえ、深い雪をかき分けて進んでいくのはかなり大変だったみたい。ガブリエラさんは雪に隠れたくぼみや木の根の何度も足を取られては転び、そのたびに雪まみれになっていた。
結局、夕方近くまでさ迷い歩いたけれど、魔獣どころか狼一頭すら見つけることが出来なかった。
「どういうことですの!?この辺りは王都周辺でも最も危険な魔獣の巣窟のはずでしょう!?」
森に入った私たちを心配して迎えに来てくれた子供たちに、森で見つけた動物たちの話をしていたら、ガブリエラさんが堪りかねたように言った。
怒りを露わするガブリエラさんを、子供たちはシラーっとした感じで見つめた。子供たちは元々一緒に遊んでくれないガブリエラさんのことがあまり好きではなかった。
それが昨日の発言で決定的になってしまったようだ。すぐにガブリエラさんから目を逸らすと、まるでそこに誰もいないかのように、私とカールさんのところに集まってくる。
「ねえ、冬の森の中ってどんな感じ?」
「ドーラおねえちゃんたち、すごいね。怖くなかったの?」
子供たちは皆、森の中の様子を聞きたがった。私とカールさんは子供たちに手を引かれ、村の方に戻る。振り返ると、一人取り残されたガブリエラさんは、顔を真っ赤にして歯を噛みしめていた。
「下民の分際でこの私を無視するなんて・・・!!」
そんなガブリエラさんを気の毒そうな目で、ハンナちゃんが見つめていた。ハンナちゃんがおずおずとガブリエラさんに声をかけた。
「ねえ、ガブリエラおねえちゃん。魔獣が出ないのはドーラおねえちゃんが一緒だったせいだよ、きっと。」
「・・・お前、何を言ってますの?」
「だってドーラおねえちゃんが来てから、この村には魔獣が一匹も出てないもの。」
「そんな馬鹿な・・・。一体なんでお前がそんなことを・・・?」
「あたし、そんなの知らない。・・・あとさ、ガブリエラおねえちゃん、あたしの名前知ってる?」
「私が下民の名前なんか、知るはずがないでしょう。」
「あたしはハンナよ。カールおにいちゃんはね、村の人みんなの名前を憶えてるの。いこ、エマちゃん。」
ハンナちゃんの言葉に驚くガブリエラさん。彼女をその場に残したまま、ハンナちゃんはエマの手を引いて私の方に走ってきた。
エマはガブリエラさんを気にしているようだったが、エマよりも一回り大きいハンナちゃんに引っ張られるように歩いてきた。
ポツンと取り残されたガブリエラさんは、探るような目で私とカールさんをじっと見つめていた。
子供たちと別れた私とエマ、それにカールさんが村の洗濯場にあるお風呂から戻ってくると、ガブリエラさんが家の前で私たちを待っていた。
かなり長い時間そこに立っていたのだろう、抜けるように白いガブリエラさんの肌は赤みを帯びていた。
「カール様、お話がありますの。ドーラと一緒に私の部屋まで来てくださいまし。」
「ガブリエラおねえちゃん、今から晩ごはんだよ。その後じゃダメなの?」
カールさんより早く返事をしたエマに、一瞬すごく怖い顔をして何か言いかけたガブリエラさんだったが、すぐに手をぎゅっと握って、ゆっくりと話し出した。
「エマ、私は今、カール様にお尋ねしていますの。カール様、来てくださいますね。」
「いや、エマの言う通りだ。これからみんなで食事をする。その後でお部屋に伺うとしよう。」
「!! 私の話よりも、下民たちと食事をする方が大切だとおっしゃるの!?あなたまで私のことを・・・!!下民との食事の時間など、遅らせればいいでしょう!?」
「ガブリエラ殿、グレーテたちは私たちが戻る時間に合わせて温かい食事を準備してくれている。簡単に時間を遅らせることなどできない。」
不満そうにするガブリエラさんにカールさんがさらに言った。
「温かい食事を提供するためにグレーテたちは薪を集めて火を起こし、私たちの帰りを待っていてくれたのだ。」
「それが何か?それは彼らの仕事でしょう。」
「彼女たちはあなたの侍女でも、小間使いでも、料理番でもない。この村では皆が助け合って生きているんだよ。私たちもそれに従うべきだ。」
ガブリエラさんは驚いたような、戸惑っているような顔をしていた。私はガブリエラさんに声をかけた。
「ガブリエラ様!今日はみんなでお食事をしてみてはどうでしょう?きっと楽しいですよ!ね!」
「そうだよ、ガブリエラおねえちゃん!きっとみんなも喜ぶよ!」
「ドーラ!?エマ!?あなたたち何を言って・・・。」
「いいですから、ね?さあ、行きましょう!!」
「ちょっと待ってドーラ!あなた、なぜそんなに力が強いの!?」
抵抗するガブリエラさんを半ば抱きかかえるようにして、私とエマは彼女を食卓に連れて行った。
「ああ、おかえりエマ、ドーラ。それにカール様よくいらっしゃいました。さあさあ、お座りください。」
「あれ、その女も今日はこっちで食べるのかい?珍しいね。」
エマが準備した丸椅子に、私が無理矢理ガブリエラさんを座らせた。席はカールさんの隣、一番火に近い席だ。『上座』っていうらしい。
すでにテーブルの上には食事の準備が出来ていた。今日の晩ごはんは朝焼いた黒パンと、炙ったベーコンとチーズ、そして根菜の入ったスープだ。
食卓には炭焼きの汚れを落としてさっぱりした顔のアルベルトさんとフランツさんがすでについている。二人はガブリエラさんを不思議そうに見つめていた。
「ガブリエラの分はまだ準備してなかったよ。今作るから、少し待っていておくれ。」
グレーテさんが残してあった黒パンの真ん中、比較的柔らかい部分をナイフでザクザクと切っていく。その間にマリーさんが火から下ろした鍋をもう一度温め直していた。私とエマは二人を手伝うために動き回った。
カールさんはアルベルトさんたちとにこやかに話をしていたけれど、ガブリエラさんは居心地悪そうだ。でもふと気が付いたように言った。
「お前たちは食べないの?料理が冷めてしまうのでしょう?」
急に話しかけられたフランツさんは驚いた顔をしていたけれど、すぐに笑ってそれに答えた。
「うちはみんなそろって飯を食うのが決まりなんだ。あんたの分ができるまで、もうちょっと待つよ。」
火が焚かれているとはいっても、部屋の中はやっぱり少し寒い。食卓に並べられているチーズは固くなり、スープは表面に白い膜が出来始めていた。
「冬はなんていっても、温かいもんがご馳走だ。だから一緒に食事をする。あんたの分はいつも最後にグレーテとマリーが作ってたんだが、今日はせっかく一緒に食べられるんだ。少し待つくらいなんでもないさ。」
「親父さんの言う通りだぜ。最初、うちに来たときはあんた、本当にひどい有様だったが、無事に元気になってよかったな。おかみさんの探してきてくれた薬草のおかげだぜ。」
アルベルトさんとフランツさんの言葉を聞いて、ガブリエラさんはグレーテさんの方を見た。グレーテさんは温めた鍋に刻んだ黒パンと細かくしたチーズを入れて、塩で味を調えているところだった。
「私一人分の食事の準備をするのがこんなに大変だったなんて・・・。」
ガブリエラさんは呆然と呟いた。出来上がった料理を持ってきたマリーさんが、それを聞いてガブリエラさんにちょっと強い調子で言った。
「それが分かったんなら、あんたもこれからちょっとは手伝いなよ。せめてみんなと一緒に食べてくれてくれりゃあ、手間が省けていいんだけどね!」
「おいマリー、お前もうちっと言い方ってもんがあるだろう・・・。」
「なんだいあんた!この娘が別嬪だからって!デレデレしちゃってさ!」
「おやおやマリー。そりゃあんたヤキモチかい?それでガブリエラに当たったんじゃ、この子が気の毒ってもんだよ!」
グレーテさんの言葉にマリーさんが顔を赤くして俯いてしまった。食卓にいたみんなが笑顔を見せる中、ガブリエラさんはテーブルの上にある料理をじっと見つめていた。出来立てのガブリエラさんのお皿だけが湯気を立てている。
「よし、じゃあみんな席についてくれ。」
「ちょっと待って頂戴。」
食べ始めようとした私たちを、ガブリエラさんが止めた。怪訝そうにみんなが見つめる中、ガブリエラさんは傍らに置いてあった杖を掴んで立ち上がると、おもむろに魔法を使った。
「・・・《加熱》。」
テーブルの上に並べてあった冷めた料理がたちまち湯気を立て始めた。冷えて固まったベーコンからは美味しそうな肉汁が溢れ、チーズがとろりととろけた。パンが焼きたてのようにふんわりとよい香りを立てる。
「おお!!すごい!!さすがはドーラの師匠っていうだけはあるぜ!すごい魔法だな!」
「あっという間に料理が温まっちまうなんて!すごいね!ありがとうよガブリエラ!」
「パンふわふわー!ありがとうガブリエラおねえちゃん!」
皆は口々にガブリエラさんにお礼を言った。ガブリエラさんは俯いたままさっと椅子に座り「こんなの魔法の内に入りませんわ・・・」と顔を赤くして呟くように言った。
カールさんと私はそんなガブリエラさんを見て、そっと視線を交わし微笑みあった。
温かい料理をみんなで食べ始めてしばらくすると、グレーテさんがガブリエラさんに話しかけた。
「ガブリエラ、ドーラにしっかり魔法を教えてやっておくれよ。この子の魔法はすごいけど、加減ってものを知らないから失敗も本当に酷くてね。」
「ああ、そうだねぇ。前に木の実から油を取ろうとしてさ・・・。」
「ありゃあ酷かったな。俺が帰った時には、家中に飛び散った油をエマとカール様が一生懸命掃除してて・・・。」
「!! あの時はごめんなさい!!まさかあんなに油が飛び出すなんて思わなくって・・・。」
「いや、いいんだよ。別に怒っちゃいないさ。ただあの時のカール様の顔ったら、なかったよね。全身茶色と緑のまだらになっててさ!」
「あの後、しばらく匂いが取れなかったんですよ。一応《消臭》の魔法は使ったんですが、私は魔力が弱いので・・・。」
「でもあたし、あの匂い好きー!だっておいしそうな匂いだもん!」
エマの言葉に皆がまた一斉に笑う。ガブリエラさんはフランツさんたちと普通に会話するカールさんの様子を不思議そうな顔で見つめていた。
「ところでガブリエラ、なんで冬の森に入ったりしたんだ?」
フランツさんがベーコンを齧りながらガブリエラさんに話しかけた。ガブリエラさんは少し迷ったような表情をした後、口を開いた。
「・・・魔獣を倒して魔石を手に入れるためですわ。」
「魔獣狩りを!?あんた、冒険者なのかい?」
「まさか。私をあんな連中と一緒にしないでくださいまし。」
「ん?じゃあ今までに魔獣を狩ったことは?」
「もちろん、ありませんわ。でも本で読んで素材や魔石の集め方は知っています。私は錬金術師ですから。」
フランツさんは、自信満々で答えるガブリエラさんと困ったようなカールさんの顔を何度も見つめた。その視線に押されるようにカールさんがガブリエラさんに話しかけた。
「ガブリエラ殿、やはりギルドに依頼して魔石を調達した方がいいのではないか?王からその費用も出してもらえるのだろう?」
「カール様、それでは時間が惜しいです。今から依頼して、魔石が届くのは早くても春になってしまいますわ。私の研究に協力してくださる約束でしたわよね?」
「それはそうだが・・・。」
あごに拳を当て、カールさんが困ったように黙り込んだ。気まずい沈黙を破るように、アルベルトさんが言った。
「魔獣を探すならドーラは置いて行った方がいいな。多分ドーラが居たら魔獣はどっか行っちまうぞ。」
「えっ!?私ですか!?」
「それ、あの・・・ハンナ、とかいう子供もそう言っていましたわ。どういうことですの?」
「それが分からねえんだが、ドーラが来てからこの辺りの魔獣はみんな、いなくなっちまったんだよ。」
「私の求めているのは大型の魔道具を作るための、強力な魔獣の魔石です。どこに行けば出会えますの?」
「そりゃあ西の森の奥深くか、ドルーア川の東側だな。ただどっちも一日で帰って来られる距離じゃねえ。あんた、野営をしたことは?」
「・・・ありませんわ。」
「冒険者の連中は、魔獣を探して何日も森を彷徨うって聞くぜ?特に今は冬で魔獣の活動も鈍い。春になるまで待った方が・・・。」
「私は・・・!私は一刻も早く、成果を出さなくてはならないのです!!」
急に大声を出したガブリエラさんに驚いて、みんな黙り込んだ。ガブリエラさんはハッとして俯いてしまった。
「そんなに焦ってるなんて、何か事情があるんだろう。よかったら話してみないかい?」
グレーテさんが優しく声をかける。迷ってるガブリエラさんの背中を私はそっと触った。
「ドーラ・・・。」
「みんな、ガブリエラさんのことを心配しているんですよ。」
ガブリエラさんは戸惑っているようだったが、エマと目が合うと唇をぐっと噛みしめて小さな声で言った。
「・・・ミカエラを。妹を助けるためですわ。」
「妹さんを?妹さんは病気か何かかい?」
「いいえ、最後に別れたとき、ミカエラは元気でしたわ。ひどく泣いていましたけれど。まだたった4つなのにあの子をあんなところに一人ぼっちにしてしまって・・・。」
「エマと同い年かい。そりゃあ心配だね。今どこにいるんだい?」
マリーさんがガブリエラさんを気遣うように尋ねた。
「王都の北、山腹の荒野の修道院に軟禁されていますわ。」
「そんな小さい子になんて酷いことを!!一体、なんだってそんなことに?」
「・・・すべてはあの王のせいですわ!!私とミカエラからすべてを奪い、北の果てに閉じ込めて!あの子は自分の生い立ちも知らない!私はたった一人の姉としてあの子にふさわしい・・・!」
ずっと心に秘めていた言葉が溢れ出したみたいに、ガブリエラさんは一気にしゃべった。でもすぐに言葉を止めて、また黙り込んでしまった。
「しゃべりすぎましたわ。あなたたちに私の気持ちなんか・・・。」
そこまで言ってマリーさんとグレーテさんの顔を見たガブリエラさんは、ぎょっとして言葉を飲み込んだ。
「あんた辛かったんだね。妹さんのためにたった一人で、一生懸命頑張って・・・。大変だったろう?」
「今まで苦しかったろう?もっと早くあたしらに話してくれればよかったのに。」
二人は涙を流しながら席を立つと、ガブリエラさんに寄り添って両側から声をかけた。私はその姿を見て、なんて美しいんだろうって思った。
ガブリエラさんは両手を固く握りしめ、唇を噛んでいたけれど、すっと立ち上がった。
「・・・お料理、美味しかったですわ。ごちそうさまでした。」
ガブリエラさんはそのまま自分の部屋に入ってしまった。私が後を追おうとしたら、カールさんが「今はそっとしておいてあげましょう」と言った。
その後、私たちはガブリエラさんのために何ができるか、遅くまで話し合った。でも魔獣を探すためのうまい方法は、誰も思いつかなかった。
私は、片づけが終わって、みんなが寝てしまった後も自分の力を使って何ができるかを、一生懸命に考え続けたのでした。
種族:神竜
名前:ドーラ
職業:ハウル村のまじない師
文字の先生(不定期)
土木作業員(大規模)
鍛冶術師の師匠&弟子
木こりの徒弟
大工の徒弟
介護術師(王室御用達)
侍女見習い(元侯爵令嬢専属)
所持金:4443D(王国銅貨43枚と王国銀貨78枚とドワーフ銀貨8枚)
読んでくださった方、ありがとうございました。