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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
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閑話 あたしの妹の妹

ドーラがハウル村に来る前日のお話です。本編にはほとんど関係ありません。

「イワン、ハンナ、水汲みに行ってきておくれ。お隣のエマちゃんも誘ってあげるんだよ。」


「はーい!!」


 お母さんにそう言われたあたしとお兄ちゃんは小さな水汲み桶を持って、家の外に出ました。まだ日が出る前なので、薄暗く空気がひんやりしています。お兄ちゃんが大きなくしゃみをして、上着の襟元を合わせました。


 やっと雪が解けてお外に出かけられるようになりました。まだ明け方のこの時間は冬の感じが残っているけれど、お空には冬と違って白いもこもこした雲がいくつも浮かび、それがバラ色の朝日を受けてピカピカ輝いていました。


 あたしとお兄ちゃんは畑のわき道を通って、お隣のフランツさんのお家に向かいます。半分くらい歩いたところでフランツさんのお家の扉が開いて、中から服をもこもこに着込んだエマちゃんが桶を持って出てきました。


「エマちゃーん!!」


「あ、ハンナちゃーん!!イワンくーん!!」


 あたしが遠くから呼びかけると、エマちゃんはあたしたちの名前を呼びながら、走りだしました。あたしはエマちゃんと同時に走り出し、道の真ん中で抱き合いました。






「エマちゃん、すごくあったかいね!」


「うん、お母さんがね、お外は寒いからいっぱい着ていきなさいって。カゼひくと大変だからって。」


 エマちゃんはちょっと動きにくそうにしながらそう言いました。見れば大人用の服を無理やり重ね着しているので、外套を着ているみたいになっています。袖も余っていて、何度も折り返しているので腕に大きな輪っかを付けているみたいに見えます。


「マリーさん、エマちゃんのことすごく心配してるんだね。」


「うん。」


 エマちゃんはちょっと寂しそうに頷きました。エマちゃんの妹のマリアちゃんは冬に入ってすぐ、熱病にかかって死んでしまいました。


 フランツさんは雪の降る中を何度も遠くの村まで出かけて行って、薬を買って飲ませていましたが、結局助からなかったのです。エマちゃんはマリアちゃんをすごくかわいがっていたので、とてもショックを受けていました。


 あたしは一つ年下のエマちゃんを本当の妹のように思っていたので、あの時のエマちゃんが心配でたまりませんでした。冬の間、ほとんどお家から出ないでマリーさんにくっついて過ごしていると、うちの父さんとフランツさんが話しているのを聞いて、何度もエマちゃんのところに様子を見に行きました。


 エマちゃんははじめ、まるで赤ちゃんに戻ってしまったみたいになっていました。でも冬が終わりに近づくにつれて、少しずつ元のエマちゃんに戻っていきました。きっと春の女神さまが、エマちゃんの心の雪も溶かしてくださったのかもしれないと思いました。






 エマちゃんはすごくかわいい女の子です。ぱっちりした目と同じ色の薄茶色の髪は、柔らかくて少し癖があります。


 私たちは仕事の合間にいつも髪を編みあいながら、おしゃべりをしています。お母さんたちはいつも「エマは賢そうな顔をしているね。本当に子供のころのデリアそっくりだよ」と言っています。


 デリアさんはフランツさんのお姉さん。つまりエマちゃんの伯母さんです。でも今から10年くらい前に、魔獣に襲われて死んでしまったそうです。






 あたしたちは水汲み場を目指して歩いていきました。あたしたちの家は村の南側にあるので、水汲み場からは少し離れています。


 途中、それぞれの家から出てくる他の子どもたちと一緒にあたしたちは水汲み場に向かいました。水汲みはたいていどこの家でも、子供の仕事です。皆、自分の体の大きさに合わせた手桶を持っています。


 重たい水を持って何度も往復するのはかなり大変だけれど、友達と会えるこの時間は朝の楽しみでもありました。


「雪解け水で川の水が多くなってるから、気を付けるんだよ。」


 水汲み場では村長のおかみさんのグレーテさんが、子供たちが水を汲む様子を見守っています。グレーテさんのお家には子供がいないので、水汲みはグレーテさんがしているのです。


 あたしたちも川の水を汲み、手桶を持って家に帰ります。あたしの家はあたしとお兄ちゃんがいるので、あと4回くらい往復すればいいけれど、エマちゃんはもっと時間がかかってしまいます。だからお母さんはいつも「エマちゃんを手伝っておあげ」と言っています。もちろんあたしはいつもそうしています。






 あたしたちは水をこぼさないように気を付けながら、また来た道を戻りました。


 重くて大変だけれど、女の子同士でおしゃべりしながら歩くのは、とても楽しいです。お兄ちゃんは同じ年のグスタフたちと話をしています。


 グスタフはちょっと乱暴なところがあり、いつも悪戯ばかりしているので、あたしはあまり好きではありません。


 いつもは無視しているのですが、その時はたまたまお兄ちゃんとの会話が聞こえてしまいました。


「アルメがさ、草イチゴのすっげー生えてる場所見つけたんだよ!水汲み終わったら、一緒に行こぜ、なあ!!」


「本当!?行きたい!!でもどこなの?」


「あのな、秋にヤギを放す荒れ地があるだろ?あれをちょっと奥に行ったとこなんだ。」


「え、それじゃあ森の中じゃないか!」


「そうだよ、それがどうかしたか?」






 グスタフは悪びれずにそう言っていますが、お兄ちゃんは困った顔をしています。


 あたしたち子供は、絶対にこの時期の森に近づかないように言われています。冬の間、食べ物の少なくなった森の獣たちが人里に近づいてくるからです。


 あたしがグスタフにそのことを言ってやろうとしたとき、あたしの隣のエマちゃんが突然、大きな声でグスタフを叱りつけました。


「ぜったいだめ!!しんじゃったらどうするの!!しんだらもう家族に会えなくなっちゃうんだよ!!」


 おしゃべりをしていた皆が一斉にシンと黙りました。エマちゃんは目に涙を溜め、手をきつく握っています。叱りつけられたグスタフは、びっくりした顔をしていましたが、すぐにエマちゃんに食ってかかりました。


「なんだよエマ!!お前、チビのくせに生意気だぞ!!」


 グスタフがそう言い返すと、グスタフの周りの男の子たちがグスタフの味方をし始めました。あたしと女の子たちはエマちゃんを庇いました。


 やがて最初の草イチゴのことはすっかりどこかに行ってしまい、男の子対女の子の言い合いになってしまいました。






「なんだよお前ら!!女のくせに、男の遊びに口出しすんじゃねーよ!!」


 体の大きな男の子が目の前に立っていた女の子をどんと突き飛ばしました。その子はよろけてエマちゃんにぶつかり、その拍子にエマちゃんの水桶が地面に落ちてしまいました。


 バシャッという音とともに地面に広がる水。それを見て皆はシーンとなりました。水汲み中の相手に悪戯をするのは、絶対にやってはいけないというのが、村の子供の暗黙のルールなのです。


 たちまちその男の子に女の子たちの口撃が集中します。旗色の悪くなった男の子たちは、エマちゃんのせいにしはじめました。


「エマが、ちゃんと桶を持ってないのが悪いんだろ!!」


 そう言われたエマちゃんは何も言い返せず唇をかみ、じっと涙をこらえて俯いていました。女の子たちがエマちゃんを慰めているうちに、男の子たちはみんな逃げ出してしまいました。


 お兄ちゃんも、こちらをチラチラと気にしながら、一緒に行ってしまいました。もう、お母さんに言いつけてやるんだから!!


 あたしは自分の桶をその場において、エマちゃんと水汲み場に戻りました。他の女の子たちも手伝ってくれたので、朝の分の水汲みはいつもより早く終えることができました。






 水汲みの間中、お兄ちゃんはあたしに何か言いたそうにしていましたが、あたしは当然無視していました。


 水汲みが終わると朝ごはんの準備です。ぐにゃぐにゃになった豆としなびた芋でスープを作り、腐った匂いのする塩漬け肉を炙ります。


 秋の終わりに貯えておいた食べ物は、もうこれだけしか残っていません。もうこの臭いお肉にはうんざりです。でも生きていくためには仕方がありません。


 春になったので、これから少しづつ野菜を作れるようになるはずです。そして森の獣たちが森の奥に帰っていけば、森での採集もできるようになります。だからもうしばらくの辛抱なのです。


 そういうわけなので、さっきのグスタフたちが草イチゴを見つけたっていう話は、確かにすごく魅力的でした。ヤギの囲いの奥なら、そんなに森の深くでもありません。


 でもエマちゃんと私たちにあれだけ言われたのですから、いくら食いしん坊のグスタフでもきっと行くことはないでしょう。


 私は甘い草イチゴの味を頭の中で思い描きながら、息を止めて臭い肉を薄いスープで流し込みました。






 朝ごはんの後またエマちゃんと一緒に水汲みをして、あたしの家とフランツさんのお家の水甕を一杯にした頃には、もう昼が近い時間になっていました。


 あたしとエマちゃんは集会所で麻布あさぬのづくりをしているお母さんたちを呼びに行くため、フランツさんのおうちを出ました。


 その時です。森の方から大きな雷のような魔獣の声が響き、それに続いてホウホウというフクロウのような鳴き声が聞こえました。あたしとエマちゃんは思わずその場に伏せました。


「今の声って、魔獣よね!?まさかお兄ちゃんたちが・・・!?」


 エマちゃんは顔を真っ青にして黙っていました。お兄ちゃんが魔獣に引き裂かれている様子が頭に浮かんで、あたしの目からじわっと涙が溢れてきました。


「ど、どうしようエマちゃん、どうしたらいいの・・・!!」


 狼狽えているあたしをよそに、エマちゃんはすぐにお家に飛び込むと、鍋と小さな薪を掴んで戻ってきました。






「ハンナちゃん、行こう!!」


 エマちゃんは鍋を頭にひょいっとかぶって、荒れ地に向かって走り出しました。まるでチャンバラごっこの時の兜と棍棒を持っているみたいですが、いくら何でも魔獣の相手になるようなものではありません。


 あたしはエマちゃんを止めようと必死に追いかけました。畑を抜けたところで、荒れ地の方からお兄ちゃんたちが走ってくるのが見え、私はホッと胸を撫でおろしました。でもお兄ちゃんを含め、男の子たちはみんな泣きそうな顔をしています。


「僕たちはあの声を聞いてすぐ逃げてきたんだ。でもアルメとグスタフがまだ森の中に・・・!!」


 涙声でそう言ったお兄ちゃんの言葉を聞くなり、エマちゃんは森に向かって駆けていきました。


「待って、エマちゃん、無理よ!!お兄ちゃん、誰か大人を呼んできて!!」


 あたしが叫ぶと立ち尽くしていた男の子たちが、村の集会所に向かって走っていきました。あたしはそれを見ることもせず、エマちゃんを追いかけて走り出しました。






 エマちゃんはヤギの囲いを越えて、森の入り口に差し掛かろうとしていました。


「助けて!!助けてくれ!!」


 森の方から、血相を変えたアルメとグスタフが走ってきました。でもその時あたしは見てしまったのです。二人を追いかけるようにオークの枝を飛び移りながら近づいてくる大きな影を。


 あれはフクロウの上半身とクマの下半身を持つ魔獣、梟熊アウルベアです。梟熊はグスタフに狙いを定めると、木の上から目にもとまらぬ速さで滑空してきました。






「危ない!!」


 梟熊がグスタフの背中に鉤爪を突き立てようとした、まさにその時、梟熊に向かって飛び込んでいったエマちゃんが、持っていたお鍋を薪の棍棒で思いっきり叩きました。


 耳が痛くなるような金属音が響き、その音に驚いた梟熊は空中でバランスを崩して、グスタフのすぐ後ろに降り立ちました。


 グスタフたちはそれにも気が付かず、一心不乱にこちらに駆けてきています。梟熊は取り残されたエマちゃんに狙いを定めました。でもお鍋のことを警戒しているみたいで、じっとエマちゃんを見つめています。


 エマちゃんは、お鍋と棍棒を構えたまま、じりじりとこちらに向かって下がり始めました。息を詰めて立ち尽くす私の横をグスタフたちが駆け抜けていきました。


 どうかこのままエマちゃんにあいつが襲い掛かりませんように!私は声を出すことも忘れ、エマちゃんと梟熊を見つめました。


 梟熊が動く気配を見せるたびに、エマちゃんはお鍋を叩きます。ですが何度かそれを繰り返したことで、梟熊はその音に害がないと気が付いてしまったようでした。


 梟熊がぐっと体を後ろに逸らしました。エマちゃんは梟熊に背を向けると、大急ぎでこちらに向かって走り出しました。あたしはエマちゃんに向かって飛び出すと、その小さな体を抱きしめて自分の体で庇いました。


 鉤爪が私の体を引き裂く!あたしは襲ってくる痛みを予想して、ぎゅっと目をつぶりました。






 その時、遠くの空から不思議な音が響いてきました。それは澄み切ったラッパのように甲高い、とても美しい音でした。あれは鳥の鳴き声?


 やがて森の中に向かって、ガサガサと慌てて逃げていく音が聞こえました。あたしが恐る恐る顔を上げたとき、梟熊はもういなくなっていました。


 あたしは腕の中で気を失っているエマちゃんを背中におんぶすると、村に帰りました。足がガクガクして歩くのはとても大変でしたが、その場にいるのがとにかく怖かったのです。


 村に帰ると、お兄ちゃんたちから事情を聴いたおかみさんたちに迎えられました。男の子たちとあたしとエマちゃんは、おかみさんたちにこっぴどく叱られました。


 グスタフとアルメは、それぞれのお父さんからものすごく怒られた挙句、その日の夕暮れまで村の広場の木に縛られていました。いつもは強がってばかりのグスタフも、さすがにこたえたようで、泣きべそをかいていました。


 グスタフはこの日から、エマちゃんにすこしだけ優しく接するようになった気がします。


 あたしたちは村の大人たちから、しばらくは大人と一緒に過ごすように言われました。友達と遊べなくなったのはとても辛かったですが、これはさすが仕方がないなと思いました。






 この次の日、エマちゃんとマリーさんが、村に不思議な女の人を連れてきました。ものすごくきれいな人ですが、自分の名前も覚えていなくて、エマちゃんが付けたドーラっていう名前を名乗っています。


 村の大人の人たちの話では、ドーラおねえちゃんは『エルフ』の血を引いているらしいです。そのせいかドーラおねえちゃんはやることなすことヘンテコで、いつも村の人たちをびっくりさせています。


 他の人には内緒ですが、あたしはエマちゃんが虹色のきれいな小石を集めているのを知っています。エマちゃんが言うには、これはドーラおねえちゃんの涙の粒らしいです。涙が石になるなんてすごく変です。でもきっと『エルフ』だからなのでしょう。


 ドーラおねえちゃんが来てから、エマちゃんはマリアちゃんがいた頃に戻ったみたいで、毎日楽しそうにしています。ドーラおねえちゃんは、お姉ちゃんなのに妹みたいだって、エマちゃんはよく言っています。


 あたしはエマちゃんが元気になって、すごくうれしいです。






 ドーラおねえちゃんはすごく力持ちで、おまけに不思議なおまじないをたくさん使えます。ドーラおねえちゃんは一人で何人分もの仕事をしてくれるので、あたしたちの仕事がかなり減りました。


 その分、ドーラおねえちゃんから字を教わったり、逆にドーラおねえちゃんに村や森のことを教えたりする時間が増えました。あたしは簡単な文字の読み書きと、お金の計算ができるようになりました。


 もっともっと勉強して、いろんなことを知りたいなと最近はよく思っています。






 あと、ドーラおねえちゃんが村に来た日から、村には一匹も魔獣が出ていません。姿を見るどころか、遠吠えさえも聞こえないのです。そのおかげでお父さんたちは仕事がしやすくなり、あたしたちは森での採集を安心してできるようになりました。家畜の被害もなくなったので、今年の冬はお肉がたくさん食べられると思います。


 みんな、このことをすごく不思議がっています。でもあたしは何となく、これはドーラおねえちゃんがハウル村にいるせいじゃないかなと思っています。


 あたしとエマちゃんを梟熊から守ってくれたあの不思議な鳴き声の主は、もしかしたらドーラおねえちゃん・・・?


 そんなはずないのに、なぜかあたしにはそう思えて仕方がないのでした。






 今年もまた冬がやってきました。お外には遊びに行けないし、食べ物は少なくなるし、本当に辛い季節です。


 でも今年の冬はいつもの冬よりも、楽しくなるような気がしています。あたしの妹の妹は、次はどんなとんでもないことをして、村の人たちをびっくりさせるのかしら。


 そんな風に考えながら、あたしは今日も、エマちゃんと一緒に水汲みに向かうのでした。

読んでくださった方、ありがとうございました。次回から第2章です。

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