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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
31/188

30 冬支度

第1章終わりました。矛盾点や気になることなどありましたら、教えていただけるとありがたいです。次回閑話になります。第2章も読んでいただけると嬉しいです。

 カールが部屋に入ると、ガブリエラは座っていた小さな椅子からすっと立ち上がり、カールの前に跪いた。


「ルッツ準男爵様、先日お会いした時には大変、失礼な振る舞いをいたしまして、申し訳ございませんでした。お許しいただけますでしょうか?」


 一途な眼差しでカールを見上げるガブリエラ。カールは面食らったように、数回瞬きを繰り返した後、ガブリエラに話しかけた。


「・・・ガブリエラ様、お立ちになってください。今日、参上したのはあなたと今後のことを話し合うためです。どうぞ椅子におかけになってください。」


 カールの目をじっと見つめるガブリエラの眼の縁に涙を溜まっている。その瞳には、深い後悔の念が溢れているように見えた。


 ガブリエラはゆっくりと立ち上がり、ごく当然のように下座の椅子に腰かけた。カールは上座の椅子に掛けるが、居心地が悪そうに身じろぎをした。


 カールが椅子に掛けるとガブリエラは再び立ち上がり、貴族の礼法に則って挨拶をする。






「ルッツ様、訪ねてきていただいて大変光栄に存じます。ご承知の通り、罪を得てこのような場所におります身故ゆえ、十分なおもてなしが出来ないことをお詫びいたします。」


 着ているみすぼらしい服の裾を両手で軽く摘んで、優雅にカーテシーをするガブリエラ。彼女が行ったのは上位の貴族に対して女性貴族が行う挨拶だ。かつて侯爵令嬢であった彼女の身分を考えれば、これを王族以外に行うのは初めてのことだろう。


 カールは挨拶を受けて軽く頷く。彼女に椅子に掛けるように促してから、カールは話し始めた。


「ガブリエラ様のお気持ち十分に理解いたしました。これからは互いに王命に従いドーラを守護し導く立場、どうぞお力をお貸しください。」


「なんという勿体ないお言葉でしょう。わたくしのような咎人にそのような役目をお与えくださるとは、本当に感謝の申し上げようもございませんわ。慈悲深き国王陛下とルッツ様に大地母神様の恵みがありますよう、僭越ながらお祈りさせていただきます。」


 ガブリエラはそう言うと、大地母神に祈りをささげる仕草をし目をつぶった。かつての美しさを取り戻しつつある白髪はくはつの彼女がそうやって祈る姿は、まるで一枚の淡彩画のようで、見ている人の目を奪わずにいられない神秘的な雰囲気を漂わせていた。カールは目をつぶって祈りを捧げるガブリエラの名をそっと呼んだ。


「ガブリエラ様・・・、」


「ルッツ様、私はすでに貴族籍を失い、平民に落とされた身でございます。どうぞ、ガブリエラとお呼びになってくださいませ。」


 彼女は両手を胸の前で組み合わせカールに懇願した。目を潤ませ上目遣いにカールを覗き込んでいるにもかかわらず、その表情には媚びたところが全くない。かつて『不滅の薔薇姫』と呼ばれていた彼女に相応しい気品と優美さに溢れていた。


「・・・ではガブリエラ殿、と呼ばせていただきます。これからあなたが無事王命を達成できるよう、私もできる限り協力いたします。」






 ガブリエラはカールの言葉を聞いて、内心ほくそ笑んだ。下級貴族などしょせんはこんなものだ。


 貴族同士の駆け引きの中で育ってきたガブリエラにとって木っ端貴族の、しかも嫡男でもない男相手との会話を優位に進めるくらいは、造作もないことだった。


 王に阿り父様を殺した卑怯者の息子め。今はせいぜい、私の頭を踏みつけに出来る今の立場を楽しむがいい。私は必ずバルシュ家を再興させる。そして私からすべてを奪った王に復讐するのだ。


 そのためにはドーラの力が必要だ。ドーラを手懐け、私の利になるよう誘導する。そしてドーラの力を私のものにするのだ。私が再び貴族になることができたなら、私を愛してくれた多くの友人たちがきっと私に協力してくれるだろう。


 かつて私を世界の誰よりも美しいと讃えてくださったグラスプ伯爵家のピエール様。もう一度、あの方と手を取りあうことができたら、どんなにか素敵なことだろう・・・。






 彼女に残された時間は多くない。このカールとかいう小役人などに、計画の邪魔をさせるわけにはいかないのだ。この好機を逃さないために、今は身の回りのものすべてを私のために動かす必要がある。


 目的のためなら、憎い仇の息子であっても、笑顔で味方に取り込んでみせる。そして目的を達成したその暁には、真っ先に私の手で葬ってやる。


 彼女はその情熱にも似た昏い憎悪の念をおくびにも出さず、艶然と微笑むと、カールに言った。


「まことにありがとう存じます、ルッツ様。私も王命を果たすべく誠心誠意、ルッツ様にお仕えしたいと思っております。どうぞなんなりとお申し付けください。」


「ガブリエラ殿の美しき心根、深く感じ入りました。これから手を携え、共に王国のために務めを果たしましょう。私はガブリエラ殿の味方です。」


 ガブリエラを見つめる真摯な瞳の輝き。ふふ、堕ちた。容易いものだ。ガブリエラは心の毒牙を隠し、愛らしい微笑みを浮かべた。











「・・・などと私が言うとでも思いましたか?あなたの考えていることなど、私はすでに分かっています。」


 カールがそう言うとガブリエラはほんの一瞬瞳を揺るがせたが、表情を変えることなく問い返してきた。


「いったい何のことでございましょうか、ルッツ様。わたくし、何かお気に障ることをいたしましたでしょうか?もしそうであれば、すぐにお詫びをいたします。」


 愛らしい眉を寄せ、悲し気に表情を曇らせるガブリエラ。これが上級貴族か。化け物だな。カールは内心舌を巻く。このやり方では絶対に彼女には敵わない。そのためには戦い方を変える必要がある。


「私はあなたをドーラの身代わりとすることを躊躇った。それはあなたが陛下や私の父の思惑に踊らされて、挙句捨て駒のように殺されるのを憐れんだからだ。」


 カールの言葉を聞くガブリエラの顔から表情が抜ける。彼女にとっては耐え難い侮辱の言葉、しかも憎い仇の息子から憐れみをかけれているのだから当然だ。彼女の内心は屈辱で満たされていることだろう。


「・・・ルッツ様、それは余りに惨いおっしゃりようではございませんか。私を信じてくださらないのですね。」


 ガブリエラは両手で顔を覆った。一見すると泣いているようだ。貴族の男性であれば彼女のそんな様子に罪悪感を抱かずにはいられないだろう。カールとて誰か他の人が見ている場所でこのようなことをされたら、なすすべなく、彼女の意のままに話を進めさせられたことだろう。






 しかしカールには、魔力なしで剣術大会優勝を勝ち取るほどの剣の技量がある。これは会話ではない。心に剣を持つ相手との腹の探り合いだ。そう思うと、ガブリエラの筋肉の動きや目線の変化がよく見えた。顔を隠していても、腕や首筋の筋肉の動きを見れば、彼女の怒りは手に取るように分かる。


「そのように奥歯を食いしばっていては、せっかくの涙も台無しだ。私にそのような茶番は通用しない。顔を上げてくれ、ガブリエラ殿。私はあなたと取引がしたい。」


 ガブリエラがすっと姿勢を正してこちらを向き直った。目の端に涙が光っているが、彼女の冷たい表情がこの涙が偽物だということを如実に物語っていた。


「貴族にあるまじき直情さですわね、ルッツ卿。それでは女性に嫌われてしまいましてよ。」


「・・・そんなことはどうでもいい。私はかつてあなたを憐れんだ。だがもしあなたがドーラの害となるなら、私はあなたを斬ることを躊躇わない。」


 カールが剣の柄にそっと手を触れると、カチャリと小さな鍔鳴りが響いた。ガブリエラの体にごくわずかに力が籠るのを感じた。これは恐れからの動きではない。剣の間合いから離れて魔法を放つための算段をしているのだろうとカールは読み取った。本当にこの女は恐るべき相手だ。


 ガブリエラは優れた魔導士だ。魔法での戦いになれば、カールには到底太刀打ちできない。だがこの距離なら彼女が呪文を口にする前に、斬り伏せることができる。短杖さえ持っていないガブリエラには、その剣を避けることなど絶対に不可能だ。ガブリエラは諦めたように、体の力を抜いた。


「ご自分の弱点をさらけ出すのは、あまりいい駆け引きのやり方とは言えませんわね。ドーラを失うことを恐れていると言っているようなものですわ。」


「そうだ。だがドーラを失いたくないという、まさにその一点において、あなたと私は同じ立場に立っている。もちろんその思惑は違うが。」


 ガブリエラはカールをじっと見つめた。これから屠殺する家畜を値踏みするような冷たい目だ。旨味のある部分はどこで、捨てる部分はどこか。そもそも買う価値があるのか。彼女は冷静にそれを見極めようとしている。






「そうですわね。私にとってもドーラはかけがえのない存在ですわ。それであなたは何をお望みですの?」


「私は力が欲しい。貴族や王家の思惑からドーラを守れるほどの力が。そのためにあなたに協力をしてもらいたい。きっとあなたの目的にも叶うはずだ。」


「私の目的が叶えられれば、私はあなたやあなたの御父上を弑するかもしれませんわよ。それでもよろしいのかしら?」


「もし仮にそうなっても、いやそうなったら一層、あなたはドーラを守ることを止められないはずだ。私はドーラや彼女の愛する者を守ればそれでいい。」


 カールの答えを聞いたガブリエラは、一瞬虚を突かれたような表情をしたが、すぐにフッと笑った。


「情熱的な愛の告白ですわね。聞かせる相手を間違えていますけれど。あなたのおっしゃる通りですわ。私もドーラに他の貴族や王家から手出しされるのは困ります。・・・契約成立ですわね。」


 ガブリエラはカールに右手を差し出した。カールはその手を握り返した。剣を扱う男特有のゴツゴツした手の感触に、ガブリエラは軽く驚く。


「・・・見た目よりも随分鍛えていらっしゃいますのね、カール様。」


「他に取り柄がないものでな。それでは計画の詳細を詰めていくとしよう、ガブリエラ殿。」


 カールは内心の安堵を隠して、ガブリエラにそう言った。ここまではうまくいっている。ガブリエラの一件でカールは、おのれの無力さを痛感させられた。剣の腕だけでは本当の意味でドーラを守ることなどできない。もっと大きな力がいる。そのためはこの女をドーラの味方にしておく必要があると、カールは考えた。


 ガブリエラはドーラの力を使って、王国への復讐を果たすつもりだろう。だがそれは彼女自身が再び栄達し力を持つことでしか、達成できない。そのガブリエラの思惑をドーラの盾とするのだ。カールはガブリエラが暴走しそうになった時、ガブリエラを止めればよい。常に背中から剣で狙われているとガブリエラが警戒するだけでも、十分な効果がある。


 もちろんそんなことはガブリエラも分かっているはずだ。カールをドーラから引き離し、始末するタイミングを計っているに違いない。


 二人は互いに見つめあう。だがそこにあるのは敵意と疑心。弱みを探り合い、相手を食い合おうとする焼けつくような緊張感だ。そんな中、カールは今後の計画について、ガブリエラと話を進めていった。











 随分と長い話し合いの後、カールさんとガブリエラさんが部屋から出てきました。


「ガブリエラおねえちゃん、すごくきれいな服を着てるね!!それにすごくきれいな首飾りをしてる!!」


 エマがガブリエラさんの身に着けている真っ白いローブと銀の首飾りを見て声を上げた。ガブリエラさんはエマににっこり笑いながら答えた。


「綺麗でしょうエマ。この首飾りはね、カール様から頂いたものよ。わたくしとカール様の絆の証なの。」


 ガブリエラさんは緑色の大きな宝石の嵌った銀の首飾りを指で撫でながらそう言った。キラキラ光るきれいな首飾りなのに、私はそれを見てもいつものようにワクワクしなかった。逆になぜかとても悲しい気持ちになる。エマはガブリエラさんの言葉の意味が分からないようで、ポカンとして彼女を見つめた。


「ガブリエラ殿、おかしな言い方をしないでくれ!私は陛下から預かっていただけだ!」


「ふふ、でもこれで私を好きになさるおつもりだったのでしょう。今からでもお命じになってくださってよろしいですのよ?」


「!! からかわないでくれ!」


 カールさんは少し怒ったようにそう言って、エマを連れて私の方にやってきた。二人はとても仲良くなったようだ。二人の会話を聞いていてなんだか胸が痛くなったけれど、カールさんの顔を見たら少しだけそれが治まった。なんだろう。胸の病気かな?


「話は終わりました。行きましょうドーラさん、エマ。」


「はい!」「はーい!!」


 体調がすぐれないから少し横になるというガブリエラさんを残し、私たちは午後の仕事に向かった。空の色が抜けるよう青さになり、風が冷たくなっている。


 私とカールさんは真ん中を歩くエマの両手をそれぞれ掴み、冷えた小さな手を温めながら歩いた。エマが私たちの手にぶら下がって歓声を上げる。


 私とカールさんは互いに目線を交わし微笑みあった。こんな日がずっと続けばいい。私はそう思ったのでした。






 秋の最後の月は瞬く間に過ぎていった。村の冬支度は本当に忙しかった。


 冬になれば雪に閉ざされ、森での採集や木の切り出しができなくなる。そのため食べ物や燃料の確保をしておくことが不可欠なのだ。


 おかみさんたちは冬の手仕事である麻布織りの準備に、男の人たちは王都の冬の燃料となる木材の切り出しや炭づくりにそれぞれ追われていた。


 私は木の切り出しの手伝いがない時には、子供たちを一緒に森の周りで木の実や食べられるキノコ、薬草や山菜などをひたすら集め続けた。


 一度、魔法で根こそぎ集めようとして、エマに怒られてしまった。


「そんなことしたら、来年採れなくなっちゃうでしょ?」


 全部は採らず少し残しておくようにするのが村の決まりで、エマはそれをマリーさんから教わっていたらしい。エマは本当に賢くて、可愛くて、決まりをちゃんと守るよい子だ。


 カールさんはほとんど私たちと一緒に過ごしていた。少し採集が上手になったとエマがカールさんを誉めていた。ガブリエラさんはすることがあるからと部屋に引き籠っていた。だけど時々エマに、いろいろな葉や実、そしてキノコを集めてくるようお願いしていた。エマは「食べられないものばっかりなのに?」と、とても不思議そうにしていた。






 ある日、私はガブリエラさんに、できるだけ長く生きた木の芯の部分を持ってきてくれないかと頼まれた。


「できればイチイの木がいいですわ。なければブナでも構わないですけれど。」


 私は《収納》の中にしまってある大きなイチイの木の芯の部分を取り出すことにした。どこを取ったらいいかは、ペンターさんに聞いた。残った部分をペンターさんにあげたら、とても喜んでくれた。この木はテーブルなどを作るときにとても良い材料なのだとペンターさんは教えてくれた。ペンターさんは今、フラミィさんと一緒の家に住んでいる。きっと二人で使うテーブルを作るのだろう。


 私が木の芯を持っていくとガブリエラさんは「とてもいい材料ね」と私のことを誉めてくれた。その後、彼女はマリーさんからナイフを借りて、また部屋の中に閉じこもってしまった。カールさんは姿を見せないガブリエラさんを気にしている様子だった。






 私は時々、夜中家を抜け出しては王様の所に遊びに行っていた。王様はいつ行っても疲れ切って眠っていたけれど、私が行くととても喜んでくれた。王様は自分で『お茶』を出して私を持て成してくれた。


 このお茶という飲み物は遠い国の木の葉っぱを煮て作るらしい。とても香りがよくて甘みがあり、美味しい飲み物だった。私が村の様子を話すと、王様はとても楽しそうに聞いてくれた。


 王様はガブリエラさんのことを私にいろいろと尋ねた。そしていつも私にカールさんへの手紙を預けた。最後に私が《どこでもお風呂》を使うと声を上げて喜んでくれて、そのままぐっすり寝てしまう。私はあらかじめ王様が準備しておいてくれたドワーフ銀貨を一枚もらって、村に帰る。そんなことを繰り返すうち、王様は少しずつ元気になっているようだった。






 秋の最後の月が終わる少し前、村に『行商人』という人がやってきた。


 六足牛が曳く大きな荷車いっぱいにいろいろな品物を載せてやってきたその人は、アルベルトさんが持っている村のお金と引き換えに、たくさんの物を村に残していった。行商人さんはアルベルトさんに「ずいぶんと羽振りがいいじゃないか」と言って、驚いていたようだった。


 この行商人さんはその後も何度か村を訪れ、そのたびにたくさんの品物を置いて帰った。品物の中で一番多かったのは油だ。


 私が集会所を壊してしまった時、保存してあった油はほとんどみんなダメになってしまった。これまでは、ときどき豚を解体した時に出る『ラード』を少しずつ使っていたけれど村の人みんなが使うには全然足りなかったのだ。亜麻仁油や菜種油などたくさんの油を買い込むことができ、来年の貯えに十分な量を確保できたとアルベルトさんは喜んでいた。


 ガブリエラさんは行商人さんが来ているときに一度だけ、顔を見せた。彼女は行商人さんに「砂糖はございまして?」と聞いたが、行商人さんに「王都の貴族様相手じゃあるまいし、こんな村に持ち込む訳ないよ、お嬢さん!」と笑われると、すぐに部屋に引き返して、それきり出てこなくなってしまった。『砂糖』というのは遠い南の国で作られるとても甘い食べ物で、この国では同じ重さの金と引き換えられるほど高価なものらしい。






「塩を買わなくて済んだ分、油や道具類をたくさん買えてよかったぜ。」


「俺も塩がいらないって言われたときは驚いたが、この村の塩を食べたら納得だな。俺もあんな塩を扱えるようになりたいもんだ。」


 行商人さんはアルベルトさんとそう会話していた。二人は長年の付き合いらしい。


「塩が売れなかった分以上に、他のもんでたっぷり稼がせてもらったよ。ありがとうアルベルト。街道ができたから、これからはちょくちょく寄らせてもらうよ。じゃあ、また春に会おう。」


 アルベルトさんと年が近いというその行商人さんは、そう言って帰っていった。





 秋の最後の月の終わり。霜が降り、雪がちらつき始めた頃、村では冬を迎えるための最後の大仕事が始まった。豚の解体と保存食づくりだ。


 秋の間、限界まで太らせた豚のうち、オスとメスを数組残して、あとはすべて肉にしてしまうのだ。何しろ数が多いので、これは村人総出で数日間かけて行う。


 男の子たちの連れてきた豚を男の人たちが手早く押さえつけると、おかみさんは横向きにした豚の首の下にさっと桶を差し入れる。豚の首と胸の間辺りに刃物をスッと入れると、たちまち傷口から血がどくどくと溢れ出てくる。この血はあとで食べるので、心臓を止めないようにして体から出してしまうのだそうだ。こうすると肉も美味しくなるらしい。


 おかみさんと女の子たちが血が固まらないよう泡立てている間に、男の子たちと男の人たちが豚をお湯の入ったたらいに移し、豚の体をきれいに洗う。こうすると毛を取りやすくなる。それが終わると、おかみさんたちがカミソリで丁寧に毛を剃り落とす。この毛はブラシなどに使うので、女の子たちが拾い集めていく。


 それが終わると男の人たちが豚の足を細い丸太に縛って、焚火の上であぶる。男の子たちはたいまつを手にして、それを手伝う。こうすると、表面の細かい毛もすべて焼き切ることができるのだ。毛を焼き切ったら、次はいよいよ解体だ。


 豚の後ろ脚を縛って、丸太で組んだ櫓に頭を下にして吊るす。内臓を取り出し、部位ごとに解体していく。この工程ができるのは、ハウル村ではゲルラトさんだけだ。いろいろな刃物を使い、あっという間に豚を解体していく様子は本当に見とれてしまうほど素晴らしい。


 内臓や肉はおかみさんと女の子たちが、どんどん処理していく。村に一つしかない『肉詰め器』というのを使って、ソーセージを作る様子は見ていて本当に楽しい。肉詰め器は金属でできた細長い筒と、円盤の付いた押し棒で出来ている。細かく刻んだ肉や脂、香草、果物の皮そしてたっぷりの塩を筒の中に入れ、押し棒で上から押すと、筒の底につけられた細長い出口からドロドロになった肉が出てくる。


 出口にはあらかじめよく洗った腸が被せてあり、その中に肉を詰めていくのだ。詰め終わってからちょうどよい長さごとに軽く捩じればソーセージの素の出来上がり。あとはこれを茹でたり燻したりして加工していく。ちなみに豚の血は他の内臓と混ぜて胃に、細かく刻んだ皮は膀胱に詰める。他にも部位ごとにいろいろな加工方法があり、人間の知恵のすばらしさに感動させられてしまう。


 他の肉や骨もベーコンやハム、塩漬け、干し肉、スープなどに加工していく。こうしておくことで、肉を出来るだけ長く保存することができるのだそうだ。豚は目玉と蹄以外、すべて食べてしまえるのだと、マリーさんが教えてくれた。


 私たち竜は肉を食べるのが大好きだが、獲物は基本何でも丸かじりだ。骨も皮も内臓も一緒くたに食べてしまう。こんなに繊細な加工法を考える人間って、本当にすごい!!


 こうやって解体された豚は、冬の間の貴重な食料になる。冬の終わりくらいには穀物が無くなるので、この肉と芋、豆だけが命を繋ぐ唯一の食料となるのだそうだ。


 この作業中、私は豚を運ぶ仕事を、カールさんはゲルラトさんと一緒に解体を手伝っていた。ゲルラトさんはカールさんの手際を見てとても感心していた。やったことがあるのかと聞かれたカールさんは、初めてだが剣を使うときと同じで、どこに刃を入れたらよいか何となくわかると答えていた。ちなみにガブリエラさんは血を抜くときの豚の鳴き声に驚いて気を失って以来、部屋から全く出てこない。生き物を殺すところを見たのは、初めてだったらしい。


 最後の豚の加工が終わった日の夕方、村の人たちはみんな集会場に集まった。そして出来たばかりのソーセージやベーコンを食べながら、みんなで一緒に秋の実りに感謝するお祝いをした。菜種油で揚げたジャガイモは、塩味がとてもよく合っていて、すごく美味しかった。これは、この日だけしか食べられないごちそうらしい。エマも満面の笑顔で頬張っていた。


 皆に麦で作った甘酢っぱいお酒が振舞われ、陽気に歌い踊る。フラミィはペンターさんと、マリーさんはフランツさんと、グレーテさんはアルベルトさんと、それぞれ手を取り合って踊っていた。子供たちも手を繋ぎ、楽しそうに歌い踊る。私はカールさんと一緒に踊った。はじめ手を繋ぐとき顔が熱くなって、カールさんの顔を見ることができなかったけれど、踊っているうちに目を合わせられるようになった。


「私、こんなに楽しいの、すごく久しぶりです。」


 私は妖精たちと一緒に空を飛びながら踊った日を思い出しながら、カールさんに言った。


「私もですよ、ドーラさん。」


「来年もこうやってみんなで楽しく踊りましょうね。」


「・・・そうですね。ぜひそうしましょう。」


 ほんの一瞬、焚火の明かりで顔が翳ったように感じたけれど、カールさんは私の目を見つめて力強くそう言ってくれた。私の手を握る彼の手に、ぐっと力が籠る。ああ、幸せだなと素直に思った。


 秋の終わりの日の夜は、そうやって更けていったのでした。






種族:神竜

名前:ドーラ

職業:ハウル村のまじない師

   文字の先生(不定期)

   土木作業員(大規模)

   鍛冶術師の師匠&弟子

   木こりの徒弟

   大工の徒弟

   介護術師(王室御用達)

   侍女見習い

所持金:3963D(王国銅貨43枚と王国銀貨78枚とドワーフ銀貨5枚)

読んでくださった方、ありがとうございました。

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