29 侍女見習い
次の話で秋が終わり、第1章も終わりになります。閑話を一話挟んでから、第2章を始めます。次の更新まで少しお時間をいただくかもしれません。
王様のお城を包み込んでいた《領域》を解除した私は、《転移》の魔法でアルベルトさんの家に戻った。王様を探すときは散々苦労したけれど、戻るときは簡単なので助かる。
王様の顔は、毎年洞穴にお酒を持ってきてくれていたから知ってたけど、広いお城の中から探し出すのはとても大変だった。
昨夜、真夜中にアルベルトさんの家をこっそり抜け出した私は、《転移》で一度ねぐらの洞穴に帰った。そして空を飛んで『お城』を目指した。夕ごはんの時エマに、王様はどこに住んでいるのって聞いたら「王様は大きなお城に住んでるんだって」と教えてくれたので、すぐに見つかった。エマは賢くて、可愛くて、何でも知っている。
幻惑魔法の《隠蔽》に加え《不可視化》を使い姿を隠した私は、《転移》でお城の中に侵入して王様を探した。すぐに見つかるだろうと思っていた私は、そこで壁にぶつかった。
お城の中にはすごくたくさんの人がいたのだ。ハウル村の村の人全員を合わせたよりも、ずっとずっとたくさんの人がお城の中で暮らしていた。同じお家の中でこんなにたくさんの人と暮らしているなんて、王様は家族がとても多いんだなとびっくりしてしまった。
最初は部屋を一つ一つ覗いて、眠っている人の顔を確認してたのだけれど、10人目くらいから面倒になってしまった。
「魔法で探そう!確か無くしたものを探す魔法があったはず!」
私は人のいない部屋に入り込むと《収納》から魔術書を取り出し、生活魔法の項目を読んでいった。
「あ、あったこれだ《物体探索》!でもこれ人には使えないし範囲も狭いなー。ちょっと弄って・・・できた!《人物探索》!」
魔法を使うと王様はすぐに見つかった。お城にいくつかある塔の一つの部屋にいた。私はそこに向かう。部屋の前には怖い顔をした男の人が、キラキラする金属の服を着て立っている。
ここからだと部屋の様子が分からないから《転移》もできない。それに王様と話しているときに、あの人に邪魔されると困る。部屋の中には二人の人間の気配がするし、王様のほかにも誰かいるみたいだ。
「ちょっとの間、眠っててもらおうかな。ついでだしお城の人みんな眠らせちゃおうっと。《領域創造》&《安眠》!」
私は《領域》でお城を包み込み、その中を《安眠》の魔力で満たす。目の前の男の人が倒れそうになったので、慌てて《領域》の壁で支えた。危ない。あんなの着て倒れたらケガしちゃうかもしれないよね。
男の人を扉の前からどかして中に入る。大きな寝台の上で眠っている王様を見つけた。王様とゆっくりお話しできるように部屋を壁で仕切って、王様を起こした。
こうして私は、王様からお話を聞くことができたのでした。
アルベルトさんの家の裏手に戻った私はポケットの中から、王様にもらったドワーフ銀貨を取り出してみた。
白い月明かりに照らすと、ピカピカに光る表面が素敵な銀色に輝いて見える。この銀貨はきれいな真ん丸をした円盤で、王国の銀貨よりも少しだけ大きい。
銀貨の両方の面に炎と槌の絵と、ひげの生えた男の人の横顔がそれぞれ細かい浮き彫りで描かれていた。こんなすごいものを作るなんて、ドワーフっていう人たちはすごい!いつか会ってみたいな。
そういえば、どこに行けばドワーフさんに会えるのか、王様に聞くのを忘れてしまった。んーでもまあ、いいか。今度からは《転移》ですぐに会いに行けるんだし、また今度遊びに行ったときに教えてもらおう。
もうすぐ夜が明ける。私はこっそりと家の中に戻った。グレーテさんとマリーさんが起きだそうとしている気配がする。また新しい朝が始まるのだ。
二人が起きる前に竈の準備をしておこう。私は竈の側に積み上げてある薪を竈に入れて《点火》の魔法で火を起こした。
家族みんなで楽しい朝食を終えた後、私とエマは、ガブリエラさんの様子を見に行った。
昨日、私が魔法を壊したら急に気絶しちゃったので心配していた。けれど、ガブリエラさんが穏やかな寝息を立てている様子を見て安心する。
「ガブリエラおねえちゃん、よくなったみたい。よかったね!」
「そうだね、エマ!今のうちにおしめ替えちゃおうか?」
「うん!!」
私たちはガブリエラさんのおしめを取り替える。最初はおしめを替えるたびに慌てた様子だったガブリエラさんもすっかり慣れたみたいで、眠ってるときに取り替えても起きることが少なくなっていた。でも今日は新しいおしめを付けたところで目を覚ました。
「おはようございます、ガブリエラさん。」
「ガブリエラおねえちゃん、おはようござます!!」
エマが私を真似て元気よく挨拶をした。またうまく言えないみたいだけど、だんだん上手になっている。エマは本当に賢くて、可愛くて、物覚えがいい。
「・・・おばよう、エマ、ドーラ。」
ガブリエラさんがしわがれた声で言葉を返してくれた。
「ガブリエラおねえちゃん、しゃべれるようになったの!?よかったね!!」
「ありがどう、エマ。」
私とエマの助けを借りて寝台から上半身を起こしたガブリエラさんは、最近動かせるようになった手を使って、エマの頭を撫でてくれた。エマが嬉しそうに目を細める。
「ガブリエラさん、ごはんの前にお風呂入りますか?」
「おねがいずるわ。ありがどうドーラ。」
私は《どこでもお風呂》を使ってガブリエラさんをきれいにした。毎日こうやっているので、ガブリエラさんも体の力を抜いてゆったりとくつろいでくれている。
その間にエマがガブリエラさんの朝ごはんを準備してくれた。ガブリエラさんが食べ終わると、私とエマは彼女の白くて長い髪を丁寧に櫛けずっていく。最後にエマが大きな三つ編みにまとめて、左肩の方から前に垂らせば終了だ。私はまだ髪を編めないので、その様子をじっと眺めていた。
あ、そういえば、王様から手紙を預かってるんだった。私はポケットから手紙を取り出し、ガブリエラさんに差し出した。
「!! 王家の紋章!?どうじてあなだがごれを?」
封筒に書かれた金色の模様を見て、ガブリエラさんが驚く。私が昨日、魔法で王様に会いに行った話をすると、彼女は私の方を怪訝そうに見ながら、手紙を受け取った。
「・・・あなだ、ごの手紙を読んだの?」
「いいえ。なんて書いてあったんですか?」
「・・・げがをざぜだ詫びとあなだに錬金術をおじえでぐれっていう依頼が書いであるわ。それがでぎだら貴族に復帰ざぜるっで。」
「私にですか?」
「あなだの魔法の力は強ずぎるっで。だがら正じい使い方をおじえてやっでぐれっで。」
ガブリエラさんは私の顔をまじまじと見た後、自分の体を見た。もうすっかり腫れやむくみが取れている。ガブリエラさんはとてもきれいな人だと私は思った。彼女は片手を口に当ててくっくっと笑って言った。
「確がにあなだ、常識ばずれよね。自覚がないんでしょうげど。」
「え、そ、そうなんですか?」
「そうなの、ガブリエラおねえちゃん?」
私とエマが同じ顔をして同時に問い返した様子を見て、ガブリエラさんは堪りかねたように笑い出した。でも声を上げないように体を折って笑っている。
「・・・失礼じだわね。ええ、ぞうよエマ。ドーラは常識ばずれで規格外なの。私がみっちり錬金術を叩ぎ込んで差じ上げまず。そじて早ぐ私を貴族に戻じで頂戴ね。」
「はい、よろしくお願いします、師匠!!」
「よろじぐねドーラ。私の事ば、ガブリエラ様と呼んで頂戴。わがっだ?」
「はい、ガブリエラ様!!」
ガブリエラさんは私とエマに「それでば下がっで頂戴」と言った。私たちは一瞬ぽかんとしてしまったが「お部屋を出てくれ」ってことかと思いついて、二人で部屋を出た。
「ガブリエラおねえちゃんって、本物のお姫様みたいだね、ドーラおねえちゃん!」
エマが目をキラキラさせてそう言った。『お姫様』っていうのが何か分からないけれど、エマの憧れている人らしい。私がエマに「よかったね」というと、エマは嬉しそうに笑って「うん」と頷いた。
家を出た私とエマはいつものように各家の水汲みを手伝い、その後、集会所に向かった。
もう何人かのおかみさんたちが居て、麻糸を作る準備をしていた。これは雪が降る冬の間に布を織るための大切な仕事なのだと、グレーテさんが前に教えてくれた。
私はおかみさんたちを手伝いながら、時々やってくるお客さんの金物の修理をしていった。するとそこにカールさんがやってきた。カールさんはさっきみんなで一緒に朝ごはんを食べた後、「することがあるから」と言って家に戻ってしまったのだ。
さっき別れたばかりなのに、カールさんの姿を見た私は、なぜかホッとして心が温かくなるのを感じた。
そうだ!カールさんにも王様からの手紙を預かっているんだった!私はポケットから手紙を取り出すと、カールさんに手渡した。水汲みや麻束運びをしたせいで、封筒は湿っている上、少し折れ曲がっていた。
「ご、ごめんなさい。私、預かってたのをすっかり忘れていて・・・!」
私が言い訳するのを、カールさんは優しい笑顔で許してくれた。手紙の文字は何とか読めるものの、少し滲んでしまっていた。
「・・・確かにこれは国王陛下の手跡ですね。どうしてドーラさんがこれを私に?」
「昨夜、王様に会いに行ってきたんです。あの、魔法で・・・。」
本当は途中、背中に羽を生やして空を飛んだのだけれど、それは黙っておくことにする。本当は竜だってことを知られたら、カールさんに嫌われてしまうかもしれない。そう思うと私は堪らなく怖くなってしまった。人間の姿のまま、空を飛ぶ魔法を作った方がいいかしら?
「ドーラさんの魔法なら、そんな信じられないようなことでも、現実にしてしまいそうですね。」
「そうだよね!!ドーラおねえちゃんはすごいもんね!!」
傍らで私たちの話を聞いていたエマがそう言った。私とカールさんは同時にエマの頭を撫でた。カールさんと手が触れたとき、私は体の奥と耳がかあっと熱くなるのを感じた。何だろうこれ?魔力のせいかな?
私が戸惑って俯いていると、エマがカールさんに問いかけた。
「ねえねえ、カールおにいちゃん!!王様のお手紙にはなんて書いてあったの?」
「私にはこのままハウル村にいて、ドーラさんをしっかり守るようにって書いてあったよ。」
「そうなんだ!カールおにいちゃんは、ドーラおねえちゃんの騎士様なんだね!!」
エマがうれしそうに「きゃー!!」と叫んだ。エマはマリーさんが話してくれる『騎士様』や『お姫様』が出てくるお話が大好きなのだ。お話の最後にはたいてい二人が『結ばれて』終わる。結ばれてっていうのは家族になることみたい。
私とカールさんが家族に・・・。そう考えたら、顔が熱くなってしまい、カールさんのことを見られなくなってしまった。
「あのね、ガブリエラおねえちゃんのお手紙には、ドーラおねえちゃんに『れんきじゅつ』を教えなさいって書いてあったんだって。」
「?? ああ『錬金術』のことだね。そうなんだ、陛下がそんなことを・・・。」
急に黙り込んでしまったカールさんをこっそり見てみると、彼はあごに拳を上げて何やら考え込んでいた。
「それでね、ガブリエラおねえちゃんはドーラおねえちゃんの『ししょう』になったの。ガブリエラおねえちゃんは『わたくしのことはガブリエラ様とよんでちょうだい』って言ったよ。本物のお姫様みたいで、あたしすごくびっくりしちゃった!!」
エマの言葉を聞いて、カールさんの眉間の皺が深くなった。何か気になることでもあったのかな?
きっと、カールさんはガブリエラさんのことを心配してるのだろう。カールさんは優しいからと思う反面、私は胸の奥がずきりと痛み、そこからもやもやとした気持ちが湧き上がってくるのを感じた。なにこれ、変なの。
「・・・ガブリエラ様とは機会を見て私もお話しさせていただこうと思います。回復なさってからになるでしょうが。」
カールさんは真剣な表情でそう言った。ガブリエラさんが回復したら二人が会うことになる。それはとても良いことなのに、私はその日が来るのが何となく怖いなと感じてしまった。
それから数日が経ち、ガブリエラさんの容体は徐々によくなっていった。もう、私とエマの手を借りてトイレに行けるくらいにまでに回復している。
カールさんはその間、「私が姿を見せるとガブリエラ様のお身体に障るかもしれない」といって、極力ガブリエラさんに会わないようにしていた。私はそれをなぜか嬉しいと思う反面、そんなことを考える自分が嫌だなと感じていた。
そして、その月の終わりごろ。秋の最後の月を目前にして、ついに私の心配していた日がやってきた。
朝ごはんが終わって一度帰ったカールさんが、貴族らしいきちんとした服装で再びアルベルトさんの家にやってきた。手には丈夫そうな小箱を持っている。
「ガブリエラ様にお会いしたい。ドーラさん、エマ、取り次いでもらえないだろうか?」
私とエマはガブリエラさんの部屋に向かい、扉をノックした。中からガブリエラさんが「どうしたのドーラ?」と尋ねた。
「はい、ガブリエラ様。カールさんがガブリエラ様に会いたいといって来ています。」
私はガブリエラさんが「会いたくない」と言ってくれるのではないかとちょっと期待していた。でもそんなことは起きなかった。
「・・・分かったわ。お通しして頂戴。」
私とエマはカールさんのところに戻った。カールさんの姿を見て、心臓をぎゅっと掴まれたみたいに胸が苦しくなった。
「ガブリエラおねえちゃんが『お通しして頂戴』って言ってたよ。」
カールさんは私とエマに軽くお礼を言って家の中に入ってきた。彼は私の前に立つと、私の目を見て言った。
「ドーラさん、あなたには助けてもらってばかりです。あなたを私が守ろうなんて烏滸がましいことかもしれません。それでも私はあなたの側にいたい。それを許してくださいますか?」
「・・・はい!」
私の目からなぜか涙が溢れ、床に虹色の欠片がポロポロと転がった。私のもやもやした気持ちが秋の空のように晴れ渡っていく。
カールさんは「ありがとうございます」というと私に背を向け、ガブリエラさんの部屋に入っていったのでした。
種族:神竜
名前:ドーラ
職業:ハウル村のまじない師
文字の先生(不定期)
土木作業員(大規模)
鍛冶術師の師匠&弟子
木こりの徒弟
大工の徒弟
介護術師(王室御用達)
侍女見習い
所持金:2883D(王国銅貨43枚と王国銀貨67枚とドワーフ銀貨1枚)
読んでくださった方、ありがとうございました。