28 人外
誤字報告をくださった方、ありがとうございます。助かりました。
ドルアメデス国王ロタール4世は、今日も頭の痛くなるような夕食後の執務を終え、ようやく寝室へと向かった。今日の貴族たちとの駆け引きを思い返し、不安と責任感で胸がつかえそうになる。
王都領のほとんどの土地はドルーア山を中心とする山岳地帯とその裾野に広がる深い森であるため、農業ができる土地は非常に限られている。少しずつ森を切り開いてはいるが、その歩みは年々増え続ける王都民の需要を満たせるほどではない。
そのため広い平野を領地に持つ西部地域の貴族たちが生産する食糧が、王都民の生活を支えている。その対価は王都で生産されている魔法薬の売り上げで賄っていた。
貴族たちからは魔法薬や鉱石の委託販売権をたびたび要求されているが、その二つは王家の力の源であり命脈だ。絶対に貴族たちに開放することはできない。
対価はそれだけではない。王国西方、東ゴルド帝国との国境地帯に王立騎士団と魔法師団を王家が駐留させることで、帝国からの侵攻を防いでいるのだ。その費用は王家の負担であり、それが西方の貴族領の経済に重要な役割を果たしていた。
軍は非生産組織であり、その維持には莫大な費用が掛かる。貴族たちにすれば独自の領軍を整備する負担を減らすことができる上、王家から財をむしり取ることができるというわけだ。
王家にとっても帝国に対する守りと同時に、貴族たちの不穏な動きを牽制できるというメリットがある。王国の貴族と王家は、帝国という外圧に対抗するため、互いに危ういバランスで依存しあっているのだ。
午前中は貴族たちとのやり取りがあり、その後、外交使節との会食。午後からは王都民や商人たちとの謁見、騎士団や神殿、各役職からの報告と公務が目白押しだった。
来月の麦の取引価格について貴族との交渉が難航している。その上、サローマ領からは塩の値段を引き上げろとの要求が来ていた。
さらに午後一番で密偵からもたらされたのは、王立調停所長官のハインリヒ・ルッツが執務中に突然倒れたとの知らせだった。命に別状はないようでホッとしたがしばらく公務は難しいという話だった。
親友の安否が気にかかるが、公式にはあくまでハインリヒは下級貴族の一員に過ぎない。今すぐにでも見舞ってやりたい気持ちを押さえ、王は胃の痛みを堪えながら日中の務めを終えた。
夕食後は執務室に場所を移して事務作業だ。人と会うのがあまり好きではないロタール4世にとって、事務作業は比較的気楽にできる仕事だった。しかしそれが深夜近くにまで及ぶとなれば話は別だ。
王は激務の合間を縫って自ら調合した魔法薬を飲みながら、今日の分のノルマを終えた。壮年を過ぎ、初老に差し掛かろうとしている王はぐったりと倒れこみたいのを必死にこらえ、背筋を伸ばして寝室に向かった。
不寝番の騎士によろしく頼むと声をかけ、寝室に入った王は、周囲に気を使いながら大きくため息をついた。王として弱った姿を見せることはできない。王が弱っていると知られれば、内外の敵にたちまち不穏な動きが出かねないからだ。
そうなれば領民たちの生活が危うくなる。多くの人々の生活と命を預かる王として、ロタール4世は絶対に弱みをみせることはできないのだった。
今年21歳の王太子が魔術師、錬金術師として実力を身につけ、王族の公務についての経験を積んで、次代の王となるにふさわしい見識を持てるようになるまで、ロタール4世は走り続けねばならない。
若い頃は后や夜伽の女性たちと床を共にすることもあったが、最近はとにかく一人でゆっくり眠りたいという気持ちの方が強かった。王は習慣となっている強めの寝酒を純銀のゴブレットに注ぎ、《分析》の魔法で毒が含まれていないことを確かめると、それを一気に呷った。
体に良くないとは分かっているが、こうでもしないと考え事がいつまでも続いてしまい、眠りに入れないからだ。父上は暗殺で命を落としたが、私は酒精で中毒死することになるかもしれんなと王は自嘲気味に考えた。
王太子時代から長年付き従ってくれている老齢の侍女が整えてくれた寝台に崩れ落ちるように入り込む。この侍女ヨアンナは、王が心から信頼できる数少ない臣下の一人だ。ヨアンナが控えの間に下がるのを確認する間もなく、王は泥のような眠りに落ちた。
真夜中過ぎ、王は自分を呼ぶ声で目を覚ました。王の眠りは浅い。物心ついてからずっと、常に命を狙われる生活を続けてきたため、ぐっすりと眠れたことなどほとんどないのだ。
「ヨアンナ、何事だ?ハインツの容体が急変したか?それともまた神殿で地鳴りが起きたのか?」
王は寝台から跳ね起きるなり、寝台の傍らに立っている自分を起こした相手に声をかけた。だが相手は返事をしない。薄暗がりの中で見る影は、明らかに侍女のそれとは違っていた。
王は反射的に体をひねって寝台の反対側に飛び下りると、常に携行している護身用の魔法の短剣を引き抜いて構えた。
「《魔法の矢》!」
この短剣は短杖の代わりにもなる。詠唱なしで使えるほど熟達している初級魔法で相手を牽制し、距離を取る時間を稼ごうとした王だったが、なぜか魔法は発動しなかった。
相手からの攻撃を警戒して、身構えたが相手は全く動こうとしない。王は相手の姿をよく見ようと、暗闇で目を凝らした。
「《絶えざる光》」
若い女の澄んだ声とともに、空中に光球が出現し部屋を明るく照らした。暗闇に慣れ始めていた王は、あまりの明るさに思わず目をすがめた。攻撃を予想して身構えるが特に何も起きない。
王は寝台を挟んで向かい合っている、明かりを灯した術者の姿を見た。輝くような白金色の長い髪を無造作に太い一本の三つ編みにした、恐ろしく美しい娘が、みすぼらしい服を纏ってそこに立っていた。
「・・・お前はドーラ、か?」
名前を呼ばれた娘はうれしそうに微笑んで王をみた。
「こんばんは王様。お話したいことがあってきました。」
「こんな夜中に私の部屋を急に訪ねてきてかね?侍女や不寝番の騎士がいたはずだがどうした?まさか殺したのか?」
王は相手の動きを見極め、質問することで時間を稼ぎながら、じりじりと部屋の出口に近づいて行った。ドーラの目的が分からない以上、ここにいるのは危険だ。何とかして身を守れる場所まで移動しなくては。
ドーラは王の思惑通り、問いかけに答えた。
「とんでもありません。私、人間を傷つけるのは嫌なんです。そんなことしたらエマに怒られちゃいますから。この建物、えっと『お城』でしたっけ?この中にいる人たちには眠ってもらってます。」
王はドーラが話している隙をついて出口に取り付き、部屋を出ようとした。だが出口の前にあった見えない壁にぶつかって、その場に倒れた。壁が柔らかかったのでケガをすることはなかったが、倒れた拍子に短剣を取り落としてしまった。短剣は床を滑ってドーラの足元にカラリと転がった。
「あ、ごめんなさい。言うのを忘れてました。ゆっくりお話しできるように、お城ごと私の《領域》に入れちゃってます。あちこちに壁がありますから、急に動くと危ないですよ。」
ドーラはゆっくりと短剣を拾い上げ、興味深そうに柄についた宝石を眺めながらそう言った。王はドーラが何を言っているのか理解できなかったが、閉じ込められてしまったようだということは瞬時に悟った。
「あと、私の《領域》の中なので、魔法とかは使えないです。あ、私だけは使えますけどね。」
「・・・なるほど、それで魔法が発動しなかったのか。いつものようにまた、魔法が使えなくなって追いつめられる悪夢を見ているのかと思っていたよ。」
「悪夢にうなされてるんですか?じゃあ、あとで《安眠》の魔法をかけてあげますね。」
ドーラは穏やかな調子で言った。どうやらすぐに殺されることはないようだ。そこではたと気が付く。
「もしかしてガブリエラにかけられた契約魔法に、君が何かしたのかね?」
「?? 契約魔法かどうかはわかりませんけど、ガブリエラさんにかかっていた魔法なら、私が壊しちゃいました。だってすごく嫌な感じがしたんですもの。」
思わぬところでハインリヒが倒れた理由が判明した。契約魔法を強制解除されたことで、魔力の反動を受けたのだろう。契約魔法は一種の呪いだ。双方の合意の上、互いの魔力を使って呪いで相手の魂を縛るのだ。
国内でも屈指の魔力量を誇るガブリエラの魔力の反動を受けたのだとしたら、相当なダメージを負っているはずだ。王は親友の身を案じると同時に、それをいともたやすく破壊したと言い切る、目の前の娘の力に戦慄した。
「立ち話ではお互いゆっくり話すこともできないだろう。あちらに移動しないか?」
「いいですね。そうしましょう。」
王は私的な応接用のテーブルにドーラを案内した。ドーラは周りの調度品が気になるようで、きょろきょろと辺りを見回している。
「あ、これ、お返ししますね。」
テーブルにつくなり、ドーラは拾った短剣を王に手渡した。王は一瞬逡巡した後、それを受け取った。事ここに至っては、いまさらだまし討ちをするような真似はしないだろうと、半ば開き直った判断の結果だった。
「それで、話というのは?」
「んー、いろいろあるんですけど、一つずつ聞きますね。なぜガブリエラさんにあんなひどいことをしたんですか?もうちょっとでガブリエラさん、死んじゃうところでしたよ。」
「・・・それは大げさではないか。確かに少し衰弱させるよう指示したが、死なせてしまうほどではなかったはずだが?」
「?? 私が見つけたとき、ガブリエラさんは本当にひどい状態でしたよ。体中傷だらけで、傷口からは血と膿がいっぱい出てました。熱もひどくて、10日以上寝たきりだったんです。マリーさんに教わって、私とエマが看病しなかったらきっと死んじゃってました。」
ドーラの話を詳しく聞いてみると、どうやら手違いがあったことが分かった。彼女の話では犯罪奴隷用の護送車が運搬に使われたようだが、もちろんそんなものを使えという指示はしていない。誰がどこで指示を書き換えたのか、調べる必要がありそうだ。
「ガブリエラ殿を救ってくれたこと、礼を言う。彼女には申し訳ないことをしたようだな。彼女を恨んでいるものが、この国にはまだ多くいるということを、もう少し考えるべきだった。」
ガブリエラが恨まれているという話をした時、ドーラはぽかんとした顔で首をひねっていた。このことから彼女がここ最近の王国内の事情を全く把握していないということが分かった。彼女はいったい何者なのだろう?
「それで、次に聞きたいこととは何かね?」
「はい、どうしてガブリエラさんを私の身代わりにしようと思ったんですか?」
「君を守るためだよ。国内の貴族や帝国が、君の命を狙うだろうと思ったからだ。そうなれば君の大切なハウル村の村人たち、マリーやエマだったか、その命も危うくなるかもしれない。」
「・・・エマを?」
ドーラの声から一切の感情が消えた。底冷えのするような冷たい声で、彼女がそう呟くと同時に、室内のあちこちでパシンという鋭い音が響き、空気が震えた。周囲の魔力の高まりで息苦しさを感じるほどだ。
「もしエマを傷つけるようなら・・・私はもう人間を好きでいられなくなる。エマを傷つける人間など、いらない。」
ドーラの薄青色の目が虹色の光を放つ。王は体内の魔力の圧力が急激に変化したことによる激しい頭痛と吐き気に襲われた。ドーラが苦しむ王の姿を見て、慌てて深呼吸を繰り返した。それにつれ魔力の圧力が減少していく。
「ご、ごめんなさい!エマが傷つけられるって思ったらつい・・・!!」
「うぐっ・・・い、いや、構いませんよ。」
吐き気とめまいをこらえ、笑顔で王は答えた。冷や汗が滝のように流れる。王は目の前の存在の恐ろしさを、ひしひしと感じずにはいられなかった。この娘の姿をした何者かは、危険だ。対応を誤れば王国どころではない、人間という種すべてが滅ぼされるかもしれない。王は大げさではなく、心からそう感じた。
「それで、聞きたいことはそれだけでしょうか?」
「えーっと、今のところはそれだけですね。すぐには思いつかないので、また聞きたくなったら来てもいいですか?」
「!! え、ええ!!もちろんですとも!!いつでも歓迎させていただきますよ!昼間ならもっときちんと持て成せるのですけれど!」
「昼間は村の仕事があるから来られないんです。冬が来る前にしておくことがたくさんあって、今、みんな大忙しなんですよ。」
ドーラはうれしそうにそう言った。先ほどまでの恐ろし気な様子はもうどこにもない。
「・・・ドーラ殿は村で仕事をしていらっしゃるのか?」
「はい!私、ハウル村でいろんな仕事をさせてもらってるんです!!」
彼女は楽しそうに村での生活を話してくれた。王は目の前の存在を図りかねていた。彼女は明らかに人知を超えた存在だ。それなのに貧しい村人と同じ生活をすることをとても喜んでいる。不可解だと思う反面、村での暮らしを楽しんでいる彼女を、王はうらやましいと思った。
「ドーラ殿、あなたはいったい何者なのですか?」
「私はハウル村のまじない師です。王様も困ったことがあったら、何でもおっしゃってくださいね。」
ドーラは愛らしい笑顔でそう答えた。ドーラの答えが理解できず、王は混乱した。いったい彼女はなぜこの国に現れたのだろう?
「それが、あなたの望み、なのですか?」
ドーラは少し考えてから、答えた。
「私はこの王国でいろんなことを知りたいです。エマやカールさんと一緒に暮らすことが私の望みです。」
「・・・他に欲しいものはないのですか?」
「あります!!私、お金が欲しいです!!」
「金ですか・・・?」
神にも等しい常識外れの魔力を持つ存在から、まさか金銭を要求されるとは思わず、王は面食らった。まだ自分の魂でも要求された方が納得できる。
国庫にはある程度の貯えがあるが、これは王国の命綱ともいえるものだ。貴族たちとの、精神をぎりぎりまで削る駆け引きをしているのも、それが王国民の生活を守ることに他ならないからだ。
王はどのくらいまでなら安全に国庫から金を引き出せるか瞬時に見積り、ドーラの要求を少しでも引き下げられるよう、駆け引きの算段を整えた。
「ドーラ殿、王国にもさほど貯えがあるわけではありませんので・・・。」
「え、そうなんですか?」
「20万、いや10万Dでどうでしょう?」
実際出せる額の10分の1の額を提示して様子を見る。ここでごねられたら5万、いや3万刻みで上げていこう。相手が怒りだしてからが本当の駆け引きの始まりだが、この相手は迂闊に怒らせるわけにはいかない。王はドーラの出方を慎重に伺った。
「?? 10万Dってよく分かりません。ただ代金は銀貨でいただけるとありがたいです。」
「ぎ、銀貨ですか?」
すべてを銀貨で?王国中の銀貨をかき集めれば何とかなるか?金貨や手形でならなんとかなりそうなのだが・・・。そんな王の悩みをよそに、ドーラは能天気な表情で元気よく答えた。
「はい。銀貨です。代金は銀貨1枚です!」
王は自分の耳がおかしくなったのかと思い、パンパンと顔の前で手を叩いた。うん、ちゃんと聞こえる。耳は正常のようだ。急に手を叩きだした王を見て、ドーラが首をひねりながら同じように手を叩いた。
「?? これ、何かの合図ですか?」
「い、いや、そうではありません。あの、代金は銀貨1枚とおっしゃったように聞こえたのですが・・・?」
「はい!銀貨です。私、銀貨が大好きなんです。」
ドーラが嬉しそうにそう言った。そのドーラの様子を見ているうちに、真剣に悩んでいる自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。彼女は人間のちっぽけな思惑などに収まる存在ではない。ちょっとでも彼女をコントロールしようなどと思った私は、なんと愚かなのだろう。
どうしようもなく笑いがこみあげてきて、王は腹を抱えて笑い出した。緊張が振り切れると人間は笑い出すものなのかと、王はこみあげてくる笑いの中でそう考えた。
ひとしきり笑った後ドーラを見ると、彼女はオロオロしながら王のことを見つめていた。
「あの、私、また何か、おかしなことを言っちゃったのでしょうか?」
「いやいや、ドーラ殿!!あなたは最高です。こんなに笑ったのは子供のころ以来ですよ。私はあなたにお会いできて本当にうれしいです。」
王はそう言うと執務机に歩いていき、引き出しの中を探るとまたテーブルに戻ってきた。王がテーブルに積み上げるものを見て、ドーラの目がキラキラと輝く。
「王様!?これは!?」
ドーラの目はテーブルに積み上げられた真円の美しい銀貨にくぎ付けになっていた。王国の粗雑な鋳造の銀貨とは比べ物にならない、精巧な作りの銀貨が全部で10枚。
「これはドワーフ銀貨です。ドワーフの王家との取引で使用するものですよ。これ一枚で160D、つまり王国銀貨4枚分の価値があります。」
「す、すごくきれいですね!!・・・触ってもいいですか?」
王が「どうぞ」というとドーラは恐る恐る銀貨を手に取った。ドーラは銀貨をいろいろな方向から眺めた後、大きなため息をついた。
「なんてきれいなの・・・!!」
「よかったら差し上げますよ。お近づきのしるしです。」
「!! いいんですか!?ありがとうございます!!」
ドーラはお菓子をもらった子供のように嬉しそうに銀貨を一枚手に取ると、それを大事そうに服の前につけられた大きめのポケットにしまいこんだ。
「あなたとお会いできて、本当に良かったです。ドーラ殿、これをカールとガブリエラ殿に届けていただけませんかな?」
ドーラが銀貨に夢中になっている間に執務机で書いた短い手紙をドーラに手渡す。ドーラは手紙をポケットにしまいこんだ。
「またいつでもお越しください。ただ昼間、公務に追われていますので、夜中には長い時間、お相手出来ないかもしれませんが・・・。」
緊張が解けたせいか、眠気と疲れが一緒に襲ってきている。酔いもさめてしまったので、眠りにつくにはまた酒を飲まなくてはならないなと王は考えた。
「そういえば、随分疲れていらっしゃいますね。銀貨のお礼に私が癒して差し上げます。」
ドーラはそう言って立ち上がった。一体何をするつもりなのと王は身構える。まさか夜伽でもするつもりか。ドーラのような美しい娘なら大歓迎だが、正直そんなに体力が・・・。
王がそんなことを考えていると、ドーラは突然王に魔法をかけた。
「《どこでもお風呂》!!」
王の体が突然空中に浮かび上がり、横たえられたかと思うと、温かいお湯で全身を満たされた。
「ちょ、いったいドーラ殿これは・・・はあああん!!きもちぃいぃぃいぃ!!」
全身の疲れをほぐすお湯の動きにより、思わず声が出てしまう。体の緊張が一気に解され、痛みが溶けるように消えていく。
「あ、体の中によくないものがかなり溜まってますね。ついでに取っちゃいます!!えっと《素材強化》をちょっと弄ってっと・・・。はい出来ました!《老廃物除去》!」
王の体の中に溜まっていた酒精をはじめとする老廃物が、一瞬でお湯によって溶かされ、消えた。王は体の中に温かいものが満ちていくのを感じた。同時に心地よい眠気がやってくる。
「このまま寝台に運んじゃいますね。ついでに《安眠》!!」
最後に王が聞いたのは、ドーラの「また遊びに来ますね。おやすみなさい。」という言葉だった。
翌朝、ロタール4世は、侍女のヨアンナに起こされる前に目覚めた。
「まあ、ヨハン様!!今日はいったいどうなさったのですか?まさかまたお眠りになれなかったのでしょうか?」
ロタール4世の体調を心配するヨアンナ。だが長年使えた主君の顔色を見て、彼女は驚く。
「ヨハン様、今日はお顔の色が大変よろしゅうございますね!まるで若君のころに戻られたようでございます!」
嬉しそうにそう言うヨアンナを、ロタール4世は不思議な気持ちで眺めた。確かにこの数年味わったこともないほど、気力も体力も回復している。今ならどんな難事でも立ち向かえそうな気がする。
昨夜、不思議な娘とした会話を思い出す。だがヨアンナをはじめ、王城には何の変化も見られない。あれは夢だったのだろうか?
しかしそこで応接用のテーブルに置かれた銀貨を見て、王は昨夜の出来事が確かに現実だったのだと気が付いた。確かに10枚あったはずのドワーフ銀貨が、1枚なくなっていたのだ。
「なるほど、代金は銀貨1枚か・・・。」
王はこみあげてくる笑いをこらえきれず、声を出して笑った。ヨアンナが驚いてヨハンを見つめる。だが、これが笑わずにいられるだろうか?
あんな常識はずれで、恐ろしく、そして善良な存在のことを。王はこれからどうするべきか、ハインリヒが回復し次第、話し合わなければならないと考えた。あんな思いをするのはもう勘弁してもらいたい。
だが同時に、あの恐ろしくて、愉快な娘が、また私を癒しに来てくれないだろうかと考える自分がいることも、自覚していた。
ドワーフ銀貨をたくさん準備しておかなくてはいけないな。王はそんなことを考えながら、ヨアンナに普段はあまり食べない朝食の催促をしたのだった。
種族:神竜
名前:ドーラ
職業:ハウル村のまじない師
文字の先生(不定期)
土木作業員(大規模)
鍛冶術師の師匠&弟子
木こりの徒弟
大工の徒弟
介護術師(王室御用達)
所持金:2603D(王国銅貨43枚と王国銀貨60枚とドワーフ銀貨1枚)
読んでくださった方、ありがとうございました。