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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
28/188

27 決意

第1章、残り3話です。収まるかな・・・。

 ガブリエラがハウル村にやってきて10日余り。やっと寝台から起き上がれるようになったとエマから聞かされた私は、彼女が療養しているアルベルト村長の家を訪ねた。


 彼女は南側に窓のあるアルベルト家の一室にいた。ついこの間までフラミィが寝起きしていた部屋だ。フラミィは今、完成したばかりの工房に一人で住んでいる。ただ近いうちに大工のペンターと同棲するのではないかと、村の女たちは噂しているらしいが。


 私が扉を開けた時、彼女は食事を終えたばかりのようだった。エマやマリー、そしてドーラが「今なら起きてるから大丈夫」というので面会に来たのだけれど、まさか食事直後とは思わなかったのでかなり気まずい。しっかり確認しなかった自分の迂闊さを呪う。


 本来なら取次役の侍女を介して面会予約を取るのが貴族同士の礼法としては正しいのだけれど、私にも彼女にも侍女はいないし、そもそも彼女は身分を剥奪されているから貴族でもない。


 だが私にとっては王立学校で目にしていた侯爵令嬢、『不滅の薔薇姫』としてのガブリエラの印象が強すぎて、急に接し方を変えることなどできそうにない。


 やはり私は王都での貴族生活には向いていないなと、自嘲気味に考えた。






 ガブリエラは村に来た当初見かけたときとは、見違えるほど身綺麗になっていた。


 まだ少し顔色がすぐれず、頬にはむくみが残っているものの、かつての美しさを彷彿とさせるほどには回復していた。


 枯草のようだった白い髪も丁寧に櫛けずられ、年相応の艶を取り戻しつつあるようだ。あの輝くような緑の色は失われてしまっているけれど、純白の髪は彼女に神秘的な印象を与えていた。


 彼女は私と一緒に部屋に入ったエマに食事の器を手渡すと、その濃い緑色の瞳で私を怪訝な表情で見つめた。


 私はエマが部屋を出ていくのを確認してから扉を閉め、彼女の前に跪いた。






「初めまして・・・ではないのですが、きっとあなたは覚えていらっしゃらないでしょうね。私はカール・ルッツ準男爵。この村の街道の管理官をしております。お話したいことがあって参上いたしました。」


 上位貴族に対する礼法で挨拶をする私の顔を、彼女は凝視していたが、私が名乗った瞬間、顔を強張らせた。無理もない。彼女にとって私は、家族の仇の息子だ。だが私は彼女に話をしなくてはならない。


「ガブリエラ様が声を出せないでいらっしゃることは、エマから聞いて存じ上げております。どうかそのままお聞きください。」


 私は彼女に父からの手紙で知ったことを話した。その間、彼女は私をじっと睨んでいた。


「今、お話ししたように私も事情が分かっております。私は契約魔法に従いあなたが回復し次第、あなたを隷属させます。」


 隷属と私が口にした途端、彼女は顔を歪め、寝台から出ようと体を動かした。だが上半身の動きに足がついて来ず、彼女は寝台から床に激しく落下した。左肩を強く打ち付けたことで、鈍く大きな音が響いた。






「ガブリエラ様!!」


 私は思わず駆け寄って、彼女を助け起こそうとした。だが彼女は私を下から睨みつけると、まだ十分に動かない手で私の頬を打った。力の籠らないその一撃は、私の頬にぺちんという情けない音を立てただけだった。


「・・・わだじに・・・れるな・・・ごの・・・下衆げずめ!!」


 彼女は絞り出すように、聞き取りにくい声でそう言った。途端に彼女がガクガクと震えだす。彼女は苦しそうに胸と喉を押さえた。形の良い唇の端から血が溢れてくる。彼女にかけられた契約魔法の効果だ。


 私を害しようとしたことで、契約魔法が彼女の体を苛んでいる。だがそれでも彼女は私を睨みつけるのをやめようとはしなかった。


「ガブリエラ様、お気持ちを鎮めてください!このままではあなたの体が!!」


 だが彼女は血を吐きながら、ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返すばかり。私が近くにいてはガブリエラの命が危ない。そう判断した私が部屋を出ようと立ち上がった時、物音を聞きつけたドーラとエマが扉から飛び込んできた。






「ガブリエラおねえちゃん!!」


 血を吐きながらのたうつガブリエラを見て、エマが叫ぶ。


「カールさんどいてください!!」


 ドーラはガブリエラに近づくと、彼女の首のあたりに手を伸ばした。バチンと電撃魔法を放った時のような音がし、ドーラの手が弾き飛ばされる。


 ドーラは「いたっ!!」と声を上げ、一度手を引っ込めたが、すぐにガブリエラの首の辺りで何かを握りつぶすような仕草をした。キンという耳が痛くなるような金属音が響き、ガブリエラはうめき声を上げて気を失った。


 ドーラはガブリエラを抱え上げると寝台に横たわらせた。エマが部屋を出ていき、水の入った手桶と手ぬぐいを持って戻ってきた。


「カールおにいちゃんは、入っちゃダメ!!」


 私はエマに部屋を追い出された。私が部屋を出る時、ドーラは悲しそうな目で私のことを見ていた。











 ガブリエラさんの首に巻き付いていた嫌な感じのする何かを握りつぶすと、ガブリエラさんは気を失って倒れてしまった。


 今は穏やかな顔で眠っているガブリエラさんを見ながら、私はさっきの嫌な感じのもののことを考えていた。


 あの嫌な感じのものは、カールさんとガブリエラさんの両方につながっていた。カールさんがガブリエラさんにあの嫌な感じのものを付けたのだろうか。そう考えると私の胸は締め付けられるように苦しくなった。


 カールさんがガブリエラさんにひどいことをするなんて、とても信じられない。何かの間違いだ。私はそう考えようとした。






 でもよく思い返してみると、いろいろとおかしなことがある。ガブリエラさんをひどい目に合わせたあの男の人たちは「ルッツ管理官に会いに来た」と言っていた。


 ルッツ管理官っていうのはカールさんのことだ。じゃあやっぱり、ガブリエラさんにひどいことをしたのは、カールさんなのかな。


 そう考えると、とても悲しい気持ちになってしまった。さっき部屋を出ていくときに見た、カールさんはすごく苦しそうな顔をしていた。


 カールさんにもガブリエラさんにも、何か事情があるのかもしれない。でもそれを見極めるには、私はあまりに人間のことを知らなさすぎる。私は何が本当のことなのか分からなくなり、人間の自分の手をじっと見つめた。


「ドーラおねえちゃん、だいじょうぶ?」


 エマが私を心配して話しかけてきてくれた。私はエマを抱きしめた。エマの体は温かくて、トクトクと心臓の打つ音がする。


 ああ、この温もりだけは本当だ。私の側にいて、私をいつも助けてくれるエマ。私はいつの間にか声を上げて泣いてしまった。エマはそんな私の背中を優しくさすってくれていた。






 泣き止んだ私は、自分の気持ちをエマに話してみることにした。私の話をじっと聞いてくれたエマは、話し終わった私に言った。


「あたしね、マリアがお母さんのおなかにいるとき、おねえちゃんになるよって言われて、すごくうれしかった。でもね、本当はちょっとだけ、マリアにお母さんをとられるんじゃないかって心配だったの。」


 マリアはエマの死んでしまった妹だ。エマは私の目を見ながら話を続けた。


「でもね、生まれてきたマリアを見たら、すぐマリアのことが大好きになって、いろんなことをいっぱいしてあげようって思ったの。お母さんもエマはおねえちゃんだから、マリアを守ってあげてねって言ってくれて、私、すごくうれしかった。」


 エマはそこで少し言葉を切った。言葉を探すようにちょっと俯いた後、涙声で話し始めた。


「でもね、マリアは病気になっちゃったの。体がすごく熱くなって、ミルクも飲めなくなって。はじめは苦しそうに泣いてたのに、泣き声がだんだん小さくなっていって。あたし、女神様にマリアをつれていかないでって、一生懸命お願いしたの。」


 エマは顔を歪めた。涙がエマの頬を伝う。


「でもダメだった。マリアは死んで、お空に帰って行っちゃった。あたし、あたしね、マリアが死んじゃったのは、あたしのせいなんじゃないかって。あたしがお母さんを取られるかもって思ったせいじゃないかって、ずっと思ってた。」


「エマ!!そんなことないよ!!」


 私はエマを抱きしめた。エマは私の胸に顔をうずめていたけれど、しばらくしゃくりあげた後、また話し始めた。






「お母さんもそんなことないよって、言ってた。でもあたし、思ったの。ちゃんと言えばよかったって。マリアにちゃんと大好きだよって言えばよかったって。マリアは赤ちゃんだったから、言っても分かんないかもだけど、それでも。なんで大好きって、いつまでも一緒にいようって言わなかったんだろうって、今でも思ってる。」


 エマは私の手を取って、私の目を見上げながら言った。


「だからね、ドーラおねえちゃんも、カールおにいちゃんも、ガブリエラおねえちゃんも、ちゃんとお話ししないと、あとですっごく苦しくなると思う。カールおにいちゃんやガブリエラおねえちゃんが困ってるんだったら、聞いてあげて。そしてね、大好きな人には大好きって言わないと、いけないんだよ。」


「・・・ありがとうエマ。私はエマが大好きよ。」


「うん、あたしもドーラおねえちゃん、大好きだよ。」


「私、カールさんに聞いてみるね。でも私だけだと分からないことだらけだと思うから、エマも一緒に聞いていてくれる?」


「うん!いいよ!!」


 私たちはお互い赤い目をしたまま、にっこりと笑い合うと、すぐにカールさんのところに向かったのでした。






 カールさんはアルベルトさんの家を出て、すぐのところに立っていた。カールさんは私たちの姿に気がつくと駆け寄ってきて、私とエマに話しかけてきた。カールさんを見た私の胸がずきりと痛む。


「ガブリエラ様のお加減はどうですか?」


「今はぐっすり眠ってますよ。《安眠》の魔法をかけておきましたから、しばらくは起きないはずです。」


 私がそう言うと、カールさんは見るからにホッとした様子だった。ガブリエラさんのことを心配してたみたい。やっぱりカールさんは優しい。じゃあなんでガブリエラさんにあんなにひどいことをしたんだろう。


「カールさん、ガブリエラさんの首に何か魔法みたいなものがありました。あれはカールさんが付けたものですか?」


 私がそう言うと、カールさんは苦しそうに顔を歪めた。


「それは・・・言えません。すみませんドーラさん。」


 カールさんはとても苦しんでいるようだ。私は彼のそんな姿を見るのがすごく嫌だと思った。






「カールさん、私、あなたのことが大好きです。」


「えっ・・・!?」


「私、あなたが苦しんでいるのが嫌なんです。いつもエマと私といる時みたいに、ニコニコしているカールさんが好きです。だから困っていることがあるなら教えてください。」


 カールさんは私をじっと見つめていた。彼の唇は何か言いたそうに震えていたが、ゆっくり頭を振るとくっと口をつぐんでしまった。


「言えません。」


「じゃあ、ガブリエラさんにあんなにひどいケガをさせたのは、カールさんですか?」


「いいえ・・・ですが・・・。」


「ですが、なんですか?」


 私が問いかけると、カールさんは私から目を逸らしながら自分に言い聞かせるように言った。


「あれは私が、やったようなものです。私が彼女を痛めつけたのと、同じことなのですよ。」






「違います!!!」


 私が普段出さないような大きな声でそう叫ぶと、カールさんは驚いたように私の方を見た。


「違います!!だって、カールさんは苦しんでるじゃないですか!!本当はガブリエラさんを助けてあげたいんでしょう!?」


 私の言葉を聞いたカールさんの表情が歪む。それでも彼は奥歯を噛みしめ、両拳をグッと強く握って、私の方を見た。


「それでも!!それでも私は!!私は・・・!!」


 カールさんが今にも泣きだしそうな声で叫んだ。その姿を見たエマがカールさんに駆け寄り、カールさんの腰にしがみついた。


「カールおにいちゃん、だいじょうぶだよ。もう、だいじょうぶなの。だってドーラおねえちゃんは、おにいちゃんの気持ちが分かってるんだから。」


 エマがカールさんを見上げ優しい調子でそう言った。カールさんは恐れるように私を見た。私は彼の目を見つめ、一つ頷いた。






「ね、おにいちゃん?」


 エマがそう言って、カールさんに笑いかける。カールさんは崩れ落ちるようにその場に座り込むと、エマを抱きしめて静かに泣き始めた。


「私は・・ドーラさんを守ると・・・誓った。だけど・・・ガブリエル様を・・・犠牲にしたくない・・・!!私は・・・私は!!・・・なんて無力で弱いんだ!!」


 私は彼の側に歩み寄り、彼の側に座るとエマと彼を一緒に抱きしめた。


「カールさんは弱いんじゃありません。本当に弱いならそんなに苦しまないはずです。あなたは苦しくても戦うことを選んだ。そうでしょう?」


 私たちの様子を心配した村人たちが見つめる中、カールさんは私とエマの腕の中で、静かに泣き続けていた。






 やがてカールさんがバツの悪そうな顔をして泣き止むと、私たちはカールさんの家に移動して、そこでカールさんからガブリエラさんがここに来ることになった話を聞いた。


 貴族や王国のことは正直よく分からなかった。ただガブリエラさんが私の身代わりとしてここに連れてこられたこと。そしてカールさんがそれを王様から命じられていたことは分かった。


 私はただ人間の世界を知りたいと思ってここにやってきた。けれど、そのせいで多くの人間たちがいろいろなことを考え、動いていることが分かった。ただその理由はいくら考えても分からなかった。


「カールさんは王様に無理矢理、やりたくないことをやらされてるんですね?」


「・・・まあ、そうですね。はい。」


 カールさんが泣き腫らした目で、恥ずかしそうに言った。カールさんは前のように優しい表情で話してくれている。私は今のカールさんの方が好きだ。


「いっそのこと王様や貴族を皆、やっつけちゃえばどうかしら?」


 私がそう言うとカールさんがぎょっとした顔でこちらを見た。





「もう、ドーラおねえちゃん!!気に入らないことがあっても、乱暴はだめってこの間、言ったでしょ!!」


 エマに怒られた。私はエマにごめんねと謝って、ふうと大きなため息をついた。


「私が来たせいで、いろんな人が困ってるなんて、考えたこともありませんでした。」


「そんなことは・・・!!」


「村の人は困ってないよ。王様たちが勝手にいろいろ思ってるだけでしょ?」


 エマの言葉で私とカールさんは顔を見合わせた。私たちは二人でエマのほっぺを撫でた。エマがくすぐったそうに笑った。エマは本当に賢くて、可愛くて、優しい。






「ドーラおねえちゃん、村を出て行ったりしないよね?」


 不意にエマが私に尋ねてきた。不安そうな瞳で私を見つめるエマ。私はエマを安心させるために、にっこりと笑いかけた。


「私、エマや村の皆が大好きなの。だから黙って出て行ったりしないよ。それに私がここを出ていくと、カールさんとガブリエラさんが困るんでしょう?」


 私の言葉に、カールさんが困ったように笑いながら頷いた。私はカールさんとエマに言った。


「大丈夫!!私に考えがあるのです!!任せてください!!」


 そう言い切った私のことを、カールさんは心配そうに、エマはわくわくした顔で見つめていた。


 王様に会いに行こう。会って直接話を聞いてみよう。その時、私はそう決心していたのでした。

 





種族:神竜

名前:ドーラ

職業:ハウル村のまじない師

   文字の先生(不定期)

   土木作業員(大規模)

   鍛冶術師の師匠&弟子

   木こりの徒弟

   大工の徒弟

   介護術師(自己流)

所持金:2443D(王国銅貨43枚と王国銀貨60枚)

読んでくださった方、ありがとうございました。

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