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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
27/188

26 介護術師

ガブリエラ視点でのお話です。

 全身を襲う恐ろしい悪寒がする。魂まで凍ってしまいそうなほど寒くて寒くて仕方がない。それなのに体中にある傷は焼け付くように熱く、絶え間ない痛みを伝えてくる。


 私は助けを求めて声を上げた。だけど喉がつかえたように声が出てこない。手足を動かすどころか、目を開けることすらままならなかった。私はこのまま死んでしまうのだろうか。


 私はまだ何も出来ていない。お父様の汚名を晴らすことも。無くしたものを取り戻すことも。そして大切なミカエラを守ることさえも。


 ああミカエラ。私が死んだらあの子はいったいどうなってしまうのだろう。私のように痛めつけられ尊厳を奪われて、やがて殺されてしまうのだろうか。まだ4つの、何も知らない子供だというのに。


 私は無力感と絶望のあまりうめき声を上げた。重たい瞼の内側が熱くなり、涙が目の中に溜まっていく感じがする。






 その時、熱を持った私の傷口に何かひんやりとしたものが当てられた。同時に小さな手の感触。これはミカエラ?ああミカエラ、無事だったのね!!


 私は力を振り絞って私の傷をいたわるように動く小さな手を握った。すると小さく温かい体が私にそっと寄り添い、私の体を抱きしめてくれた。


 魂を凍てつかせていた悪寒が徐々に消え去り、私の体に温もりが満ちていく。痛みで強張っていた体の力が抜け、私は優しい夜の帳に包まれるように、眠りに落ちていった。






 一体どれくらい眠り続けたのだろう。その後、私が悪夢に苦しめられるたび、小さな手の感触がして、私の痛みを取り去ってくれた。


 やがて、私はうっすらと目を開けられるようになった。だが瞼が重くべたついた感じがして、まだよく周りを見ることができない。


 うっすらと小さな人影のようなものが見えた。どうやら私の顔を上から覗き込んでいるようだ。小さな手が私の瞼をひんやりしたもので丁寧に拭ってくれた。


 瞼のべたつきがとれ、熱を持った瞼が冷やされて、とても気持ちがいい。小さな手はその後も私の傷を一つ一つ冷やしていったくれた。


 小さい影は、近くにいる誰かと何か話しているみたいだ。ミカエラの側に誰かいるのかしら?


 でも耳の奥が詰まった感じがして、音がよく聞こえない。痛みが取れて少し楽になった私は、またゆっくりと眠りの海に沈みこんでいった。






 私は闇に飲み込まれる恐ろしい夢を見ていた。闇の底には幽鬼となったお父様やお母様、そして兄様、姉様たちの姿が見える。


 皆は苦しみ悶えていた。私も足元から少しずつ少しずつ闇に飲み込まれていく。私は闇から逃れようと必死に手足を動かす。だがまるで底なし沼にでも囚われてしまったかのように、もがけばもがくほど私の体は闇に沈み込んでいった。


 私の頭が闇に飲まれそうになったその時、私の伸ばした手を掴む小さな手の感触を感じた。私は小さな手に縋りついた。私は小さな手に闇から救い出され、ゆっくりと目を覚ました。


「あ、目を・・ましたみ・・いだよ、・・ーラおねえ・・ゃん!」


「よかっ・・。《安眠》の魔・・・効いた・・いね。」


 私の手を今もしっかりと握ってくれている小さな手の持ち主は、傍にいる誰かと話しているようだ。ミカエラじゃない?誰?


 私の意識は朦朧とし、はっきり言葉を聞き取ることができなかった。さっき誰かが《安眠》の魔法って言ったような気がする。魔法の効果・・・が・・・出て・・・。


 私の心は暖かな光に包まれ、それに溶けるように安らかな眠りに落ちた。もう悪夢を見ることはなかった。






 目が覚めた。どのくらい眠っていたのか分からないけれど、どうやら私は周りのものを見ることができるくらいには回復してきたようだ。


 私が今眠っているのは、丸太を組み合わせて作った粗末な部屋に置かれた寝台の上だった。私の寝台の反対側の壁に窓がありそこから青い空が見えた。空は秋の色をしていた。王都を出てからどのくらい経っているのだろう。


「ガブリエラおねえちゃん、目が覚めた?」


 柔らかな癖のある薄茶色のおさげ髪の小さな女の子が、継ぎの当たった布を持って私の側に立っていた。整った顔立ちのとても賢そうな女の子だ。多分ミカエラと同じくらいの年頃だと思う。


 彼女は私の名前を呼んだ。でも、こんなみすぼらしい恰好をした女の子に会った覚えはない。一体なぜ?


 彼女は私の額に乗せられたぼろ布を慣れた手つきで手桶に放り込むと、丁寧に洗い、また私の額に乗せてくれた。ひんやりとしてとても気持ちがいい。


 私を助けてくれた小さな手の正体は、どうやら彼女だったようだ。私は彼女に話しかけようとしたが、なぜか喉が詰まったような感じがして、声が出せなかった。


 続いて彼女は私の目と耳を布で丁寧に拭ってくれた。べたべたした感じがなくなり視界がはっきりした。彼女の持っている布には、黄色い膿がたくさんついていた。


 私の体はかなりひどい状態のようだ。彼女は汚れた布を手桶に放り込むとそのまま部屋を出ていった。






 一体ここはどこなのだろう。私は王都から辺境の村に送られたはずだ。ということはここが目的地ハウルなのだろうか。


 私は体を起こそうとして手足に力を込めたが、全身にひどい痛みを感じただけだった。手足の皮膚が突っ張ったような感じがしている。


 痛みで叫びだしたいくらいだが、言葉が出てこないのでうめき声を上げていると、小さい女の子が戻ってきた。彼女は両手に手桶と小さな籠を持っている。籠からはツンとする独特の香りがする。おそらく傷の化膿を抑える薬草だ。


 彼女は私のかぶっていたつぎはぎだらけのシーツをはがすと私の服を緩め、私の手足に軽くもんだ薬草をペタペタと貼り付けていった。


 ちょっと沁みるような軽い痛みの後、傷口の熱がじわじわと引いていく。彼女は小さいのにとても手際がいい。


 手足の傷をすべて処置し終えたのだろう、彼女は私の顔を覗き込むと満足そうに笑って、またどこかに行ってしまった。






 しばらくウトウトしてしまったみたいだ。窓から見える空は夕焼けの色に染まっていた。冷たい風が吹き込んできて、私は思わず身を震わせた。


 するとまた小さな女の子が入ってきて、窓の板戸を閉めてくれた。部屋の中が暗くなる。私は閉じ込められていた護送車の闇を思い出した。その途端、たちまち胸が詰まったように呼吸ができなくなった。


 いくら吸っても空気が肺に入ってこない。息苦しさからパニックになった私は、痛む手を無理矢理動かし、喉を掻きむしった。


 私の様子を見て女の子がパタパタと部屋を駆け出していく。誰かを連れて戻ってきたようだ。


「ドーラおねえちゃん、早く!!」


「《絶えざる光》!!」


 優しい光を放つ光球が空中に出現し、部屋の中がたちまち昼間のように明るくなった。中級の魔術師が使う光の呪文だ。詠唱が聞こえなかったけど、私の耳がおかしいせいかもしれない。






 明るくなった部屋で私が見たのは、見たこともないほど美しい娘だった。おそらく私と同じくらいの年頃だろう。


 内側から光を放っているかと見まごうほどの輝きを持つ白金色の長い髪。それを無造作に太い一本の三つ編みにして背中に垂らしている。 


 彼女の髪を見たとき、私はその美しさに目を奪われると同時に激しく嫉妬した。私もかつてはこの娘のように輝く髪をしていたのだ。あの忌まわしい事件が起きるまでは。


 荒れ狂うような嫉妬と憎しみの気持ちのあまり、私は息苦しさも忘れ、その美しい娘をじっと凝視した。完璧に整った造形。夢見るような薄青色の瞳。神々しい気品を感じさせる表情。


 女神が顕現したかと思うような娘は、だがその容姿とはあまりにも不釣り合いな、継ぎはぎだらけの粗末な服を着ていた。


「あ、よかった。ガブリエラおねえちゃん、よくなったみたい。」


 小さな女の子と美しい娘は顔を見合わせて、互いに微笑みあった。全く似ていないけれど、二人は姉妹なのだろうか?


 二人に事情を尋ねたいが、相変わらず私の声は出ないままだ。もしかしたらもう一生声が出ない・・・?


 もしそんなことになったら、私は二度と魔法を使うことができなくなる。私に残された最後の希望が絶たれてしまうかもしれない。魔法の明かりがあるにも関わらず、私は目の前が急に暗くなったように感じた。






 二人は私を残してまたどこかに行ってしまったが、すぐに手に器を持って戻ってきた。器の中からは甘い香りがしている。私は唐突に強烈な飢えを感じた。いや、食欲を思い出したというべきだろうか。


「はい、ガブリエラおねえちゃん、あーん。」


 小さい女の子は私の寝台の横に座ると、粗末な木の匙で何か白くてドロドロしたものをすくい取り、それを私の口に近づけた。


 甘酸っぱい味が口に広がる。おそらく新鮮なヤギの乳で作ったヨーグルトに、蜂蜜を混ぜたものだ。口当たりがよくなるように香草も加えられている。数日ぶりのまともな食事。私はむさぼるように女の子の差し出すヨーグルトを食べた。


「美味しかった?ガブリエラおねえちゃん。」


 小さい女の子が私の目を覗き込んで問いかける。私は彼女に感謝を伝えたかったが口も体も動かないので、目線でそれを伝えた。彼女は花が綻ぶように微笑んだ。






「食べてくれてよかったね、エマ!」


「うん、これ、おなかの調子が悪い時に食べるといいって、お母さんが言ってた。でも赤ちゃんには食べさせちゃダメなんだって。」


「え、そうなの?」


「うん、赤ちゃんには蜂蜜って毒なんだって。だからマリアは蜂蜜を食べられないまま、お空に帰っちゃったの。」


「そうか。エマの妹さんは死んじゃったんだっけ。」


「あたし、マリアが大きくなったら、あたしの大好きな蜂蜜をいっぱい探してきてあげようって思ってたの。」


 ドーラと呼ばれた娘がしゃがみこんで、小さい女の子をぎゅっと抱きしめた。彼女はエマという名前らしい。ミカエラのことが不意に思い出され、泣きたい気持ちになる。


 だがそんな物思いは、エマの次の一言で残らず吹き飛んでしまった。






「ごはんも食べられたし、次はおしめを取り替えようね、ガブリエラおねえちゃん!!」


 えっと思う間もなく、エマは慣れた手つきで私のシーツをはがし、私の服をめくりあげていく。ちょ、ちょっと待って!!待ちなさい、エマ!!


 声も出ず体も動かないのでは、抵抗することもできない。私はあっという間に下半身を露出させられてしまった。二人が私の体の下に手を差し入れて持ち上げ、私の体を横向きにした。今の私は右腕側を下にして、二人にお尻を向けた状態だ。


「ドーラおねえちゃん、足をお願い。」


 ドーラが私の左足を軽く持ち上げ、エマが私の下半身に当てられたおしめをはがす。下半身が直接空気に触れ、思わず体がぶるっと震えた。


「うん、色も昨日よりきれいになってるみたい。よかったね、ガブリエラおねえちゃん!!」


 エマが私に明るい声でそう言ったが、私の心は嵐の日のドルーア川のように乱れていて、それどころではなかった。


 その後、エマとドーラはお湯で丁寧に私の下半身を清めた。ドーラが《洗浄》と《乾燥》の魔法を使った後、エマが新しい布を下半身に当ててくれた。


 おしめを替えてもらったおかげで不快感は無くなったが、同時に私の中の大切な何かも無くなってしまったような気がした。






 数日が経過し、私は手をわずかに持ち上げられるくらいまで回復してきた。エマとドーラは日に数回、私の世話をしにやってきてくれた。


 おしめもその度に替えられたので、今ではもう少々のことでは動じなくなってしまった。侍女に湯浴みをさせてもらっているのだと思えば、多少は恥ずかしさを紛らわすことができた。心のどこかがちょっと緩んでしまった気もするけれど、それはきっと気のせいだ。


 ただ湯浴みのことを考えたせいか、急に髪や体の汚れが気になるようになってしまった。もちろんエマとドーラが丁寧に体を清めてくれているし、《洗浄》の魔法も使ってもらっているので汚れているはずはないのだが。単純に気分の問題だ。


 とはいえ一度気になると、なかなかその思いは消えてくれず、私はようやく動くようになった手で我知らず髪をいじることが多くなっていた。


「ガブリエラおねえちゃん、お風呂に入りたいの?」


 そんな私の仕草を見て、エマが私に問いかけた。私は強張った顔を無理やり動かして「ううん、大丈夫よ」と思いながら、エマに微笑みかけた。ただそれは逆の意味に取られてしまったようだ。


「ドーラおねえちゃん、魔法でなんとかならない?」


 エマがドーラに問いかける。魔法で何でもできるって考えるエマは、やはり物を知らない平民の子供なのだなと思ってしまう。魔術とは論理と法則に基づいて自然を改変するものなのだ。思い付きで、何でもできるわけでは・・・。


「うーん、ちょっと待ってね。今、作ってみるよ。」


 そうそう、今作って・・・って、ええっ!?魔法を作る?どういうこと!?






「まずはガブリエラさんの周りを区切ってっと。《領域創造》!!」


 私の体が寝台からふわりと持ち上がる。え、ナニコレ、風属性の浮遊魔法?まさか伝説の重力魔法じゃないわよね!?


「あとはお湯を入れればいいよね。《洗浄水生成》&《加熱》!!」


 私の周りにちょうどよい温度のお湯が現れた。お湯は空中に浮かんだ私を取り囲むように浮かんでいる。お湯の形から察するに、どうやら私は浴槽のような形の、目に見えない容器の中に入れられているようだ。頭まですっぽり水に包まれているのに全然苦しくない。それどころかものすごく気持ちがいい。


 おそらくこの水は《洗浄》で生み出される魔法の水のようだ。ただこんな形で《洗浄》の水を保持できるデタラメな魔法なんか聞いたことないけれど。


「わあ!!お風呂が浮かんでる!!」


「ふっふっふ、水属性の《水生成》に《洗浄》を組み合わせてみました!あと《加熱》はこの間、フラミィさん用に作った魔法だよ!」


「さすがはドーラおねえちゃん!!」


「やったー、エマに褒められた!!こんなこともできるよ!《液体操作》!!」


 私を取り囲んでいる水が私の体を優しく撫でるように動き始めた。水の動きで体のコリや痛みが解されていく。髪の中に入り込んだ水は、髪の一本一本の根元を優しく洗い流してくれた。


 全身の力が抜ける。体がとろけそうだ。そんな私をよそに、二人は話を続けている。






「ドーラおねえちゃん、服を着たままでお風呂に入れるのはすごいけど、服の汚れが口に入らないの?」


「それは大丈夫!!このお湯は《洗浄》成分で出来ているので、どんな汚れも一瞬できれいにしているのです!!だから汚れたままでもへーきへーき!!」


「そうなんだ!お洗濯も一緒に出来ちゃうんだ!!すっごーい!!」


「さて、この魔法も一つにまとめちゃおっと。なんて名前にしようかな。エマ、どんな名前がいいと思う?」


「うーんとね、《どこでもお風呂》!!どうかな?」


「最高だよエマ!!じゃあ、この魔法は《どこでもお風呂》って名前にするね!!」


 ・・・なんだろうこれ。私まだ夢を見ているのかしら・・・。


 なんだか非常識なものを見せつけられてしまって、私の魔術師としての自信が揺らいでしまった気がするけれど、お風呂はすごく気持ちがよかった。《どこでもお風呂》か、いいなあ、これ・・・。





 二人はその後も、献身的に私を介護し続けてくれた。その甲斐あって、2日後には寝台の上に座って自分で食事を摂れるくらいには回復することができた。


 でも相変わらず言葉が出てこない。喉の機能には問題がなさそうだから、これは心の問題なのかもしれないと、私は考え始めていた。


 そんなある日、エマが運んできてくれた昼食(スープで柔らかく煮た黒パンに溶けたチーズをのせたもの)を食べ終え、ヤギのミルクを飲んでいると、部屋に一人の男性が訪ねてきた。


 初めて見る顔だ。整った顔立ちをしているけれど、彼の真面目そうな目を見ていると、なぜか心を波立たされるような違和感を覚えた。その違和感の正体は、彼の名を聞いた瞬間すぐに判明した。


「初めまして・・・ではないのですが、きっとあなたは覚えていらっしゃらないでしょうね。私はカール・ルッツ準男爵。この村の街道の管理官をしております。お話したいことがあって参上いたしました。」


 そう言って私に上位貴族に対する礼法で挨拶をする彼の顔を、私はまじまじと見た。彼はとても似ていた。私をここに追いやったあの男、ハインリヒ・ルッツ男爵に。


 そうして私は、契約により私の支配主となることになっている、憎い仇の息子と対面したのだった。






種族:神竜

名前:ドーラ

職業:ハウル村のまじない師

   文字の先生(不定期)

   土木作業員(大規模)

   鍛冶術師の師匠&弟子

   木こりの徒弟

   大工の徒弟

   介護術師(自己流)

所持金:2443D(王国銅貨43枚と王国銀貨60枚)

読んでくださった方、ありがとうございました。

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