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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
26/188

25 身代わり

感想をくださった方、ありがとうございます!!テンションが上がってどんどん書いてたら、ものすごく長くなってしまいました。読みにくいかもしれません。ごめんなさい。

 ハウル村でドーラとペンターによる工房づくりが終わる10日ほど前。ドルアメデス王城から華々しい見送りを受けて、一台の馬車が出発しようとしていた。


「王国の誇る若き天才錬金術師、『不滅の薔薇姫』ガブリエラ様に栄光あれ!!」


 馬車の護衛を行う近衛騎士が高らかに声を上げると、居並んだ騎士たちが一斉に剣を捧げた。魔術師たちが色とりどりの花火を打ち上げる中、ゆっくりと馬車が出発していく。


 私室のバルコニーからその様子を眺めていた国王ロタール4世は、後ろに控える王立調停所長官ハインリヒ・ルッツ男爵に「ちとやりすぎではないか?」と声をかけた。


「いいえ、国王陛下。彼女には囮として大いに敵の目を引き付けてもらわねばなりません。これでも地味なくらいです。」


 ハインリヒは一度言葉を切ると、感情の籠らない冷たい声色で言った。


「それに、いつ『不幸な事故』が起きるとも限らないのです。死出の旅路くらいは華々しくして見送って差し上げようという、私なりの心遣いなのですよ。」


 哀れな娘の乗せられた王家の紋章付きの馬車が王城の門を出ていく。きらびやかな魔法の鎧を纏った近衛騎士たちに守られながら進む馬車を一目見ようと、王都民たちが街道を埋め尽くしているのが、ここからでもはっきりと見て取れた。


 あの馬車の窓には厚いカーテンが掛けられている上、魔法で何重にも封印が施されている。残念ながらいくら覗き込んでも、王都民たちが馬車の中を見ることは決して出来はしない。






 王は痛々しいものから目を背けるように馬車に背を向けると、ハインリヒに問いかけた。


「ガブリエラ殿は納得して引き受けたのか?」


「はじめは王家の意向になど従うものかと、かなり頑強に拒んでいらっしゃいました。ですが最後には自分から契約魔法にサインをしてくださいました。」


「・・・自分から、か。」


「はい。ご自分はともかく、幼い妹君の身を案じてのことでしょう。それに契約が達成された暁には、十分な見返りも約束してございますし。」


 たとえ契約が達成されても、ガブリエラ自身がそれを生きて享受できる可能性は非常に低いだろう。せめて彼女の遺志は汲み取ってやりたいが・・・。


「ままならないものだな、王という生き方は。」


 ロタール四世は誰に聞かせるともなく、そう呟いた。王はハインリヒを一瞥するとすぐに、私室を出て執務室に向かって歩き出した。











 ガブリエラは最初の村に入る前に、豪華な馬車から待機していた別の馬車に乗り換えることになった。丈夫な板壁と金属の型枠に囲まれ、小窓に鉄格子の嵌った囚人護送用の馬車に。


 護送車の御者兼看守である屈強な男は乱暴にガブリエラを突き飛ばし、護送馬車に彼女を押し込んだ。バランスを崩して汚物まみれの床に倒れこんだため、彼女の着ている粗末な貫頭衣と体に汚物が付着する。王城を出るときに着ていた豪奢な礼服と純白のローブは先ほど剥ぎ取られ、看守の見ている前でこの服に着替えさせられたのだ。


 看守が下卑た笑いを浮かべながらガブリエラに話しかける。


「ガブリエラ様、ようこそいらっしゃいました。これからハウル村に着くまでの間、ここがあなた様のお部屋になります。さっきまで犯罪奴隷どもで満員だったもので、床がちーっと汚れていますがね。今度の旅は特別にあなた様の貸し切りでございます。お気に召していただけましたか?」


 ガブリエラは汚物の付着した顔をくっと上げて、看守を睨みつけた。看守はそんなガブリエラを見下すように、さらに言葉を続けた。


「そんな目をなさらないでくださいませ。そんな怖い目で見られたら恐ろしさのあまり、これからあなた様のお食事のお世話をするときに、うっかり皿を床に落としてしまうかもしれませんよ?この床に落ちたパンやこぼれたスープを食べるのがお好きなら、かまいませんけどねぇ。」


 ガブリエラの顔色が変わり、目に恐怖の色が差すのを見て、看守は満足そうな笑みを浮かべた。


「ああ、残念なことにこのお部屋には寝台がございませんので、そのまま床でお休みください。お手洗いは垂れ流してくださって構いませんよ。床に空いた穴から勝手に外へ出ていきますからねぇ。」


 ガブリエラがハッとして床を見る。床の一部が金属でできた細かい格子になっていて、そこには汚物が溜まったままになっていた。胸の悪くなるような空気をまともに吸い込んでしまい、吐き気がこみあげてくる。






 そんなガブリエラの様子など意にも介さず、看守は言葉を締めくくった。


「では次にお会いするのはハウル村に到着した時になります。どうそ素敵な旅をお楽しみください。」


 ガブリエラは耳を疑った。辺境の村に到着するまで、ここから一歩も出ることができないのだとようやく悟ったのだ。


「ま、待って!!こんなところは嫌!!お願い助けて!!」


 取りすがろうとしたガブリエラの肩を、看守が思い切り蹴り飛ばした。壁に背中から叩きつけられたせいで息ができなくなる。彼女は目に涙を溜め、空気を求めて喘ぎ声をあげた。


 看守は先ほどの慇懃な態度と打って変わって、怒りを押さえ込むような強い調子でガブリエラに言い捨てた。


「俺はな、バルシュ領の生まれなんだ。」


 驚いて看守の顔を見つめるガブリエラ。彼女の愛らしい唇が引きつり恐怖にわなわなと震える。看守は憎々し気にガブリエラに向かって吠えた。


「助けてだと?そんなこと言える立場だと思ってるのか!?生かしてもらってるだけ幸せだと思え、この『背徳の薔薇』め!!」


 看守が乱暴に扉を閉めると、馬車の中は薄暗い闇に包まれた。外からガチャリと錠をおろす音が聞こえたかと思うと、馬車は唐突に走り出した。


 ガブリエラは恐怖にかられ、半狂乱になって扉を叩き、叫び声を上げた。だが爪が割れ、拳から血が流れるほど叩き続けても、彼女の叫びに応えるものは現れなかった。






 一体、何日が過ぎたのだろうか。薄暗闇の中、馬車のひどい揺れのせいでまともに眠ることもできず、気を失うような浅い眠りと覚醒を繰り返す。ガブリエラは時間の感覚がすでになくなっていた。


 汚い床の上に小窓から投げ込まれるカビの生えたパンくずと薄い塩水のようなスープ。はじめは汚れた床に落ちたそれを口にすることを躊躇っていたガブリエラだったが、今ではもうそんなゆとりはない。ただ命を繋ぐためだけに、床にぶちまけられた食事を機械的に口に運んでいる。


 不衛生なものを口にしているせいか、数日前からひどく腹を下している。しかしトイレに立つ力すらすでに残っていない。そのため彼女の体からはひどい匂いがしていた。


 馬車が大きく揺れるたび、体を壁や床に打ち付けられ、全身痣と擦り傷だらけだ。その傷口はひどく化膿していた。


 全身が痛み、体が熱を持っているのに、体の芯は凍えるように冷たい。永遠に続く悪夢のような時間。どうしてこんなことになってしまったのだろう。ガブリエラは半ば眠りながら、彼女の運命が狂ったあの日の出来事を思い返していた。






 ガブリエラ・バルシュ。ドルアメデス王国唯一の侯爵家、バルシュ家の次女として生まれた彼女は、優しい両親や兄姉に囲まれ、何不自由のない生活を送っていた。


 彼女は侯爵一族にふさわしく、生まれながらにして強い魔力を持っていた。こと錬金術に関しては人並み外れた才能を発揮し、8歳の時にはほぼ独学で植物の生命力を劇的に高める魔法薬を作り出すことに成功した。


 特に彼女の魔法薬を使った薔薇は、切り落としても数か月花弁が散らないことから『不滅の薔薇』と呼ばれたほどだ。10歳で魔法を学ぶための学校に入学すると同時に、その美しい緑色の髪や愛らしい容姿と相まって、彼女が『不滅の薔薇姫』と呼ばれるようになったのも、ごく当然のことだったろう。


 華やかな友人たちに囲まれ、これからの活躍を期待された彼女の学校生活は、しかしわずか2年で唐突に終わりを告げることとなった。






 きっかけは前国王ラケルス2世が何者かによって暗殺されたことだった。結局実行犯が自害したことにより、黒幕は分からないままだったが、賢人王と呼ばれた偉大な王の突然の死によって、王国の貴族たちの間に動揺と疑心暗鬼が広がっていった。


 前王の死から2年後、つまり今から4年前に突然、ガブリエラの父であるバルシュ侯爵が汚職と不法薬物売買、密輸の罪で捕縛された。ラケルス2世暗殺の犯人を特定するため、王家による徹底的な捜査が行われ、その過程でバルシュ領内での犯罪が訴追されたのだ。ごく短い審理の後、侯爵一家全員に死刑の判決が下された。


 バルシュ侯爵は当時反王党派の領袖といえる存在であったため、これは王の策略ではないかとの噂が流れたが、とにかく王国西部地域で最も力のあった侯爵家は一夜にして断絶したのである。


 当時12歳のガブリエラも学校の寮にいるところを突然取り押さえられ、王城の地下牢に連行された。侯爵家の人々は無罪を訴えたが無駄だった。侯爵家の屋敷からは数多くの証拠の品が発見されたからである。最初に父が、次に母が、愛する家族が一人、また一人と死刑台に消えてゆく。彼女は日々迫りくる死の恐怖に気も狂わんばかりだった。


 兄姉がすべて処刑され、いよいよ彼女の番がやってきた。廊下を歩く足音がこちらに近づいてくるたび、嗚咽を漏らすほど怯えていた彼女だったが、ついに刑が執行されることはなかった。


 彼女がまだ学生であったことを考慮し、罪一等を減じて身分剥奪の上、王都を追放されることになったのだ。牢を出て初めて自分の姿を水鏡で見た彼女は、驚きのあまり悲鳴を上げて失神した。


 強い闇の加護を持っていることを示す彼女の美しい緑の髪は、老婆のような真っ白い髪に変わってしまっていた。






 釈放されたガブリエラは、生まれたばかりの妹ミカエラとともに、王都領の北の果てにある荒野の中の修道院に送られた。弱者の救済と相互連帯を教義とする聖女教の修道院だ。


 華やかな暮らしをしていたガブリエラにとって、倹約と節制を旨とする修道院の暮らしは本当に辛いものだった。彼女は他の修道女となじめず、常に孤立していた。そんな中、夢想するのはかつての生活だった。


 優しい家族。豊かな暮らし。そして私を愛してくれた多くの学友たち。彼女は失ったものを取り返す日を夢見て、人知れず魔法の修業に打ち込んだ。だが咎人の子として常に監視にさらされていたため、そんな機会はなかなか訪れなかった。


 このまま最果ての修道院で朽ち果てていくのかと思っていた時、あの『平民判官』、彼女の父を訴追した仇ともいえるルッツ男爵から、王城に呼び出されたのだ。






 ルッツ男爵はガブリエラに王の計画に協力するよう取引を持ち掛けてきた。だが当然ガブリエラは拒絶した。


 憎んでも憎み切れない王とこの男のためになど、指一本だって動かしてやるものか!!後ろ手に魔封じの枷を嵌められていなければ、今すぐにでもこんな下級貴族など首り殺してやるのに!!


 しかしルッツ男爵はそんなガブリエラの怒りなどものともせず、淡々と話を続けた。王に協力し目的を達成することができればガブリエラを貴族に復帰させてやってもよいと。


 夢にまで見たバルシュ家の再興。それが実現するかもしれない。迷うガブリエラにルッツ男爵はさらに言った。素直に従わないのであればミカエラの身の安全は保障できない。


 ミカエラはガブリエラにとって、この世にたった一人残された肉親だ。父も母も知らず、修道院の中で穏やかに暮らしているミカエラ。まだ4歳の大切な妹が殺されるかもしれない。


 ガブリエラに選択の余地はなかった。彼女は契約魔法に自分の血を使ってサインをした。この機会を利用し、すべてを取り戻してやると心に誓いながら。











 フラミィさんの工房が完成した次の日。午前中、集会所でいつものように金物の修理を終えた私は、エマとカールさんと一緒に川へ魚釣りに行った。


 ペンターさんはフラミィさんと一緒に工房の家具づくりや内装をしている。「本職じゃねえが、とりあえず使えるもんくらいなら作れるぜ!」とペンターさんは言っていた。本当は『指物師』っていう職人さんがする仕事らしい。人間の仕事の奥深さには、本当にびっくりです!


 私たちは三人で川岸から釣り糸を垂らしながら、魚がかかるのをぼんやりと待っていた。竜の姿で魚を捕るのも面白いけれど、こういう方法で魚を釣るのは新鮮でとても楽しい。


「あ、ドーラおねえちゃん!大きなお船が来るよ!」


 エマが目の前をゆっくり通り過ぎていく大きな船に手を振る。船の真ん中にある高い柱には大きな白い布ついていて、それを周りにいるたくさんの男の人たちが紐で動かしている。


 紐を持った男の人の一人が、手を振るエマに気づいて手を振り返してくれた。大きな布の真ん中には赤い図形のような印が書かれている。






「あれはサローマ家の紋章ですよ。スーデンハーフから王都に塩を運ぶ船ですね。」


 これまでも何度か見かけていたけれど、あれが塩を運ぶ船だったのか。全然知らなかった。カールさんはとても物知りだ。私が感心していると、エマがカールさんに尋ねた。


「ねえ、カールおにいちゃん!!どうしてあのお舟は牛さんがひいてないのに、川を上っていくの?」


「それはねエマ、この国は海からの風がいつも吹いているからだよ。あの船はその風をあの『帆』でつかまえて、川を上る力にしているんだ。」


 私とエマは同じ顔をして「へー」と言った。私たちの様子を見て、カールさんが思わず吹き出したけれど、すぐに咳ばらいをして「失礼」といった。でも口の端がぴくぴくしている。


 それにしても人間ってすごいと感心する。南から暖かい風が吹いているのは私も知っていた。でもそれをああやって利用するなんて!


 私たち竜は飛ぶときに風の力を借りることもある。人間にとってはあの『帆』が翼代わりなのだろう。






 私たちが釣り糸を垂らしながら、船を見送っている時、私の耳に助けを求める誰かの声が聞こえた。いやこれは声というより、魔力の波動?


 ひどくか細く、弱々しいその声は、確かに村の北側から聞こえてきた。今にも死にそうなほど弱っているようだ。私は釣竿をその場に置くと声のする方に全力で走り出す。


「ドーラさん!?」


「ドーラおねえちゃん?」


 急に立ち上がって走り出した私に驚いて、エマとカールさんが声をかけてきた。私は「誰かが死にそうになってる!!」と叫んで、後ろも見ないで走り続けた。










 突然、走り出したドーラを追いかけ、私とエマは村の北側、ノーザン村へと続く街道に向かって走った。


 街道の向こうから一台の二頭立て馬車がこちらにかなり速い速度で近づいてくるのが見えた。その禍々しいほど頑丈な造りは見間違えようもない。犯罪奴隷などの護送に使われる囚人護送車だ。


 馬車の御者たちは道を塞ぐように立っているドーラを避けようとしたようだが、馬車を引く馬たちはドーラに近づくのを恐れるかのように次第に速度を落とし、やがてドーラの目の前で止まった。


 私がドーラに追いついたちょうどその時、御者の一人が大声でドーラと私に怒鳴った。


「なんだお前たちは!!俺たちはハウル街道管理官のルッツ様に用があってきたんだ!邪魔するつもりなら・・・。」


 だが御者が言葉を言い終える前に、ドーラは囚人護送車の後ろに回った。扉を見つけたドーラは、頑丈な錠のかけられた扉に手をかけた。


「おい、お前!何してる!!この中にいるのは大罪人だぞ!!」


 ドーラを追って慌てて御者台から飛び降りた御者たちの言葉を無視して、ドーラは鉄枠の嵌った頑丈な扉を力任せに開けた。錠が弾け飛び、御者の一人の足元のレンガに落ちて鈍い金属音を立てた。






 扉が開いた瞬間、中から不潔な豚小屋のような腐った汚物の匂いが周囲に立ち込めた。


 御者の男たちは信じられないという顔つきで、ドーラのことを見ていた。魔法で封印が施された鉄の扉を、細腕のドーラがこじ開けて見せたのだから、無理もない。


 ドーラは馬車の中に飛び込んでいった。そして程なく、汚物に塗れたぼろを纏った一人の老婆を抱えて、馬車から飛び出してきた。


 老婆の手足は傷だらけで、一瞥しただけでもひどい状態だと分かる。その老婆を抱えたドーラの前に御者たちが立ちふさがった。


「お前!!その囚人を勝手に連れていくんじゃない!!」


 ドーラに掴みかかろうとした御者たちは、そのままの形で足を止めた。みるみる彼らの顔が青ざめていき、ガタガタと震えだす。


「下がりなさい。」


 ドーラが静かにそう言うと、御者たちは糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。ドーラは老婆をしっかりと抱きかかえると、ハウル村の方に小走りで戻っていった。


 すれ違う瞬間、一瞬だけ見えた彼女の瞳は虹色の光を放っていた。その目には今まで見たこともないような激しい怒りの感情が渦巻いているのが、はっきりと見て取れた。






 ハウル村の方からは、エマを抱えたマリーや、グレーテをはじめとする村の女たちが走ってこちらに向かってくるのが見えた。おそらくエマがみんなを呼びに行ってくれたのだろう。本当にエマは賢い子だ。


 あちらは彼女たちに任せておけば大丈夫だろう。私は街道のレンガの上にへたり込んでいる男たちに声をかけた。


「私がカール・ルッツ街道管理官だ。責任者は私の前に進み出よ。」


 男たちはまだ混乱しているようだったが、私の示した王の紋章の入った魔法銀ミスリルの身分証を見て、のろのろと動き出した。


「あっしがこの護送車の看守長でごぜえます、管理官様。王よりあの囚人とともにこちらの品をあなた様に届けよとご命令を受けております。どうぞお確かめください。」


 一際体の大きな西部なまりのある男が、魔法の封印が施された木箱を差し出してきた。私が木箱を受け取り足元に置くと彼らはそそくさと囚人護送車に乗り込み、ノーザン村の方へと帰っていった。


 私は木箱を村に持ち帰った。手桶や布を持った女たちが慌ただしく出入りしている村長の家の前を通り過ぎ、フランツ一家の家だった現在の自宅に入ると、周囲に人の気配がないのを確認してから、私は魔法銀の身分証を箱の封印に近づけた。


 リンっと澄んだ音がして封印が解除される。箱の中に入っていたのは、女物の上等な白いローブと美しい宝石があしらわれた銀の首飾り、そして分厚い手紙だった。






「なんだこれは!?これを本当に父上が・・・!?」


 手紙を読んだ私は思わず声を上げずにはいられなかった。手紙に書いてあったのは信じられないような命令だった。


 ハウル村で次々に起こる常識外れな事態の原因をドーラから逸らすため、身代わりとなる錬金術師が王都から派遣されてくるというのは、定期的にドーラの客を装って村を訪れる密偵から聞かされていた。


 私は勝手に、錬金術に熟達した騎士団の魔導士が来るのだとばかり思っていた。貴族たちから狙われることになることが明白である以上、ある程度、自分の身が守れる力がなくてはならないからだ。


 しかし手紙に書いてあったのは、私の予想を大きく裏切るものだった。






 囚人として送られてきたのは『不滅の薔薇姫』との異名をとった元侯爵令嬢のガブリエラ。手紙には私が彼女を隷属させ、ドーラの身代わりとして使えと書いてあった。


 木箱に入っていた首飾りは『隷属の首輪』という魔道具だった。これを嵌めた相手に王から預かった身分証の紋章をかざせば、首飾りの効果が発動し相手を隷属させることができるという。


 ただしこの首輪は、発動時に使役者が隷属させる相手より魔力が高くなければ効果が出ない。下級貴族の私と侯爵一族のガブリエラの魔力量には天地ほどの差がある。そのためガブリエラをある程度衰弱させてそちらに送ると書いてあった。


 理屈は理解できたが、いくら魔道具の効果を発揮させるためだとはいえ、ガブリエラを瀕死寸前になるまで痛めつける必要はない。そもそも彼女を死なせてしまっては元も子もないのだ。何か手違いがあったのだろうか?


 いくら王のためとはいえ、父がこのような非道な行いをしたということを、私にはにわかには信じられなかった。






 だがよく考えてみれば、納得せざるを得ないことばかりだった。内外の敵から命を狙われると分かっているのに、こんな危険な任務に就きたがる魔導士などいるわけがない。


 その点、元罪人であるガブリエラならば、王の命に従って働いたとしても不自然なところはない。彼女が辺境ここにいて、王の魔術を媒介していても、多くの貴族たちは流刑の一環だと思うはずだ。見返りにガブリエラを貴族に復帰させるとでも噂を流しておけば、さらに効果的だろう。


 またガブリエラ自身、優れた魔導士であり自分の身を守る力は十分にある。彼女にはこの計画に参加する動機も能力も十分に備わっている。隷属の首輪を付けられ、王の意のままに動くガブリエラは、この計画において、まさにうってつけの存在だ。


 私は国を守るという難事に対して、自分の考えの甘さを痛感させられた。にも拘わらず心の奥底では、ガブリエラを犠牲にすることに激しい抵抗を覚えていた。動揺しているのが自分でもはっきり自覚できるほどだ。






 動揺の一因は、先ほど見かけたガブリエラの姿にもあった。私はガブリエラと同じ16歳。王立学校に入学したのも同じ10歳の時だった。


 当時の彼女はその膨大な魔力量を誇示するかのような美しい緑色の髪をしていた。仕立ての良い制服に身を包み、颯爽と学内を闊歩する姿は、王国随一の貴族家の令嬢にふさわしく、輝くような美しさだった。


 彼女は常に華やかで、どこに行っても話題の中心だった。人を害するようなこともせず、常に鷹揚な態度で、身分の低い相手にも礼節を持って接していたのを、カールはよく覚えている。


 常に上級貴族の取り巻きが近くにいたため、カールは遠目に姿を見るくらいだったけれど、それでもはっきり印象に残るくらいの存在だったのだ。


 ちなみに彼女の取り巻きの筆頭は、あのピエール・グラスプだった。貴公子然としたピエールと美しいガブリエラは、学友たちの間でも似合いの二人として、よく話題に上がっていたものだ。


 だが先ほどちらりと見たガブリエラの姿には、その面影はどこにもなかった。






 枯れ果てた荒野の草のようにもつれ、艶のなくなった白い髪。全身に出来た傷が膿んで腫れあがり、目鼻の区別もつかないほど膨れ上がった顔。そして全身汚物に塗れたまま、ぐったりと動かない身体。


 本当にあれがあの『不滅の薔薇姫』と同一人物なのだろうか?


 確かにバルシュ家は彼女と幼い妹を除いて全員が処刑され、彼女は平民として人知れず王都を追放されたと聞いていた。だがあれからまだ4年しか経っていないのだ。


 一体ガブリエラはどんな4年間を過ごしてきたのだろう。そして彼女の幼い妹は今、どうしているのだろう。私は彼女の身の上を思いやらずにはいられなかった。


 同時にドーラを守るためには、そんなガブリエラを犠牲にしなくてはならないのだという事実が、私を苦しめた。






 どちらにしても今はガブリエラの回復を待つしかない。私は王から送られてきた小箱に手紙とローブ、そして首飾りをしまい込むと、身分証の王の紋章を使って再び封印を施した。


 ガブリエラに話を聞かなくては。そうしなければ何も決められない。そうではないかカール?


 私はガブリエラの様子を確認するため、村長の家に向かおうと部屋を出た。薄暗い部屋から出ると、透き通るような青空から、明るい太陽の光が降り注いでいた。


 ガブリエラの体調を理由にして、決断を少しでも遅らせようとしている自分の心の弱さを、白日の下にさらされたように感じ、私は思わず目を逸らしてしまった。


 そんな気持ちをごまかそうと私は全速力で走り出す。しかしいくら速度を上げても、じわじわと心を蝕む暗い気持ちからは逃れることができなかった。






種族:神竜

名前:ドーラ

職業:ハウル村のまじない師

   文字の先生(不定期)

   土木作業員(大規模)

   鍛冶術師の師匠&弟子

   木こりの徒弟

   大工の徒弟

所持金:2003D(王国銅貨43枚と王国銀貨49枚)

読んでくださった方、ありがとうございました。

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