22 決闘
お休みって最高ですね!!
ドルアメデス国王ロタール4世とハインリヒが密談を交わしているちょうどその時、王都の遥か南方にあるスーデンハーフでも同じような密談が行われていた。
潮風の香る開放的な作りの館。その中にあって唯一窓のない小部屋で、サローマ伯爵としてこの地を治めるニコラスは側近からの報告を聞いていた。
「・・・ということで、手紙を奪取することには成功したのですが、中身を見ることは叶いませんでした。申し訳ありません。」
「なるほど、手にした瞬間、消え去ったと。契約魔法による封印の効果だな。しかもかなり強力な・・・。」
「はい。密偵もそれを警戒して封印解除の手筈を整えていたのですが、それを使う間もなかったようです。誠に私の不徳の致すところでございます。」
ニコラスはやや癖のある茶髪と同じ色の眉を寄せ、しばらく考え込んだ。その真剣な表情は彼の顔立ちをより一層、端正なものに見せていた。
スーデンハーフの女性たちがここにいたら、間違いなく黄色い声を上げているだろうが、ここにいるのは幼い頃からニコラスを支えてくれた年老いた側近だけだ。彼は若い主人の憂いを含んだ表情を心配し、その顔をじっと見つめた。
「いやすばらしい成果だ。それだけ厳重に守ろうとしている秘密があると分かっただけで十分だよ。密偵にケガはなかったのだろう?」
「はい、手紙は燃え上がるようなこともなく、風に溶けるように消えたそうですので。」
「それはよかった。しっかり労ってやってくれ。お前も本当にご苦労だった。」
「もったいないお言葉、ありがとうございます、伯爵様。」
伯爵は小部屋を出るとすぐに、海の見えるバルコニーのある2階の部屋へと向かった。扉の前で立哨している護衛の兵士が伯爵に気づいて敬礼をしようとする。それをそっと押しとどめて扉に近づくと、扉の中からは穏やかな女性の話し声と子供の明るい笑い声が聞こえてきた。どうやら今ちょうど起きているようだ。
伯爵の側近が扉を軽くノックし来訪を告げると、中から扉が開かれた。伯爵が扉を開けてくれた侍女に軽く礼を言い、部屋の中に入ると途端に嬉しそうな子供の声が彼を出迎えてくれた。
「お父様!来てくださったのですね!もうお仕事はよろしいのですか?」
「ああニコル。今ちょうど一つ片付いたことろだ。お前の顔が見たくなって、大急ぎで片付けてきたんだぞ。」
「今、ニコルに大地母神様のお話を読んであげていたところなんですよ、あなた。」
薄茶色の髪をきちんとまとめた美しい女性、第一夫人のアレクシアが絵本を手にしたまま伯爵に言った。第一夫人といっても伯爵の妻はアレクシア一人だけだ。
伯爵は愛する妻との間に生まれた一人息子に近づくと、その頭を優しく撫でた。結婚して10年以上経ってやっと生まれた伯爵家の跡取りは、まだ4歳のあどけない顔に嬉しそうな笑みを浮かべた。
「今日は一緒に昼食をとれそうか?」
「!! はい!!お父様とお母様と一緒に食事がしたいです!」
満面の笑顔でそう言うニコルに見えないよう、アレクシアはそっと目を伏せ、頭を軽く横に振った。
「そうか。ではニコルの体調がよければ、ともに食事をするとしよう。」
「大丈夫ですお父様!今日は朝からとても・・・げほっ、ごほっ!!」
「まあニコル様、急にそんなに大きなお声を出すからですよ。さ、お薬をお飲みになって、お休みになってください。」
ニコル付きの侍女がすぐに薬の入った小瓶を持って、近寄ってきた。
アレクシアがそっとニコルの背中をさすり、寝台にその細い体を横たえさせる。専用の水差しで侍女が薬を含ませるとニコルの呼吸が穏やかになり、やがて深い眠りに落ちた。
「アレクシア、すまない。ニコルを興奮させるようなことを言ってしまって。」
「いいえ、ニコラス。この子はあなたのその言葉にとても励まされたはずです。起きたら頑張って治療を続けるよう言っておきますね。」
にっこりとほほ笑むアレクシア。だが眼の縁には薄く涙が溜まり、唇の端が小さく震えていた。伯爵は愛する妻を強く抱きしめた。
伯爵はニコルの部屋を出ると、側近とともに執務室に向かった。絶対にニコルを守らなくてはならない。
そのためには金が必要だ。ニコルが命をつないでいられるは高価な魔道具と貴重な魔法薬のおかげ。
王家に売却する塩の量を増やし、価格も吊り上げられるよう交渉しなくては。そのために領民に苦しい思いをさせることになるだろう。しかし伯爵はニコルの命を諦めることがどうしてもできなかった。
これまでは領民に生活に影響が出ないよう、ありとあらゆる伯爵家の資産を投じてきたが、それも限界を迎えつつあった。
最近になって国王ロタール4世は王都から南に続く街道を突然、整備しはじめた。これは騎士団を南進させる準備なのではないか?
国内の政情を安定させたい国王はサローマ家を滅ぼし、塩の利権を手に入れたいのかもしれない。王家が塩を生産・管理するようになれば、王の政治力は一気に増すことになる。
そんなことはさせない。だがニコルのために資産のほとんどを投げ出してしまったサローマ伯爵家には、王家の南進を止める力など残っていなかった。
今まで断り続けてきたが、反王党派の貴族たちの計画に加担するべきなのだろうか。王家の管理するドルーア山の神殿を奪うことできれば、ニコルの病を治す魔法薬を手に入れることも容易になるだろう。
領民の生活と愛する我が子の命。そのどちらを選ぶべきか。ニコラス・サローマ伯爵は昏い目をしながら、明るい日の差す廊下をまっすぐに歩いて行った。
秋の最初の月が終わり、2番目の月のはじめ。カールさんがハウル村の住民となって、すでに10日が経ちました。
カールさんがやってきた日、集会所でそのことを告げられた村の人の驚きはすごいものでした。カールさんは私が作った街道の『管理官』として、この村に住むことになるそうです。
あの街道はなぜか王様が作ったことになっていて、カールさんは王様の命令でこの村に来たのです。その理由はさっぱりですが、カールさんが村に来てくれるのはとてもうれしいことだなと私は思いました。
同時にフランツさんがアルベルトさんの『養子』になるということも発表されました。『養子』っていうのはよく分かりませんが、アルベルトさんとフランツさんは新しい家族になるみたいです。
それでフランツ家は村長のアルベルトさんの家に引っ越すことになりました。フランツさんたちが住んでいた家には今、カールさんが住んでいます。
カールさんはそのことをとても申し訳なさそうにしていましたが、『養子』の件は前々から計画してあったのだとフランツさんから聞いて、少し安心した様子でした。
エマは「おじいちゃんとおばあちゃんができた!!」ととても喜んでいました。私とフラミィさんも一緒に引っ越したので、村長さんの家は今とても賑やかです。
「あ、ドーラおねえちゃん、あそこにもあったよ!!」
「本当だ。エマは木の実を見つけるの、上手だね!!」
「私にはまったく見分けがつきませんよ。エマはすごいね。」
カールさんに褒められたエマが嬉しそうに胸を張る。今、村のおかみさんと女の子たちは総出で、森の木の実やキノコ、食べられる薬草などを集めている。麦の種まきが終わり、冬に備えるこの時期の大事な仕事だ。
私たちと同じように男の子たちも森に入り、豚にドングリの実をお腹いっぱい食べさせている。冬が始まるまでにできるだけ太らせておくのだそうだ。コロコロした豚はとても美味しそうです!
カールさんは私たちの手伝いだけれど、正直言ってあまり役に立っていない。森に入った経験がほとんどないからだとカールさんは恥ずかしそうに言った。
昨日は私たちと一緒に魚釣りをしていたし、その前は私が金物の修理をする様子をエマと一緒に眺めていた。『管理官』の仕事はエマの仕事とあんまり変わらないみたいだ。
でもカールさんと一緒にいられるのは、私もエマもすごく楽しい。私は、カールさんをハウル村に来るように言ってくれた王様のことがちょっと好きになった。
これまでは春になったらいつも美味しいお酒を持ってきてくれるいい人だなくらいに思っていた。いつか直接会ってお礼が言えるといいなあ。
次の日。いつものように朝から集会所で金物の修理をしていたら、突然扉が開いて誰かが飛び込んできた。
「ドーラさん!!ここにいるのか!?」
血相を変えて飛び込んできたのは、ノーザン村の大工さん、ペンターさんだった。私に駆け寄ろうとしたペンターさんの前に、すっと音もなくカールさんが進み出た。カールさんは左の腰に当てた剣の柄に軽く触れながら、ペンターさんを睨みつけた。
「あ、ペンターさん!!お久しぶりです!」
私がペンターさんに笑顔で話しかけると、カールさんはペンターさんに「すまなかった」と言って、私の後ろに下がった。そこにいる皆が、カールさんの身のこなしにとても驚いていた。
「あ、ああ、いきなり飛び込んできちまった俺も悪かった・・・って、あんたがカールか!?」
ペンターさんはカールさんに謝りかけた後、すぐにカールさんに詰め寄っていった。
「あんた!貴族なのをいいことにドーラを弄んだそうじゃないか!!」
その場にいるお客さんたちやフラミィさんが、ぎょっとしてカールさんを見る。私とエマは訳が分からず、そのやり取りを見つめていた。
「い、いや、私はそんなことはしていない・・・。」
「とぼけるんじゃねぇ!!お前が恥ずかしがるドーラの服を無理矢理脱がしたってこと、俺はマリーから聞いて知ってるんだぜ!!どうなんだ、ええ?」
「そ、それは・・・。」
「!! やっぱり本当のことなんだな!!なんて卑劣な野郎だ。男の風上にも置けねえ!!」
カールさんは顔色を変え、答えに困っているようだ。フラミィさんはエマに「本当かい?」と聞き、エマは「うん、カールおにいちゃんはドーラおねえちゃんに裸になれって言ったよ」と答えた。それを聞いたその場に全員が、カールさんに冷たい視線を送る。
確かにカールさんは私の体を調べるために服を脱がしたけれど、あれは私が自分から脱いだのだ。私はそれを皆に伝えた。
「カールさんは悪くありません。あの時は私が自分から裸になったんです。自分で脱げないのでエマに
手伝ってもらいましたけど。」
「うん、私、おねえちゃんを手伝ってあげたよ!!」
エマが明るい声でそういうのを聞いて、ペンターさんはますますいきり立った。
「妹も同然の小さい子供の目の前でドーラさんを弄んだのか、この変態野郎!?もう許せねぇ!!貴族だろうが何だろうが知るもんか!!決闘だ!!俺と決闘しろ!!」
その言葉に、その場の空気が凍り付いた。私は訳が分からずこっそりエマに「『決闘』ってなあに?」と尋ねるとエマが「グスタフたちがよくやってる取っ組み合いのことだよ」って耳打ちして教えてくれた。ああ、確かに村の男の子たちは、木の実や魚をとり合ってしょっちゅう取っ組み合いをしている。カールさんとペンターさんも、何かをとり合っているみたいだ。でもそれと私の裸のこととどういう関係があるんだろう?
「ペンター、あんた・・・!!」
「ああ、フラミィじゃねえか。この村で修行してるらしいな。鍛冶工房を作りたいって、うちに依頼が来てたぜ。」
「それどころじゃないだろう、このバカ!!自分が何言ってるか分かってるのかい!?早く、カール様に謝っちまいな!!」
フラミィさんは汚いものを見るような目つきでカールさんを横目に見ながら、ペンターさんを怒鳴りつけた。だがペンターさんは頑として聞こうとしなかった。
「いいんだフラミィ。貴族様にこんな口をきいた時点で、俺は覚悟を決めてるんだよ。俺はこの野郎をぶちのめして、ドーラさんを守る。そのためなら俺は・・・!!」
ペンターさんは私をじっと見つめた。私は何と言ってよいか分からず、ペンターさんを見返した。ペンターさんは私に力強い調子で話しかけてきた。
「ドーラさん、あんたがこの村のためにこの貴族野郎の側にいるってことは分かってるんだ。俺が必ず助け出してやるからな!!」
「あの、ペンターさん、私にはなんのことか・・・。」
「いや、もうとぼけなくたっていいんだ。あんたの気持ちはここにいる皆が分かってる。なあ、そうだろう?」
ペンターさんがそう言うと、私とエマを除くそこにいた全員が頷いた。カールさんは敵意のこもった目に取り囲まれながら、ほうっと大きなため息を吐いた。
「分かりました。どうやら今、私が何を言っても信じてもらえないようですね。決闘をお受けします。ただし私が勝ったら、私の話を聞くと約束してくれますか?」
「ああ望むところだ。俺は絶対に負けねえけどな。俺が勝ったら、もう二度とドーラに手出しできねえようにしてやるよ。」
カールさんは腰に下げた二振りの剣を集会所の壁に立てかけて、ペンターさんの所に戻った。ペンターさんはそれを見て意外そうな表情をしたけれど、すぐに表情を引き締め、カールさんの一挙手一投足をじっと眺めていた。
二人は集会所の中で向かい合った。周りで見ていた農夫の人たちが二人の周りのベンチやテーブルを片付けはじめ、集会所の中に少し広い空間ができた。私は二人を止めようと立ち上がりかけたが、フラミィさんに押しとどめられてしまった。
「フラミィさん、私・・・。」
「ああ、ドーラ。あんたの気持ちは痛いほど分かるよ。だがあの馬鹿の気持ちも分かっておくれ。あんたはここに黙って座っていればいい。あいつの最期の意地をあんたには見届けてほしいんだよ。」
フラミィさんの目には涙が光っていた。その真剣な表情を見て、私は何も言えなくなってしまった。事情は分からないけれど、これはカールさんとペンターさんにとって、何かとても大切なことなのだということだけは分かった。
秋の冷たい朝の空気が、開いたままの集会所の扉から入り込んでくる。金物の修理に来た他の村の農夫さんたちと、私たちが見つめる中、カールさんとペンターさんの戦いが今、静かに始まろうとしていたのでした。
種族:神竜
名前:ドーラ
職業:ハウル村のまじない師
文字の先生(不定期)
木こり見習い
土木作業員(大規模)
大工見習い
鍛冶術師の師匠&弟子
所持金:963D(王国銅貨43枚と王国銀貨23枚)
読んでくださった方、ありがとうございました。