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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
22/188

21 密談

ややこしい設定話なのです。あまり詳しく読まなくても続きには影響ないはずです。多分。

 秋の最初の月が終わろうとする頃、ドルアメデス王国王立調停所長官のハインリヒ・ルッツ男爵は、国王の私室に呼び出された。


「よく来てくれたハインリヒ、これは君の息子が昨日私に届けてくれた物だ。ぜひ味見してみてくれ。」


 国王ロタール四世はハインリヒが席に着くなり、テーブルの上に用意してあった小皿の中身を勧めた。


「これは、塩ですか?」


 ハインリヒは輝くように白い粉末を指で摘んで口に含んだ。彼の目が大きく見開かれるのを見て、国王はからかうように言った。


「美味いだろう?スーデンハーフの最高の職人に作らせたものに勝るとも劣らない塩だ。むしろ風味がある分、こちらの方が美味いかもしれん。」


 国王は左手で胃を押さえ、疲れたような笑みを浮かべる。公式の場では決して見せない少し弱気な笑顔だ。王太子時代の、学生の頃からの親友であるハインリヒにだけ見せる王の本当の顔。


「これをカールが?いったいどうやってこんなものを?」


「一緒に入っていた報告書だ。読めばわかるが、ドーラとかいう例の不思議な娘が作ったものらしい。」






 テーブルに無造作に置かれた手紙をハインリヒは手に取った。几帳面なカールの文字で、簡潔な事件の概要が書かれている。


「・・・この塩を一晩で?しかも村人全員に配れるほどの量をですか?」


「まさに常識外れの力だ。錬金術を使えば私にも同じような物は作れる。ただし魔石を使って、数日の時間をかければだがな。それでも出来る量はおそらく両手ですくえるくらいだろうが。」


 『賢人王』と呼ばれた先王の才能を引き継ぎ、王国でも指折りの魔術師にして錬金術師である王の言葉に、ハインリヒは戦慄を覚えた。


「報告書には密偵についての記述もありますね。サローマ卿でしょうか?」


「可能性はある。グラスプ。デッケン。カッテ。あげればきりがない。」


 ハインリヒは名前の挙がった国内有数の大貴族たちの顔を思い浮かべる。どれもこれも自領の富を増やし、隙あらば王の権益を掠め取ろうとしている者たちばかりだ。


 ハインリヒは親友であり、敬愛する主君である王を心配し、その顔をじっと見つめた。











 ドルアメデス王家はもともと、現在の王都領だった場所を支配する辺境の一豪族に過ぎなかった。


 深い森に囲まれ、耕作する土地の少ない小豪族が他の豪族たちを押さえ、国としてまとめる程の力を持ちえたのは偏に、聖なる山ドルーアから産出する魔法金属の鉱石と魔法薬の材料となる貴重な素材があったからに他ならない。


 ドルアメデス王国のある大陸東部は古来より小国同士の戦乱が絶えない群雄割拠の地であった。少ない大地の恵みを奪い合い、戦乱の世は長く続いた。


 多くの小国が生まれては消えてゆく中、ドルアメデス王家は大陸の東端に位置する現在の王都領を中心に命脈を保ち続けていた。


 魔法金属を素材とした優れた武器防具の力と、魔法薬の研究によって生み出された数多くの魔法によって、他国の侵攻を退けてきたのだ。それ以外にも北をドワーフ族の支配する山岳地帯、西をエルフたちの領域である深い森に囲まれていたという地理的条件にも恵まれていた。


 貴重な鉱物資源や素材を有するが故に侵攻の対象となりはしたが、それを跳ね退けることができたのもまたその資源によってであったのは、なんという皮肉であろうか。


 他国からの侵攻はドルアメデス王家の魔法の力をさらに高めることとなった。魔法資源を除けば戦略的にも経済的にも魅力のない地域を、強力な騎士団や魔導士たちを退けてまで手に入れようとする者がいなかったというのも、王家の存続にとっては幸いだったといえるだろう。






 しかし200年ほど前、大陸東部の中原を平定したゴルド帝国が出現したことにより、ドルアメデス王家の運命は大きく動くこととなった。


 大陸東部中央の覇権を握った帝国は他の小国を次々と飲み込み、やがて中原を流れる大河エルスを越えて大陸東端へとその手を伸ばそうとした。


 当時エルス川東部には数十の小国家群が存在した。彼らは互いに領土を奪い合う仇敵同士であったが、強大な帝国の力に対抗するためにやむを得ず連合を組み、手を結びあうことにした。


 だが急ごしらえの連合がうまく機能するはずもなく、帝国の侵攻を食い止めることはできなかった。瞬く間に帝国は東征を進めていった。






 そこで連合はドルアメデス王家の下に集まり、その優れた魔法と強力な武器防具によってこれに対抗しようとした。これが現在のドルアメデス王国の成り立ちである。


 激しい戦乱は十数年も続いたが、帝国の開祖である初代皇帝の病死により、ようやく終わりを告げることとなった。


 帝国はエルス川の東部地域にまで支配を広げたがそれ以上の東進を行うことはできなかった。長きにわたる戦乱は巨大な帝国をも疲弊させるには十分な年月だったのである。


 もちろんドルアメデス王国にもかつての支配地域を取り戻すほどの余力はなく、両国が講和することによって、大陸東部に仮初の平和が訪れた。


 ドルアメデス王家は帝国との戦乱で臣従した豪族たちに貴族として領地を管理させ、現在の王国の形を作り上げていった。






 しかしそれよりおよそ150年ほど後、現在いまから30年程前にゴルド帝国で大きな内乱が起こった。


 皇帝の後継者を巡る争いが勃発し、帝国はエルス川を挟んで東西に分裂した。ドルアメデス王国の隣には、かつての王国貴族たちの支配地域であるエルス川東部を領土とする、東ゴルド帝国が誕生したのである。


 エルス川の西側、広大な領土を有する西ゴルド帝国の皇帝は、東ゴルド帝国を滅ぼすため、ドルアメデス王国に協力を要請してきた。だが当時の国王であった先々代の王ロタール3世はこれを退けた。


 帝国の皇太子を東へと追いやり、皇位を簒奪した前皇帝の弟である西ゴルド帝国皇帝の狙いが、大陸東部の覇者となることだと看破していたからだ。


 東ゴルドを滅ぼした後は、そのままドルアメデスをも飲み込み、大陸東部を完全に支配して西進する。ロタール3世は恫喝まがいの協力の要請から、西ゴルド皇帝の意図を正確に掴んでいた。






 だがそんな国王の決定をよしとしない貴族たちが、ドルアメデス王国内には多くいた。かつて東ゴルド領を支配していた豪族の末裔たちだ。


 彼らは東ゴルドを滅ぼし、かつての領土を取り返そうと強硬に主張した。だが王家ほどの力を持っていない彼らには、国を割ってまで王の決定を覆すことができなかった。王国の力は王家の支配する聖なる山に集約されていたからだ。


 東西ゴルド帝国の戦乱を横目に、ドルアメデス王国は一応の平和を謳歌していた。しかし国内には不満の火種がくすぶり続けることになった。


 その後、ロタール3世が暗殺されるという事件が起きた。暗殺犯は東西どちらかの帝国の者だということは分かったものの、詳細は不明のままだった。


 おそらく王国内の貴族の誰かが手引きをしたと思われる痕跡があったが、犯人を特定することはできなかった。しかしこれにより帝国と通じる貴族の存在が明確に意識されるようになった。






 先代の王、ロタール4世の父であるラケルス2世が即位したとき、国内の貴族は王家を中心とした王党派と、大領地を有する貴族たちを中心とした反王党派に分かれてしまっていた。


 ラケルス2世はその優れた魔術と錬金術、そして賢明な治世によって国力を大きく引き上げた。民の暮らしを良くするための技術の開発や、身分にとらわれない人材の登用などを積極的に行った。


 また貴族にしか許されていなかった学校への入学を才能豊かな平民の子弟にも開放し、多くの人材を育成することにも成功した。


 『賢人王』と讃えられた王の功績は、不満を持つ貴族たちの力を牽制するには十分なものだった。


 だがそのラケルス2世も6年前に暗殺され、命を落とした。犯人はその場で自害したため素性は不明のまま。しかし2代続けての王の暗殺によって、反王党派は再び活気づくこととなってしまった。


 現王ロタール4世が胃を痛めてしまったのは、そんな不安定な国内事情が原因だった。











「国王様、この塩をどうなさるおつもりですか?」


 国王の身を案じ、顔色を伺いながら問いかけるハインリヒに、ロタール4世は笑いながら言った。


「ハインリヒ、今はもっと気楽に話したいんだ。昔のように呼んでくれ。」


「・・・わかったよ、ヨハン。で、どうするんだこの塩?」


「もちろん王家ですべて買い取るつもりだ。王国の塩は専売制だからな。」


「これだけの品質の塩を王家が独占販売するとなれば、沿海地方の貴族たちが黙っていないだろうな。」


 特に塩の一大産地であるスーデンハーフを領有するサローマ伯爵にとっては、看過できない事態だろう。中立派の一人である彼は、この塩の秘密を何としてでも探ろうとしてくるに違いない。


 だがサローマ領の塩を買い入れなくて済むようになれば、王家は反王党派に対して大きなアドバンテージを持つことになる。







「これは天恵だよ。君の息子が見つけてくれたドーラとかいう娘は、私にとってはまさに幸運の女神だな。絶対に帝国や貴族たちに手出しをさせるわけにはいかない。私はカールの働きに期待しているよ。」


 そういう国王、ヨハンの顔をハインリヒはじっと見つめた。もともと本を読むのが好きで争いごとを嫌う優しい性格の彼が、国王の後継者として並々ならぬ努力をしてきたことを、ハインリヒは知っている。


 ハインリヒがドーラという娘を強引に王都へ連行してはどうかと進言した時も、ヨハンはカールの意向を受け入れ、カールをドーラの守護騎士として派遣すると言った。


 強大な力を持つ得体のしれない娘に手出しをする危険性を考慮した国王としての判断ももちろんあるのだろう。だがそれ以上にヨハンが、カールとその娘を思いやった結果ではないかとハインリヒは考えていた。






「これだけの塩を販売するとなれば、必ずドーラの存在を探り出すものが現れるだろう。どうするんだヨハン?」


「それを相談するために君に来てもらったんだよ、ハインリヒ。何かいい策はないだろうか?」


 ハウル村に新しくできた街道を、王の作ったものだと正式に発表したのもハインリヒの進言によるものだった。もちろんドーラのことを他の貴族たちに知られないようにするためだが、王の魔力の強大さを貴族たちに知らしめる効果も狙ってのことだ。


 今のところ、それはとてもうまくいっている。領内に大規模な土木工事を行いたい貴族たちにとって、あの街道はかなりの衝撃を与えることになったからだ。


 ハインリヒは右拳をあごに当ててじっと考え込んだ後、ゆっくりと話し始めた。






「・・・ドーラの替え玉となる者を準備しよう。」


「替え玉?」


「ああそうだ。ドーラに目が向くことを避け、万が一というときには代わりに死んでもらうことになる者をハウル村に差し向けるんだ。塩はその者を通じてヨハン、君が儀式魔法で生み出していることにすればいい。街道もそのために通したことにできる。」


「私にそれほどの力はないぞ。賢人王と呼ばれた父上でもそんなことは不可能だろう。」


「君にその力がなくても、君がドーラの力を意のままに使えるなら、それは君の力であるのと同じさ、ヨハン。そのためにカールがいる。カールは君の理想とする国を作るために働いてくれるはずだ。」


「民が飢えや戦に苦しむことのない国か・・・。お互い、あの頃は若かったな。」


 ヨハンは学生時代、ハインリヒと夜を徹して語り明かしたことを思い出す。安心して民が暮らせる国を作ろうと誓い合ってから、もう随分と時間が経ってしまった。


 国を守るためにしてきた多くの苦渋の決断。その結果、民を犠牲にせざるを得なかった無力感や絶望を嫌というほど味わってきた。それでも決断を続けねばならないのが、王としての自分の役割だとヨハンは自分に言い聞かせてきたのだ。


 彼はグッと目をつぶった後、ハインリヒに問いかけた。






「分かった。ではその替え玉はどんな者にするつもりだ?」


「魔法の才能に溢れ、こちらの意のままに動かせるほどの弱みがあって、いざというときには死んでも惜しくない者だな。」


「・・・死んでも惜しくない者など一人もいない。だがそんなきれいごとを言っている場合ではないか。」


 ヨハンは右手で胃を押さえ、顔をしかめながらそう言った。


「それにしてもハインリヒ、そんな都合のいい者がいるだろうか?」


「実は一人心当たりがある。」


「本当か!?」


「ああ、少し『説得』する必要があるだろうが・・・。それは私に任せてくれ。」


 その後、二人は計画の詳細について、さらに話し合いを進めた。ヨハンはハインリヒの『説得』に、替え玉の人物が素直に応じてくれるよう祈らずにはいられなかった。






種族:神竜

名前:ドーラ

職業:ハウル村のまじない師

   文字の先生(不定期)

   木こり見習い

   土木作業員(大規模)

   大工見習い

   鍛冶術師の師匠&弟子

所持金:923D(王国銅貨43枚と王国銀貨22枚)

読んでくださった方、ありがとうございました。

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